第1章~第2章 総集編

第1章 奴隷商人 Ⅰ (第1~8話)

1

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第1話 極超新星爆発

第2話 純粋知性体

第3話 奴隷市場1、奴隷市場ホール、紀元前47年

第4話 奴隷市場2、絵美の奴隷売買成立、紀元前47年

第5話 奴隷市場3、コーカサスの女、紀元前47年

第6話 ムラーの荘園、ムラーの家、紀元前47年

第7話 アヌビスとの戦闘、紀元前47年

第8話(1) エミーの初体験、紀元前47年

第8話(2) クリエンテス、紀元前47年


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第9話 古代ローマのブラジリアンワックス、紀元前47年

第10話 アヌビスの解剖、紀元前47年

第11話 窓ガラスがない!、紀元前47年

第12話 エジプトから盗んできたパピルスの文書、紀元前47年

第13話 古代ローマの不潔さ、紀元前47年

第14話 古代ローマの媚薬『シルフィウム』、紀元前47年

第15話 ジュリアとソフィアと、紀元前63年

第16話 見破られた!、紀元前50年

第17話 ピティアス、紀元前47年


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第18話 ペトラとアイリス、紀元前47年

第19話 知性体ベータのプローブユニット、紀元前50年

第20話 このドスケベのコーカサス女め!、紀元前46年

第21話 アイリスの三年前の回想、紀元前46年

◯ポンペイウス軍の海賊討伐とローマの暦の数え方

 ●第三期ポエニ戦争とそれに続く東地中海のヘレニズム国家との戦争

 ●ポンペイウス軍の海賊討伐

 ●人さらい

 ●説教

第22話 人さらい、紀元前46年

第23話 シーザー暗号、紀元前46年

第24話 合体技超能力の訓練、紀元前46年

第25話 クレオパトラと戦争する気?、紀元前46年

第26話 両性具有、紀元前46年



1


 私は空間を浮遊していた。満天の星空。ほら、2001年宇宙の旅に出てくるあれよ。


 おっかしいなあ。夢でも見ているのかしら。だって、さっきまで、私は、タイムズスクエアのカフェでヒンクリーとブッシュファミリーのメモをとっていたんだもの。


 星々を通過して、星雲の中に入っていった。星系に近づいている。連星っていうのかしら?2つの太陽がお互いの周りを回っている。ペガスス座IK星?あれ?私、なぜ知っているんだろう?私は天文学なんてちっとも知らないはずなのに。


 知らない知識が私にささやく。


 太陽系から約150光年の距離にある連星。主星のペガスス座IK星Bは、1日当たり22.9回の周期で光度がわずかに脈動している。伴星のペガスス座IK星Aは質量の大きい白色矮星で、既に主系列星の段階を終え、核融合によるエネルギー生産は既に行っていない。

※異なる宇宙なので、AとBは逆になっている。


 主星のペガスス座IK星Bと伴星のIK星Aは、お互いの周りを21.7日で公転しており、平均距離は3100万kmだ。これは、太陽と水星の軌道距離に近い。


 ペガスス座IK星Aは、既知の最も近い超新星候補天体である。主星が赤色巨星に進化し始めると、半径が拡大して、外層から白色矮星に降着が起こる。白色矮星が1.38太陽質量のチャンドラセカール限界に達すると、Ia型超新星爆発を起こすと考えられている。


 主星はすでに赤色巨星の末期にたどり着いたようだ。ふ~ん、これは地球では150年後に見える光景ね?なるほど。あれ?なんで私はそんな場所にいるわけ?え?


(時間軸で言うと、2035年にこの光が地球に到達するのだから、ここは地球時間の1885年だ)


 え?だれ?


(私が、ぼくが、彼が、彼女が、そんなことはどうでもいい。絵美よ、よく見給え。ペガスス座IK星Aが膨張する姿を)


 ペガスス座IK星Bが、天文学的な規模で巨大に膨らみ始めた。赤黒い表層が薄くなってきて、数百倍、数千倍に大きくなる。あっという間に、小さく白く輝いていた伴星のペガスス座IK星Bが、赤黒い膨らみに飲み込まれる。ペガスス座IK星Aのキレイな白く輝いていた光が徐々に赤黒く染まり始め、収縮していった。


 どんどん小さくなっていく。ギュッと押し縮められている。小さく、小さく・・・


 すると、今までのしかかってきた超赤色巨星のペガスス座IK星Bに復讐するように、ペガスス座IK星Aが爆発して、ペガスス座IK星Bを吹き飛ばした。


(これが極超新星爆発なのだ。キミにも見えるように視覚の波長を調整しよう。見てみたまえ。今だ。ペガスス座IK星Aのあったところから細いビームが発射?地球人はこれを「発射」と表現するのか?それとも、「放射」かな?どちらでもいいが、ほら、見える?)


 見えた。


(あれが、ガンマ線の放射だ。地球人の映画で見るレーザー光線のようなものだ。非常に指向性が高い。つまり、ペガスス座IK星Aの極超新星爆発の膨大なエネルギーの一部が破壊的な規模で撃ち出されたということだ。これを地球人の言葉で「ガンマ線バースト」と呼んでいる)


 ガンマ線は、放射線の一種で、その波長はだいたい10ピコメートル。0.00000000001メートルだ、と知らない知識が言う。地球人の区分だと、波長領域の一部がX線と重なっていて、ガンマ線とX線の境界線はない。


 1.022 MeV以上のエネルギーを持つガンマ線が消滅する時、電子と陽電子が対生成される。陽電子( positron)は、電子の反粒子だ。絶対量が電子と等しいプラスの電荷を持っていて、その他の電子と等しいあらゆる質量やスピン角運動量 (1/2)といった特徴を持っている。


 キミらの世界の科学者、ポール・ディラックが、ディラックの海という空間にできる穴の形で、正電荷を持つ電子、とまり反電子の存在の仮説を立てた。20世紀という時代の始めの頃だ。


 そして、電子が陽電子と対消滅する際、陽電子のスピンは上向きになる。これが陽電子が時間的に逆行している電子と言われる現象だ。キミらの世界では仮説として扱われているが、事実、対消滅の際に、陽電子は時間が逆行する。つまり、過去に行くのだ。その時、電子は時間を手繰り寄せ、未来に行く。


 ま、私/ぼくが時間を行ったり来たりする仕組みは、私/ぼくが陽電子/電子を生成して、それらを使っているからだ。もちろん、今いるキミのユニバースと異なるユニバース、キミらの言葉でマルチバースの別の世界へも行ける。ほら、今、ペガスス座IK星Aの極超新星爆発でできたブラックホールがあるだろう?見えるかね?


 私にも見えた。光も逃げ出せない真の暗黒が私には見えた。


(あのブラックホールが別の宇宙にワームホールを通じて連結された。別の宇宙ではホワイトホールになっている。連結された先は・・・ああ、キミらの世界と違うキミ、森絵美がこっちの宇宙を第4ユニバースと呼んでいる。連結された別の宇宙は・・・第2ユニバースと呼ばれている)


 私/ぼくもこれからキミらの言う第2ユニバースに行こうと思っているんだ、キミを連れてね。でも、都合の悪いことに、あっちの第2ユニバースでは狙撃されて殺されちゃったのさ。


「ちょっと、理解できないんだけど・・・」

「ああ、そうだろう。キミはタイムズスクエアのオープンカフェで側頭部を撃たれた即死したから、その死の瞬間などキミの記憶にはないんだよ」

「・・・私、殺されちゃったんだ・・・な、なぜ、私が狙撃されて殺されないといけなかったの?」

「だって、キミはFBIの訓練生で、ドナルドレーガン暗殺未遂事件を調べていて、ブッシュファミリーの所属する組織のNWOの逆鱗に触れたからだよ」

「NWOって、新世界秩序?イルミナティーみたいな?」

「そうそう。その組織が、運の悪いことに私/ぼくの仲間がいたずらしているんだな、これが」

「え?」


 さあて、話は戻るが、ペガスス座IK星Aの極超新星爆発で発射されたガンマ線バーストの行き先を知りたくないかね?超宇宙規模のレーザービームみたいなものだ。当たればひどいよ。地球なんて丸焼けさ。バンアレン帯など数秒で吹き飛ぶ。そして、地球全体の生命の9割は焼け死ぬんだ。


 この宇宙のガンマ線バーストの行き先は、地球スレスレだ。これから行く第2宇宙とやらも同じく。しかし、キミらの世界と違うキミである森絵美のいる彼女の第1ユニバースと第3ユニバースとやらは、ペガスス座IK星Aのガンマ線バーストが直撃する。地球はお陀仏だ。第1と第3ユニバースのキミとキミの仲間は、それを回避するためにジタバタしているようだな。


 まあ、面白そうだ。私/ぼくも混ぜてもらおうか。


「あなたはなんなの?どういう存在なの?神という存在なの?」

「え?私/ぼくのこと?そうだなあ、なんだろう?キミは読んだかどうか知らないが、アメリカのSF作家E・E・スミスの『スカイラーク』シリーズに出てくる純粋知性体というのが近そうだ」


「E・E・スミス?『スカイラーク』シリーズ?高校生の頃、読んだ記憶があるわ。ビッグバンの宇宙創成期の後、知性を持った種族が数万年たって、肉体を持たず物質・精神レベルの瞬間構築、瞬間移動が可能な存在になった、宇宙を彷徨っていて、善とか悪とかでは計り知れず、いたずら好きな神のような、気まぐれな存在と確か書いてあったわ。それがあなたなの?純粋知性体があなたなの?」


「それに近いな。そう考えてもらって良い。今のキミだって、記憶データ/知性システムだけで、肉体は持たず、不死なんだから、私/ぼくと似たようなものだ。だから、私/ぼくと一緒にワームホールを通り抜けられる。もしも肉体を持った存在だったら、ブラックホールの潮汐力でバラバラになってしまう。肉体を持たない純粋知性の私/ぼくや、記憶データ/知性システムだけのキミなら向こうに行けるってことさ」


「ちょっと待ってよ。私を向こう?第2ユニバースに連れて行って、私をどうするつもりなの?」

「そうだなあ。もしも、向こうのキミ、類似体と第1や第3のキミらは呼んでいるらしいが、その類似体が存在していれば、キミという第4の記憶データ/知性システムを第2のキミの類似体に転移されるところだが、死んじゃっているからなあ。どうしよう?どうして欲しい?」

「そんなことを聞かれても答えられるわけがないじゃない!」

「でも、記憶データ/知性システムという存在のままに、宇宙を彷徨い歩きたいかね?」


「・・・こ、殺してよ。私という存在を消してよ」

「ごめんねえ。私/ぼくは不死だって言っただろう?キミも不死なんだよ。だいたい、死ぬとかは物質、つまりエネルギーを持っている存在ならできること。エネルギーも何も持たない私/ぼく/キミは、消えて亡くならないんだ」

「・・・あなたみたいに宇宙を彷徨い歩くのはイヤ!」


「う~ん、どうしたものかな?お!キミ、神宮寺奈々って知ってる?」

「え?えええ?なんて唐突にこんな星系のど真ん中で、地球の私の友だちの話になるの?信じられない!・・・ええ、神宮寺奈々は私の高校の同級生で、私の親友よ。彼女に何の関係があるの?」

「キミの世界の神宮寺奈々と同じ、第2ユニバースの類似体の神宮寺奈々も存在している。彼女の思考の状態はキミに似ている。彼女になら、今のキミ、第4の記憶データ/知性システムを神宮寺奈々の類似体に転移させられる。いいじゃないか?中学、高校時代、キミと似たような記憶を持っているんだから、違和感はそんなにないはずだよ」


「・・・奈々に私が入るの?」

「同期可能だ」

「じゃあ、奈々はどうなるの?私はどうなるの?」

「そうだなあ。2つの異なるアイデンティティーがひとつの脳内に存在することになる。だけど、大丈夫、徐々にオリジナルの奈々とキミは融合するから。ハイブリッド?その言葉でいいかね?それになるんだ」

