番外編:正しい愛し方を知らない私



 ※『初めての幸せな…… *』のレイム視点です。猫を甘々に溺愛している師匠のお話。




  * * *




 ――こんなに、ひどく泣かせるつもりではなかった。



 過去に自分が師匠にされたのと、同じことをノアにした。

 悪戯して暗闇に閉じ込められるのは、レイムにとっては日常茶飯事だったし、それは、お互いが頭を冷やすのに必要な時間だった。

 大切な学ぶ時間。


 常闇の魔法は思考を正しい方向へと導いてくれる。

 恐ろしい魔法だが、正しい人間が使えば、正しい効果が現れる。本当は優しい魔法だった。

 膝の上に乗せた猫は、目に大きな涙を浮かべてレイムの腹部に顔を寄せている。


(ひどいことをしてしまった)


 膝の上のノアは時折、ぎゅっとレイムのローブを小さな前足で掴んだ。

 加減を忘れて、いじめたのは目の前のレイムだ。

 それなのに、その悪い魔法使いにノアは必死でしがみ付いている。

 

 ノアが寒いだろうと暖炉に薪を魔法で焚べた。現在レイムの手には、昔、師匠が好んで読んでいた猫の本がある。

 

 【正しい猫の愛し方】

 

 今の自分に一番必要な本だろう。


 ――猫は気まぐれな生き物です。猫は家につく生き物で、人間には基本的に、懐きません。


「……お前もそうなのか?」


 ノアは、この家に来てからというもの、家よりレイムによく懐いている気がする。

 ページを静かに読み進める。

 そこに書かれている、どれもがノアには当てはまらない気がした。ノアは成猫のはずなのに、心は未熟で子猫のように甘えたなままだった。

 きっと小さな頃、正しい愛を十分に与えられなかったせいだろう。

 ならば自分が、この先、足りなかった愛を十分にノアへ与えればいい。


 ――ノアが、心からそれを望むなら、いくらだって。愛情は惜しまないつもりだ。


 ノアはレイムに愛されることを望んでくれるだろうか。彼が欲しがっている愛情が、レイムの望んでいる形と同じとは限らない。

 ノアの望みは魔法使いになって、街で暮らすことだから。悲しいが今二人の間には利害関係しかない。

 欲しいものを手に入れる、ただそれだけのため。人間は、ひどく利己的な生き物だ。違うと頭では分かっていても、折に触れ信じられなくなる。

 ノアは魔法使いになったらレイムを必要としなくなるだろう。いつか必ず来る、決まりきった未来だ。

 

 薪の燃える小さな音で、ノアの耳がピクリと動いた。常闇の魔法が解ける。覚醒が近いのだろう。


「ノア」


 静かに、語りかけるように名前を読んだ。するとノアは目を開けるなり、真っ先に謝罪を口にした。悪いことをしたのは事実だが、猫が泣くほど思い詰めることではない。

 レイムは師匠に怒られても泣いた記憶がなかった。

 だからこそ、自分は問答無用で闇の中に放り込まれたのだろう。お互いに分からずやだったから。

 けれどノアは自分達とは違う生き物だ。



 ノアの謝罪の言葉の返事に、ついため息をこぼしてしまった。ノアに呆れたのではない、過去の自分に対して呆れただけだった。レイムはトーマにとって、いい弟子ではなかった。


 ノアは猫の姿のままレイムの膝の上にいる。けれど彼の言葉は理解出来た。つくづく自分が魔法使いで良かったと思った。

 レイムはローテーブルの上に本を置くと、ノアの上半身を持ち上げ顔を合わせた。


「きちんと反省したか」


 形式だけ師匠のように叱ってみせた。ノアの耳がしょげる。本当にこの生き物は愛らしいなと思った。


「はい」

「何が悪かったか分かっているのか」

「危ないって、言われていたのに、地下の部屋に一人で入ったから」


 ノアが答えるとレイムは「よろしい」と言ってノアを再び膝の上に置いた。


「貴様は、私の弟子になりたいと言ったな」

 レイムは淡々と話を続ける。


「次に私の言いつけを破ったら、追い出すから覚えておくように」

「本当に、ごめんなさい」

「私も悪かった」


 レイムはノアに対して素直に謝罪した。許して欲しいからじゃない。ただ何となく知って欲しかった。自分について。

 そして、もっと知りたかったノアの本当の気持ちを。

 獣人については、まだ知らないことが多い。この先も彼を思ってしたことが、結果的に傷つける結果になるかもしれない。


「私は、自分の師匠にされた仕置きと同じことをお前にした」

「同じ……お仕置き?」


 ノアは首を傾げる。

 

