汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず

鋼我

今日からダンジョン管理人

第1話 ダンジョン付き一軒家

 天井の高い、洞窟の中。宙をニワトリが飛んでいる。そう、白くてふくよかな、あのニワトリだ。赤いトサカのあるもの、ないもの。オスメスの区別なく、見えるだけでも十数羽。

 バサバサと、賑やかに羽根を動かして飛んでいる。もちろんニワトリだから、鳴き声も喧しい。


「コッコッコ。コケーッ!」

「コケーッ! コケーッ! コケーッ!」


 いやもう、本当喧しい。平常時でこれなのだ。命のやり取りが始まったら、いったいどれほどの騒がしさになる事やら。


「先輩、ほんとうにアレに手を出すんですか」


 いつも沈着冷静、優秀の極みみたいな後輩(兄)。流石にこの状況には余裕がない。


「私たちの魔法、効果があるんでしょうか?」


 同じく、いつもなら元気で勝気な後輩(妹)も怖じ気づいている。これはいけない。主戦力であるこの二人が及び腰では、事故が起きかねない。

 俺は、新調したばかりの大盾を手のひらで叩いてみせる。


「心配するな。俺が盾になる! たくさんいてもニワトリでしかない。せいぜいひっかき傷と皮膚に穴が開く程度よ。……目とか耳とかは、やや危険かもしれんが」

「いえ先輩。流石にそれは駄目でしょう」


 兄の方から冷静な駄目出し。しまった、しくじったか。……とはいえ、こんな場所でぐだぐだやるのも事故の元。


「じゃあ、目的変更! 俺が死ぬ前に、なんとしてでも仕留めてくれ! はい、作業開始! ご安全に!」

「強引すぎる! ええい、まったく」


 兄妹の手に輝きが宿る。それに気付いたのか、ニワトリ達の一部が、群れから離れる動きを見せる。どうやら突っ込んでくるようだ。

 正直言えば、怖い。爪も嘴も鋭そうだ。そんなのが群れを成して襲い掛かってくる。怖くないはずがない。

 だが、俺は踏ん張らなくてはいけない。それくらいしか、取り柄が無いのだから。カラ元気を上げて吠える。


「さあ、今日の夕食は唐揚げだ!」


/*/


 事の起こりは、今より二か月前。


「……ダンジョン、ですか?」

「はい。ダンジョンです。お宅の敷地にあるのですが……まさか、ご存じないと?」


 土曜の9時。朝でもなく昼でもない、そんな時間。掃除洗濯を済ませ、引っ越しの荷ほどきに手を付けるかというタイミングでインターホンのチャイムが鳴った。

 引っ越してきたばかりの俺、入川いりかわ春夫はるおにこの地域の知り合いはいない。越してきた初日に、近所に挨拶にいった。だが、どのお宅も玄関が開くことが無かった。夜になっても電気がつかない。どこもかしこも空き家だらけ。

 まあダンジョン発生から10年、こういう地域は珍しくない。付近にダンジョンがある事はあらかじめ聞かされている。その上で越してきた。だからそこまで不思議には思わなかったのだ。

 で、玄関を開けたらこれである。背広を着た、真面目そうなお兄さんが挨拶してきた。名刺を受け取れば、市役所のダンジョン管理課と記載されている。

 そして、最初のやり取りに戻る。


「あの、何かの間違いでは? 近所にダンジョンがあると前の家主からは聞いていましたが」

「いえ、間違いなくこのお宅です。こちらの書類にある通りです」


 ダンジョン管理者記録表、と書かれたそれを差し出される。そこに記載された住所は間違いなくここのもの。そして、前の家主の苗字である黄田こうだもたしかに書かれてあった。

 ポケットに突っ込んであったスマホから電話をかける。相手は前の家主、の家族。大学時代の後輩である。


『……おかけになった電話番号は、お客様のご希望によりお繋ぎできません』

「くそ、あいつ着拒にしてやがる! マジか、ウソだろ」


 血の気が引いていく。まさか、よもや。足元にいきなり落とし穴が空いた感覚。頭がくらくらしてくる。


「あの……庭に、それらしいものがあったと思うのですが」

「庭ぁ……」


 俺はかつて、これほどまで『庭』という単語に感情をこめて発した事がない。多分これからもないだろう。あってたまるか。

 思い当たる節があるのだ。あれは引っ越し前、この家に訪れて説明を受けた時の事。


『先輩、この庭のここなんスけど。古い井戸の跡がまだ残ってるんスよ。潰すのは金かかるし、とりあえずこんな感じなんで触らないでくださいね』


 プラスチック製の大きな板の上に、重しとして置かれた金属の板と棒数本(たぶん元は棚だったもの)。庭にあった、不格好なオブジェ。

 引っ越しの際に使った軍手を掴み、靴を履いて庭へ。金属棒を退かして、板を跳ね上げる。

 そこには、下へと続く石造りの階段があった。ダンジョンの入口の共通点。大人二人が並んで歩けるほどの幅。テレビの映像や、学生時代の研修で何度も見た。間違いない。

 俺はひざから崩れ落ちた。


「リューのクソ野郎……騙しやがったな……ッ!」


 後輩のあだ名を、怨嗟と共に吐き出す。黄田こうだりゅうは大学時代から、チャラついたお調子者だった。それでも悪人ではなかったのでつるんでいた。で、家を手放したいから格安で譲りたいという話をつい最近持ち掛けてきた。