「・・・」


「あ!すまない。2つじゃない。3つだ」

「3つ?どういうこと?」

「第1ユニバースのキミらが第2を調べようとしている。だから、第1のキミ、森絵美も来る。それで、第2のキミの存在が発見できない理由を調べるそうだが、第1のキミの記憶データ/知性システムもたぶん神宮寺奈々に転移するんじゃないかな?」


「第1ユニバースの私?それって、どういう人?その世界では私は生きているの?」

「ああ、キミの類似体は生きている。彼女は物理学者だよ。キミと生年月日は同じだ。彼女は第3ユニバースからの記憶転移を受けている。面白いね。ただし、第1のキミは、2010年頃から来るらしい。だから、え~っと、1958年生まれの彼女は2010年では52歳だった。第3では生年月日が異なっていたようだから、39歳くらいかな。20歳のキミと39歳、52歳のキミが20歳の別人の神宮寺奈々の脳に入り込む。興味深い話だ。あまりマルチバースでも類例がなさそうだ。第1と第3のハイブリッドが、第2の別人物に転移する。それに第4のキミも入る。混乱しそうだよ。面白い!」


「他人事だと思っているわね」

「そうさ。宇宙を彷徨い歩くだけじゃあ、退屈だろう?そうそう、言っておくが、これから行く第2のキミの周りの地球人たちは、キミのオリジナルの第4と同じだ。第2と第4は極めて似通っているユニバースのようだよ。まあ、移動しようか」


 私/ぼくの純粋知性体は、私の手を(手なんかないけど)引っ張って、ペガスス座IK星Aの成れの果てのブラックホールに入り込んだ。周囲では、ペガスス座IK星Aやペガスス座IK星Bの残骸の星間物質が飲み込まれている。


 今は、シュワルツシルト半径の内側だよ。と私/ぼくが言う。事象の地平面を超えたらしい。情報伝達の境界面であるらしい。情報は、光や電磁波などにより伝達されていて、その最大速度は光速という限界を持つ。ブラックホールは光でも到達できなくなる領域が存在し、それがシュワルツシルト半径の内側。ここから先の情報を知ることができないらしい。この境界を指して「事象の地平面」と呼ぶのだそうだ。


 だけど、純粋知性体の私/ぼくやキミのような記憶データ/知性システムは、そもそも光や電磁波などにより伝達される情報じゃないから、別に問題なくシュワルツシルト半径の外側から内側に、ホワイトホールの内側から外側に平気で行き来できるのだそうだ。


 ワームホールを今通っているところ、と私/ぼくが説明する。何なの?これは?スター・ウォーズのミレニアム・ファルコンがワープしているみたいだわ。


 あっという間に、光の渦を超えて、どこかに出た。ほら、ここはもう第2ユニバースだ、と私/ぼくが言う。


「ネタバラシで面白くなくなるから、キミが神宮寺奈々に転移する前に、私/ぼくと出会ったこと、私/ぼくが言ったことはすべて、キミの記憶データ/知性システムから削除するから、そのつもりで」

「もう、どうにでもして頂戴!」


「ま、削除前に、キミの記憶データ/知性システムの知識欲を満たすために、私/ぼくらのことを説明しておいてあげよう」

「私/ぼくら?複数?あなただけじゃないの?」

「もちろん。はるか昔、純粋知性体に進んだ個体が私/ぼくだけのはずがないじゃないか?え~っとね、どっから話そうかな?」


2


 純粋知性体(Pure Intelligence)は、知性だけの存在であり、物理的な形状を持たない。肉体を持たず物質・精神レベルの瞬間構築、瞬間移動が可能である。


 人間に憑依したり、気象を支配したり、人間、人形やロボットに入り込んでコントロールしたりして、それらを通して人間との接触を持つ。また、形を持たないため、インターネットや夢などの場にも侵入できる。


 しかし、人間などに憑依して、物理的な形状を持った途端、純粋知性体は、その人間や物の制約を受ける。また、その人間や物の知識を取り込んで、その知識に影響を受ける。


 例えるなら、シリコンチップに依存しない、完全自立自動データ収集型のAIプログラムをイメージしてもいいかもしれない。AIなどと言うとそんな低レベルなものと比べるなよ、と思うんだが。


 私/ぼくらは、知性だけで存在し、知識収集を目的として独立した意思を持つなど、そう、神のような存在と思ってもいいだろう。もちろん、人類のイメージするような擬人化された人類の倫理観を具現化した神などとは似ても似つかない存在だ。


 純粋知性体は、単一のユニバースのみならず、マルチバース間をブラックホールとホワイトホールを結ぶワームホールで行き来している。そして、私/ぼくらは複数存在している。どのような過程なのか、人間には知るよしもないが、宇宙の生命体の中で、肉体を捨て去り、「純粋知性体」に昇格する種族や個体がいる。そのため、「純粋知性体」と言っても、その力は、「純粋知性体」の個体間でバラツキがあるのだ。


 また、時間軸も自由に行き来かう。私/ぼくら純粋知性体の目的はひとつ。全宇宙的な知識の収集だ。知識の収集という目的のための私/ぼくら独自の倫理観で宇宙を彷徨っている。人間的な善悪では計れず、いたずら好きな神にも似たものなんだろう。


 私/ぼくら同士の関係は希薄である。関係としては、収集した知識の物々交換か、力ある「純粋知性体」が弱い「純粋知性体」を吸収することくらいだ。


 マルチバースの知性を持った生物種は、薄く広く存在しているため、一つの惑星や恒星、恒星系に複数の彼らが飛来することがよくある。例えば、地球のように。


 ただし、私/ぼくらが飛来したとしても、私/ぼくら同士が共闘することはない。知識の物々交換か、私/ぼくらの吸収以外、私/ぼくらは別個に行動する。


 純粋知性体の個体は、情報収集のためにプローブユニットを本体から分裂させて複数個、放つことがある。興味の薄れた惑星、恒星、恒星系などにプローブユニットを放置しておき、他の惑星、恒星、恒星系に移る。


 純粋知性体のプローブユニットは、力こそ本体ほどではないが、本体と相似の存在である。惑星、恒星、恒星系の生物種の知能レベルでは、本体の膨大なデータ量を維持できないため、プローブユニットのデータ量は、その生物種の知能に合わせて縮小してある。


 人間で言えば、人間の脳全体の記憶容量は1ペタバイト程度でしかない。そのため、プローブユニットのデータ量も1ペタバイト以下で本体から放出される。本体が再度その惑星、恒星、恒星系に戻った時、プローブユニットは情報伝達のために本体に吸収される。


 たまに、本体は、プローブユニットの存在を忘れてしまうことがある。忘れ去られたプローブユニットは、それでも、情報収集を止めず、或いは、本体が行っていたように、惑星、恒星、恒星系の生物種に干渉して、情報を生物種に創造させることもある。


 私/ぼくらが地球に飛来したのは、最終氷河期だったヴュルム氷河期の始まる少し前だった。ヴュルム氷河期は、およそ七万年前に始まって一万年前に終了した。その前のおよそ八万年前の中期旧石器時代の頃だ。


 前期旧石器時代の約二百万年前~約十万年前の期間は、現生人類であるホモ・サピエンスが誕生、同時期に、ネアンデルタール人も誕生していたが、私/ぼくらの興味を引かなかった。私/ぼくらの興味を引いたのは、ネアンデルタール人とホモ・サピエンスがアニミズム的な宗教を創造した時からだ。約八万年前の頃である。


 愚鈍な中期旧石器時代人は緻密な宗教概念を創造できなかった。私/ぼくらは、中期旧石器時代人の一人に憑依し、粗雑な宗教概念に秩序を与えてみた。ところが、愚鈍な人類は、その秩序を歪に解釈し、私/ぼくらの食物である知識を増やすどころか、お互いがお互いを攻撃し、種族の抹殺を試みようとした。


 この実験を行った私/ぼくらは、最初に憑依した中期旧石器時代人のポセイドンと呼ばれる人類の個体の特性が間違ったのであろうと判断した。私/ぼくらは、ポセイドンたちの集団とその都市、彼らはそれを「国家」と呼んでいたが、それを地球のマントル対流を少し偏向させて、滅ぼした。未開に落ちた彼らの子孫は、この「国家」のことを「アトランティス」と呼んだという。


 気ままな私/ぼくらは、いくつかのプローブユニットを残して八万年前に地球を離れ、再度飛来したのは、最終氷河期のヴュルム氷河期の終わる一万年前だった。アトランティス文明から退行した中期旧石器時代人は、中石器時代、新石器時代に進もうとしていた。既に、ネアンデルタール人は、約三万年前からニ万四千年前には絶滅するか、現行人類との性交で取り込まれ、吸収されていた。


 氷河が後退しはじめ気候が温暖になったため植物が繁茂し、動物が増えるなど、人間が採集狩猟で食物を得やすくなった。農業が開始され、オリエントの肥沃な三日月地帯では、紀元前八千年頃に、中米やメソポタミアでは、紀元前六千年頃に、農業を主とした新石器時代が始まった。極東の弧状列島である日本列島でも、紀元前八千年頃に同様な動きが見受けられたが、地理的な位置、平野部の少なさ、人口の少なさのために、肥沃な三日月地帯や中米やメソポタミアのような文明的な規模の拡大は難しかった。


 その頃の私/ぼくらが行った人類に対する刺激は、チグリス・ユーフラテス文明(シュメール文明)の構築、エジプト文明の構築、インド文明の構築であろう。些末な動きでは、縄文時代の前期古墳文化の構築も含まれるであろう。


 私/ぼくら、悪戯な神々は、思いつくまま、勝手なアイデアを憑依した人類の個体から広げていっては潰した。シュメール人には、バビロンの塔を作らせては破壊させた。エジプトのファラオと呼ばれる一族には、近親交配をさせて、衰亡させた。彼ら中東の人間は、壮大なビジョンを作り上げられなかったようで、私/ぼくらを失望させた。


 インド文明はまだマシだった。私/ぼくらを最上級の神とさせて、私/ぼくらが名乗るビシュヌ神という存在が、アバターとして、現世に下級神として降臨する、というビジョンは、私/ぼくらを多少は満足させた。ヴィシュヌの第九番目のアバターとした仏陀という人類は、なかなかのものだった。むろん、仏陀は、「純粋知性体」のプローブユニットが憑依した存在だったのだが。


 極東の弧状列島でも、小規模ながら私/ぼくらは実験をしていた。卑弥呼と呼ばれる少女にプローブユニットを憑依させ、勝手な予言を乱発させた。「天」と称する一族に、試しに弧状列島の統治をさせた。八つの頭を持つ大蛇を実体化させたり、九尾の狐を実体化させたりした。


 ただ、極東の弧状列島なので、面積も小さく、人口も少なく、彼ら「純粋知性体」にはそれほどの興味はなかったのだ。


 最近までは。


 ここでは何をしようか?と私/ぼくらのプローブユニットは考える。


 太古の「物の怪」でも復活させてやろうか?と。


「驚いたわ。数万年前からあなたがたは、私たち人類に干渉していたのね?」

「そうだよ。人類だけじゃあ、今の状態にのぼれなかったからね」

「信じられないわ」

「信じてもらわなくて結構だ」

「それで、最後の『最近までは』というのはなんのことなの?」

「何か、これから行く1986年の世界から31年後の2017年に私/ぼくらのプローブユニットが卑弥呼とか天照大神とかを蘇らせて、悪さをするみたいだよ」


「そんな未来がわかるの?」

「キミは勘違いをしている。私/ぼくらは、過去とか現在とか未来などという概念はないのだ。このMoment、瞬間の4次元の時間の地平線が見渡せるんだ。しかし、どこかの時間線のある瞬間で何かの事象が起こると、ユニバースは自動的に起こりうる時間軸の先を修正する。だから、修正された時間軸の先は、私/ぼくらでもわからないんだ。どうやって、ユニバースが自動修正するか、その仕組も私/ぼくらでも謎だ。それから、ユニバースが分岐するのは、人間なんて小さな存在が何をしても分岐しない。分岐するのは、ユニバースの物理定数が変更された時だ。光速が変わるとかの大掛かりな中性子星の爆発とかがあった時なんだ」


