第6話 夜更けの街で
「
美田園さんが王さんと呼んだのは、ここのイケメン従業員だ。
どうやら仲良しらしくて、彼は黙って頷いて、バーカウンターの向こうでボトルを手にした。
「すみません、皆さん。よろしくお願いします」
飛び込みの初老の男性は、丁寧に腰を折る。
「いいですよ、楽しくやりましょう。レートはどうしましょうか?」
織部さんの問いに、男性はにこやかに答えてくれる。
「安くていいですよ。負けたらそのお嬢さんのカクテルをご馳走するってのでもいいです」
「お、いいっすねえ。じゃあもうちょっと追加しちゃおうかなあ」
美田園さんはそんな感じでノリノリだ。
一次会では幹事で気を使っていた分、今は少し弾けている気もする。
対局が始まると、そのおじさんがなかなかに強い。
「ツモ。 ピンフイッツードライチ。
また上がられた。
でも、ゲームとは違って、こうやって人と話しながらやるのは新鮮だ。
なんとかちみちみと食らいついて、オーラス、つまり最後の局を迎えた。
「リーチ」
またか、おじさんが絶好調だ。
こっちは、ダマテンで耐え抜こう……あっ!?
「あ、それロンだよ」
美田園さんが捨てた牌が、俺の上がり牌だった。
「タンピンサンシキドラドラドラ、
「……そんな久我山さん、嫌い……女の子をいたぶるだなんて……ぐすん……」
そんなウソ泣きを見せられても、勝負は変わらないよ。
君はそんなにヤワな子じゃないはずさ。
結局この対戦も俺がトップで、美田園さんがダントツの最下位になった。
「お兄さん強いですね。よくここには来られてるんですか?」
2位に終わった見知らぬおじさんはにこやかだ。
「いえ、今日が初めてで。普段はゲームとかしかやってません」
「ほう……ちなみに、どんなゲームですかな?」
「『異世界麻雀大戦』ってアプリですけど」
「あっ、それ私もたまにやってる~!」
どうやら美田園さんも、ご存知なようだ。
それはスマホのアプリで、AIと闘ったり、他の参加者とオンライン対戦ができる。
みんな悪魔や騎士、エルフやサキュパスのキャラに扮しているので、異世界感がある。
そこで勝つとポイントがたまって、ランクが上がったり、リアルな大会に参加できたりもするんだ。
「そうですか。じゃあ私も一度、見てみることにしますよ。面白そうだ」
どうやらおじさんも、興味を持ってくれたみたいだ。
こうして俺たちの宴はこれで終了。
勘定の支払いは、桐山さんの心づけで足りそうだ。
「どうもありがとうございました。またいらして下さいね」
王さんと呼ばれた店員さんは、とても品がいい。
店の外まで出て見送って、丁寧にお辞儀をしてくれた。
「じゃあ俺あっちだから、それじゃあ!」
「「はい、お疲れでしたあ!」」
駅のホームで、帰る方向が違う織部さんとは別れて、美田園さんと二人になった。
「久我山さん、強かったですねえ。今度アプリでも対戦しませんか?」
「いいけど、美田園さんは麻雀好きなの? 結構あのお店にも、行ってるっぽかったけど?」
「桐山さんや織部さんが好きですんでね、たまに付き合わされるだけです。昔から家族麻雀はやってたので。でも王さんの作ってくれるカクテルって美味しいんですよねえ。下手なバーで飲むよりも、よっぽどいいかも。料理だって美味しいし」
カクテルは飲んでいないけど、頼んだピザは美味かったな。
モチモチの生地の上に甘辛味のテリヤキチキンが乗っていた。
普通のレストランで食べるのと比べても、全然ひけをとらなかった。
「とりま負けっぱなしは悔しいんで。久我山さんのアカウント名は何ですか?」
「俺? えっと……『白銀の詩人』、キャラは勇者だよ」
「へええ、なんか全然似合わないご立派なお名前ですなあ」
……だから、あんまり言いたくはなかったんだ。
でもゲームの中くらい、別の自分でいたいって、思わないか?
「私は『フレネイア』っていうサキュバスのキャラなのよ。また今度対戦しましょう」
なんかやる気満々だな、今日負けたのがそんなに悔しかったのだろうかな。
サキュバス……ちょっと弾けてて小悪魔的な彼女には、ぴったりかもしれない。
「うん、また今後ね」
そんな感じの会話をしながら、浪速の街で電車に揺られて。
美田園さんともお別れして、駅のホームに降り立った。
歓迎会に麻雀、かなり遅くなってしまったな。
この時間になると、通りの人影もまばらだ。
少しずつ慣れてきた道を行き、マンションに辿り着いて、部屋の鍵を開けてひと息。
明日からまた、頑張らないとな……
風呂は明日の朝にして、今日はこのまま寝るかな。
でもその前に。
冷蔵庫から缶ビールを取り出して、ベランダに出た。
みんなとワイワイやるのも楽しいけど、こうして一人の時間を過ごすのも、昔から好きなんだ。
通りを行き来する車も、もうほとんどない。
春の夜風は今日も柔らかくて、一日の疲れをどこかへと運んで行ってくれるみたいだ。
……遠野さんは……まだ、部屋の電気はついてるな。
もうちょっと話がしたかったな。
……あっ!?
ぼんやりと眺めていると、向かいの部屋のガラス戸が開いた。
そしてそこにいるのは、遠野さん。
手に銀色の缶を持っている。
ピンク色が見えるのは、パジャマ姿だからかな。
お互いに向かって、缶を差し出す。
暗い通りを挟んではいるけれど、何だか二人だけの二次会みたいだな。
『ピロロロロ~ン!!!』
あ、この音は、業務用スマホの着信音だ。
なんだろ、こんな夜中に……?
『久我山さんがいるの気づいてしまったので。お疲れ様でした。今日はどうでした?』
……うわわ、遠野さんからのメッセージだ。
営業部の社員は全員業務用スマホを持っていて、お互いにメールやチャットができる機能があるんだ。
『お疲れ様です。あの後部長と課長と一緒に麻雀をやってました。そっちはどうでしたか?』
『職場の人と一緒にダーツバーに行ってました。全然ダメダメだったけど』
『そうですか。俺もダーツは苦手です。全然狙ったとこに当たってくれません』
『久我山さんの方はどうでした?』
『なんとか勝てました。結局桐山さんが全部の支払いをしてくれたんですけど』
『へえ。私は麻雀のことはよく分からないけど、強いんですね!』
なんだか、文字を打ち込むのがもどかしい。
こうやって顔が見えているし、もっと近ければ、直接会話することだってできるのにな。
でも、俺たちはただの職場の同僚。
適度な距離感だって必要だ。
お互いのゾーンには、つまりはどちらかが不快に感じてしまう領域には、むやみに立ち入ってはいけないんだ。
もうじき日付が変ろうとしている。
2杯目は我慢して、遠野さんに『おやすみなさい』と送った。
それからベッドに潜った俺は、次の日の朝に美田園さんから尋問を受けることになろうとは、知る由もなかった。
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