第11話 “配分率と懐胎券”

「チユさんはどうしてますか」

「学校だよ。なんか合唱コンクールがあるとか言ってたな。指揮者に選ばれたらしいぞ」

「今日ですか?」


 畳町の商店街を人が行き交う。

 人流でごった返している。

 なかなか前へ進めず、ふたりは雑踏を行った。


「見に行ってあげればよかったじゃないですか」


 “黄金のにわとり”と看板のある店の列にビョークは並んだ。

 その隣のタピオカ店で、タピオカドリンクを二つ買った。

 買い物を終え、合流するとビョークの手に、からあげの入った紙コップが二つあった。

 タピオカドリンクと紙コップを互いに一つずつビョークと交換した。


「来ないでくれって言われたんだよ」


 棒状のからあげをかじりながら言った。

 からあげには香辛料と塩分のきいた粉がかかってある。


「そう言っておきながら、本当は来てほしいのが子どもでは?」

「どうだろうな。なんとなく、そういう感じじゃない気がした」

「そういう感じ?」

「チユにも色々あんだろ」


 飲み食いしながら、ふたりは商店街を歩き始めようとした。

 口の中の塩気をタピオカドリンクで流していたときだった。

 俺はドリンクを落としてしまった。

 路地に茶色の液体と黒い粒がこぼれた。


「やっちゃいましたね。もう一回買ってきますか?……ん、ハルタさん?」


 落としたドリンクのことなど意識になかった。

 俺は死人を見ていた。

 

「フォソーラ……」


 二年前、イカルガの熱線を受け上半身が焼失したはずのフォソーラが、コーラの瓶を片手に、煙草を力いっぱにふかしていた。

 向こうもこちらに気づき、同じように固まった。

 煙草がフォソーラの人差し指と中指の間からするっと落ちた。

 裏返しのピースが口元で固まっている。

 