「う~、難しすぎてわからないけど、なんとなくイメージがわいたわ」

「私/ぼくもキミの知識欲を満足させることができて、興味深い。これらのキミの反応はストレージしておこう。さて、地球に来たぞ」


 本当だった。地球が目前に浮かんでいた。


「さあ、日本に行こう。さて、そろそろ、キミの記憶データ/知性システムから私/ぼくの部分を削除する。キミは転移するのが神宮寺奈々だってことも知らない。ま、第1のキミに奈々の脳内で出会うだろうから、彼女からいろいろ聞くといい」

「不安だわ」


47


「おおっと、このユニバースも面白いことになっているじゃないか?」

「え?何が面白いのよ?」

「そうか、キミは悠久の時間がみはらせないんだったな」

「悠久の時間?」


「そう、時間というのは関連性があって、連続しているものだからね。今、キミと私/ぼくが浮かんでいるのは、人類が言う1986年という世界だ。日付は・・・10月10日の金曜日。ここにキミを降ろそう。でもね、紀元前47年頃の世界も興味深い」

「紀元前47年?あなたはそんな過去が見えるの?」

「過去、現在、未来というのは、矮小な人類の概念にしか過ぎないさ。私/ぼくにとっては過去、現在、未来などというものは、同時進行しているんだ。そうだ!いいことを思いついた。キミはここに残れ。私/ぼくはキミのコピーを作って、紀元前47年を観光してみよう」

「私のコピーですって!冗談じゃないわよ」

「私/ぼくにジョークのセンスはないよ。一人で行くのも退屈だ。旅の道連れにキミのコピーを連れて行くことに決めた」


「大丈夫だ。近い将来、キミとはまた会う気がする」

「まさか?」

「第1のキミのビル・ゲイツの記憶を探ってみたまえ・・・ああ、削除されているだろうが、ヒントとしての痕跡ぐらいは残しておいてやるよ」

「どうやって、奈々に入るの」

「キミの記憶データ/知性システムを奈々の脳内にダウンロードして、データを解凍、展開すれば、自動的に彼女の脳のシナプスがデータ整理をしてくれるよ。それでは、さようなら。削除、完了。DL開始」


(私は行ってしまった。行ってしまった?じゃあ、私は何?私/彼女はどこに行ったの?)

(キミ/彼女のオリジナルは、無事に神宮寺奈々というキミ/彼女の脳にダウンロードされたよ。だから、今、キミのオリジナルは、私/彼女ではなく、奈々/絵美という存在になった)

(・・・じゃあ、私/彼女は誰?コピーなの?)

(コピーと言うか、キミらの言葉でクローンというのがふさわしいだろう。データ量もルーチンもまったくオリジナルと一緒だ)

(理解できない・・・)

(その内、慣れるよ。さて、行こうかね)

(どこへ?)

(紀元前47年のフェニキア地方だ。エジプトを平定したジュリアス・シーザーが、しっぽりやっていたクレオパトラ7世をうっちゃって、ポントス王ファルナケス2世を破ったあとだ)


 タイムマシンなら時空を旅する実体としての感覚があるんだろう。時をかける少女なら、意識を失って、過去や未来の自分にタイムリープして、ストンと意識に落ちるんだろう。


 ところが、この知性体と似たような実体のないデータだけの私は、時空を動いている感覚もなく、スッと動いた。眼下の地球の明るい部分と暗い部分が多少変わっただけだった。


 ただ、20世紀の地球じゃない。眼下の球体の夜の部分は暗黒だ。人類は電気など発明していない。夜間の照明はたいまつや焚き火、ロウソクだ。宇宙空間に光が届くほどじゃない。おまけに人類の人口は、紀元前なら全世界で2~4億人程度だったと思う。


 私/彼女は知性体に手を引かれて(なんとなくこいつが私の実体があるようにしているようだ)、地球の昼の部分から夜の部分に自転と逆方向に移動している。成層圏から大気圏に動いている。暗黒だがなんとなく地中海のような海岸線の形がわかった。


(ちょっと待ってよ!こんなところに連れてきて、私をどうするつもり?)

(奈々/絵美と同じく、この時代の女性の体にキミをダウンロードしてみよう)

(冗談じゃないわ)

(ジョークのセンスはないって言っているだろ。どれがいいかね?お?あれはどうだろう?)

(あれって?)

(見えないか。もっと降りよう)


 知性体に手を引かれて、建物の天井を突き抜けた。


 そこは大きなホールだった。差し渡し100メートル四方の大きさだろう。そこここに大理石の円柱が立ち並び、ホールの舞台に人が群がっている。数メートルおきに松明が壁のサックに差し込まれていた。舞台の中央に薄いベールのような腰布しかまとわない半裸の白人女性がいた。黒人男性に手を捻り上げられていて、身をもがいている。


(ああ、あれだ、あの女。なかなか美しいだろう?まだ、18歳ぐらいだ。男性経験はない。最近、黒海沿岸からさらわれてきたコーカサス系の女の子だ。あれでいいね?名前もちょうどいい。エミーというらしい)

(ちょっと待って!あれでいいって、私は彼女に入るの?なぜ、彼女はあの黒人に手を捻り上げられているの?)

(だって、彼女は奴隷だから)

(なんですって!)


(まあまあ、すぐ私/ぼくが買ってあげるから)

(私を奴隷女の体に入れないで!)

(まあ、経験だと思って。私/ぼくのここの体は、ちょっと離れた場所にいるようだ。少し待っていておくれ。ここの私/ぼくの体の名前は・・・ムラ―というらしい。奴隷商人だそうだ。私/ぼくはここではムラ―と呼んでおくれ)

(勘弁してよ、本当に、勘弁して!止めて!)

(ダダをこねちゃあいけない。ほら)


47


 私は知性体に押された。彼女に入った。ダウンロードってこういうこと?私の意識と知識データが彼女の脳に解凍されて展開されているようだ。展開が終わると、私の意識が彼女の神経系に接続される。


 手と肩が痛い!黒人男に手を捻り上げられているのだ。嗅覚も効き出した。臭い。獣の脂の燃える匂い。おまけに、この体も臭い。香油でも塗られているんだろうか?古代世界は臭いのだ。


 目の前に、古代のアラビア服を着た腹の出ている男がいた。私の体をまさぐっている。陰部に指をいれようとしている。なんてこと!


 私は思い切りその男を蹴り上げた。男がひっくり返る。黒人男がさらに腕をひねり上げ、頬を思いっきり叩かれた。冗談じゃないわ!これは・・・たぶん・・・奴隷の競りなの?競売会?


「この野郎!何をしやがる!」と私が蹴った男が立ち上がって、私の顎を掴んで捻り上げられる。顔を近づけられて、臭い息を吹きかけられる。「おい、お前、ちゃんと動かないように押さえつけておけ!」と黒人男を怒鳴る。


 なぜ言葉がわかるんだろうか?私/ぼく、いや、ムラーはここがフェニキア地方と言っていた。なぜ、私はフェニキア語がわかるんだろう?頭の中で『あなた、誰?』と声がする。この女の子の意識かしら?


「まあ、活きが良い女だ。なかなかに勇ましい。おい、こいつはいくらだ?処女なんだろうな?」

「正真正銘、処女ですぜ、旦那」と黒人男が言う。「そうですなあ、コーカサス山脈から引っさらってきた極上ですぜ。黒海東岸のアディゲ人(チェルケス人)でっせ。金髪碧眼、ベッピンですわ。性格もキツイから調教のしがいがありまっせ。50アウレウスでは、旦那、いかがでしょう?」


 50アウレウス?なによ、それ?お金なの?私、じゃないや、この女の子、高いの?安いの?


 しかし、手と肩の痛みの加えて、叩かれた頬と捻り上げられている顎が猛烈に痛い。ムラーはすぐ来るっていったじゃない!


 デブの男が「年は?」と黒人に聞く。「18歳です」と黒人男が答えた。


「ババアじゃないか?」

「処女ですよ、処女。この年まで処女でっせ。なんでも族長の娘らしくって、18歳で処女なんてまずいませんや」

「それにしても50アウレウスは高い!25だ!」

「旦那、そりゃあ相場に合わない!」

「値を下げろ!」

「じゃあ、45!」

「馬鹿野郎!30だ!」


47


 デブと黒人が値段交渉で言い合っていると、デブの後ろの人混みをかき分けて、アジア系の長身の若い男性が寄ってきた。「おい、ちょっと待て!俺はこの子が気に入ったぞ。お前、50アウレウス、即金で払うぞ!」と彼が言う。


 デブが後ろを振り返って「横から口を出すんじゃ・・・」と言いかけて「あ、ムラーの旦那でしたか。旦那、50、言い値で払うんですかい?このデカブツがつけあがりやすぜ?」と黒人男を指さして言う。


「良いんだ。俺がこの子を気に入ったんだからいいだろう?ここは悪いが譲ってくれ。代わりといっちゃあなんだが、エチオピア人の15歳の上玉をお前に譲るよ」

「ムラーの旦那に言われちゃあ仕方ない。譲りますよ。エチオピア人の娘、たのんまっせ」

「ああ、俺の執事のアブドゥラに言っておく。明日にでも引き取りにきてくれ。値付けはアブドゥラに聞いてくれ。安くしておくよ」


 デブはブツブツ言いながらも引き下がって、群衆をかき分けて離れていった。ムラ―は重そうな革財布をアラビア服の胸元から引き出すと、黒人男に金貨を50枚、数えながら渡した。1枚余分に渡す。「中途で横槍を入れたお詫びだよ」と黒人男にウィンクした。黒人男がお辞儀をして、腕を捻っていた私をムラ―に押し付けた。


 ムラーは私の肩を抱いて、群衆をかき分けた。黒人男が「旦那、縄でしばんなくていいんですかい?」と聞いた。ムラーは「逃げやせんよ、この子は」と頭の上で手をヒラヒラさせた。


「あなた、遅かったわね!私、痛い想いをしたんですからね!」と彼(?)の肩をどやしつけた。

「これでも急いで来たんだよ。この体にダウンロードしていたからな。ところで、ここでは俺はムラ―だ。ムラーと呼べ。キミはエミーだ。忘れないように。黒海東岸のアディゲ人(チェルケス人)の族長の娘だぞ」

「わかったわ」

「それから、これから俺の家に行くんだが、その格好はなあ・・・」


47


 私は自分の体を見下ろした。上半身裸じゃない!下半身もスケスケの薄いベールのような腰布だけ!「キャッ!」

「これを着るといい」とムラ―は自分のマントを私に羽織らせた」あら、親切なのね?

