第67話 ゲームオーバー

 アントニー・アダムソンの怒りは、いよいよもって爆発寸前だった。それを抑え込んでいるのは彼のプライド一つなのだが、状況の悪化と部下のしくじりが火に油を注ぎ続けている。


「チーム三、負傷二、ダウン二。……敵、負傷二、ダウン一」


 舌打ちを堪えるにも苦労している。全くもって、情けない。地王カンパニーのハンターは精鋭だ。普段は地下四~五階で活動している。ほとんどがプラーナかアビリティ、魔法を使えるし強力なマジックアイテムも装備している。

 本来なら紙を引き裂くように片付いているべき状況、それなのにこの有様。田舎の無名どもに、善戦されているという状況だけでも、彼の自尊心は酸をかけられたような痛みを覚える。

 ……言い訳をするならば、ハンターは軍人ではないという話になる。逃げ回り、ダンジョン内でゲリラ戦を仕掛けてくる相手との戦闘など想定していない。当然訓練も経験もない。

 はじめに逃走したターゲットを、集団で追いかけそうになった時は流石のアントニーも血の気が引いた。横合いから殴りつけてくれと言っているようなものではないか。慌てて引き留めてチーム単位で動かさなかったら、今頃どうなっていたことか。


「ターゲットの状態は」

「遭遇のたびに、攻撃を続けています。複数回の命中を確認していますが、未だダウンには至っていません」

「移動役はまだ潰せないのか」

「ターゲットに防がれます。結果的に相手の被弾は増えているのですが」


 相手のキングの動きは、非常に厄介だった。ダンジョン内で散発する戦闘で必ず顔を出し、状況に方向性を与えてくる。何せこいつを倒せばゲームクリアーだ。攻撃を集中させるのは当然のこと。結果的に他への攻撃は疎かになる。

 認めたくないが、敵はこちらを倒すだけの実力を持っている。床からのびる影によって搬送されてくる、ダウンしたメンバーの数からもそれは明らかだ。


「ほら、さっさと治療しろ。そしたらそっちの待機列行きだ」


 出入口の階段前に立つ藤ヶ谷がそう言い放つ。全くもって忌々しい。そもそも奴が今やった事がクレイジーなのだ。原則、呪文というものは見えていないと対象に使用できない。だというのに藤ヶ谷はこのダンジョン全体を把握している。ダウンした戦闘員を入口まで運ぶという芸当すらやってのけている。

 つまりこのダンジョン内は奴の射程圏内。あの影の性能がどれほどかもわからないため、回避できるかも不透明。こんな魔法使い、ドゥームブレイカーズにもいないだろう。

 アントニーは腹の中で自社の代表を激しく罵る。クソッタレ、ここまでの化け物なんて聞いてないぞ。こんなのを自軍に引き入れる? どうかしている。コントロールなんてできるはずもない!

 それこそ遠距離狙撃でもして、一方的に殺す方が現実的な話ではないか。安全な場所にいる半戸を呪いながら、状況を見極める。

 こちらの脱落者は二十三名。そのうち三名は藤ヶ谷からのペナルティで倒された連中だが、あえてここにカウントしておく。対して相手のダウンは十名。藤ヶ谷によって治療を受け、彼の近くで黙って待機している。

 事前情報通り、敵戦力は三十~四十名。相手を多く見積もっても、四分の一ほど倒したことになる。現実はゲームとは違う。全滅するまで戦うなどありえない。普通であれば士気崩壊してもおかしくないダメージだ。まだ戦闘を継続している事が嘘のように思う。

 まだこちらには七十名近く残っている。このまま戦えば相手の負けは間違いない。それでも戦い続けているのだから、そこにはきっと訳がある。ガッツだけで踏ん張るのはどう考えても無理なのだから。

