電脳少女に恋をした

雨乃りと

第1話『可憐で奇妙な訪問者』

コンコンコン。


涼風すずかぜさん、いらっしゃいますか」


「また来た......。本当に何なんだこの人......」


家主の少年はモニターを注視しながらそう呟いた。彼の手は微かに震えている。


モニターに映っているのは、見覚えのある制服を身にまとった少女だ。ミルクティー色の髪を腰近くまで伸ばしていて、前髪が少し掛かっている瞳は淡い灰色。

驚くべきはその端麗な容姿だ。瞳も、鼻も、口も、人形のように整っている。それでいて、幼さも感じられて可憐な印象も受ける。


彼女と彼は一切面識はない。こんなに特徴的な見た目なのだ。少しでも関わりがあれば嫌でも記憶に残るだろう。


しかし、彼女は毎朝彼の元を訪ねてくる。

彼女に誰ですかと訊けばそれで済む話だが、怖れと面倒臭さから未だ行動に移せていない。


彼女は毎朝同じ時間に訪ねてきて、無視していると数分で姿を消す。現状実害は無い。

「そういえば、なんであの人、呼び鈴を鳴らさないんだろ......」


彼女がこの家を訪ねるようになったのは三ヶ月前。

その頃何かあったかと記憶を巡らすが、特になかったと思う。

彼は半年前から不登校となり、家に引きこもっている。三ヶ月前も、なんの面白みの無い日々を過ごしていたはずだ。

鼻をかもうとして近くのティッシュ箱に手を伸ばし中をまさぐる。

「うわ、切れてる......。だるいなぁ......」

少年はあくびをして、散乱としているゴミを避けるように元いた部屋に戻っていった。


「あーもう、重い......」

二度寝から醒めた彼は珍しく外に出ていた。今は用事を済まし、家に帰っている道中である。

時刻は夕方の四時。だいだいの空にカラスの鳴き声が木霊こだましている。

疲れきった足をなんとか進めていた時、ふと、背後から刺すような鋭い視線を感じた。

「......」

息を詰まらせながらゆっくりと振り向く。

――と、少し遠くの路地裏に、ひょっこりと顔を出している見覚えのある少女がいた。彼女の目には何の感情も無く、ただ、彼のことを観察するようにじっと見つめていた。

「ひっ......」

思わず息を呑んだ。

幽霊に抱くものと同種の恐怖に襲われたが、気力を振り絞ってにらみ返す。

もしストーカーなら自分の存在に気づかれた時点で逃げても良いはずだが、彼女は無表情のまま微動だにしない。


何はともあれ関わるべきではない。そう判断して少年は駆け出した。

「あの子......いつも家に来る子だよな......」

はぁはぁと荒い息を吐きながら、ふと足を止めて振り返った。

背後に誰もいないことを確認して彼は胸を撫で下ろした。

大きく息を吐いて呼吸を整える。

「明日筋肉痛やばそうだな......」

今にもふくらはぎが吊りそうだ。右足を引きずるようにしながら何とか足を進める。


数十分後。ようやく自分の家が見えてきたのだが。

「は......?なんでいるんだよ......」

急に目眩めまいがして、足元が覚束おぼつか無くなる。

凪音の視線の先に、彼の家を見つめて立っている少女の姿があった。

――おかしい。すれ違った憶えが無いし、かなり走った。先回り出来るはずがないだろ。


彼女と少し距離をとって立ち止まる。早鐘のように鳴り響いている鼓動を落ち着かせながら問う。

「貴方は誰なんですか?どうして毎朝僕の家を訪ねてくるんです。僕ら面識ないはずですよね」

彼女は少年の方を見て、相変わらずの無表情のまま首を傾げた。

その様子は、まるで機械仕掛けの人形のようで。

「面識......?確かにありませんが。私は、貴方に会いに来たのです。涼風すずかぜ凪音なぎと様」

硝子細工のように儚い声だった。

「なんで、僕の名前を知って……」

凪音の言葉に彼女は再び首を傾げた。

「あれ、聞いていないのですか?私はある方からお願いを受けて参りました。貴方を支えて欲しいとそうお願いされて参ったのです。凪音様」

「全く意味が分からないんですが……。とりあえず貴方の名前を教えてくれませんか?」

「名前......。長くなるので説明は省きますが、私に呼び名は三つあるのです。どちらがよろしいでしょう」

「三つ......?」

あまりに平然とした様子でそう言うものだから、自分がおかしいように思えてくる。

「では、貴方が一番気に入ってる名前でお願いします」

「私が一番気に入っている名前......。では、私のことはしずくとお呼び下さい」

「分かりました。苗字は何というんですか?」

白雪しらゆきです」

白雪雫。彼女が纏う儚げな雰囲気に、ぴったりな名前だと思った。


「言い忘れていたのですが、凪音様が私に敬語を使う必要はありません。私は、貴方に返しきれない恩がありますから」

「恩?何を言ってるんですか。先程も訊きましたが、雫さんと僕は初対面のはずです。それに、雫さんが着ているのは近くの高校の制服ですよね。雫さんはお幾つなんですか?」

雫は、自分の着ている制服を一瞥いちべつしてから答えた。

「そうですね。一応十七歳の高校二年生、という事になっています」

所々言動が引っかかるが、一先ず置いておくことにする。

「同い年なんですね。僕も高校二年生です」

「はい。存じております」

「なんで存じてるんですか......」

最初の印象は恐怖、不安、不気味、などなど。今の印象は幾らかマシになったものの、完全に解消されるには至らない。

なぜ自分を知っているのか、誰に依頼されて来たのか、あまりに未知が多いままだ。


「ここが凪音さんのお家ですよね」

「はい、そうです」

「分かりました。では、自己紹介も済みましたので失礼します」

雫はそう言って、深く頭を下げた。

「……はい。ではまた」

凪音の言葉に雫はこくりと頷いて、目の前の建物に入っていった。

「ん?そこ俺の家......」





















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