第7話 クリスタル・ハイウェイ

「そうですね、どこから話そうかな。私と京が結婚して生活するようになって……」


 結城が未来からタイムリープして高校生に戻ってきたことについて、僕に話し始めたその刹那、轟音とも取れるガラスの破砕音がした。

 驚いて後ろを振り向くと、喫茶店の大きな窓を突き破って、ピックアップトラックのような自動車が店内に入り込んでいた。

 僕はとっさに結城に覆いかぶさり、彼女を守るようにした。

 もうトラックは止まっているようで、それ以上進む様子はない。


「よ、よかった。大丈夫か?」

「え、ええ」


 結城は動転したようで、視線をさまよわせている。

 僕も突然の事態に、正直、平静ではなかった。


 ジリリリリ、と警報音が響いて、スプリンクラーから放水が始まった。

 外から来た従業員が大きな声を出しているのが聞こえる。


「ーーー!ーー急いでーー!ーー避難してください!!」

「そうか、避難」


 僕は結城を抱えると、のろのろと店の外へ向かって歩く。

 普段、こんなことしないから、正直なところ、腕がもげてしまいそうだ。

 ショッピングモールの中へと避難した先で結城を下ろす。

 辺りを見ると店内に居た客はみんな呆然と喫茶店の方を見ていた。


「怪我は無いか?」


 僕たちの座っていた席はトラックから離れたところにあったとはいえ、ガラスの破片が飛んでくるなどのことはありえそうだった。

 何しろ、あの勢いで突っ込んできたんだから。


「……大丈夫、どこも痛くない」


 結城も少しぼんやりした様子で答える。

 その気持ちは正直、理解できる。なんせ同じ当事者なんだから。

 騒がしい辺りとは対比的に意識は呆然として、静かな空間の中に取り残されたような不思議な隔絶が周囲とあるように感じた。


 少し様子を見ていると、

「おい、誰か巻き込まれたんじゃないか?」

 と声が聞こえる。


「救急隊を待とう」「いや、すぐ助けないと」「だけど、危なくないか」


 僕には何もできない。

 正直、この体は高校生のときのもので、ひょろひょろなもんだから無理が利かない。


「……」


 しかし、結城が心配そうな顔で事故現場を見ているのが目に入った。


 ……僕は陰キャで人と関わることが苦手で消極的で……、好きな女の子の前で格好つけるくらいの矜持はあったはずだ。

 前の人生を引きずる必要はないのだ。

 なんと言っても一度死んだのだから。


「行ってくる」

「え?」


 僕は、自然と事故現場へと舞い戻っていた。

 飛び散ったガラスの破片とスプリンクラーから出た水が床を濡らし、キラキラと光が反射している。

 美しさもあるが、それ以上に、この床自体が凶器と化しているということだ。

 ほとんどの人は避難できたようにみえる。


 しかし、倒れている人が見えた。

 近づいて確認するとウエイトレスの制服を来ている。働いているところにトラックが突っ込んできたんだろう。

 まずは息があるか確認する。

 顔に耳を近づけると、鼻から吐き出される息が頬に感じられる。

 まだ生きている!

 今、ここでどうこうできそうにはない。


「誰か!手を貸してくれ!」


 僕は普段出したことのないような大声で呼びかける。

 何人か、大人が入ってきて、一人の男性が倒れ伏していたウエイトレスを僕と助け起こしてくれた。

 まだ奥に怪我をした人がいたようで、他の人たちがやはり運んでいるのが見える。

 すべてを見る余裕は無い。

 ウエイトレスの人が店内の廊下に横たえられ、しばらくすると救急隊が到着した。

 ストレッチに乗せられて、幾人の人たちが運ばれていく。


 僕は力尽きて、廊下に座り込んでしまった。

 結城が、近寄ってきた。

 僕の肩に手をおいて言う。


「素敵だったわ」

「普通のことだよ。誰だってああしたさ」


 結城が逡巡する様子が感じられる。

 しかし、決意するような表情をすると、僕を見た。


「未来のあなたと私が死んだのも、自動車事故だった」

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