「あぁ。けれど私とお前は違う。やり方を間違えた」


 レイムはノアの顔に手を伸ばして触れた。人間より高い体温だ。コロコロと変わる表情。これ以上、泣かせたくなかった。


「反省させたかっただけで、こんなに泣かせるつもりはなかった」

 ぐしゃぐしゃに涙で濡れた目元の毛を親指で拭った。すると、ノアはレイムの胸に両方の前足を置いて顔を近づけてきた。


「俺、ちゃんと反省、したから!」

「そう」

「最初は暗闇、すごく怖かったけど、でも……レイムさんの常闇の魔法? は、なんか温かかったし、だから、大丈夫だから」


 レイムは胸に乗り上げたノアを視線が合うように抱き上げた。

 あぁ、伝わった。良かったと思った。小さい生き物を泣かせただけに終わらなくて。

 恐ろしい常闇の魔法でも、使い方によっては優しい魔法になる。

 その本質が、正しくノアに伝わった。

 それが心から嬉しかった。正しい愛し方をしたい。

 ノアを愛で満たしてやりたいと思っている。どうすれば、伝わるのだろう。


「どうして、一人で地下へ入った。ダメと分かっていても入ってしまうほど、バカ猫なら私も考えなければいけない」

「考えるって」

「お前が入れないように地下の入り口に魔法をかけようか、他人の侵入を拒絶する魔法は、高度な魔法だがな」

「そんなすごい魔法を使っていいの?」

「お前が死ぬ可能性があるなら、別に魔法規約違反にはならないだろう。裁判にかけられたとして必要十分だと判定される」

「え?」

「何か気になるのか?」


 ノアの命がかかっているのなら、高度な魔法を使っても当然のことだろう。古い魔法使いという生き物はそのあたりを深く理解している。

 仕事のパートナーになる可能性のある動物には、優しい心を持って接している。

 王都の人間も動物愛護の精神をもっと正しく理解するべきだ。

 迫害なんてくだらないことで、多くの獣人を苦しめるなんて実にくだらない。


「そんな間抜けなことで俺、魔法裁判にかけられたくない」

 ノアが反論したので、小さく笑って返した。心から真剣にそう考えているのに、冗談だと思われたのは心外だ。


「なら言われたことを忘れないように気を付けることだ」

「覚えてたけど、俺、どうしても我慢出来なかったんだ」


 レイムはノアが自分について話し始めたのを見て、内心ほっとしていた。静かに耳を傾けた。


「俺、焦ってて」

「焦る?」

「早く、魔法使いにならないとって」

「何故、そんなに急ぐ、私はお前を追い出さないと言った気がするが?」

「怖くて」

「怖い?」


「レイムさんが、いつまで俺の勉強、待ってくれるか分からないし」

「私が、短気に見えたか?」

「そうじゃなくて、……そう、じゃないけど。どれだけ、頑張ったらいいか分からないし」


 なんて健気で愛しい生き物だろう。レイムは思わず目を細めてノアを見下ろした。


「なるほど、それは改善しよう。前にいた弟子は、お前ほど熱心に本を読まなかった」

「そう、なんだ」

「私は、お前が、ここの部屋にある本を、来年の春に読み終わると考えていた」

「え、そう、なの」

「私は口数が多い方じゃない。だから、お前が話しかけるのは好きにすればいい。それで怒ったりはしない」

「うん。分かった」


 レイムが渡した言葉を宝物のように、何度も反芻して大事にしているノア。

 ノアが望みさえすれば、レイムは、その宝物を一生ノアに抱かせてあげられるのに。


「貴様は、勉強の加減が分からずに、どんどん先へ進もうとした、と」

「あと、俺、最近、変だったんだ」

「やっぱり具合が悪かったのか?」