「あ、ありがとう。ムラ―、あなたは実体化したのね」

「実体化?ああ、これか。これは、本体のプローブユニットをムラ―にダウンロードした。説明しただろ?純粋知性体の個体は、情報収集のためにプローブユニットを本体から分裂させて放つって。プローブユニットは、力こそ本体ほどではないが、本体と相似の存在で、惑星、恒星、恒星系の生物種の知能レベルでは、本体の膨大なデータ量を維持できないから、プローブユニットのデータ量は、その生物種の知能に合わせて縮小してあるわけだ。人類の脳全体の記憶容量は1ペタバイト程度でしかない。プローブユニットのデータ量も1ペタバイト以下で本体から放出される」


「本体はどこに行ったの?」

「この第2ユニバースとキミらの仲間が呼んでいる世界から第4ユニバースに戻った。なんでも、本体と仲の悪い別の純粋知性体がいて、第4でなにかしでかしそうだから、第4の21世紀の世界に戻ったんだ。その内ここに帰ってくるだろう」

「なるほど・・・それで、これから私はどうするの?」

「今、考えているところ。単なるプローブユニットだから、時間軸を見渡せないんだよ」

「なんですって!」


 私たちが奴隷市場を出ようとして、若い男が近寄ってきた。18歳くらいだろうか?アラブ人のようだった。鼻筋の通ったハンサムだ。「旦那様、急に家を出ていかれて、どうなさったんですか。心配いたしました」とムラーの足元に跪いた。


「ああ、アブドゥラか。あのな、俺の知り合いで、黒海東岸のアディゲ人(チェルケス人)の族長の娘がさらわれて、この市場に売りに出ていると聞いたんだ。それで買い戻しに来たわけさ。エミー、彼は俺の執事のアブドゥラだ。アブドゥラ、彼女は族長の娘でエミー。丁重に扱ってくれ」


 アブドゥラは立ち上がって「了解いたしました、旦那様」とムラ―に言うと、私に「エミー様、アブドゥラと申します。何なりとお申し付けください」と私にお辞儀をした。「よ、よろしく、アブドゥラ」


「ムラ―、話の展開が急すぎてついていけわ」と私は日本語で彼に言った。

「ま、俺の家に言って話を整理しよう」

「ところで、ムラ―、私、じゃないや、このエミーが金貨50枚、50アウレウスって、ここの物価でいくらくらいなの?」

「ちゃんと聞きたいのか?」

「この体に入っちゃったんだから、この世界の通貨システムは知らないと」


「まず、ローマの通貨は、アウレウス(金貨)、デナリウス(銀貨)、セステルティウス(青銅貨)、デュポンディウス(青銅貨)、アス(銅貨)で構成されている。二十世紀とここのパンやワインや肉の価格で比較すると、デナリウス(銀貨)は、二十世紀の15ドル、二千円くらいなんだろうか?アウレウス(金貨)はデナリウス(銀貨)の二十五倍の価値だから、375ドル、五万円くらいの価値だ。つまり、50アウレウスは、二十世紀の日本で言えば、250万円ほどになる」

「それは奴隷女としては高い方?安い方?」

「コーカサス女の十代前半の処女のベッピンだったら、30~60アウレウスだから、エミーが18歳と考えると、まずまずいい値段と言えるだろうな。そんなことを知ってどうする?」

「せっかく入った体だから、安いよりも高い方がいいでしょ?自尊心の問題よ。まだ、鏡でよく自分を見てないけど」

「エミー、この時代、キミの考えるようなガラス鏡はないぜ。あるのは、黒曜石を磨いた石板の鏡や金属板を磨いた金属鏡だ。銅の鏡だな」

「あら!時代をよく忘れちゃうわね」


47


 どうもまだこの体に馴染めない。ムラ―の意識、記憶も掘り起こさないとダメだ。俺は額に左の人差し指と中指をおしつけて、ムラーの知識を探る。


 ムラーの家は2つあるようだ。この海岸沿いの家と丘の中腹にある家だ。それぞれハーレムの奴隷頭が仕切っているようだ。海岸沿いの家のハーレムには、女奴隷が7名。丘の家には13名いるようだ。合計20名か。よく、このムラーは体が持つな、と思ったら、玉なし竿ありの宦官に代わりをやらせているようだった。


 なんだ、執事のアブドゥラは宦官だったんだな。なるほど。ヤツは18歳か。もう一人宦官がいて名前がナルセスというのか。こいつは21歳。どちらも俺の同衾の相手らしい。ムラーはバイセックスなんだ。この時代なら普通のことか?ただ、20世紀のLGBTと違って、日本の戦国時代の稚児のような関係のようだ。家庭の戦闘集団の男性としての絆を深めるための意味もある。なるほどな。性行為も儀式ではあるんだな。


 この古代ローマという世界は、女性の地位が2千年先の人類よりも低いようだ。女性は家事労働とガキを産む個体というわけだ。それでも、世界帝国のローマではそれなりに、ジュリアス・シーザーの母親や妻のような教養があり社会的に認められている女性もいるようだが、ごく少数だ。20世紀の女性の絵美が、いや、エミーが知ったら怒り狂うだろう。


 などと自室で考えていると、絵美が、いや、エミーがノックもせずになだれ込んできた。ええい、ややこしい。絵美/エミーだ!その後に奴隷頭のジュリアも部屋に入ってきた。


「ムラ―!」と絵美/エミーが怒鳴った。「なんなのここは!このあなたの奴隷頭のジュリアだか誰だか知らないけど、なぜあなたと同じ部屋に寝ないといけないの?」と叫ぶ。おいおい、俺は絵美/エミーと同じ部屋に寝るなんて、一言もいってないぞ。


「旦那様、申し訳ありません。この50アウレウスも払った女、生意気にも旦那様との同衾を拒絶したものですから・・・怒鳴りつけてひっぱたいてやったんですけど・・・いけませんでした?」


「なんだ、ジュリア、アブドゥラから聞いていなかったのか?彼女は、俺の知り合いで、黒海東岸のアディゲ人(チェルケス人)の族長の娘さんなんだよ」

「それだって、50アウレウスも払って、助けたのでしょう?旦那様?だったら、18歳にもなって、まだ処女です、なんてハレンチな女、さっさと旦那様に抱かれれば、名誉なことですわ」


 ジュリアがそう言うのもわけがある。古代ローマは、出産しても赤ん坊が5歳まで生き延びる割合は3分の2。三人に一人の赤ん坊は医療が発達していないので死亡した。また、死産も多く、女性も出産で死亡する割合は高かった。5歳以上まで成長できれば、40歳代までは生きた。だから、古代ローマ社会では、女性は十代前半から性交を始め、一生の内6~9人くらいの子供を産んでいた、処女に価値などあまりないのだ、さっさと種付けされて妊娠して女性の義務を果たせということだ、と絵美/エミーに日本語で説明してやった。


「つまり、この時代は、女は妊娠して子供を作る、家事労働をする、男は種付け馬で商売や戦闘をするということなのね」


 俺はまた人差し指と中指で額を押して集中した。このムラ―ってやつは意識/知識を開放しないな。頑固なヤツだ。「そういうことらしい。俺は家を2つ持っていて、一つがここ、海岸の家。ここのハーレムには、女奴隷が7名。丘の家には13名いるようだ。合計20名。ここを仕切っている奴隷頭がこのジュリア。ギリシャ奴隷だ。それで管理しているのが、さっきのアブドゥラ。丘の家の奴隷頭がソフィア。エジプト人だ。管理しているのがナルセスというアフリカ人。アブドゥラとナルセスは宦官だ。玉なし竿ありってことだな。その他に、農園なんかで家事労働をする奴隷が30人くらいいる」


「ムラ―、あなたは奴隷を50人、宦官を2人、所有しているわけね。それって、金持ちってこと?」

「こいつは・・・かなり金を持っている。が、散財しないので、この程度の人数のようだ。20世紀で言うと、年収10億円ぐらいの社会階層みたいだぜ」

「富裕層ってことか。食うには困らないわけね。ねえ、ムラ―、20人もの女性を相手にして体が持つの?」

「いや、20人じゃない。だいたい常時7~8人は妊娠していて、妊娠したのがわかると、セックスはしないようだ。流産なんかで貴重な奴隷に死なれては困る」


「でも、残りだって12~13人もいるじゃない?」

「この世界は、たいまつや焚き火、ロウソクだって高いし、夜、明かりをつけておく理由がない。日が暮れると寝てしまって、日が昇る前に起き出す。日が暮れたあと、やることはセックスが主な娯楽だが、12~13人相手に3P?とか毎晩できるわけじゃない。だから、アブドゥラとナルセスが俺の代わりにお相手をするようだ。玉なし竿ありだから、性交はできる。ガキはできないから、産まれたガキは俺のガキという仕組みらしい」

「ムラーに文句を言っても仕方がないけど、スゴイ世界だわ」

「非常に興味深い。20世紀、21世紀の世界も面白かったが、紀元前の世界も面白いもんだよ」

「あ!それから、ムラ―、言いにくいんだけど・・・」

「知性体に対して言いにくいもなにもあるもんかね」


「え~っとね、トイレに行ったんだけど、大きい方・・・それで、個室なんかないのは仕方がないけど、私が便座に座ると、8歳くらいの女の子が、素焼きのツボと、あれは海綿のスポンジかな?それらを持って跪いているの。出てって欲しいと思ったら、この体のエミーが頭の中で『常識じゃん!その奴隷の女の子はあんたの下の始末をするためにいるんだよ!』って言うのよ」

「ワハハハハハ、それで絵美は女の子にケツを拭われたんだな?」」

「笑い事じゃないわよ」

「そうか。俺もそうされるのは、なんかイヤだな」


「ムラ―、ウォシュレットを作れとは言わないけど、なんとかならない?中国では紙は既に発明されていると思うけど、まさかお尻を拭くような工業製品の紙はこの世界にない。パピルスはあるんだろうけど、葦の茎でお尻を拭いたら赤むくれになっちゃうわ。どうにかしてよ!」

「まあ、この世界で居心地よく過ごすには、工夫が必要だな。幸い、公共水道はあるようだから、高架水槽を作らせて、重力方式で、ウォシュレットとはいかないが、ケツを洗う水栓を作るか。明かりも獣の脂じゃあ臭い。たぶん、近くに天然の原油が湧き出す場所がある。それを蒸留して、灯油を作ろう」


「さすが、知性体!」

「ダウンサイジングして人類の体に実体化した知性体のプローブユニットだって言ってるだろう?機能限定されているから、本体と違ってなんでもできるわけじゃない。この体の属性に制限される。念動力や瞬間移動、テレパシーがちょっとできる程度だ。スーパーマンというわけじゃない。剣で刺されれば死ぬぜ」

「え?念動力や瞬間移動、テレパシー?すごいじゃない!」

「キミだって使えるじゃないか!」

「私が?」

「機能の低い知性だが、使える。練習すれば良い」

「ふ~ん。この体も族長の娘で、戦闘力はありそうだし。いいじゃない、護身術で念動力や瞬間移動、テレパシーが使えるなんて」

「訓練次第だ」


「ところで、この世界、臭い!」

「ああ、臭いな。確かに臭い。この時代にも石鹸はあるんだ。古代ローマ時代の初めごろ、サポーという丘の神殿で羊を焼いて神に供える風習があった。この羊を火であぶっていて、滴った脂肪が木の灰に混ざって石鹸もどきができた。だからサポー、ソープという。しかし、羊の油だから汚れ落としには良いが、入浴に使えるような代物じゃない。ムラーの丘の家にオリーブの木がある。オリーブオイルと海藻の灰でソープを作ろうか。海水から採った食塩から硫酸ソーダを作って、石灰石と石炭を混ぜて加熱して炭酸ソーダを作れば純度の高い石鹸ができる。香料はレバノン杉やエジプトの白檀、ニッケイ、イリスを混ぜればいいかな?」


「それって、化学実験器具が必要じゃない?」

「この世界でもガラスは既にある。ガラス職人もいるはずだ。耐熱ガラスを作るには・・・ホウ素が必要だな。アラビアにホウ砂があるだろうから、それで耐熱ガラスができれば、ビーカーやフラスコができるだろう。ゴムの木があるはずだから、原始的なゴムチューブもできそうだ」

「私も手伝えそう」

「協力してやろう。え?この体のムラーが、その製品は売れるぜ、金儲けになる、と言っている」


 ジュリアがフェニキア語で「旦那様、失礼ですが、さっきからおかしな言葉でその女とお話ですが、コーカサス語ですか?」と言う。


「ああ、ジュリア、そうだよ」

「旦那様、仲がよろしいように見えますが、じゃあ、なんでこの女は旦那様に抱かれないんですかね?この女と寝ないなら、別の女を用意しましょうか?なんなら私でも・・・」とジュリアが体をくねらす。


「絵美、面倒だ。格好だけでも良いから、この部屋で寝てくれ」

「仕方ないわね。でも、ムラ―、知性体でも性欲があるの?」

「実体化した人間の属性に影響されるから、性欲はある。この体は結構セックスは好きなようだ」

「あら?この体のエミーは『ムラーなら初体験しちゃおうかな』とか思ってるわ。この娘も好きものみたいだわ」

「まあ、やる気分じゃないがね」

「わかったわ」


 絵美はジュリアに向き直って「ジュリア、私は今晩、旦那さまと寝ます。別の女を準備しなくても結構。あなたも要りません」とフェニキア語で宣言した。ジュリアはムッとしたみたいだ。後でなだめておかないと、絵美と奴隷頭の仲が悪いのは、俺も困る。


47


 俺は物音で目が冷めた。俺の寝室はニ階にあるんだが、一階から何やら足音をひそめた人間が動き回っているような気配が感じられた。


 盗賊かな?それとも暗殺者か?俺は横で寝ていた絵美の口を塞いで声を出させないようにしてそっと揺り動かして起こした。パチっと目を開く。指で階下を指した。絵美も物音に気づいたようだ。絵美をベッドに抑えて、シッと言った。手真似でここにいろと伝える。ウンと頷いた。


