なにやら順調に行かないようだ
思ったよりも感動はしなかった浜名湖を観光し、俺は舞坂を出発した。環境の手入れとかされてないから木が生え放題で景観最悪だったんだよね。
まぁ、旅の目的は観光ではないので気を取り直して先に進む。舞坂から浜松へ、浜松から見附へ流れる。見附は現代で言えば磐田の辺りだ、サッカーで有名だよな。和歌山には強い社会人チームはあってもプロチームはないから羨ましいぜ。
そんな与太話はさておき、見附の次の宿場である袋井は京からも江戸からも二七番目の宿場。東海道五十三次の折り返し地点だ。今日の宿はここにし、すっかり忘れていた湯浅様への手紙を飛脚に頼むことにする。身体が自転車旅に慣れてきたのか、長距離移動でもそんなにダメージが残らなくなってきたな。
翌日。今日は袋井から出発し、掛川・日坂・金谷・島田・藤枝・岡部・鞠子、そして府中で宿を取るつもりだ。府中と言っても競馬場がある東京の府中ではない。徳川家康の駿府城の御膝元だから府中というのだ。ちなみに現代の名前だと葵区、徳川欲張りセットだな。
特に目立った出来事もなく順調に道を進み、休息の度に恐れのある視線で道行く人に眺められることに慣れてきたころ。岡部宿である人物に出会った。葵の御紋を持った徳田様からの伝令だ。
「お待ちしておりました。紀州の久延様でございますね? 徳田様よりの使いでございます」
「そうだけど……よくわかったね」
「事前に湯浅様よりの文でおかしな服装をした二つの輪っかに乗った人物が久延様だと伝え聞いておりましたので」
……いや、情報だけ合わせれば事実だけどさ。もうちょっと言い方あるだろ。
「それで、待ち伏せしてまで俺に何の用で?」
「所用により例の件は日が伸びる故、急ぎで来る必要はないとのことです」
「……そうですか」
さっさと来いって言ったり、急がなくていいぞって言ったり勝手だなオイ。
「ちなみに、理由はお聞きしても?」
「申し訳ありませんが、拙者も教えられておりません」
マジで使いっぱしりらしい。彼に感謝を告げて俺はとりあえず今日の目的地である府中に向かう。
「あの速度……やはり物の怪……」
ボソリと使いの人間が呟いた言葉が風に乗って聞こえた。だれが物の怪じゃ。
突然だがここからの旅程はカットだ。何もなく四日かけて江戸に到着したからな。
日付は九月の七日。超強行軍で紀州から江戸まで進んできたことになる。俺は大八車を加工したものをマウンテンバイクに繋ぎ、そこに俺が手荷物として持ってきたことになっている品を置いていく。現代では大八車を隠せるスペースがなくてできなかった、似たようなことが起こったら貸倉庫でも借りるとしよう。
そんなわけで、木陰に隠れて作業を進める。全ての荷物を積み終えて大八車に布をかけると、ふと俺を見つめる目に気づいた。
「……よーかい?」
ハナタレのガキンチョである。あちゃー、見られたか。人通りのない林の中で作業をしていたんだが、村が近いのか子供が居たらしい。
見られてしまったのは仕方ない。始末させてもらおう。聞くがいい、俺の百八ある言い訳を!
「ぐふふ、そうだ、妖怪だぞ」
「わぁ! 何の妖怪なの?」
「……スーパーモーターサイクルって妖怪だ」
「すぅぱぁ……?」
「乗り物に乗って色んなものを運ぶ妖怪だ」
「それって商人じゃないの?」
「似たようなもんかもな」
意外に聡いぞこの子供。
しかたない、賄賂で対処するか。
「妖怪のおにいさんがここにいたのを黙ってくれるなら食べ物をあげよう」
「本当? 家族の分も?」
「ああ、いくらでもあげるさ」
「じゃあ、えーと……一〇人分!」
お前の親父、子だくさんだなオイ。
俺は彼でも持てるように麻の袋を用意して、その中に日持ちするジャガイモやサツマイモを詰め込む。
「丸い方の芋は目が出る前に食べ切ってしまえ。両方とも蒸して食べると美味いぞ」
現代で品種改良されたものだからな。
「ありがとう妖怪のおじさん。これでみんな生きられるよ」
「そんなに飢饉の状況は酷いのか? あとおじさんはやめろ」
「うん、お米は持ってかれるし、稗や粟も大豆もそんなに収穫がなかったんだ。だからオイラは山で茸を採ろうと思って」
「素人が茸に手を出そうとするのは感心せんな」
茸は食えない種類のほうが遥かに多いんだぞ?
「わかってるけど……」
「ま、知り合いの妖怪にどうにかなるよう頼んでみる。だから安心して家族のところに帰るんだ。いいな?」
「うん!」
じゃあね、おじさんと手を振り去っていくガキンチョを見送り、俺も出発の準備をする。
だが、一つ言いたいことがある。
俺はまだおにいさんだ!
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