第2話 『女神』 ─ プロローグ② ─
目を開くと、そこは牢屋のような独房であった。
長い間使われていなかったのか、はたまた整備が行き届いていないせいか、鉄の錆びた臭いが鼻を刺す。
俺は立ち上がり、鉄製の戸を叩きながら暗闇に向かって叫んだ。
「おい! 誰かいないのか?! ここから出……痛てて……」
先ほど殴られた頭がズキズキと痛む。ちきしょう、遠慮なく殴りつけやがって……。
「あ、もしかしてスキル使えば治せるか……?」
そこでふと『女神』から貰ったスキル、そしてステータス確認の存在を思い出す。
「一度確認してみるか……『ステータス確認』」
すると目の前に画面のようなものが浮き出てくる。「おおお、めちゃくちゃ異世界転移っぽい……!」
状況が状況なのに思わずテンションが上がってしまった。
改めてステータス画面に目を向ける。
そこには『女神』に頼んで付与してもらったスキルとそのレベルや自分の名前、生年月日、自分の健康状態などが記されていた。
「健康状態は、頭部に鈍痛……ね」
それはそう……しかし、自分が気づいていない病気などもこれでチェックできる可能性があるのはありがたい。
「で、この肝心のスキルをどうやって使えばいいか分からないんだが……取り敢えず唱えてみるか……」
ふぅと一息、深呼吸をする。
「“治癒”」
そう唱えた瞬間、俺の右手が光り出した。
「これが……スキル?」
右手を痛む頭に近づけると、痛みがドンドンと引いていく。
「こりゃ、すげぇや」
スキルの凄さに感動していると、暗闇の向こうから聞こえてくる足音に気付く。
「ほぅ……その手の輝きは“治癒”か……。やはり『イセカイ』はユニークなスキルを持っているものが多いな」
そう言いながら姿を見せたのは、さっきの門番であった。
「おい! 早くここから出せ!」
「まぁ、落ち着け。色々と話をしたいからなぁ」
「ここから出したら落ち着いてやる!」
「おいおい……冷静になってもらわないと困るんだよ」
門番は頭を搔くと、こともなげにこう続けた。
「死んでもらうしかなくなるんだから」
すると門番は剣を取り出し、鉄格子越しにこちらを見る。
動物を射殺すような鋭い殺気に俺は飛び退いた。
「ほぅ、その反応。やはり“治癒”以外の別のスキルを持っているようだな。しかも恐らくオートスキル……。違うか?」
「……答える義理はない」
「そう強がるな。俺は少し話ができればそれで良い。争いは望まん。お前もそうだろう」
俺は諦めつつ無言で頷くと、門番は剣を収めこの状況に関して滔々と話し始めた。
まず第一に、この国には入国証明書と本人証明書を持たず、そもそもその存在すら知らない出自不明の人間が不定期に訪れるらしい。
そして、そういう人間の名前には必ず共通して名字があるとのことだ。
「だから、俺の名前を聞いたのか」
「そうだ。この国に名字というものは存在しないからな」
ちなみに同じの名前の場合、仕事名や住んでいるところを冠して呼び分けるらしい。
門番は例として「宿屋のジョン」や「二番街のジョン」という名前を挙げた。
どうらこの世界でも、ジョンはありふれているらしい……急に異世界が身近な存在に感じてくる。
俺が変なことを考えていると、再び門番は話を続けた。
出自不明の人間達は口を揃えて『異世界から来た』というらしい。
そのため、その者達を『イセカイ』と呼称しているのだそうだ。
ちなみに、この国───ヴァルドダルドの中で『イセカイ』という存在は割と常識となっていて、知らないのは子供くらいだという。
また、俺以外の『イセカイ』も複数のスキルを所持しているらしい。先ほど門番が俺に“治癒”以外のスキルがあると見抜いたのもそれが理由だ。
考えてもいなかった別の『イセカイ』の存在に多少混乱しつつもその話を噛み砕いていると、再び門番が口を開く。
「ただし、こちらから『イセカイ』がどのような能力を持っているかを聞くことはない」
「なんでまた? 理解していた方が、そちらに都合が良いのでは?」
「その話はこれを見せた方が早いな」
そう言って門番は腰につけていた袋から、鉄の塊のようなものを取り出した。
暗がりのせいもあってか、それが何なのかイマイチよくわからない。
「それは……?」
「差し詰め“スキル封印の腕輪”ってとこだな。この腕輪には“スキルを封印するスキル”が施されている」
「スキルを封印するスキル? そんなものがあるのか?」
「ああ。俺が説明するより自分で確認した方が早いだろう。さっき使ったスキル、使ってみろ」
「“治癒”のことか?」
「そうだ」
「はぁ、まぁいいけど……“治癒”……あれ?」
先ほどと違い、俺の右手は光らない。
「もし暴れられると困るからな。一応、スキルを無効化できる“解除”持ちの人間を呼んできた。こいつがこの場にいる限り、お前のスキルは発動しない」
門番がそういうと、彼の後ろから女の子がひょこっと顔を覗かせる。
背丈が低いせいもあってか全く気付かなかった。
俺は子供を相手する様にニコリと笑いかけてみたが、少女は小さくお辞儀をするとまた門番の後ろにそそくさと隠れてしまった。
人見知りなんだよな?……俺の顔が怖いせいだったりしないよね?
