第4話 ゲオルグの目的
カイトの必死の訴えは、もはや誰の耳にも届かなかった。騎士たちの敵意と憎悪に満ちた視線が、槍のようにカイトを突き刺す。彼らにとって、真実はもはやどうでもよかった。日頃から侮蔑していた『倉庫番』が罪を犯した。その事実(と思い込まされたもの)が、彼らの鬱憤や遠征への不安を解消する格好の捌け口となったのだ。
「この裏切り者が。隊長、こいつをどう処分なさるおつもりですか」
マルコが唾を飛ばさんばかりの勢いで叫ぶ。その声に同調するように、他の騎士たちも口々にカイトへの処罰を求めた。
「縛り上げて王都に連行すべきです」
「いや、こんな危険な森だ、いっそここで……」
物騒な言葉すら飛び交う中、ゲオルグはゆっくりと手を上げて彼らを制した。その顔には、まるで慈悲深い裁定者であるかのような、歪んだ表情が浮かんでいる。
「静まれ。諸君らの怒りはもっともだ。私も、信頼していた部下に裏切られ、今、断腸の思いである」
ゲオルグはわざとらしく嘆いてみせる。その白々しさに、カイトは吐き気すら覚えた。
「だが、我々は現在、危険な任務の只中にある。このような罪人を王都まで連行する余裕はない。それに、この男が犯した罪は、我々騎士団全体の、いや、王国に対する重大な背信行為だ」
ゲオルグはそこで言葉を切ると、冷酷な視線をカイトに向けた。
「よって、カイト。貴様を本日付けでアルトリア王国騎士団から除名する。そして、その罪の重さに鑑み、この霧の森に追放処分とする。貴様の命運は、森の慈悲に委ねられることとなろう」
追放……。その言葉が、重い石のようにカイトの胸に落ちた。騎士団からの除名だけではない。この魔物と霧が支配する森に、たった一人で置き去りにされる。それは、事実上の死刑宣告に等しかった。
「そ、そんな……。待ってください、ゲオルグ隊長、これは何かの間違いです。俺はやっていない!」
カイトは最後の望みを託して叫んだが、ゲオルグは鼻で笑うだけだった。
「見苦しいぞ、カイト。罪を認め、潔く罰を受け入れろ。それが、貴様ができる最後の償いだ」
ゲオルグは近くにいた騎士に顎でしゃくった。
「おい、そいつが身に着けているものを全て剥ぎ取れ。武器はもちろん、防具、食料、水、金目のもの、一切合切だ。騎士団から支給されたものは当然として、私物も許さん。罪人が逃走や生存に利用できるものを、何一つ残してはならん」
命令を受けた二人の騎士が、
「や、やめろ。近寄るな」
カイトは抵抗しようとしたが、荷物持ちしかしてこなかった細腕では、屈強な騎士二人に敵うはずもなかった。あっという間に地面に押さえつけられ、身に着けていた粗末な革鎧、腰に下げていた護身用の短剣、ベルトポーチに入っていたわずかな銅貨、さらには着ている服のポケットの中身まで、徹底的に調べられ、奪い取られていく……。
「そして、カイト。貴様の〈収納〉スキルの中身も、全てここに差し出せ。横領した金貨以外にも、騎士団の物資が大量に入っているはずだ。それらは我々が有効に使わせてもらう」
「そ、それは……できません」
カイトは押さえつけられながらも、かろうじて答えた。〈収納〉スキルはカイト自身の能力であり、他人が強制的に中身を取り出すことはできない。カイト自身が意識して操作しなければ、物は出てこない。
「ほう、まだ抵抗するか。よほど痛い目を見たいと見える」
ゲオルグの目が危険な光を帯びる。押さえつけている騎士の腕に力がこもった。
「う…ぐっ……」
関節が軋むような痛みに、カイトは
……仕方ない。
カイトは唇を噛みしめて屈辱に耐えながら意識を集中させた。〈収納〉スキルを発動し、中に入れていた全ての物資を足元の地面に吐き出していく。食料、水、テント、武具、ポーション……。これまでカイトが管理してきた膨大な量の物資が、次々と目の前に現れ、あっという間に小山を築いた。
「よし、それでいい」
ゲオルグは満足げに頷き、カイトを押さえつけていた騎士に合図を送る。騎士たちはカイトを解放すると、まるで汚物でも見るかのような目で
「では、行くぞ。こんな罪人のことなど忘れ、我々は任務を遂行する」
ゲオルグは吐き捨てるようにいうと、物資の山を他の騎士たちに回収させて踵を返した。他の騎士たちも誰一人としてカイトに目を向けることなく、黙々と隊列を組み直し、霧の中へと消えていった。
カイトは薄汚れた服一枚になった惨めな姿で地面にへたり込んでいた。ついさっきまで仲間だったはずの人々。彼らが消えていく霧の向こうは、まるで世界の終わりのように見えた。
やがて騎士たちの足音は完全に霧の中に吸い込まれ、森は再び不気味な静寂を取り戻した。
絶望が、冷たい霧のようにカイトの全身を包んだ。
俺が何をしたというのだ。ただ、真面目に働いていただけなのに。ゲオルグへの怒り、騎士団への失望、あまりにも理不尽な運命への
この霧の森で魔物に襲われるか、飢えと寒さで力尽きるか。どちらにしても、長くは持たないだろう。
――ここで、終わりなのか……?
カイトは細い腕で力なく地面に拳を打ち付けた。泥が跳ねて片目に飛び付いてくる。涙が溢れそうになったが、懸命にこらえた。こんなところで泣いても、誰も助けてはくれない。
……くたばってたまるか。
カイトの心の奥底で、小さな、しかし確かな炎が灯った。
まだ、死ぬわけにはいかない。
こんな理不尽な終わり方があっていいはずがない。ゲオルグに、そして俺を見捨てた奴らに、俺が『役立たず』なんかじゃなかったことを思い知らせてやりたい。そして何より、……生きたい。ただ、生きて、この状況を打開したい。
根拠のない、ほとんど意地だけのような感情だった。その小さな決意が、凍えきったカイトの心に、わずかな熱を与えた。
カイトはゆっくりと立ち上がった。体は震え、足元はふらついている。
どちらへ行けば森を抜けられるのか、全く分からない。だが、じっとしていても死を待つだけだ。
カイトは、霧がわずかに薄いように見える方角へ、おぼつかない足取りで一歩を踏み出した。すべてを失った追放者の、生き残りを賭けた孤独な旅だった。
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