第68話 ピリオドはまだ早い
防衛開始から終了まで、ほぼ休みなく戦い続けた。自分で進んでやった事とはいえ、多くの攻撃を防ぎ続けた。常にプラーナを使い、最後にはアビリティによるよくわからんアレ。
それに加えて、戦闘でのダメージもある。精魂尽き果てるとは正にこのこと。ありがたいことに、残りの処理は皆が進めてくれている。戦闘終了直後から、ダンジョンの外で待機していた警察が大量に降りてきた。
ハンターたちを拘束し、次々と連れ出している。海田もその中に入った。これから厳しい取り調べとなるだろう。彼の所属する稲森貿易にも、影響が出るのだろうな。問題社員がいると会社が苦労する。うーん、対岸の火事で終わらせちゃいけないやつだなこれ。
「社長、具合どうですか? お水、もっといります?」
「いや、大丈夫。ありがとうサッチー」
ダンジョンの外、邪魔にならない所で状況を眺めていたら小百合に声をかけられた。いまだ元気な彼女は、仲間たちの状況を確認して回っている。
「社員たちはどうだ?」
「とりあえず、大怪我したものはいません。切り傷や打撲はありますが、回復できないものではありません。若干呪いの武器などを使用されたケースがありましたが、藤ヶ谷さんの持ち込んだマジックアイテムで解除できました」
「いよいよ何でもありになってきたな、あの人……」
脳裏によぎる、未来からきた青い猫型ロボット。……いや、何処でも行けるドアは持ってないからそこまでじゃあないか。
「そういえば、乙川さんがいたようだけど大丈夫だった?」
「大丈夫じゃないです。オーバーワークでアレもひっくり返ってます。まったく、病み上がりが無茶をして。負けず嫌いだけで序列一位に上り詰めた性格は相変わらずですよ本当」
怒ってます、と鼻息荒く言い捨てる。しかしその声に嫌悪感はない。姉妹みたいなものだろうから、色々あるのだろう。
「それにしても、ボロボロになっちゃいましたね、鎧」
「うむ。正直そこそこ悲しい」
脱いで傍らに置いた大魔神3を眺める。たった一晩で、表面は傷だらけ。凹みもあちこちにある。だけど俺が骨折もせず全身打撲で済んだのはこれのおかげだ。
「兄さんが修理の魔法覚えましたから、やってくれますよきっと」
「……サッチーはできんのか」
「私は破壊力担当です!」
「開き直りよってからに」
小百合って序列二位とかいってたっけ? 三位の梧桐くんもアレだし……ハガクレは序列が高くなるとキャラも濃くなるのかねえ。
「じゃ私、別のところ見てくるので社長は大人しくしていてくださいね」
「子供のような扱いを……」
「少し体力戻ったら仕事し始めそうですからね、社長」
「ハハハ、そんな、ハハハ」
やりそう……って自分で思った。しっかりとした足取りで離れていく小百合を見送ると、入れ替わりで兄が来た。こちらはまだフラフラしている。
「お疲れ、大丈夫か?」
「すみません、お隣失礼します。思いのほか、体力を使ってしまいました。終盤、ペース配分を間違えましたね」
フライングカーペットに、椅子のように座る勝則。丁度良い位置に浮かび上がってくれているから、そんな風に使えている。便利だなあこれ。きっと高いんだろうなあ。
「アレのせいか……」
「すみません社長、自分の能力鑑定が甘かったばかりに。まさか能力が完全に解放されていなかったとは」
「まあ、それは勝則さんのせいではありませんよ」
スッと会話に入ってきたのは一樹さん。いつも無敵な彼ではあるが、今日ばかりは疲労が見える。ダンジョン一階層を丸々監視して、敵味方全員のダメージをチェックしていたのだからさもありなん。むしろちょっと疲れたで済んでいる自体おかしいことだ。まあ今更だけどね。
「推測でしかありませんが、社長のアビリティが性能を発揮するには環境が整ってなかったのでしょう」
「環境……社員の人数ですか?」
「加えて、今回のトラブルも。彼を頼る民がいて、その責任をもって立つ。人の上に在るものは、そうでなくてはならない。社長が名実ともに君主となる必要があったと」
「いつの時代の話をしているんだ……」
めちゃくちゃすぎる。戦国時代はとっくの昔に終わったんだぞ。なんで元サラリーマンが、そんな時代劇じみたアビリティに目覚めてるんだ。
そんな俺のクレーム混じりの懊悩など意味もなく、二人の推測は続く。
「さらに加えるならば、尊称で呼ばれるようになるには目に見える徳が必要だった……ということなのかもしれません。なにせ
「それがすべて揃ったからこそ、真の力を発揮したと」
「まあ正直全部推測で、確かなことはいえません。アビリティとは本人の資質や経験に基づいて発現する能力である、という事以外はわかっていませんから」
適当ぶってるだけかーい、とツッコミたくなったが我慢した。世の中にダンジョンが発生して十年。未だ分からぬことばかりだ。マリアンヌさんや崑崙マーケットの人々に聞けば分かるかもしれないが……だから何だ、という感じでもある。