 その理由は何だ? 籠城時見たことをやっていられるのは……と、そこまで考えてアントニーはいよいよ悪態を抑えられなくなった。


「Shit! 援軍が来る! そうだろう藤ヶ谷!」


 呼ばれた当人は、この期に及んでなお爽やかに笑って見せる。


「その通り。いつ気づかれるか冷や冷やしたものだが、かなり長くかかったな。それほど意外だったかな?」

「そこまで動けるハンター組織は、普通ねぇんだよ!」


 基本的にハンターは個人で動く。チームを組むのは、ダンジョンカンパニーに入った後だ。これはそもそも、ダンジョンに入ろうという酔狂者が少ないことに起因する。

 なので横の結束力というのはそれほどでもない。あってもあくまで個人間。組織同士が身体を張って助け合うなど滅多にない。例外はダンジョンブレイクやスペクターの発生ぐらいだろう。

 他のカンパニーから襲撃を受けて、対抗しようなどと思うのはよほどの大企業くらいだ。普通だったらさっさと降参する。抵抗を考えるのも、それを助けるのも本来だったらあり得ないのだ。

 そういったハンター業界の常識を、藤ヶ谷も心得ている。だからこそ演技ではない笑みをうかべつつ、胸を張って言ってのける。


「うちの社長には様々な美点がある。人徳はその中でも最たるものだ。私も、そして皆も大いに助けられている。だからこそ助けたくなるし、身体を張るというものなのさ。君たちには縁のないことだろうがね」

「黙れよクソがっ!」


 腹立たしいその表情に、ついにアントニーの怒りが爆発する。もはや冷静な司令官をするのもお終いだ。


「全員呼び戻せ! 撤退だ!」

「は? しかしまだ……」

「馬鹿が! これは罠だ! やつらは自分たちを餌にして、俺たちをここに引き留めた! 逃げないとやられるのはこっちだ!」


 そうだ。ダンジョンに引き込まれ、ゲームじみたことをやらされたこと自体が相手の思惑なのだ。やれる、勝てそうだというその油断こそがこの状況に止まらせた。このままでは最低でも任務失敗、最悪は文字通りの全滅がありうる。

 アントニーは軍にいた知識と経験からそれを思いつく。ハンターたちにはそれがない。イリーガルな作戦に参加した経験はあっても、しょせんは力を持つ素人にすぎない。現場の対応はできても、広く状況を理解しようとは思いつきもしないのだ。

 叫び散らすアントニーに、場違いな拍手が送られる。


「素晴らしい。この状況でその判断ができる。一般的なハンターでは無理だ。何かしらの専門的な訓練をしていたと見える。まことにお見事」

「藤ヶ谷……よくもふざけたことを。騙しやがった分際で!」

「罵られるいわれはない。そもそもそちらは銃器をもったハンターによる武装集団。こちらを害そうとやってきたものども。身を守るために手を尽くすのは当然のこと。よもや自分たちがまっとうな対応をしてもらえるお客様だと勘違いしていないだろうね?」


 我慢ならず、ハンドガンをクイックドロウ。ハンターとして鍛えられた身体は、片手であっても正確な狙いを実現させた。間を置かずに放たれた三発の銃弾。そのどれもが、藤ヶ谷から不自然に逸れた。