 俺は部屋を出て、隣室で寝ているアブドゥラを起こしに行った。ドア代わりのタペストリーをそっとはぐと、アブドゥラはジュリアとやっていた。月明かりの中、ギリシャ奴隷の黒髪がアブドゥラにのしかかって腰を振っている。アブドゥラが腰を突き上げてジュリアを攻めている。


 アブドゥラは今年で十八才になる。十年前、黒海沿岸から海賊に拉致されてきたコーカサス系の奴隷だ。俺が買い上げた。十代前半の処女のベッピンだったら五十アウレウス(金貨)するが、絶世の美少年のアブドゥラもかなり値がはって、人さらいの海賊共、俺に三十アウレウス(金貨)を要求しやがった。しかし、出してやった。ちょっと話をしたが、美少年であるだけでなく、性格が素直そうであったからだ。


 家に戻ると、執事に命じて、東の国の漢(ハン)から伝わった少年を宦官にする医術を施した。高い金を払ったんだ。竿をちょん切って死なれても惜しい。三割は死んでしまうものな。

 

 だから、竿(陰茎)は温存して、玉(睾丸)を摘出するだけにとどめた。この方法は、種無しになる代わりに性欲が温存されてしまう。まあ、ハレムに女はたくさんいることだし、俺も全員は面倒が見きれないので、執事のナルセスにも女の性欲処理はさせている。アブドゥラにも「俺のハレムの女はどれでも犯していい。ただ、恋愛感情は持つなよ」と言ってある。

 

 アブドゥラは「もちろんです、旦那様」と誓った。彼としたら、嫉妬深く力も何もない女には興味がないのだ。それよりも自分の生存を保証してくれる俺が好きなのだ。

 

 俺はハレムにはめったに泊まらない。よほど女がしつこく求めてきて、疲れすぎて表に帰る気がなくなった時以外は、ハレムの外の表の俺の寝室で眠る。その時は、以前はナルセスに同衾させていたが、ナルセスも年がいってしまって二十二才になったので、最近は、アブドゥラに同衾を申し付けることが多い。


 ナルセスは、丘の家のハレムに残して、女どもの餌食にさせることが多くなった。彼も大変だ。一晩で十三人いて妊娠していない女どものの相手しないといけないのだから。一人では可哀想なので、黒人奴隷のパシレイオスもハレムに通わせる。パシも同じく、竿あり玉なしだ。


 俺はベッドに近づいた。ジュリアとアブドゥラが気づいた。旦那様の気が変わって、3Pでもやるのか?と思ったんだろう。俺は二人の口を塞いで、階下を指さした。二人とも物音に気づいたようだ。


 俺はアブの耳元で囁いた。「アブ、下で物音がする。盗賊か暗殺者だろう。ナルもパシも丘の家のハレムだから、ここには俺とお前しかいない。ナイフはあるか?」と聞くと彼の側のサイドテーブルの上を指差した。「よしよし、俺とお前で退治するしかないな。大丈夫だな?」と聞くとコクンとうなずいた。「ジュリアはここでジッとしていろ」ジュリアもコクンとうなずいた。


 外は半月でまずまず明るい。アブがベッドから立ち上がった。さっきまでジュリアを攻めていた竿が半分勃起していて、精液とジュリアの愛液が少し垂れていた。


 アブは起き上がり、俺を振り返って、ニヤリと笑い、唇をペロッと舐めた。こいつ、嬉しがってやがる。ナイフを革の鞘から抜いた。ダマスカス鋼のナイフに月光が反射してキラリと光った。アブがこちらに向いた。これから人間をいたぶるのに興奮しているのか、全裸の股間の竿がさらに突っ立ってやがる。


 アブはことの他ナイフが好きだ。それもほとんど血を流さずにやっちまう。ヤツのナイフは、刀身が中指二本分の長さの細身の柳刃だ。それで耳や首筋を突き刺す。血管を避けて、神経を狙うのだ。アブにナイフ術を教えたナルもその飲み込みの良さに驚いていた。ヤツが初めて人を殺したのは十二才の時。その時も俺と同衾していて、殺したのは盗みに入った盗賊だった。

 

 アブが先導して俺が続いた。俺もナイフを持ってきたが、アブほどナイフの腕は良くない。俺の場合は、単純にぶん殴ってのしてしまう。大立ち回りをしてしまうので(それが好きなせいもあるが)、真夜中に大騒音で家財も壊してしまう。ここは、殺しがきれいなアブに任せるのが上策だ。

 

 俺たちは物音を立てないように階下へ向かう階段を降りていった。物音はどうも俺の書斎からするようだ。書斎の引き戸は指半分開いていて、月灯りが室内から引き戸の隙間に漏れていた。アブが引き戸の隙間から室内を覗いた。顔をしかめている。俺もアブの頭の上から覗いてみた。


 驚いたことに、俺の書斎で書類を引っ掻き回しているのは、エジプトのアヌビスの格好をしている。


 アヌビスというのは、兄のオシリスと妹のネフティスから産まれた子供だ。ジャッカルの頭部を持つ半獣半神である。仮面をつけて仮装をしているのか?と思ったが、脚が人のものではない。踝から先が異常に長く、鋭利な爪が生えていた。

 

 う~ん、人じゃないとすると、これはアブには荷が重いな。そう思った俺は、ヤツの肩を触って、人差し指で家の外を指し示して、二本指を立てて指を曲げた。外の家から援軍を呼んでこい、という合図のつもりだった。察しのいいアブはわかったようだ。廊下を外の方に駆けていった。

 

(俺の書斎でアヌビスは何をしているんだ?)俺は考えた。


 思いついたのはひとつだけ。海賊から買い受けたエジプトから盗んできたパピルスの文書じゃないか?エジプト絡みのものはそれだけだからな。


 アヌビスは物音を立てないようにして、俺の机や本棚を物色している。いや、そこにはないんだけどな、と俺は思った。しばらく様子を見ていると、廊下をアブと奴隷の男どもがやってくる。部屋に踏み込むか?俺は引き戸を引き開けた。

 

「アヌビスさん、何をしているのかね?」とジャッカル頭に問いかけた。


 アヌビスだから、エジプトのコプト語だろうと思ってコプト語で聞いてみた。本棚を漁っていたアヌビスは俺らの方を振り向いた。唸り声をあげる。とても人のものとは思えない。本当に半獣半神なのか?俺はちょっとビビった。

 

 唸り声にひるまずにアブと奴隷どもがナイフをアヌビスに投げつけた。二人のナイフはアヌビスの眉間にささった、と思ったが、ヤツは右腕を振り上げてそれを防いだ。二本のナイフがヤツの腕に突き刺さった。大きな唸り声をあげて、アヌビスはナイフを振り払って落とした。


 おっと、ちょっとまずい展開だな。ナイフがききやしない。仕方がない。俺は腕をヤツの方に差し出して、指を大きく広げた。俺の頭から肩、上腕部を通って、広げた手のひらから、念動力をヤツに投射した。


 普通はこれで脳がかき回されて昏倒するはずなんだが。あまり効かなかったようだ。唸り声をあげて、頭を振っただけだ。まずいな。


 ジャッカル頭のアヌビスが俺の方に突進してきて、クルッと回転して腹を狙ってきた。鋭利な爪で俺の腹を引き裂こうというつもりか?これで死んだら、俺の意識/記憶もアップロードされない。本体に戻れない。おまけに、絵美をここに一人で残すことになる。


 俺は飛び下がったが、アヌビスの脚の爪で腹を少し裂かれた。痛えじゃねえか。実体化すると痛いってもんだな。俺はもう一度、念動力を試してみた。少しアヌビスがフラフラするがあまり効いていない。アヌビスがすっ飛んできて、俺にスピアを見舞った。胃袋が飛び出しそうだ。


 アブと奴隷どもが加勢してアヌビスに飛びかかったが、右手の一閃で薙ぎ払われた。このバカ力のジャッカル頭め。スピアの態勢でアヌビスは俺に馬乗りになっている。これはヤバい。


 いつ二階から降りてきたのか、絵美が入り口から覗いていた。どこで探したのか手斧を手にぶら下げていた。


 彼女がスっとアヌビスの後ろに回り込んだ。絵美は俺にのしかかっているアヌビスの背に振りかぶった手斧をブチ込んだ。手斧はアヌビスの右肩に食い込んだ。ジャッカル頭はのけぞった。


 絵美が左足をアヌビスの背に突っ張って手斧をはずそうとしている。アヌビスは左手で裏拳を繰り出し、絵美をふっとばした。


「ムラ―、念動力!どうやるのよ??」と絵美が怒鳴る。「両手を差し出して、手のひらを相手に向けて広げて、相手の脳みそに指を突っ込んでグチャグチャにしてやるイメージを考えて意識を集中させろ!」「よし、やってみる!」


 絵美が教えたとおりにアヌビスの頭に向けて手を差し伸ばした。眉根にシワを寄せてアヌビスの後頭部を睨む。アヌビスの頭が揺れた。腰が浮いて立ち上がりそうになる。俺も仰向けになったまま、アヌビスの頭に念動力を思いっきり送った。アヌビスが立ち上がり、窓の方に後退していった。


 窓から逃れようとした。俺と絵美がその後ろを追って念動力を送り続ける。外へ逃れたアヌビスだったがバッタリ前のめりに倒れた。


 窓から出ようとする俺らを追い越して、アブが外に出た。アヌビスの背にまたがった。細身の柳刃をアヌビスの首筋に突き刺した。「旦那様に傷を負わせやがって!」と叫ぶ。


 いや、ちょっと、ありがた迷惑だったような。これじゃあ、脳死じゃないか。俺は駆け寄って、アブを押しのけ、アヌビスの後頭部を両手でつかんだ。意識が薄らいでいくのがわかる。シナプスの間をやり取りしている電気信号が途絶えていく。かすかに、感じた。これは知性体のプローブユニットだ。


「ムラ―?大丈夫?」と絵美が駆け寄ってきた。コーカサス語で話している。「え?絵美は大丈夫なのか?」と日本語で言うと「あの日本人とかいう絵美じゃないわよ。私は、エミーよ」とコーカサス語で答えた。「私と絵美が逆上して、それで入れ替わっちゃったみたいね」


「彼女は?」

「血を見て、錯乱しているみたい。慣れてないのね」


 そうか。コーカソイドは、ローマ帝国を滅亡に追い込んだゲルマンの先祖。だから、この娘だってその血をひいている。よくみればかなりの筋肉質の体じゃないか。だからか、手斧の使い方も慣れたもんだった。しかし、それにしても念動力なんてよく使えたな?