俺が少しショックを受けていると、門番は苦笑する。
「色々とあって、あまり人に懐かん子供でな。名はエミルと言う。便宜上は仕事仲間になる。仲良くしてやってくれ」
「わかった。よろしくね、エミルちゃん」
そういうと、また顔だけを出すエミルちゃん。
コクリと小さく頷くとまた隠れてしまった。
小動物みたいでかわいい。
「話は戻るが、この子のスキルのおかげでお前のスキルはいつでも無効化ができる。つまりお前がスキルで俺を殺そうとしても無意味だ。お前にある選択肢は、これを嵌めるか俺に殺されるかだ。俺だって無闇矢鱈に人を殺したいわけじゃない。だから、大人しく腕輪を嵌めてくれ」
なるほどそう言うことか。
得心した俺はそれに素直に従い腕輪を嵌めると、ガチリという無機質な音がする。
腕輪は少し重さを感じる程度であった。よく見ると鍵穴がついている。
腕輪を注視していると、感心した様に門番が話しかけてきた。
「随分と素直じゃないか。疑わないのか?」
「まぁ、疑ったところで今の俺にはどうすることもできないしな。 ……ちなみにこの腕輪、無理やり外そうとしたらどうなる?」
「国の機密事項で全ては話せないのだが、鍵を使わずに外すと死ぬ。ちなみに腕を切り落としても無駄だ」
「なるほどな」
まぁそりゃあそうだよな。
とりあえず、ついでにもう一個質問しとくか。
「で、俺に何をやらせるつもりだ?」
そう言うと門番は少し驚いたような顔をする。図星だな。
「邪魔なら早く俺を殺せば済む話なのに、ここまでするってことは何かそちらに利がないとだろ?」
「なるほどな。そこまでわかっているならはっきりと言おう。今日からお前には、ある仕事をやってもらう」
「ある仕事?」
「口で説明するのも大変だ。この紙を読んでくれ」
そう言うと一枚の紙を渡される。
紙には“イセカイ契約書”と題された文字から始まり、以下には仕事に関しての内容や注意事項が記載されていた。
仕事の内容は、この国にある色々なギルドでは任せられないようなものを秘密裏に行うことだった。
その中身は多岐に渡る。
過去の仕事には下水道の清掃のような、単純に人がやりたがらないものから、スパイのような工作活動や暗殺のような物まで色々と列記されていた。
注意事項の欄には、このような仕事をこなしても雀の涙程度の金銭しか支払われないという旨が記載されていた。
それは本来この国が、身分証明書がないと仕事ができないためである。
故に、少しでも金銭の支払いがされることは特例である。そう書かれていた。
しかし、仕事で使う武器や衣食住に関しては国から支給されるらしい。
ありがたい話だ。こんな独房みたいなところ、早く出たいからな。
それら全て読み終えると、紙を門番へ渡した。
「とまぁ、そう言う訳だ。理解してもらえたか?」
「あぁ。何となくだけどな」
「そうか。では今日は休め。それと思いっきり殴ってすまなかったな」
「“治癒”があったからいいよ。なかったら許してなかったかもだけど」
そう言うと門番はガハハと笑った。
「面白ぇやつだな、ホントに! 自己紹介が遅れたが俺はバルザってんだ。よろしくな」
「俺はさっきも自己紹介したけど、八坂 末利……マツリでいいよ。というか、バルザさんって俺より年上だよね?」
「そうか、そういやさっき名前聞いてたな。すっかり忘れてたぜ。それと歳だったか? 俺は40歳だ。どうして急に年齢なんか聞く?」
「いや……めちゃくちゃ今更ですけど喧嘩腰でずっと敬語忘れてたから……すいません」
「なんだなんだ急にしおらしくしやがって、きもちわりぃ。前までと同じでいいよ、その方がやりやすいからよ」
「……なんかごめん」
「変な所で気が大きかったり小さかったり、ホントに変わったやつだなお前さん。まぁ、俺が初めて自己紹介したんだ、頑張れよ」
「初めてって何でまた?」
「そりゃあ『イセカイ』は、大体ひと月と持たずに死んじまうからだよ」
それなのに、自己紹介しても意味ねぇだろ?とバルザは笑うが、全然笑えない。
でも、ひと月と持たない理由も……残念ながら分かってしまう。
「不慮の事後だったり、心を病んじまったり……まぁ、色々だが……。マツリ、お前ならなんか生きられそうな気がすんだよ。俺の直感は結構当たるんだぜ!」
そう言って俺の背中をバンバンと叩くバルザ。
「痛い痛い! 力の加減おかしいって!」
「まぁいいじゃねぇか、お前さんには“治癒”があるんだからよ」
「無駄に使う必要もないだろ!」
「お、元の調子に戻ってきたじゃねぇか! よかったよかった。じゃあ俺は戻るぜ、明日からよろしくな」
そう言って俺に背を向けて歩き出すバルザ。
彼なりに気を遣ってくれたのだろうが、結構本気で痛かったぞ……。
しかし、その姿が見えなくなりそうになった瞬間にこちらに向き直った。
「そういやぁ、一個言い忘れてたんだが『イセカイ』が死ぬ前に口を揃えて言うことがあるんだが聞きたいか?」
「不吉なこと言うなぁ……まぁ、一応聞いとく」
もしかしたら、この現状を打開できるかもしれないしな。
そんな軽い気持ちで聞いた俺の耳に届いた言葉は、あまりにも衝撃的だった。
「『女神』に騙された。皆、そういうのさ。お前さんもなんか覚えがあるんじゃねぇのかい?」
『女神』か。すっかり忘れていたが、転生前に何か言っていた気がする。
「ちょっと心当たりがあるから、考えてみるわ。ありがとうバルザ!」
「おぉそうか! そりゃよかった。じゃあ、今度こそまた明日だ」
そうしてバルザはまた歩き出す。それに続くエミルちゃんはまた小さくペコリとこちらに挨拶をして暗闇へと消えていった。
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