「君たちの武装を知っているのだから、当然こういう備えはしているとも」


 余裕を浮かべるその顔が気に入らず、今度は彼の足元の者共へ銃口を向ける。だが引き金を引くまでには至らなかった。黒い影が槍のように伸びてきて、彼の銃を破壊したのだ。


「やれやれ、つくづくルールを守らない挑戦者だ。お里が知れるよ」

「今更ルールとか、馬鹿にしているのか!」

「その通りだとも。なんだ、まだわかってなかったのかね?」


 アントニーの頭で、何か太いものが千切れる音が響いた。ヘビィメイスを握りしめ、飛び掛かろうとしたその時。


「はい、それではゲームオーバー。君たちの負けだ」

「ドゥームブレイカーズだ! 全員、武装を解除してその場に伏せろ!」


 階段の登り口に、抜き身の刀をひっさげた男が大声で宣言した。見間違えるはずもない、『剣聖』国友くにとも道明みちあき。その隣には『女帝』の姿もある。

 だがそんなことより、目の前に刃を突きつけられたかのような恐怖がアントニー達を襲っていた。誰のものかなど、語るまでもないだろう。


「なんだか知っているような人たちがいる気がしますが、それはそれ。私は迷惑しています。社長さんも迷惑しています。なので手加減はあんまりしません」


 一歩ごとに、長い髪が揺れる。魅惑的なボディラインを惜しげもなくさらした、レオタードじみた戦闘用スーツの女。その手には、うっすらと輝くグレートソード。


「斬られたい人はそのままで。そうでないなら伏せていてくださいね」


 大上段で剣を構えた、『断神』観月みづき里奈りながそこにいた。


「迎撃ーーー!」

断神リーパー!」


 銃弾が、魔法が、空飛ぶ刃が。次々と観月を襲った。しかしそれらすべてが、空中で断ち切られた。刃は届いていない。アビリティの効果である。

 血の気が引く。なんだあの出鱈目な能力は。魔法はどれも大概だが、あれはその上を行く理不尽だ。彼女が動ける限り、こちらが無事に逃げ切ることはできない。

 一つだけ幸いなのは、援軍がたった三人であるということ。日本トップスリーが揃っているのは間違いなく悪夢じみているが、彼らも不死身じゃない。数で押し切る事が出来ればチャンスはある。


「総員、増援を攻撃! 残りは藤ヶ谷をけん制! こいつらを抑えない限り、逃げ出すこともできねえ! やれ! さもなきゃ全員終わりだぞ!」


 鬼気迫るアントニーの声に、ハンター達が己の武器を構える。多勢に無勢といった状況に、ドゥームブレイカーズの三人も顔に緊張をにじませる。

 その時だった。


「たのもーーーう! アントニー・アダムソン、いざ尋常に勝負ー!」


 どこか能天気な大声と共に、傷だらけの鎧に身を包んだターゲットが配下を引き連れて突撃してきた。


/*/


 危機一髪とはこのことだと思う。ギリギリのタイミングで間に合った。元々、地王カンパニーがダンジョンに集まった時点で、里奈さん達に連絡を送る手はずになっていた。ポータル札を使用してもらい、戦力を送ってもらう予定だった。

 しかし中々予定通りとはいかないもの。本日、彼女たちはブレイク寸前のダンジョンの対処をする仕事に従事したとのこと。皆が疲労を覚えているので、大人数で援軍は無理。それでも道明さん達は来てくれた。三人とも疲れているだろうに。


女帝エンプレス!」


 かおりさんがアビリティを発動する。戦いの連続でぼやけ始めてきた頭に、集中力が戻ってくる。敵の、そして味方の動きがよく分かる。これが数々の戦いを勝利に導いた力か。そりゃ日本政府も手放したくなくなるというものだ。


「チェインスパーク!」


 小百合が、その手より稲妻を放つ。一人に命中したら、その次へ。まさしく繋がる雷の名の通り、新しい獲物へ稲妻が襲い掛かっていく。対集団に使用するには、これ以上ない呪文だ。


「アイスボム!」


 勝則はテクニカルに攻めている。敵集団がいる場所で、冷気の玉を爆発させている。直撃すればもちろん大ダメージ。しかし冷気に触れるだけでも熱を奪われる。行動が鈍るというのはこの状況でかなりのペナルティ。狙い目を見つけた梧桐くんが、さっそくブラックジャックで張り倒している。


「ぬんっ! ふんっ! ストライクっ!」


 ……そして、地味にえぐい攻撃をしているのが歩である。あいつってば、この日の為に『投げやすい石』を川から拾い集めてきた。それをプラスチック籠に入れて、ウッドゴーレムに運ばせている。

 もちろん歩にゴーレムの操作はできない。あのゴーレムは『籠をもって歩の後を付いていけ』という命令を実行しているだけだ。そしてそれで十分。あいつは好きなポジションに移動して石を投げ続けている。

 たかが石と侮ることなかれ。直撃すれば怪我をする。頭部に命中したら戦闘不能となる。ハンター達も防御せざるを得ない。そしてそこをハガクレが突くと。いい連携だ。……ナイフは奥の手として取ってあるようだが、使うタイミングあるかどうか。いや、無くてもいいか。対人に使うには危険な武器だしな。