「わ、わわ……」


 フォソーラの唇が震えはじめた。


「わ、わたしは、ハーレーに言われて……」


 俺はフォソーラへ詰め寄った。

 頭の中で連想が起きた。

 死んだはずの彼女が生きている。

 つまり、それはどういうことなのか。

 直後には納得していた。

 フォソーラのパーカーの襟を掴んだ。


「ハーレーに何を言われたって?」

「やめましょう、ハルタさん。みんな見てます」

「納骨もしたんだぞ!」


 通行人が見ている。

 気づいて俺は襟をはなした。


「俺らは葬式にも火葬場にも行ってない。死に方が良くなかったから、葬式は親族だけで執り行うって、フォソーラの親がそう言ってるって」

「ええ、ハーレーが言ってましたね。フォソーラとは、親繋がりの仲だとも言ってました。そうなんですか?」


 ぷるぷるっとフォソーラは首を振った。


「それも嘘ですか、そうですか……じゃあ、あれは誰の骨なんですか? 腰から下は、あれは一体……」


 記憶がより鮮明に思い出されてゆく。


「すべて嘘か」


 苛立つあまり、笑みがこぼれた。

 自分が滑稽でならない。


「僕らは二年間、知らない人の墓参りをしていたんですか」

「そんなことする必要が、どこに……」


 爆発音が聞こえた。

 鼓膜が震えた。

 近くではない。

 ここから少し離れたところだろう。感覚でわかった。


 周囲の通行人たちが、アーケードの途切れたところへ集まっている。

 どこか遠くの空を指さしている。

 なぜだか嫌な予感がした。

 フォソーラを置き去りに、俺たちはその集まりに寄った。


「東の方ですね」


 柱状の煙が、遠くの空に見える。


「あれって姥捨照ばすてる中学校の方か?」

「そう、ですか?」


 ビルの間の遠くに煙が見える。

 ビル街ではない。

 ずっと遠くだ。

 河川の向こうであることは間違いないだろう。


「ちょっと、ハルタさん」


 走り出していた。





 樹木の太い枝からロープが垂れている。

 その先端で、誰かが首を吊っていた。

 姥捨照ばすてる村の東にある山中だ。

 治安維持衛生局員たちが遺体を下ろそうとしている。

 一帯は植樹地だ。

 傍に大きな岩がある以外は、同じ種類の樹があるのみ。

 山の斜面に沿い、上へ向かって生え並んでいる。


「千悠さんではないな」


 脚家が遺体を見上げた。


「調べてみないことには」


 従騎士が言った。


「どう見ても違うだろ。中学生くらいの男の子だ。まあ、蓋魔を処理しようとしたってところか」

「蓋魔?」

「“耳絶みみたち”を使えないってことだ」

「……風を操れないってことですか?」

「ああ。盾を持っても、そよ風一つ吹かせられない。それが蓋魔だ」

「処理というと……」

「殺すってことだ。おまえんことじゃ、やらないのか?」

「やりませんし、まず蓋魔を見たことがありません」

「土地柄か……ここじゃ普通だ。一三歳を過ぎても耳絶ちがないものは蓋魔。蓋魔は自殺に見せかけて殺す」

「その、耳絶ちが使えないだけで、どうして殺すんです? それも偽装殺人だなんて」

「懐胎券との兼ね合いだ」

「ああ、なるほど」

「俺たち蓋ノ人ふたのびとは、蓋ノ守様ふたのかみさまから耳絶ちを伝達される。だから耳絶ちを使うことができる。そして、その配分率によって操る風圧の質や量が変わり、地位が決まる」

「蓋ノ騎士には、生まれながらに配分率の高い者がなりやすいですよね」

「ところがだ、伝達される耳絶ちってのは、受け皿側が拝領できなくても蓋ノ守様は伝達し続ける。受け皿が増えると、どうなると思う?」


 従騎士は首を捻った。


「一人当たりの配分率が減るんだよ、人口の増加に合わせてな。使えるならいい。だが伝達されるだけされて、使えもしない」

「我々の耳絶ちを奪っているだけですね」

「まあ大方、懐胎券かいたいけんの期限内妊娠が目的だろう」

「子どもが病気や事故で亡くなった際、期限内であれば何度でも妊娠出産が可能でしたね」

「自殺は病気扱いだからな。耳絶ちのある蓋ノ人を産むために、蓋魔を殺すのさ」


 別の従騎士が空から下りて来た。


「千悠夫妻の娘さんの写真と資料です」


 脚家は書類に目を通しながら写真を受け取った。


「この子は蓋魔か?」


 小学校の卒業アルバムにあるような写真だった。

 家族構成の欄を確認すると、千悠冬彦、千悠かな、とそれぞれ年齢と生年月日、性別が記載されている。

 その下の欄にはもう一つ、『千悠』と姓のみがあった。

 年齢、生年月日、性別のみが記載されている。

 名がない。

 

「わかりません。いまは中学生だということしか」

「ご苦労……そこの中学校じゃないか」

「あれ、名前がないですね」


 従騎士が書類を覗き込んだ。


「耳絶ちが芽吹いていない者に名はつけない」

「そうなんですか?」

「ここじゃ普通だ」

「じゃあ、用があるときはどう呼ぶんですか?」

「苗字をそのまま使うか、少し省略したりする」


 なるほど、と納得したときだった。

 奇声がきこえた。

 それがヘルデのものであるとすぐに脚家は気づいた。

 書類から目が離れる。


「まだ昼だぞ」


 書類と写真を部下へ渡し、池の傍を通って山を下りた。

 部下ふたりが後を追う。


 山の入口に黒馬が数頭、停まっていた。

 姥捨照ばすてる中学校が見えた。

 教室棟の向こうから灰色の煙が立ち上っている。


「体育館の辺りか」


 脚家はすぐに予想した。

 母校だ、見取り図は頭に入っている。

 中学校前の坂を駆け上がる二人組の姿が目に入った。

 片方は知っている。

 先月に顔を合わせた。

 脚家は恨めしそうに歯を向き、真ん丸な黒目を向けた。

 校門をくぐるハルタを睨みつけた。

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