細かい所は学者先生に任せればいい。中小企業の社長には、他にやらなきゃいかん仕事がいっぱいあるのだから。なので、もっと実用的な疑問に解答を求める。
「結局俺のアビリティはどんな性能を持っているんだ?」
ふむ、と唸って答えるのは勝則。
「体感したものを話しますと……以前お話しした性能、所有物からの負荷を軽減とスタミナの増強。あれが我々にも適用されていたように思います。社長の方ではどうでしたか?」
「めちゃくちゃ身体が重くなったぞ」
「……多人数にバフを与える負荷でしょうか。女帝の集中力増強よりも、身体に大きな強化を付与している為かと」
「能力があるものが、スタミナを気にせず暴れることができる。それがどんな結果を発生させるかは、まさに先ほどの通り。身体が重くなる程度のペナルティならば、安いものかと」
「うーん、確かに」
一樹さんの解説に納得して頷く。そう、本当に安い。今回は戦闘に使ったが、例えば全力で逃げたいとき。これがあれば皆思いっきり走れるわけで。色々と使い所がありそうだな。めちゃくちゃ疲れるけど。
しかし、まあ。
「重い物は俺に預けて、お前らドンと前へ行け。……うん、そういう為ならば一生荷運びも悪くないな」
最初はしょっぱい能力だと思ったけど、こういう性能ならば悪くない。ああ、ヒーローやエリートなんてガラじゃない。俺の欲しい力とは、まさにこう言うものだった。
「マジすんませんでしたー!」
ちょっと遠くで休んでた流が大声で謝ってくる。何事かと視線が集まったり、噴き出す者がいたり。まあなんとか、今回も乗り越えられたな。
水を飲み、安堵を覚えていると眠気が来る。ここで寝るわけにはいかない。二人に断って、眠気覚ましに周囲を歩く。もちろん遠くにはいかない。
警察車両やら何やらで騒がしく、複数のライトが照らしているとはいえ今は夜。しかもこの周囲はほぼ畑だ。街灯はほとんどなく、ちょっと離れれば闇の中。フラフラだし、手元に明かりもない。こんな状態で歩き回ったら事故の元だ。あくまで光の届く所をゆっくり歩く。程よく眠気が薄れた頃、そこに彼女がいた。
「ああ……こんばんはマリアンヌさん」
どうやら、心配をかけてしまったらしい。わざわざ見に来てくれたようだ。さて今日はどんな話をするべきかと思ったら、姿が消えてしまった。確かにさっきまでそこにいたのに。
彼女が唐突にいなくなるなど、いつもの事。驚く事もない。なのになぜか胸騒ぎがする。
「……ニャー」
「にゃー?」
猫の声がする。何度も聞いた声色のような。猫の鳴き声の聴き比べなどしたことないけど、そう感じるのだから仕方がない。
思う所があって、マリアンヌさんが立っていた場所に近寄って見る。案の定そこには、黒猫が一匹伏しているじゃないか。
「……俺を呼んだか?」
「ニャー」
「一緒に来るか?」
「ニャー」
そういう事になった。抱えても、逃げ出す素振りがないのだから間違いない。弱々しく腕の中で震える黒猫を抱えたまま、俺は社員たちの元へと戻った。胸騒ぎは、治まっていない。
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大型バスを改造した護送車の中で、アントニー・アダムソンは眠気に耐えていた。この状況で呑気に眠るほど、彼は間抜けではない。この眠気は、マジックアイテムによるものだ。
車両内には薄い煙じみたものが充満していた。これは雲だ。眠気を与える雲を呼ぶ呪文。警察が、対ハンター用に用意した杖型のマジックアイテム。これによってハンター達が暴れ出すのを抑えているのだ。大人しくしているならば、こんなものは使わない。この車両に乗っているのは、捕まってなお暴れていた者達である。
ベテランハンターであっても、あの戦闘での疲労があっては眠りに抗いがたい。ほとんどが、寝息を立てている。アントニーが起きているのは、ひとえに脳を支配する怒りによるものだった。
『許せねえ……あのザコ……田舎者ども……藤ヶ谷……それから半戸……ッ!』
エリートたる自分が、あんな連中に負けた。警察に捕まった。自由を奪われ、檻へと向かっている。そのすべてが許せない。自尊心にクソを塗りたくられている。
『殺す……全員殺す……俺を笑うやつは、皆殺しだ……ッ!』
どうやって、という具体的な方法は無い。ただただ、屈辱を晴らす事しか頭になかった。まどろむ意識の中で、思いつく限りを殺しつくす。それだけが彼の意識を繋ぎとめるものだった。
そんな状態であったから、唐突に起きた事態に全く反応が出来なかった。
「何だーーー!?」
警官が、何やら騒いだ。轟音が響いた。そして、大型バスを下から突き上げるような衝撃が襲った。わずかな浮遊感の後に、車両は横転。シートベルトをしていたおかげで、車から飛び出ることはなかった。それでも体のあちこちに打撲や切り傷を作ることになったが。
「クソ、いったいどうなってやがる……」