 宏明もナイトスターを振り回し奮戦している。我が方の戦力が、なりふり構わず全力戦闘。ここで押し切らねば後がない。

 今、この場での戦力差はほぼないに等しい。だけどあと数分もすれば、ダンジョンに散った敵戦力が集結する。そうなったらもう勝ち目はないだろう。何としてもこの場で勝利を掴む。本陣を討てば、残りは流石に降参するだろう……というのが予想である。

 今回結構予想が外れているのだが、こればかりはどうか当たってほしいと願わざるを得ない。


「ザコ野郎が……どこまで俺の邪魔をしやがる」


 そして目の前の金髪大男が、大変ブチギレ状態で俺を睨んでいた。


「そりゃ邪魔をする。あんたの都合に付き合う理由なんて何もないからな」

「いい度胸だ。そんなに死にたいなら、今殺してやるぜぇ!」


 ヘビィメイス……おそらくはマジックアイテムであるそれを振り回し、アントニーが間合いを詰めてくる。流石はベテラン、大柄な体に見合わぬ隙の無い動き。だけどこちらも、付け焼刃と言えどもさんざん対人戦闘を仕込まれたのだ。後れを取ったりはしない。なにより女帝のバフが利いている。


「シッ!」

「ふんっ!」


 コンパクトに振り回される金属鈍器。一番威力のある頭の部分に当たらぬよう、一歩踏み込んで大盾をねじ込む。メイスは俺も使うから、その弱点もわかる。ヘッドの部分以外が当たると、威力が出ないのだ。

 柄の部分とか、木か鉄の棒でしかない。盾や鎧に当たっても、僅かな衝撃を受けるだけだ。プラーナを蓄えた今の俺だと、痛みすら感じないかもしれない。まあこれは、結構な武器に言える弱点だ。

 威力が出るように整えられた部分を狙って当てる。戦士はそのように訓練する。剣、槍、ハンマー、メジャーだろうとマイナーだろうと正しく使わないと武器はその性能を発揮できない。

 そして大盾は、その正しい使用を妨害できる。もちろん、そのように使うためには知識と技術、そして努力が必要だ。所詮俺は、盾を持ち始めて半年。戦士でもなければ達人でもない。でも練習は続けてきた。指導も受けた。やってやれないことでは、ない。


「てめえ!?」

「ザマアッ!」


 盾の縁を相手の肩口にねじ込んでいく。相手のアーマーは薄い。関節部分を守っていないので、それなりに痛むだろう。


「このっ!」


 苦し紛れの蹴りが、俺の腹に命中。プラーナで強化された、いいキックだ。しっかりみぞおちを狙っている。だが、大魔神3の防御力と、俺自身のプラーナ。さらには鍛えつづけた腹筋が、ダメージをほぼゼロにした。

 そして、この状況で片足を上げるのは失敗だ。


「おらぁ!」


 飛び跳ねるような、体当たりをぶち込む。体格はあちらが上だ。しかし俺は重装備。今なら重さは俺が上回る。思惑通り、相手は大きく後退を……。


拷問官トーチャー

「ぐうううううっ!?」


 目を潰された。耳を千切られた。爪を剥がされた。舌を焼かれた。肌を剥がされた。一瞬で複数の痛みが俺を苛む。だけどもう、対処法は心得ている。魔女の剣をナイフの形で呼び出し、自分に突き刺す。幻痛は消え去った。


「くそ、もうキャンセルしやがった。なんなんだそのアイテムはよ」

「ふうう……教える義理はないなあ」


 全身にかいた脂汗を不快に思いつつ、大きく息をする。いやはや参ったぞ。魔法の剣なのだが、その効果は絶大だ。……ため込んでいたプラーナも、香さんのアビリティもキャンセルしてくれちゃった。