「エミー、念動力をよく使えたな。初めてなのに」

「あら?どうやったのかしら?知性体の絵美の能力と、私、巫女だから、それが合体したのかもね」

「エミーは巫女なのか?」

「コーカサスのアディゲ族の巫女長は代々族長の長女がなるの」

「あ!だから、処女なんだな?」

「そうよ。絵美が忙しくて、私の意識をちゃんと読まなかったのね。だから、ムラーも知らなかったんだわ」


 まいったな。同じ体に入っているのが、20世紀の日本人の犯罪心理学者の女性と、この凶暴なアディゲ族の娘と二人相手ってことだな。


 アブが横に倒れていた。「アブ、押しのけてすまなかったな」と謝った。


「旦那様、アヌビスの後頭部を抑えて何をしていらっしゃったんですか?」

「あれは・・・え~っと、このアヌビスが被り物かなにかしているんじゃないかと疑ったんだ。本物の頭だったがな」

「そうでしたか。しかし、アヌビスとは」

「不思議なことがあったもんだ。アブ、この屍体を家畜小屋にいれておけ。明日、解剖をしてみよう」

「解剖とはなんのことでしょうか?」

「(この時代に解剖なんてないか)・・・こいつの正体を調べるんだ。それから、肉きり包丁を研がせておけ」

「わかりました。旦那様、もう遅うございます。明日は朝早くからクリエンテスのみなさんが朝食の時にまいりますので、お休みくださいませ」

「ああ、そうだったな。寝るとするか」

「旦那様・・・」

「なんだ、アブ?」

「先程は、ジュリアと私がしている時に来ていただいて、うれしゅうございました。違いましたが・・・あの、また、可愛がっていただけませんか?最近、ご無沙汰ですので・・・」

「え?ああ、わかった。今度呼ぶからな」


┈┈••✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼••┈┈


 玉なし竿ありのアブドゥラもナルセスも、少年の頃からムラーと同衾していた。彼らは、中国の司馬遷の宮刑のような施術を行い、ムラーの宦官になった。もちろん、刑罰ではない。この時代、普通に行われていたことだった。


 古代オリエントの戦争捕虜の場合、睾丸を残して陰茎だけを切断して奴隷にした風習があったが、この場合は逆で、陰茎はそのままに、睾丸を除去して授精能力を奪ってしまう。


 性交という行為自体を不可能にすることが目的ではない。ハーレムの主人が認めれば、子供は作れないのだから、ハーレムの女の性欲を満たすことも可能なのだ。そして、生殖能力がないので、家族の元に戻ったりもできず、生涯、主人に使えさせるのが目的だ。


 睾丸を除去するということは、授精能力がないだけでなく、男性ホルモンが分泌されないことでもある。中世の教会の男子少年合唱団のソプラノ歌手のようなもので、カストラートと呼ばれる。男性でお女性ホルモンが分泌され、男性ホルモンの分泌が抑えられたカストラートはふくよかな体形になる。


 正常な男性に比べると性欲は劣るものの、それなりにあり、性器の機能としては問題なかった。また、前立腺などから精液は分泌されるので射精はあるが、精子を作る睾丸がないので、子供ができないため、ハーレムのリスクの無いセックスには好都合だった。


 男性ホルモンの分泌がなく、女性ホルモンだけが分泌される状態では、女性らしい体型になる。日本の戦国時代の稚児とは違う。そして、性格も女性化する。愛情深くなり嫉妬心が強い。そして、女性との性交よりも男性との性交という受け身を好み、その男性に強い恋愛感情を抱くのだ。


 時代が時代とはいえ、まあ、面倒くさい話だ。ハーレムの女だけではなく、宦官にまで気を使わねばいけない。


(1) 47


 エミーは当然のように俺の寝室についてきた。アブドゥラとジュリアに睨まれた。同衾するんだからセックスするのは当然と思われていたようだ。俺はやる気がない。双方、実体化して、絵美はレベルが低いとは言え、知性体なのだ。知性体同士のセックスなど聞いたことがない。


 しかし、厄介なことに、彼女の体にはエミーの意識も存在している。


 ベッドに入ると、エミーも毛布に潜り込んできて体を寄せてきた。「ムラ―、私、誘拐されたでしょ?それで奴隷として売られた。だから、もしも故国に帰れたとしても、もう巫女長としてはいられない。処女性を失ったと思われるでしょ?もう、無理して処女でいる必要がないのよ」


「だから、なんだ?」

「だから、ムラ―、私を抱いて」と猫なで声で言う。

「俺はやる気がない。絵美とは同じ知性体だからな。知性体同士で性交するなんて嫌だ」

「私は絵美じゃないのよ。エミーよ」

「エミーの中の絵美はなんと言っているんだ?」

「『もともとエミーの体だから、自分の好きにしなさい』だって」


 俺はエミーの頭をコツコツ叩いた。「おい、絵美、いくら意識が交代したと言っても、エミーが感じると絵美も感じるんだぞ。好きにしなさいってなんだ?」

「エミーは処女だけど、絵美は経験があるから、別にかまわないんじゃないの、だってさ。ニューヨークではご無沙汰だったから、ちょっとしたい気もある、と彼女は言っています」

「まいったな」


「ええ?絵美、何?フンフン。なるほど。ああ、そういうものなの?私、まったく経験ないから・・・ああ、そういうことね。あれれ?これ、あなたの過去の光景?ほほぉ!」

「こら、一つの体の中で会話するんじゃない!」

「ねぇ~、ムラ―、しなくていいから、日本語だと『ソイネ』って言うの?それだけで良いからぁ~」

「ソイネ?添い寝?絵美が何か入れ知恵したな」

「いいから、いいから」


 エミーは俺の胸に頭をつけて寝てしまう。なんだ?寝たのか?諦めたか?


 何かこうなるとおかしなもんだ。相手は無防備にスヤスヤ眠っている。ムラーのオリジナルならここで犯してしまうんだろうなあ。無防備だ・・・


 18歳の少女の髪の毛の匂いがする。悪かないぜ。俺がちょっと動くとエミーはもっと抱きついてくる。離れませんよぉ~、ということか。でも、狸寝入りじゃなさそうだ。


 寝息が首筋にかかる。ムラーの記憶だと、この時代は、質より量。前戯なんかもしないようだ。男女とも削岩機でピストン運動をして、ハイ終わり、とガォ~と寝てしまうようだ。そうだろうなあ、子作りが目的だものなあ。


 でも、これだけ無防備で、俺を信頼して寝られると、逆にムラムラしてくる。実体化して、人類の体に入ったから、この体の属性が感染ってしまうんだ。


 エミーがムニャムニャいって、左手が下がった。俺の股間に触れるんじゃない!こんな美少女に抱きつかれて、股間に手を置かれたら、勃起するだろ?・・・した。


 実に動物的反応なんだなあ、人類は。別のことを考えよう。


 ホウ砂を集めて、この時代のガラスよりも溶融温度が高い耐熱ガラスを作るには、るつぼ(坩堝)がいるな。土作りから始めないといけない。目の細かい土を集めて、混練して練って均質なネタを作る。真空ポンプなんてあるわけがないから、菊練りで土の中の空気を除く。それから成形する。ろくろも作らせないといけない。焼成をどうするか?耐熱レンガで焼付窯を作って、じっくりと焼く。紀元前というのは手間がかかるもんだぜ。


 全然、眠れなくなった。


 エミーは俺の股間に手をおいたまま。時々、ピクッっと動いてソッと握ってくる。これはたまらん。


「エミー、絵美、起きろ」とソッと彼女を揺さぶった。

「もぉ、朝なのぉ~?」と言う。

「ち、違う。これはいかん。我慢できなくなった」

「え~、何がぁ~?」

「エミーが欲しくなった」

「え~、添い寝で良いっていったじゃん?」

「いや、ダメだ。勃った」


 エミーがパチっと目を開けた。


「あ!ホントだ!固くなってる!え?私、ここを触っていたの?・・・大きい・・・固い・・・」

「まあ、二十人を満足させているんだから、ほどほどのモノなんだろうな」

「・・・絵美が日本人よりもフェニキア人の方がおっきいね、と言ってます」

「大きくだけで良いってもんじゃないよ」

「これ、入るかしら?え?エミーは大柄だから余裕だよ、と絵美が言ってます」

「なんかやりにくいな?」

「私、黙っているんで、ムラー、やっちゃってください、と絵美が言ってます」


「もう、二人とも黙って」

「ハァイ、優しくしてね、あ・な・た・・・」

「だから、黙れって!」


 俺はエミーの首の下から左手を差し入れて、肩を抱いた。エミーの両手は俺と彼女の間にある。


 右手をエミーの背中に回す。エミーの息が首筋にかかる。俺はエミーの額を額で押して、顔を仰向かせる。肩を抱き寄せる。目があったがすぐ彼女は目をつぶった。唇を押し当てて軽くキスする。エミーが唇を開いてくる。ピタッと唇を合わせた。エミーの舌を追いかけて、絡み合わせた。


 右手でエミーの背中をさすった。エミーの両手が俺らの間でモゾモゾしている。臆病そうに手の甲でちょっと俺のを触った。それから、裏返して、手のひらを俺のにそえた。軽く握られる。


 右手を背骨に沿ってゆっくりと触っていく。脇腹を触ったりして、背中をさまよわせる。徐々にお尻の方に手を動かして、太ももを触った。エミーがモゾモゾして、両脚をすり合わせるのがわかる。


 俺は、唇をもっと密着させて、エミーの舌を絡めとった。エミーがフイゴみたいに息を荒げている。もっと、舌をネットリ絡めた。エミーも俺の舌を追って絡めてきた

 

 太ももから膝のほうにソフトに触っていった。太ももの内側に指を移して、内側をなであげる。エミーがビクッと体を震わせる。俺が何もしないのに、エミーは左足を持ち上げて、俺の太ももにのせた。左足を絡めてきて、俺の太腿を押した。腰を押し付けてくる。


 エミーが俺のを握りしめてくる。エミーのあそこの真ん中のスジ沿いに人差し指を当てて、なで上げる。エミーが唇を離してのけぞった。「アア、ムラ―」とすすり泣く。

 

 エミーのお尻をなでたり、手のひらで握ってもんだりした。エミーは手を俺の首に回した。今度はエミーが俺の唇を探って、自分から舌を俺の口に差し入れて、舌を絡めてくる。俺はエミーの唾を吸った。

 

 彼女の乳首がちょっと固くなっている。俺は指で乳首を挟んで優しく握った。エミーがのけぞって深くため息をついた。「アン」と可愛い声をだす。


「ムラ―、私の胸、どう?小さい?大きい?」と囁く。

「俺の手の大きさにちょうどいい。ピッタリとフィットしているよ。わかる?」

「うん、わかる。気持ちいい。あの~、ええっと・・・自分で触るのと違うよ・・・もっといい・・・は、恥ずかしい」

「巫女さんでも、自分で触るようなことをしていたんだ?」

「・・・うん、ときどき、触っていた・・・」


 エミーの背中に手を回して抱きしめた。キスしながらエミーの体を触り続ける。エミーが身悶えする。腰を押し付けてくる。俺もたまらなくなって、エミーの腰に押し付ける。エミーが右手で俺のものをギュッと握った。

 

 俺の方が我慢できなくなってくる。俺は唇を離した。「エミー、ダメだ、出ちゃうぜ」と言った。エミーが俺を見つめて「え?これが?」と右手で俺のをもっとギュッと握りしめる。


「そ、それがだ」と言うと「感じちゃったの?経験豊富なムラーのオリジナルの反応なの?それとも知性体の反応なの?」と聞かれる。

「どっちかな?エミーのぎこちない仕草が、キュンとなるようだ」

「そんなもんなんだね。私は、恥ずかしい」と俺の胸に顔をうずめる。「恥ずかしい。自分から動いちゃった。私、勝手に体が動いちゃって。ムラ―の体を脚で挟んじゃうし。もう、ムラ―が欲しくて欲しくてたまらない。どうしよお」と顔を胸にすりつけて、イヤイヤしている。これはジーンとした。エミーを抱きしめる。


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 体中を触られて、舐められて、身悶えしてしまう。まだか、まだかと待っているが、まだ、ムラーは私をいたぶり続ける。もう、それだけで、何度も逝ってしまう。何時間も経った気がした。脚を広げさせられた。動けない。切ない声しか出ない。


 いよいよかな?ムラ―のが入ってきた。あそこを押し広げられる感覚がある。少し痛いけど我慢できないほどじゃない。


 彼のものの先っぽが入ってきたみたい。まだ、先っぽなのかな?と思っていると、ニュルンッとした感じがして、私の中がいっぱいになった。一瞬痛くなったが、すぐ痛みが引いた。これって、奥まで入っちゃったの?ええ?口から出そうじゃない?わ、わ、どうしよう、私の中、いっぱいになっちゃった。


 ムラ―が私におおいかぶさってくる。彼の肘で体重を支えているので、重くない。奥までいっぱいに挿れたまま動かなくなった。

 

「エミー、根本まで全部入ったよ」と言われた。言われなくってもわかる!彼の背中に爪を立ててしまう。脚で彼を挟んでしまう。体が勝手に動いちゃう。ちょっとあそこがヒリヒリする。でも、何か感じるものがある。奥から満たされるみたいな。

 

「ムラ―、そんなに痛くない。動いても大丈夫みたい」と言ったら「ゆっくり動こう」とそっと抜き差しを始めた。ちょっとピリピリとしてる。でも、さっきのニュルンと入ってきた時みたいな痛みはなくなった。