まどろみから目覚めたアントニーは、シートベルトを外すために四苦八苦する。手錠を付けられているので、簡単な操作も難しくなる。バスが九十度横倒しになっているのもよろしくない。周囲の者達も同様だった。
こんな時、もっとマシなアビリティだったら。いつもの怒りがこみあげてくる。この状況にプラーナは使えない。どうしたものかと悶えていると、ハンターの一人が拘束から抜け出した。
一瞬、自分も助けろと言葉を出しそうになる。が、プライドがそれを邪魔した。それはチンピラの振る舞いだ。エリート、リーダーは違う。
「おい、抜け出すのに使えそうなアビリティをもったやつを優先的に助けろ!」
「は……はい!」
これが結果的に自分を助けることになる。優秀な自分は判断を間違えない。自尊心を回復させながら、心中でそうつぶやく。そうしている間にも、外は騒がしさを増している。
「急げ、外で何かが起きている!」
都合よく、切断に関する能力を持っている者が乗車していた。彼が解放され、次々とハンターたちが拘束を解かれていく。アントニーも忌々しい手錠から逃れ、ほっと一息ついた所でバスが軋んだ。
音を立てて潰れる、バス前面。何か大きな力がかかっている。
「あ、ああ、あああーーー!」
音を立てて潰れる運転手。バスに穴が開き、深夜の風が外の空気を運んでくる。煙、血、オイル、そして……獣の臭い。
何かがバスに踏み込み、銃を構えていた警官の胸を剣で突き刺した。
「バ……バケモノ……」
そう呟いて、男はこと切れる。言葉の通りだった。男を殺したのは、人ではない。身長は成人男性ほど。赤銅色の肌に、粗末な鎧。手には武骨な剣。口から飛び出す犬歯。そして額に、角。
「鬼だ……嘘だろ……」
ハンターがつぶやく。こんな怪物、ダンジョンでも見たことがない。アントニーもそれは同じだった。理解が及ばない、状況についていけない。どうすればいい、どうやれば助かる。
混乱する彼らに、聞き覚えのある声がかけられた。
「おう、無事か? 潰れたやつはいないな?」
「ボ……ボス!?」
鬼の隣に、スーツ姿の半戸が立っていた。その雰囲気はオフィスにいた頃と変わらず、だからこそうすら寒いものを感じさせる。その後ろに立つ中田が、青い顔で震えているのにどこか安堵する。そうだ、その反応が普通であるはずなのだ。
「全く、驚いたぞ。まさかお前らがしくじるとはな。しかしまあしょうがない。ドゥームブレイカーズが出張ったんだろう? ならまあ納得だ。仕方がない。切り替えていこう」
「代表……その……怪物は一体……」
「おいおい、失礼なこと言うな。彼らは傭兵だ。ほれ……あれだ……異世界人! ってやつだな。わざわざクライアントに頼んで、援軍を送ってもらったんだぞ? まったく、俺がどんだけ叱られたと思ってるんだ」
薄く笑いながら、肩をすくめて見せる。いつも以上に陽気なその姿に、いよいよもって不気味さを感じざるを得ない。そんなアントニー達を、半戸は手を叩いて促す。
「さあ、さっさとこのガラクタから出るんだ。移動するぞ」
促され、外に出ればおぞましい光景が広がっていた。高速道路の上、あちこちで火の手が上がっている。パトカー、一般車両、区別なく燃えている。当然その中に乗っていた者達も、道に屍を晒していた。
それを成していたのは誰か。鬼である。武装した鬼たちが、人々を襲い、殺し、食っていた。ハンターの何名かが、腹の中身を戻す。ここまで凄惨な光景は、彼らであっても見たことがない。ましてや、それをやっているのが鬼だ。この世のものとは思えない。
自分たちは地獄に迷い込んだのか? アントニーが何も言えずにいると、別ハンターが恐る恐る半戸に問いかけた。
「代表……移動ってどこへ、どうやって」
「次の仕事の為に、協力者を得てな。それの力を借りる。ほーら、お迎えだぞ」
炎に照らされた道路の先に、女が立っていた。妖艶で、この世のものとは思えぬ美貌。魔女のような服装の、浮世離れした女。
「それじゃあよろしく、大魔導士殿」
「契約の履行に必要であるなら、そうしましょう」
魔女が手を振ると、地面から二本の木が生えてきた。瞬く間にそれは成長し絡み合い、アーチを作る。するとアーチの向こう側の光景が一変する。どこかのホテルか、洋館か。ともあれ道路ではない。
あまりにも現実離れした光景に、誰もが声を出せない。そんな彼らを、半戸はあくまで己のペースで進めていく。
「さあ、今日は疲れたろう。ゆっくり休め。俺たちには大仕事が待っている。世界をこんな風にした元凶、ダンジョンを作った女」
半戸は親指を立て、笑いながら己の首を斬る仕草をして見せた。
「魔女マリアンヌ・ヴァルニカを殺しに、ダンジョン地下十階へ行くんだ。さあ、世界を救うぞ!」
*第三章はこれにて終了です。お付き合いいただきありがとうございました。書籍化の詳細についてはまた後日アナウンスさせていただきます。それではまた。
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