 いやまあ、自分に有利なものだけは残すとかそれはもうズルなんてレベルじゃない。この程度は甘んじて受け入れるべきだ。とはいえ、再びプラーナを貯めこむまでは安易に攻撃を仕掛けられない。攻撃を防ぐのも、この状態では難しいからな。

 俺たちの短い攻防の間にも、状況は進んでいる。


「はぁぁぁぁぁぁっ!」


 断神様大暴れ。自慢のグレートソードを振り回し、縦横無尽に暴れている。敵側はそれを遠巻きにして、魔法などを使用し間接攻撃で対処している。そりゃそうだ、誰が好き好んであの刃に近づきたいと思うのか。

 おかげで相手は有利な状況を作れていない。囲もうと足を止めれば、グレートソードが空気を切り裂いて近寄ってくるのだから。

 道明さんと香さんの動きは消極的だ。やはり疲労が残っているのか、里奈さんの乱した敵の集団へ攻撃を仕掛けるぐらい。それでも十分助かっているが。

 うちの社員はといえば……あんまりよろしくないな。徐々に敵が集合しつつある。それの対処に手一杯になり、攻勢が止りつつある。それどころか、押されている者もちらほら。


「死ねぇ!」


 ナイトスターで状況をかき回していた宏明に、敵の刃が迫る。


「うぉああああ!?」


 咄嗟に叫びながら、サイコシールドで攻撃を防ぐ。あれは論理魔術の盾とほぼ同じもの。攻撃を防いでくれるが短時間しかもたない。まずいぞ、あいつの近距離戦闘能力は高くない。だれかフォローを……と思っていたら、敵の背後に迫る影あり。


「しっ!」


 それは踊るような、芸術的ともいえる一撃だった。身体を振り回すようにして威力を高めたブラックジャックが、相手の顎へと叩き込まれた。ボクサーがそこへの一発でダウンするように、ハンターと言えど耐えられなかった。


「気を付けなさいよ」

「ありがとう……って、ええ!?」


 宏明が驚くのも無理はない。何せ彼を助けたのは、今回の戦いには参加する予定ではなかった人。ハガクレの元ナンバー1、乙川とわさんである。


「集中しなさい」

「あ、はい……」


 そう言い残して彼女は、乱戦の中に飛び込んでいった。うーむ、後で話を聞かねばな。それはさておき、天秤はあちらに傾きつつある。不味い。この状況をひっくり返す札は流石に用意してないぞ。一樹さんが動けばワンチャンあるが、彼は別の事で忙しいし。


「……手こずらせてくれたが、ここまでのようだな。後はお前を捕まえれば……はっ、最後の最後で運が巡ってきやがったぜ」


 凶悪に笑う、アントニー。ヘビィメイスを、思いっきり振りかぶってきた。不味い、捌ききれない。大盾で受けたその瞬間、まるで車に跳ね飛ばされたかのような衝撃を受けた。そのまま、空き缶のようにダンジョンの床を転がっていく俺。目が回る、吐き気がする、腹の中がひっくり返っている。


「は、ハハ、HAHAHA! Good! よーしよし、こうでなきゃ。お前みたいなゴミは、床を転がってるのがお似合いなんだ、よっ!」

「がっ!?」


 蹴り飛ばされた。腕で防いだが、これまた衝撃が身体の芯に届く。呼吸がままならなくなる。プラーナの再生産が乱れる。駄目だ、このままじゃ。

 そう思ったが、アントニーがヘビィメイスを振りかぶっているのを見て、慌てて転がる。さっきまで俺がいた場所に、重い金属叩きつけられた。


「俺はエリートなんだ。だけどお前らみたいのに、毎回足を引っ張られている」

「ぐうっ!」


 メイスは避けられるが、キックはだめだ。距離が取れない。また一発貰ってしまった。


「いい加減うんざりだ。今回も面倒かけやがって。俺の栄光を、邪魔すんじゃねえ!」

「ぎっ!」


 顔にキックが迫る。これまた腕で防いだが。頭を揺らされた。身体が軋む。駄目だ、まともに体が動かなくなってきた。だけど立たなきゃ負ける。動かない身体をどうにかする方法……あ。あるじゃないか。

