第8話 遠き山に日は落ちて
交通事故で死んだ。
その言葉は結城にはとても重いようで、そう告げた彼女の顔は蒼白になっていた。
そして、このめちゃくちゃな状況から考えても、話を続けるべきではない。
彼女をこの場から遠ざけるべきだ。
僕はそう直感した。
事故現場は相変わらずゴチャゴチャとしているようには見えたが、駆けつけた救急隊や 消防隊員たちが救助に当たっている。
これ以上は僕が手伝うこともないだろう。
そして、一番心配なのは結城のことだ、今はこの場を去らせてもらおう。
結城の手を握って僕は歩き出した。
結城は呆然としている様子で手を引かれるままに歩いている。
歩いている店内は騒然としていたが、現場から離れるにつれて、段々とその気配も薄れていった。
そして僕たちは駅前に戻ってきた。正直、途中どうしてここに戻ってきたのか思い出せない。
脳の奥で眠っていた記憶が僕をここに連れてきたのかもしれない。
「凛さん、家まで送るよ。歩ける?」
「……京。ええ、大丈夫……。あれ?ここ」
「駅前だよ。ショッピングモールはめちゃくちゃだったし戻ってきたんだ」
結城は今まで意識がしっかりしてなかったようだ。
帰ることにして良かったな。
「送るよ。家の近くまで巡回バスが走ってたよな。」
「え、ええ、そうね」
記憶を頼りにバス停を探す。
しかし記憶の場所に巡回バスのバス停は見当たらなかった。
「あれ、ちょっと無くなったみたいだな」
「……そうだったかしら、今はちょっと、考えられないけど」
「いいんだ、歩いていこう」
僕は結城の手を再び握ると歩き出した。
確か、結城の家は駅の近くだったはず。
いや、歩いてみるとそんなに近くない。場所を思い返してみると、ずいぶんと遠いところにあった。
歩いて10分くらいか。
結城は黙ってついてきた。
僕もぺらぺら喋る気にはなれず、黙って歩いた。
昼下がりの日差しがアスファルトに二人の影を柔らかく落としている。
左右に揺れるその影を見つめながら、僕たちは無言で歩いた。
ふと、一つの影が寄り添って、僕の腕にまとわりついた。
結城が、恥じらうように、腕を組んでいる。
「こうして帰るのも、京と。久しぶりで嬉しい」
「そ、そう?僕には覚えがなくて、ごめん」
結城はそれ以上話すことは無かった。
余計なことを言ってしまったかもしれない。
しばらく歩いたあとに、僕は口を開いていた。
「凛さんの言うように、本当に君と結婚してたとしたら、それは嬉しいよ」
「うん、そう言ってもらえて嬉しいわ」
「だけど、未来の話というのはちょっと実感が無いんだ」
僕も未来から戻ってきた。
だけど、彼女の口から語られるのは僕の知らない未来だ。
”同じところから来たのではない”という意識が彼女と同じ境遇を共有できない足かせになっている。
「ここでいいわ」
「もう大丈夫か?」
あまりに大きくて意識に入ってきていなかったが結城の家の前についていた。
「ええ、ありがとう、ごめんね、こんなことになって」
「結城のせいじゃないよ。でも、今日はちょっと色々起こりすぎたかな」
「……そうね、じゃあ、また学校で」
手を振って、結城が家の門をくぐるところを見ていた。
あの可憐な少女が将来の妻に?
それが本当なら舞い上がりたいほど嬉しい話だと思った。
そうであってほしい。
だが、今の僕の心の中にあったのはショッピングモールで起きた事故だった。
彼女が口にした僕たちの未来に待ち受けていた終焉。
それが今という過去に襲いかかってきたという印象が拭えない。
彼女との結婚と交通事故。
明るい未来と約束された終焉。
過去に戻っても未来が僕を縛り付けているようだ。
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