第26話 休日WITH美田園さん

 風薫る季節の中、ゴールデンウィークが始まった。

 初日はのんびりと部屋で……とは、早速にいかないようだ。

 朝起きてからシャワーを浴びて、外に出ても大丈夫な服装に着替えた。

 そんなにお洒落で流行を取り入れた服なんか持っていないけど、一応それなりの恰好だとは思う。


 待ち合わせは難波駅、大阪ミナミのど真ん中だ。

 そのお相手は、美田園さんだ。

 大阪の街を案内しくれるというので、今日はこの場所を選んだ。

 空港のターミナルビルを髣髴ほうふつとさせる駅ビルは、大勢の人でごった返している。

 ここから東西南北、色んな場所に行ける拠点でもあるし、外国へ向かうための空港への玄関口にもなる。

 周りには、無数の飲食店やファッションビルが立ち並ぶ。


 約束した場所に赴くと、いつもの職場よりもさらに短いピンク色のミニスカートが似合う彼女は、俯いてスマホの画面を覗いていた。

 正直に言って、ついチラ見をしてしまうくらいには、瑞々しくて可愛い。


「ごめん、待たせたね」


「い~え……ふ~ん……」


「何? どうかした?」


「いえ。久我山さん、意外と服のセンスいいなって思って」


「え、そ、そうか?」


 そう言えば、すっかり忘れていた。

 今日の服って、元カノの若菜が選んでくれたものだった。

 あまり服の趣味がよろしくない俺のことを見かねてだけど。

 そんな時もあったなと懐かしく想うけど、それももう過去のことだ。


「どうします今日? どこか行きたいとこあります?」


「そうだね、この辺をぐるっと見て回りたいな。あと途中どこかで、昼を食べようか。普段お世話なっている御礼に、ご馳走するよ」


「ども、ありがとうです! じゃあこの近くから、回ってみましょうか」


「うん。ネットでしか見たことない場所だから、楽しみだよ」


 こうして大阪ミナミの見学ツアーが始まった。

 まず最初に目についたのは、電機屋街だ。

 表通りや裏通りに面して、大小の電気屋やゲームショップなどが立ち並ぶ。

 裏通りにはメイド服を着て通行人に声をかけている女の子なんかもいて、どことなく東京の秋葉原と似た空気感だ。

 そこから少し場所を移すと、鮮魚を売っている市場の通りがあったり、古い造りの飲食店が雑居する裏空間があったり。

 この街は新旧が入り混じって、色々な顔を見せてくれるみたいだ。


 お昼はそんな中の一つ、こじんまりとしたお好み焼き屋を選んだ。

 美田園さんのおススメだけあって、前に何人かが並んでいる。


「ここのお好み焼き、ふわふわで美味しいんです」


「そうか。楽しみだな」


 少しの間待っていると席が空いて、中へと通された。

 狭い店内にはいくつか鉄板が乗ったテーブルがあって、その中の一つに向かい合って座った。


「まずビールですよねえ。折角だから、デラックスモダンにしようかなあ」


「へえ。美田園さんって、昼飲みやるんだね」


「普段はしませんよ。今日は折角のお休みだし、こうして久我山さんと一緒だから、楽しまないと。久我山さんもやる方でしょ?」


 何で分かったのかは分からないけれど、その通りだよ。


「うん、いいじゃないか。じゃあ俺は、イカ豚玉の大盛りにしようかな」


「かしこまりです。すいませ~ん!」


 店の女の人に注文を入れると、お好み焼きのタネが入った容器が二つと、金色の液体が揺れるジョッキが二つ運ばれてきた。

 どうやらここは自分で焼くスタイルみたいで、美田園さんは慣れた手つきで、熱くなった鉄板の上に広げていく。


 焼き上がるのを待つ間に、ひとまず乾杯だ。

 ―― 美味い!!!

 かなり歩いた後なので、キンキンに冷えたビールは体に染み渡る。

 美田園さんのジョッキも、一気に半分ほどが空になっている。


「久我山さん、ちょっと訊いていいですか?」


「うん、何だい?」


「東京に残してきた彼女さんとか、いないんですか?」


 ……ぶほおっっっ!?