 プラーナを動かす。八匹の弾丸サンマを運搬したあの時のように、巡らせたプラーナを操作すればいいのだ。意識すれば、簡単だった。バネ仕掛けのおもちゃのように、俺の身体は立ち上がった。


「っ! まだそんな元気があるのか。化け物かよ、気持ち悪い」

「……邪魔をするな、か」


 蹴り飛ばされた時の言葉が、頭の中に反響している。邪魔、邪魔なあ……。


「邪魔なのは、お前の方だボケがぁぁぁっ!」

「っち!」


 『武功技法序言』に則り、プラーナを操作する。驚くほどスムーズに、拳が前に出た。ヘビィメイスで防がれたが、構わない。ワンパンチで終わるとは思ってないし、武術の動きというのは繋がっているものだ。


「こっちは、社員が増えて大変なんだ! お前らにかかわってる暇はないっ!」

「な、ぐ、だっ!?」


 突きが終われば、次は蹴り。その足を下ろし、今度はそちらを軸にして逆足で蹴り。『武術第一次学』で学んだ、基本的な技法。繰り返し練習しろと書かれていたもの。それが俺に、連続攻撃をやらせてくれている。


「何がエリートだ! お前らはただの、犯罪者だ! 人様の迷惑となるようなやつに、栄光なんてあってたまるか!」

「く、そ、がぁぁぁっ!」


 苦し紛れに振り回されるヘビィメイス。それを紙一重で避ける。プラーナ操作のおかげで、こんな事すらできてしまう。

 肩で息をするアントニーが、激怒しながら吠える。


「ザコが、一体何様のつもりだぁ!」

「社長様に決まってんだろうが! 大君タイクーン!」


 一気に押し込もうと、アビリティを発動させる。その途端、いつもと全く違う感覚と共に、


「な、あ!?」


 驚き戸惑う俺。が、それ以上のことが周囲で次々と起きていた。


「ライトニング……ライトニング……ライトニング・インフェルノッ!」


 小百合が、全身から稲妻を発射した。まるで稲妻のハリネズミ。周囲のハンターが、次々と感電し倒れていく。


「フロスト・エクスプロージョンッ!」


 勝則の方は、避けようのない冷気の大爆発を引き起こしている。直撃を食らったやつは全身真っ白になっているし、余波を貰ったものは凍えてその場にうずくまった。


「お、おおお。なんだかよく分からんけどパワーがきたぁぁぁ!?」


 宏明が叫びながら右手をかざす。その先にいたハンターの身体が宙に浮く。今度は左手をかざすと、別の相手が同じように。そして両者をぶつけてみせる。サイコキネシスによる大技だと、なんとなく分かった。


「……」


 歩は手に持っていた石を、籠にもどした。彼は理解したのだ。今のパワーで投石すれば、相手を殺してしまうと。なのでもっといい方法を選んだ。ちょうど同僚がいい例を見せてくれたから。


「ふんぬらばっ!」

「うぁぁぁ!?」


 倒れ伏したハンターを掴み上げ、敵に投げる。流石に仲間を撃墜するわけにもいかず、そのまま受け止めてひっくり返る。シンプルで、確実な無力化方法だった。

 この様に、仲間たちが次々とハンターたちを撃破していっている。数で抑えれていたのに、それをひっくり返す大暴れ。うちの社員ですらこの無双ぶり。では、あの三人はどうか。


剣聖ソードマスター!」


 アビリティの宣言と共に、道明さんの姿が消える。次の瞬間、彼の前にいた者共の武装が切断され地面に落ちる。マジックアイテムであってもだ。彼らが悲鳴を上げる中、再び姿を現した剣聖が刀を上段に構えた。


