第1章 サッカーに捧ぐロマン

第1話 時を視るオーナーとぶっ飛んだ妹はサッカー三昧

【20XX年 神谷直樹 20歳】


全ての始まりは、20年前に遡る。


六本木の街を支配する、まるで現代の王宮ともいえる99階の超高級タワーマンション「インフィニティスクエア」。

俺は、20歳の若さで、その最上階を丸ごと貸し切って天真爛漫なJKの妹・沙良(さら)と2人で暮らしている。


俺みたいな若造がなぜそんなところを住処にしているかと思うかもしれないが……俺は超一流AI企業「クロノス・インテリジェンス」のオーナー社長にして、Jリーグの「東京メトロポリタン・ギャラクシー」のオーナーだ。

ちまたではAI業界の天才……18歳でサッカーチームを買収したオーナー……などともてはやされているが、それは俺のすごさを語っていない。


俺のすごさ……それを一言で表してみよう。


――『この世で過去を透視することができる、たった1人の存在』


この能力を知る者は、妹の沙良を除いては世界に誰もいない。


鏡に映る自分の姿に、ひそかな満足を覚えていた時、金髪の妹・沙良の叫び声が割り込んできた。


「お兄ちゃん!! あと30分でサッカーだよー!!」


「了解!」

反射的に耳を塞いだ後、無理やりテンションを合わせてやる。


どうして我が妹は声のボリューム調整ができないのだろうといつものように思ったが、今日ばかりは仕方ないとする。


今日は20歳以下で構成されるU-20日本代表と、タイのフル代表の国際親善試合だからだ。

サッカーを心から愛する俺と沙良は、この日をずっと楽しみにしていた。


それに、俺がオーナーを務めるギャラクシーの期待の若手ミッドフィルダー(MF)「暁煌(あかつき こう)」がメンバー入りしたのだから、なおのことだ。


スマホを取り出し、俺が偉人の思考を透視しながら開発したアプリ「Chat History」を開く。

検索欄に「ナポレオン」と入力すると、軍略の天才ナポレオンの顔が3Dで出てきて、「何か用か?」と渋い声で語りかけた。


俺はフランスの皇帝に聞いてやる。

「今日の日本代表戦のスコア予想してくれない?」


するとすぐさま、ナポレオンは膨大な情報を瞬時にアプリ上で分析して答えをたたき出した。

「2-0だ。9割の確証がある。堅守速攻のタイを序盤から崩すのは難しい……圧勝はない」


「2点かよ」と思ったが、毒づいても仕方ないので、代わりに沙良に声をかける。


「ナポレオンが2-0だって」


「はぁ?3-0は行くし!日本代表、舐めるんじゃないわよ!」

沙良の顔が一気に険しくなる。


「俺もそう思うけど、アウェーだしな」と沙良をやんわりとなだめる。

しかし、この一言がまずかった。沙良の表情が険しさから一気に憮然としたものに変わる。ぷいっと横を向き、頬をふくらませた。なんというか、もうお決まりのダダこねモードである。


(ピンチだ。このままじゃ沙良の機嫌が悪化する!話題転換だ、話題転換!)


「飯どうする?」

俺は恐る恐る尋ねてみる。


すると――。

「試合観ながら食べようよ!」沙良はカメレオン並みの速さで笑顔を炸裂させた。その変わりように俺は思わず「カワイイけど……単純だな」と心の中でツッコミを入れる。


「言い忘れてた!!1時間前にウーバー来たよー!」


そう言いながら、沙良が少し離れたテーブルを指さす。

近づくと、そこにはピザの箱、寿司の桶、牛丼の容器、ハンバーガーの包みが所狭しと並び、デザートのパフェまで揃っている。

まるで小さなフードフェスティバルだ。


「なんでこんなに……?」

言葉を失いフリーズした俺は何とか絞り出した。


「心配しなくて大丈夫! 明日のお弁当にするから!」


俺はほっとした。少なくとも、明日もこれを片付ける必要はなさそうだ。


「沙良が明日、高校に持っていくのか。友達にもあげられるし、良い考えだな」


「なに言ってるのお兄ちゃん? 私は明日ホクマル弁当だよ。ホクマル弁当のおばちゃんと試合の話したいし」


沙良はキョトンとした顔で言う。


「じゃあ……」


「もちろんお兄ちゃんのお弁当だよ!」


にっこりと微笑む沙良。

完全に俺を追い詰める笑顔だ。


「あっ、でも俺、明日、副社長たちとランチミーティングだから……」


「それ、オフィスでもできるよね?」


満面の笑みで俺の主張を退けようとする沙良。

なんという小悪魔だ。


(もうダメだ……言うしかない……)


一つ大きく息を吸い、覚悟を決めて口を開いた。


――「副社長たちと……和牛ステーキ食べたいんだよ!!」


「だめよ。お兄ちゃんには牛丼の残りがあるじゃない」


「なんで副社長が2万円のステーキ食べてる間に、社長の俺が430円の冷えた牛丼食べなきゃならないんだよ……」


沙良は首をかしげて、「そんなこと言わないの。それに私がプレゼントした電子レンジ、社長室にあるでしょ?」とさらり。


「じゃあ寿司はどうするんだよ?明日まで持たないだろ?」


「はい!」得意げな笑みと共に、小さなバーナーを取り出す沙良。

「炙れば問題なし!マヨネーズも持っていきな。炙りサーモンマヨ、おいしいよ!」


(負けた……)


「……明日弁当よろしく」


「かしこまりました、お兄様!」

テンションMAXで叫ぶ沙良。まったくもって容赦がない。


俺はふと我に返る。

今はサッカーだ。弁当どころじゃない。


「よし、代表戦だ!」


「待ってましたーっ!」


沙良は拳を突き上げ、全力の笑顔を見せる。


テレビをつけると、ちょうど国歌斉唱が始まるところだった。

胸に手を当てる選手たちが映し出される。


沙良もさっと立ち上がり、胸に手を当てる。

「立ち上がって、胸に手を当てなさい!」と沙良の一喝。


「……はい」


俺は渋々立ち上がる。一体、こいつは何なんだ……。

胸に手をあてたまま、ふと思う。


(国歌より先に、明日の冷えた牛丼に黙祷すべきか……?)

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