 一瞬、口の中の物を吐き出しそうになったぞ。

 いきなりド直球な質問だな。


「そういう発言って、セクハラじゃなかったっけ?」


「それは、相手がどう感じるかですね。久我山さんは、こんな話嫌ですか?」


 グビグビとジョッキを傾ける美田園さん、俺よりもペースが速い。


「いや、別にいいけどさ。俺にはそんなのはない。綺麗さっぱり、身軽だよ」


「……本当に? 久我山さん、結構モテそうな気がするんだけど」


「え? そう? ありがとう。そんなこと言われたの初めてだよ」


 本当に、そんなことは無いと思う。

 学生時代はずっと陰キャ、社会人になってからは、オフィスの片隅で、社畜に甘んじていたから。

 そんな俺に唯一声をかけてくれたのが若菜だったのだけれど、でもそれも、過去の記憶でしかない。


「俺なんか別に、普通の野郎だよ」


「そうかなあ。物腰は優しいし、仕事はできるし、面倒見はいいし。かなりいい線はいってますよ」


「ははっ、そうかい? そう言ってくれるのなら光栄だよ。でも俺がこうしてやれているのは、美田園さんや他のみんなのお陰だよ。まだこっちへ来て一月しか経っていないから、これからだけどね」


「それに、麻雀だって強いしね」


 ああ、それね……まあそれは、陰キャがアプリをやり込んだ賜物かもな。

 友達も少なくて、あまり外にも出なくて、時間があればずっとやっていたから。


「それを言うなら、美田園さんだって。営業三課って、織部さんと美田園さんの二人しかいなかったんでしょ? それであれだけ色々な仕事をこなしてたのって、すごい事だよ」


「まあ、私なんかはまだまだです。織部さんはああ見えてすごいですよ。目に見えないところで、バリバリ仕事してるし。さすがは元、東京本社の営業課長です」


「……え? そうなの?」


「はい。え、知りませんでした?」


 全然知りませんでした、そんなの。

 あんなに穏やかで朴訥とした織部さんが、あの猛烈部署の課長!?

 全然、結びつかないな。

 とすると織部さんも、東京からこっちへ転勤してきたってことなのか。


 話している間に、お好み焼き焼がふっくらと焼きあがる。

 美田園さんはヘラを上手に使って、鉄板の上でクルリと反転させた。

 ドロドロのソースをたっぷりとかけて、青のりと鰹節はお好み次第で。


「はい、できました」


「ありがとう、いただきます」


 ヘラで小さく切って、それをそのまま口へと運ぶ。

 鉄板の熱気が残った生地は熱々で舌が焼けそうになるけれど、ふわっとしていて口の中で溶けていく。

 キャベツの甘味と肉の旨味とが混ざり合って、ソースの甘さがそれを引き立てる。

 極上の味わいに、ついもう一杯酒をお代わりをしてしまう。


「そう言えばさ、美田園さんの方はどうなんだよ? 折角の休みなのに、本当に俺なんかといていいのか?」


 またセクハラって言われて一蹴されるかとも思ったけれど、お好み焼きを頬張る彼女の表情は穏やかだった。


「そんなことを聞いて、どうするんですか?」


「いや、別に。ただ気になっただけだよ。俺の方は暇だから、全然いいんだけど」


「……少し前に別れたばっかりなんです。彼と」


 ……そっか……訊いていい質問じゃなかったかな。

 後悔の二文字が、胸の中を過る。


「そうか。ごめんな、変なことを訊いてしまったな」


「い~え、お気遣いなく。もう吹っ切れていますから。海外赴任が決まったからサヨナラだなんて。金髪の彼女でも、さっさと作りゃいいんだ!」


 そう言いながら、なかなか割り切れるもんじゃないんだよな。

 同じような経験をしたばかりの俺だって、それは思うよ。

 美田園さんは豪快にジョッキをあおってから、チューハイレモンをオーダーに入れた。




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