「降参しろ。次は手首を落とすぞ」


 青ざめ、次々と自分で床に伏せていくハンターたちを眺めて彼は小さくガッツポーズ。


「過去最速、最高精度! うーん、バフの二重がけ、素晴らしい」

「これ、社長さんだね。私の方もすごく楽になってる」


 香さんの言う通りだ。どうやら俺の大君が、味方全体を強化するなにかをしているらしい。皆の大暴れは、『女帝』との相乗効果によるものだろう。

 ……さて。この状況で、我らの断神様はどうなっているかというと。


「うーん……えい」


 グレートソードを一振り。刃は届いていないのに、周囲のハンターの肉が裂ける。血が噴き出す。武装が破壊される。阿鼻叫喚地獄絵図。


「力加減がぜーんぜんできませんね。これはちょっと駄目かな?」

「ダメだから、君はアビリティを止めてね。お願いだから」


 一樹さんがフォローに入った。今回彼の仕事は多く、その中には死人が出ないように双方の攻撃を調整してもらうというものがある。でなければどうして、相手が銃器を持っているのに俺たちが平静で戦闘できるだろうか。

 とはいえ彼にも限度があり、どうやら里奈さんの火力はそれを超過したようだ。恐るべし、日本最強。


「なんだ……なにが……なにをしやがった、お前はぁ!」


 周囲の惨状を見て狼狽えていたアントニーが、俺に向けて吠える。いや、助かった。わずかでも息を整える時間がもらえたから。おかでげアビリティの負荷に慣れたし、プラーナの充填も完了した。あと三十秒くらいなら、全力で戦える。


「お前にはできない事だよ、拷問官トーチャー。……しかしまあ、

「てめぇぇぇぇぇぇぇ!」


 思惑通り、激高して殴りかかってきた。使いたくない、などと口にしていたからな。多分アビリティにコンプレックスがあったんだろう。ここまでは予測通り。そして困った。『女帝』のバフが再度かかり、速度を増した思考の中で独り言ちる。

 迎撃が間に合わない。身体の苦痛が足を引っ張っている。ヘビィメイスは直撃コースだ。これを避けるともう戦えない。さりとて直撃しても……ええい、死なば諸共。

 そう覚悟を決めた瞬間、目にもとまらぬ速度で隣を走り抜ける男あり。


「デリバリーっす!」

「がぁ!?」


 流が、拾った大盾をぶん回してアントニーの後頭部を引っ叩いたのだ。もちろん角で。突撃は参加できないから、離れた場所で待機させていたのに。全く、やってくれる。

 プラーナの守りがあるので、奴へのダメージは少ない。だけど隙はできた。俺はこぶしを握り締めて、渾身の突きを放つ。狙いはあえて防具の上、胸部。何せこれは、一般人に使うと即死させてしまうと一樹さんから物騒なお墨付きをもらってしまった技だから。

 『武術第一次学』、初級正拳突き!


フンっ!」

「ぐふぅ……!?」


 衝撃で、アントニーの身体が大きく揺れる。上体が崩れる。今しかない。これがラスト。相手の右腕を取り、渾身の力を込めて、一本背負投いっぽんぜおいなげ

 大柄な身体が宙を舞い、背中から思いっきりダンジョンの床へと叩きつけられた。


「がはっ……」


 アントニーから力が抜ける。白目をむいている。それを確認して、大声で宣言。


「アントニー・アダムソン、討ち取ったりーーー! 無駄な抵抗を止めて、降参しろ! さもなくばいよいよもって断神様に暴れてもらうぞ!」

「やります!」


 元気よくグレートソードを掲げて見せる里奈さん。俺は勢いで脅しを口にしたのだが、彼女は今からでも剣をぶん回す勢いである。あ、わかるぞ。ここまでやる気じゃなかった案件に突入する奴だこれ。

 冷や汗を流す俺だったが、本当に幸いなことに相手側のハンターたちが武装解除し始めた。よかった、無謀な戦いを試みるやつがいなくて。一樹さん、顔引きつらせてたものな。


「社長!」

「かっつん、すまん。後は任せた。俺はもう限界だ」


 アビリティもプラーナも解除して、仰向けに倒れこむ。


「はい、空飛ぶ絨毯おとどけ!」


 そして流が、タイミングよくフライングカーペットを滑り込ませてくれた。床の硬さではなく、柔らかな布地に身体を任せる。


「流石に……オーバーワークだ」

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