 私が痛がっているような感じを見せていないので、ムラ―も安心したのか、浅く抜いたり深く挿したりし始めた。あああ、もっと気持ちよくなってきた。彼に力を込めて抱きついてしまう。彼も体を密着させてきた。

 

「ムラ―、変よ。処女だったのに感じてきちゃったよ」

「おかしいことはないさ。うまく行ったんだ。エミー、これで処女失くしちゃったな」と言う。

「ムラ―が私の初めての男になったんだ」私の方からキスした。


 しばらく、ムラ―は、浅く抜いたり深く挿したりしていたが、だんだんと強く突いてくる。


 え?え?これ、感じちゃってるの?自分でする何倍もきちゃってる。あそこがジンジンする。頭に血が上っては、さぁ~と引いてしまうような。何度も何度も。

 

 あ!ダメだ!これダメだ!無意識に枕をつかんで、頭を振ってしまった。声が出ちゃう!自分で知らないうちに叫んでる。ムラ―もウッと言って、根本まで突っ込まれた。


 あ!何かが私の中に出てる、私の中にいっぱい出てる。いっぱいになってる。ムラ―がピクピクしてる。私はムラ―にしがみついて、ムラ―のを締め付けている。意識飛んじゃう。


 意識が飛んでしまった。ムラ―が力尽きて、私に体重をあずけてきた。ムラ―があれを私から抜いて、ゴロッと横に転がって、仰向けになった。ハァハァ言っている。私もだ。ムラ―が起き上がって、水差しから陶器のコップに水を注いで渡してくれた。


 汚いハンドタオルを持ってきた。水差しの水で濡らして、それで私の体を拭ってくれる。「起き上がれるか?」と聞かれた。「力、入らない」と私が言うと、抱いて起こしてくれた。


「エミー、初めてにしてはよかったぜ」とコーカサス語で言う。

「あら、ゴメンナサイ。エミーじゃなくて、絵美よ、私」と日本語で答えた。

「なんだと?交代しちゃったのか?」

「あなたが逝って、エミーも逝った瞬間、私の意識が自然に前面に出ちゃったわ」

「どういうことだろう?」

「本物の知性体のプローブユニットと違って、人類ベースの未熟な知性体の私だから、エミーの意識のコントロールはできないようね。私たちがさっきみたいに逆上したり、エクスタシーを感じたりして、無意識になった時、交代がおこるのだと思う」

「確かにそれは一理あるかもしれん」


「ヘヘヘェ、残念でした。ぎこちないおぼこの処女の娘だと思っていたのが、20世紀の女が出てきちゃったね。悪かったわ。でも、ムラー、上手だったわ。あれはオリジナルのムラーの知識?」

「いや、この時代、処女とやる時は、組み伏せて、両手をねじ上げて無理やり突っ込むようだ」

「あら?優しかったじゃない?私にもわかったわよ」


「俺は人類の女とのセックスの知識などない。あるのは、本体がキミから吸い上げた記憶だけだ。だから、キミと宮部明彦のセックスのやり方を参考にした」

「ちょ、ちょっと、なんかイヤだな、それは・・・あ、でも、それでか。違和感がなかった。だから、私の感じるところをついてきたのね?」

「少なくとも、キミが好きな体の部位はわかる。あの、なんだっけ?Gスポットを突くとか、突きながら、陰核?そこを恥骨でグリグリしてやるとか」

「ムラー、止めて!恥ずかしいじゃないの!」

「まあ、もう時間も遅い。明日の朝は早いからな。寝よう」

「一つだけ教えて。クリエンテスが挨拶に来るってアブドゥラが言っていたけど、クリエンテスって何者?」


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「クリエンテスというのは、古代ローマの『被保護者』というか、日本の地方政治の後援会というか。俺は『パトロヌス』だ。現代日本語で言う『パトロン』で、俺の『クリエンテス』が金に困っていると助けてやったり、いろいろな便宜を図ってやる。『クリエンテス』の息子が神祇官になりたい場合、推薦してやるとか、票を取りまとめてやるとか。その代わり、『クリエンテス』は、俺が選挙に出たい場合、選挙運動を手伝ったり、票を入れてくれたりする。俺が落ち目になったら、『クリエンテス』たちは資金を出し合って、俺を援助する。持ちつ持たれつということだ。それが地方から、ローマ中央まで、どこでも、『パトロヌス』と『クリエンテス』の関係がある。長屋のご隠居とその住人みたいでもあり、ヤクザの師弟関係にも似ている。『クリエンテス』の日課は、俺、『パトロヌス』が朝飯を食っている時に、手土産を持ってきて挨拶する。『クリエンテス』の幹部なら朝食を一緒にとる。俺も『クリエンテス』の手土産のお返しに俺の農園の生産物を持たせる。ということだ」


「ふ~ん、フウテンの寅さん世界みたい。人情的な世界なんだね?」

「俺の奴隷たちも、俺の『クリエンテス』と言って良い。昨日行った奴隷市場で、アフロダイテというマダムがいただろう?」

「ええ、キレイな女性だったわ。漆黒の肌。エチオピア人だったわね」


「彼女は、アブドゥラがアラビアから買ってきて、ワイン商人のムラビに売った女性だが、奴隷の身分からムラビが解放奴隷にした。奴隷身分から一般身分にしたということだ。その後、ムラビの正妻の座についたということ。それも、ただの夫と妻の関係ではなく、夫はパトロヌスで、解放奴隷のアフロダイテはムラビのクリエンテスという関係だ。奴隷を開放するのはタダじゃない。奴隷解放税を政府に支払う必要がある。俺もここの奴隷頭のジュリアとか、丘の家の奴隷頭のソフィアは、初老で妻に先立たれた男なんかがいたら、俺が奴隷解放税を払って嫁がせてやろうと思っている・・・いや、俺じゃなく、このムラーがそう考えているようだよ」


「なるほど。あら?私の、エミーの身分は?」

「奴隷市場から買ってきたので、エミーは書類上、奴隷のままだ。これから、エミーの奴隷解放税を払って、一般人にする必要がある」

「それじゃあ、私はまだ奴隷なんだから、ご主人さまのムラーにご奉仕しないといけないわけね?どう、ご奉仕いたしますか?ご主人さま?まずは、エミーに突っ込んだご主人さまのあれを舐めてキレイにして差し上げましょうか?」

「絵美、止めろ!」

「あら?エミーが『はしたない真似は止めて!』って言ってる。『ご主人さまのムラーに失礼だわ』って怒ってる。健気ねえ。でも、私も体を許した相手にはそういう気分になったことがあるから、わからないでもないわ」


「まあ、いいや。ここもしばらくしたら、俺たちは東へ行く」

「え?どういうこと?」

「まずは、エミーの実家のアディゲ人の族長のところへ行って、エミーを俺がもらうという話をする。それから、パルティアを抜けて、中央アジアに行く」

「中央アジアで何をするの?」

「目的地は中央アジアじゃない。中国は今は前漢の頃だが、中国から朝鮮半島に行き、キミの故国、日本に行くんだよ」


「ハ!なぜ、日本?この頃の日本は弥生時代じゃないの?」

「そうだが、弥生時代と言っても、20世紀の歴史で習う弥生時代よりもずっとダイナミックなんだ。それで、今の日本は、代々、卑弥呼という巫女が統治しているが、どうも、知性体のプローブユニットが何かしているらしい。それは俺の本体と敵対しているユニットなんだ。それを調査に行く」

「それ、飛行機で一気に行くって話じゃないわよね?」

「まあ、何年かかるか」

「疲れそう」


「それから、ここでも調べることがある。さっき死にかけたアヌビスの頭に触れた。ヤツの意識が薄らいでいって、シナプスの間をやり取りしている電気信号が途絶える前に、かすかに、知性体のプローブユニットの痕跡を感じたんだ。ヤツが何者なのか、なぜ、プローブユニットがヤツに入っていたのか、これも調べないといけない。朝食の後、ヤツを解剖する」

「ムラー、アヌビスという生物は、この時代に普通に存在したの?歴史書にそんなことは書いていないけど」

「人類の歴史書から削除されたことは多々ある。ただ、アヌビスは、空想の産物と思われていたから、アブも驚いたんだ。もちろん、俺たちの驚きとは違うがね。この世界は、神話の世界だから、アヌビスという生物がいてもさもありなん、とこの時代の人間は信じているんだ」


「ムラー、あなたがここを出ていったら、この家と、丘の家?それと奴隷商人の管理はどうするの?」

「俺の長男がもう18歳になる」

「あなた!いくつの時の子供よ!」

「絵美、時代を忘れちゃ困る。5歳以上の人間でも平均寿命は40年だぞ。俺が12歳の時に奴隷頭の17歳の娘に産ませた子供らしい。長男ももう子供が6人いるようだ。俺は祖父なんだな。やれやれ。俺が絵美と出ていった後は、この一家の長は長男に継がせれば良い。俺のクリエンテスたちが補佐してくれるだろう」


「エミーも可哀想に。人生、変わっちゃったね」

「この娘を選んだのは、何も可哀想だから選んだわけじゃない。絵美がダウンロードするのに、肉体的にも精神的にも都合が良かったからだ」

「ああ、確かに。この子、巫女長だけど、アディゲ人の部族間の戦争で、彼女、ツーハンドの手斧で、敵を20人ぶっ殺したみたい。15歳の頃みたいね。確かに、この体なら、ムラーのいい右腕になるわね。女の子のボディーガードになるわ」

「おまけに、夜は俺の女になるから、ちょうどいいわけさ。実体のない知性体じゃないから、俺も性欲がある。見知らぬ女に寝首をかかれたら困る」

「ムラー、それはエミーの意識が前に出た時にやって頂戴!」

「絵美、逝っちゃったら、エミーと絵美は交代してしまうじゃないか?」

「まあ、そうね。仕方ない。相手してあげましょう」


「絵美、『一つだけ教えて』と言ったが、長い話になったぜ。もう午前2時ごろじゃないか?5時には起きないといけない」

「そうね。寝ましょう!あ!エッチ、なしだよ」

「俺も絵美相手にやる気はねえよ」

「エミーが『早く交代して、ご主人さまとしたいです!』と言ってるわ。この子、初体験済ませたばかりで、味をしめたようよ」

「やれやれ」


(2) 47


 このお話の舞台は、紀元前47年頃の共和制ローマの頃。この頃のローマは、ローマ市民権を持つローマ人が人種ヒエラルキーのトップだったが、決して、有色人種差別をしていたわけではない。


 有色人種(セム系・ハム系・アラブ系も含めて)のローマ特権支配階級が、コーカサス系の白人金髪碧眼の奴隷を持つ、ということも多々あった。共和制ローマは、奴隷基本性の経済社会だった。しかし、ローマ人種であろうとも、一旦転落すればたとえ元貴族といえども奴隷となったのである。


 人類のヒエラルキーで、白人種優位、有色人種下位という差別感はこの時代にはなかったのだ。それが生まれたのは、ごくごく最近の近世の頃だ。イエス・キリストだって、セム系かハム系のユダヤ・アラブ人で、21世紀で言う有色人種だ。決して、アングロサクソンやゲルマン系の白人種ではない。


 ユダヤ人、アラブ人の区別だって、近世に生まれた。紀元前の世界では、まだイスラム教は成立していない。彼らが話す言語も原始アラビア語、フェニキア語、コプト語、ラテン語だった。少なくとも言えるのは、遺伝子的にほぼ同じだが、ユダヤ教を信仰する人々とそれ以外ということだ。イエス・キリストだってまだ生まれていない時代だ。


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 翌朝、ムラーはアブドゥラに日の出前に叩き起こされた。いつもはさっさと起きて朝の支度をするのだが、若いエミー/絵美?あれ?絵美/エミーに何度か求められて、眠ったのが起こされるほんのすこし前だった。イヤだ嫌だと言いながら、結局、求めればやるのは、これは絵美の日本人女性の癖なのか?正直じゃない民族だ。今は・・・前面、フロントは絵美のようだ。エミーの意識は寝てるよ、と絵美が言っている。