 駅にも近い良い物件だったし、家もそこまで古くなかった。完全に投げ売り価格で、その理由が近隣のダンジョン。よくある話だったから疑いもせず買った。通勤時間が短くなるのが最大の決め手だった。その結果がこれである。


「すみません。心中お察し致しますが……仕事なので、内部の確認をさせていただきます」

「……どうぞ」


 市役所のお兄さんが、スマホのライトを光らせて階段を下っていく。一人で行かせるのは気が引けた。ダンジョンは第一階層であっても安全ではない。万が一があってはいけないと、後ろからついていく事にする。

 ダンジョンの中は、意外と明るい。目が慣れてしまえば、ライトが要らなくなるほどだ。しかしお兄さんはライトをそのままにしている。ちょっとのぞき込めば、カメラが録画モードだった。記録を取っているのだろう。

 あと一歩で第一階層。そんな場所まで下りた。


「「うわあ」」


 そして二人そろって呻いた。石造りの地下通路。そのあちこちに見えるソフトボールほどの緑の球。人知の及ばぬ怪物。モンスター。ダンジョンの清掃人、通称こけ玉だった。

 戦闘力はほぼ皆無。大人ならまず負けない。子供や老人だと複数体による圧死の危険がある、というのは一般常識である。

 それが、わんさかいる。俺たちが入口にいるからこちらには来ないが、一歩踏み出せば集まってくるだろう。


「戻りましょう」

「はい」


 俺たちは踵を返して地上に戻った。だいぶ早足で。


「……どうやら、前の管理人はほとんど駆除業務をしていなかったようですね」

「そうなんですか」

「このダンジョンが現れてまだ一か月経っていません。なのにあの数です。そうとしか考えられません。罠が仕掛けられた痕跡もありませんでした」

「一か月……なるほど」


 流のヤツから唐突に連絡があったのが約二週間前。その時点ですでに俺へダンジョンを押し付けることを企んでいたというわけか。ナメた真似してくれるじゃねぇか。

 怒りでどうにかなりそうだが、差し迫った問題に対処する方が先だ。


「このダンジョン、自分が管理する必要があるんですよね?」

「はい。申し訳ありませんが、現在の土地の所有者が入川さんである以上、そうなります」


 知らなかったから俺はやらない、で済まされる話ではない。見事に引っかかった俺が言うのも恥ずかしいが、この手の詐欺はよくある。被害者は当然、ダンジョン管理を放棄しようとする。

 しかし、法律がそれを許さない。ダンジョン管理放棄は重罪と定められた。現在はそのような世の中になっているのだ。なので、心情的には嫌だと叫びたいところだがぐっと我慢して現状に対応する。

 そして思いつく問題を口にする。


「免許、もってないのですが」


 ダンジョンには危険が詰まっている。そこに何の訓練、知識もない者が入って良いわけがない。そこで国はダンジョン免許制度を作り上げた。車と同じように座学と実技を学び、試験を受けて取得する。

 なお、免許には管理と入場の二種類が存在する。管理が甲種、入場が乙種と区別されている。一応、管理の方が難しくなっているが……聞いた話、両方とも合格ラインはかなり低いらしい。管理者が足りていないのだ。


「市の方で仮免許を発行します。ダンジョンの維持管理が最優先ですので」

「……わかりました。手続き、よろしくお願いします」


 頭を下げつつ、ため息をつく。とんでもないことになってしまった。会社の通勤に都合の良い家を買っただけのつもりだったのに、なあ。

 とりあえず、何から始めるべきか。ダンジョンについては、仮免許の発行待ち。それほど時間はかからないだろう。役所としてもモンスターの流出、いわゆるダンジョンブレイクは是が非でも避けたいだろうから。

 なので空き時間はせいぜい数日。1日か2日か。で、あれば……。


「ところで。これって詐欺で訴えられますかね?」

「ええ。ひどい話ですが、よくある事件です。警察に相談されるとよろしいでしょう」


 とりあえず、そこから手をつけることにする。あとまあ、大学の人脈に流のやらかしについて情報を回すぐらいだ。少しでも金が戻ってくれば良いが……望みは薄いか。

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