 起き出し洗顔を済ませた後、絵美/エミーと母屋のベランダに出て朝食を食べだした。


 六時半くらいに漁民のクリエンテスの長のペテロが顔を出した。「ムラーの旦那さま、今日は新鮮な魚で作ったガルム(garum、ローマ時代の調味料、魚醤)ができましたので、大瓶二本、キッチンに置いておきましたよ。それから、今朝採れたての地中海マグロの尾の身もね」


「おお、ペテロ、それはありがたい。お前のところのガルムは味がいいからなあ。あれで酢と胡椒とオリーブオイルでマリネしたマグロのステーキは最高なんだよ。お返しと言っちゃあなんだが、私のところのオリーブオイルを持っていけよ」

「ムラー様、旦那さまの料理長からもういただきました。大瓶十本も。儂の店子の漁師共も喜ぶでしょう。旦那さまのオリーブオイルは上質ですからな」


「おまえのところのガルムもそうだが、大量に作ると品質管理しやすいんだよ。それに私のところは、オイルの濾過に素焼きの陶器と炭を使っているからな。綿布で濾すよりも透明度が上がるんだ。ガルムを濾すにも使えると思うよ。今度、やり方を教えてあげよう。まあ、朝食でも食べていってくれ」とムラーは自分の横の椅子をペテロに指差した。


 絵美が「ガラムって何?」と日本語で聞く。「ガラムは・・・しょっつるとかナンプラーみたいなもんだよ」「あ、調味料ね」「そうだ」


「おお、旦那さま、遠慮なく。お宅のパンときたら、フワフワして、あの岩のようなウチのパンとは大違いでさぁ」

「それはな、私も偶然発見したんだが、ウチの料理長がパン種を作って濡れ布巾でおおっていたんだ。そこへ、奴隷女どもの喧嘩の仲裁とかで、パン種を数時間放っておいたそうだ。戻ってきて、濡れ布巾を剥がすと、パン種が膨らんでいた。『こりゃ、使い物にならないや』と捨てるところを私が通りかかって、膨らんだパン種を焼かせたら、中がフワフワして、洞穴のような穴が無数に空いている、柔らかいパンになったんだ」

「へぇ~、不思議なことが有るもんですね?」

「それでな、いろいろ研究して、まず、そのパン種をエジプトガラスの瓶に保存させた。たぶん、一、ニ日で悪くなるんで、毎日新しいパン種にその種をなすりつけておくんだよ」


「毎朝、その日のパン種3リブラ(古代ローマの重さの単位、1リブラは328.9 g、3リブラで約1キロ)にその膨らむパン種をスプーン五杯くらい混ぜる。暫くこねてから、濡れ布巾をかけて一時間くらいおくと、ニ、三倍に膨らむんだ。その膨らんだ種からガスを抜いて、小分けする。小分けしたら季節によるが、夏なら二十分、冬なら四十分くらい放っておく。そうするとまた膨らんでくる。焼く前にオリーブオイルかバターを刷毛で塗って、焼いたのがこれさ。ペテロにも分けてやろう。料理長に言いなさいな。どう保存するか教えてくれるよ。保存するのは素焼きの壺はダメだぞ。水分を吸っちまうから。陶磁器の壺がいいだろうな」

「ありがとうございます。これは良いことを聞いた。なんせ、ウチのパンは岩みたいに固くて、儂も年だから、歯が欠けますわい」


「そういやぁ、年で思い出しましたが、儂の嫁も去年亡くなって、儂は独り身なんです。若い後添いをもらって正妻にすると、息子娘と遺産争いが起こります。旦那さま、性格のいい年の少々いった奴隷はおりますかいな?夜伽もできるような?」

「ペテロ、お前も四十過ぎで元気だな」

「三十の旦那さまには負けますわい。もう、四十ですから、生きられて後数年でしょう。とびきり器量よしなんて贅沢は言いませんから、一人、斡旋していただけませんか?」


 そこへ丘の家の執事の宦官、ナルセスが通りかかった。ムラーはナルセスを呼び止めて「ナルセス、ペテロの旦那がな、奥さんが去年亡くなって、夜が寂しんだとさ。後添いの代わりにウチの奴隷で適当なのがいるかね?」


 ナルセスはペテロの頭から足元までジッと観察して「ペテロの旦那、夜伽は激しいのがいいんですかい?それともおとなしいのが?」と遠慮なく聞いた。


「昼は淑女のようで、夜は娼婦のような女がいいなあ」

「ペテロの旦那、都合のいいご要望ですね。でも、ちょうどいい女がおりますよ。ムラーの旦那さま、パトラはいかがでしょうかね?」


「パトラ?あのエジプト女のパトラか?あれは確か、今年で十七になるんじゃなかったかな?ちょっと、年がいっているんじゃないか?ふむ、まあ、ペテロは四十だからちょうどいいか?器量もいいし性格もいい。料理もうまいしな」とムラーが言うと、ナルセスは、「パトラは、私が夜伽を仕込みましたので、バッチリでさあ。ペテロの旦那が腹上死してしまいますよ」と答えた。


「確かに。確かに。あいつはまさに夜は娼婦のような女だからな。昼間の貞節さ大人しさとは真逆だ。どうだい、ペテロ、エジプト女なんだが・・・まあ、見てもらおうか。ナルセス、パトラを連れてきてくれ」 このお話の舞台は、紀元前47年頃の共和制ローマの頃。この頃のローマは、ローマ市民権を持つローマ人が人種ヒエラルキーのトップだったが、決して、有色人種差別をしていたわけではない。


 有色人種(セム系・ハム系・アラブ系も含めて)のローマ特権支配階級が、コーカサス系の白人金髪碧眼の奴隷を持つ、ということも多々あった。共和制ローマは、奴隷基本性の経済社会だった。しかし、ローマ人種であろうとも、一旦転落すればたとえ元貴族といえども奴隷となったのである。


 人類のヒエラルキーで、白人種優位、有色人種下位という差別感はこの時代にはなかったのだ。それが生まれたのは、ごくごく最近の近世の頃だ。イエス・キリストだって、セム系かハム系のユダヤ・アラブ人で、21世紀で言う有色人種だ。決して、アングロサクソンやゲルマン系の白人種ではない。


 ユダヤ人、アラブ人の区別だって、近世に生まれた。紀元前の世界では、まだイスラム教は成立していない。彼らが話す言語も原始アラビア語、フェニキア語、コプト語、ラテン語だった。少なくとも言えるのは、遺伝子的にほぼ同じだが、ユダヤ教を信仰する人々とそれ以外ということだ。イエス・キリストだってまだ生まれていない時代だ。


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 翌朝、ムラーはアブドゥラに日の出前に叩き起こされた。いつもはさっさと起きて朝の支度をするのだが、若いエミー/絵美?あれ?絵美/エミーに何度か求められて、眠ったのが起こされるほんのすこし前だった。イヤだ嫌だと言いながら、結局、求めればやるのは、これは絵美の日本人女性の癖なのか?正直じゃない民族だ。今は・・・前面、フロントは絵美のようだ。エミーの意識は寝てるよ、と絵美が言っている。


 起き出し洗顔を済ませた後、絵美/エミーと母屋のベランダに出て朝食を食べだした。


 六時半くらいに漁民のクリエンテスの長のペテロが顔を出した。「ムラーの旦那さま、今日は新鮮な魚で作ったガルム(garum、ローマ時代の調味料、魚醤)ができましたので、大瓶二本、キッチンに置いておきましたよ。それから、今朝採れたての地中海マグロの尾の身もね」


「おお、ペテロ、それはありがたい。お前のところのガルムは味がいいからなあ。あれで酢と胡椒とオリーブオイルでマリネしたマグロのステーキは最高なんだよ。お返しと言っちゃあなんだが、私のところのオリーブオイルを持っていけよ」

「ムラー様、旦那さまの料理長からもういただきました。大瓶十本も。儂の店子の漁師共も喜ぶでしょう。旦那さまのオリーブオイルは上質ですからな」


「おまえのところのガルムもそうだが、大量に作ると品質管理しやすいんだよ。それに私のところは、オイルの濾過に素焼きの陶器と炭を使っているからな。綿布で濾すよりも透明度が上がるんだ。ガルムを濾すにも使えると思うよ。今度、やり方を教えてあげよう。まあ、朝食でも食べていってくれ」とムラーは自分の横の椅子をペテロに指差した。


 絵美が「ガラムって何?」と日本語で聞く。「ガラムは・・・しょっつるとかナンプラーみたいなもんだよ」「あ、調味料ね」「そうだ」


「おお、旦那さま、遠慮なく。お宅のパンときたら、フワフワして、あの岩のようなウチのパンとは大違いでさぁ」

「それはな、私も偶然発見したんだが、ウチの料理長がパン種を作って濡れ布巾でおおっていたんだ。そこへ、奴隷女どもの喧嘩の仲裁とかで、パン種を数時間放っておいたそうだ。戻ってきて、濡れ布巾を剥がすと、パン種が膨らんでいた。『こりゃ、使い物にならないや』と捨てるところを私が通りかかって、膨らんだパン種を焼かせたら、中がフワフワして、洞穴のような穴が無数に空いている、柔らかいパンになったんだ」

「へぇ~、不思議なことが有るもんですね?」

「それでな、いろいろ研究して、まず、そのパン種をエジプトガラスの瓶に保存させた。たぶん、一、ニ日で悪くなるんで、毎日新しいパン種にその種をなすりつけておくんだよ」


「毎朝、その日のパン種3リブラ(古代ローマの重さの単位、1リブラは328.9 g、3リブラで約1キロ)にその膨らむパン種をスプーン五杯くらい混ぜる。暫くこねてから、濡れ布巾をかけて一時間くらいおくと、ニ、三倍に膨らむんだ。その膨らんだ種からガスを抜いて、小分けする。小分けしたら季節によるが、夏なら二十分、冬なら四十分くらい放っておく。そうするとまた膨らんでくる。焼く前にオリーブオイルかバターを刷毛で塗って、焼いたのがこれさ。ペテロにも分けてやろう。料理長に言いなさいな。どう保存するか教えてくれるよ。保存するのは素焼きの壺はダメだぞ。水分を吸っちまうから。陶磁器の壺がいいだろうな」

「ありがとうございます。これは良いことを聞いた。なんせ、ウチのパンは岩みたいに固くて、儂も年だから、歯が欠けますわい」


「そういやぁ、年で思い出しましたが、儂の嫁も去年亡くなって、儂は独り身なんです。若い後添いをもらって正妻にすると、息子娘と遺産争いが起こります。旦那さま、性格のいい年の少々いった奴隷はおりますかいな?夜伽もできるような?」

「ペテロ、お前も四十過ぎで元気だな」

「三十の旦那さまには負けますわい。もう、四十ですから、生きられて後数年でしょう。とびきり器量よしなんて贅沢は言いませんから、一人、斡旋していただけませんか?」


 そこへ丘の家の執事の宦官、ナルセスが通りかかった。ムラーはナルセスを呼び止めて「ナルセス、ペテロの旦那がな、奥さんが去年亡くなって、夜が寂しんだとさ。後添いの代わりにウチの奴隷で適当なのがいるかね?」


 ナルセスはペテロの頭から足元までジッと観察して「ペテロの旦那、夜伽は激しいのがいいんですかい?それともおとなしいのが?」と遠慮なく聞いた。


「昼は淑女のようで、夜は娼婦のような女がいいなあ」

「ペテロの旦那、都合のいいご要望ですね。でも、ちょうどいい女がおりますよ。ムラーの旦那さま、パトラはいかがでしょうかね?」


「パトラ?あのエジプト女のパトラか?あれは確か、今年で十七になるんじゃなかったかな?ちょっと、年がいっているんじゃないか?ふむ、まあ、ペテロは四十だからちょうどいいか?器量もいいし性格もいい。料理もうまいしな」とムラーが言うと、ナルセスは、「パトラは、私が夜伽を仕込みましたので、バッチリでさあ。ペテロの旦那が腹上死してしまいますよ」と答えた。


「確かに。確かに。あいつはまさに夜は娼婦のような女だからな。昼間の貞節さ大人しさとは真逆だ。どうだい、ペテロ、エジプト女なんだが・・・まあ、見てもらおうか。ナルセス、パトラを連れてきてくれ」

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