 ノアを怖がらせないよう、彼が話しやすいように細心の注意を払う。

 自分の性について話すのは、親しい人間でもない限り、普通は出来ないものだ。

 本来なら家族にだって、話したくないだろう。

 同じ獣性を持っていないのなら、簡単には理解できないだろうし、否定される恐れもある。

 けれど、レイムはノアのことを理解したかった。

 支えになりたかった。

 これが、正しい愛情じゃなければ、なんなのだろう。

 ノアが一番に頼ってくれる人間になりたい。


「そうじゃなくて」

 レイムの腕の中で戸惑うノアに優しく触れた。彼の性の変化には気づいていた。ノアから甘いミルクのような幼いフェロモンの香りがする。目の前のレイムを無意識で誘っていた。


 あぁ、分かっている。辛いだろうなと思った。

 同じ男だから分かっている。

 獣人も人間もそう変わらない。欲の対象を前にして抱く暴力的な感情を。


(そのまま、本能のまま求めればいい、私なら……)


 ノアはそれをしない。優しい人間の心のまま、獣の心に翻弄されまいと己を律している。


「俺、レイムさんに、構って欲しくて」

「構う、とは」


 同じ言葉を、理解させるように繰り返した。


「その……頭、撫でたり、抱っこされたり」


 ノアが望んだ通りレイムはノアの頭を優しく撫で胸に抱いた。ノアは目をとろりと蕩けさせている。――抑えられないほどの、発情が近いのだろう。

 だから素直に甘えてくる。

 気持ちいいのかノアは頬をレイムの手に擦り付けてきた。レイムは小さく微笑むとノアの甘えたを受け入れた。


「こうされると気持ちいいのか?」

「うん。気持ちいい。ねぇ、もっと」


 レイムの腕の中で、ノアのオレンジの瞳は甘く蕩けていた。このままでいい、とレイムが思った次の瞬間だった。

 ノアは人間の姿に戻っていた。頭には猫の三角の耳、臀部には長い尻尾を残したまま。


「私が撫でると、元に戻るのか?」

 レイムは元通りになったノアを見つめて努めて優しく微笑んだ。レイムの落ち着いた声に反して、ノアは次第に焦った声へと変わる。

「レイム……さん」

「なんだ?」

「やっぱり変……だ、俺」


 ノアは、やっと自分でも自身の変化に気づいたらしく、レイムの腕から離れようとした。

 逃がさない。息を吸う程度の間で思っていた。

 今日まで何度となくノアの裸を見ている。しかしノアは初めて抱かれる生娘のように羞恥に震えていた。獣人なのに、まだ誰とも交わった経験がないのだろうか。

 多くの獣人が性に対して奔放に育つのは、広く知られた事実だった。


「ッ、レイム、さん。ッ、ダメ、俺」

「なんだ。まだ撫でて欲しいのか? 構うだったか?」

「も、もう、大丈夫! 十分だから」


 ノアの声は、上ずって抵抗を示していた。

 けれどレイムは、努めて当たり前のことだと分からせるように、いつもノアに見せている平静な自分でいた。


「知らなかった。獣人は構わないと具合が悪くなるんだな。それは猫だけか?」

 レイムは猫の耳に触れた。怖がらせたくない。心からノアに求められたい。

 その気持ちが、少しでも伝わればいいのに。


「ッ……」


 ノアはレイムの膝の上で体を硬くし、快感を逃そうと意識を集中させているようだった。けれど、それを嗜めるようにレイムが優しく体に触れるたび、ノアの体は本能に身を任せようとした。

 欲しくてたまらないのだろう。それでいい。

 もっと、と上体をくねらせているのに、抱かれたいと願う衝動を小さな体が必死で抵抗していた。


「だめ……だから」

「ん?」

「お願い……ダメ、こんなの」


 ノアは何度も繰り返し自分の存在を否定する。伝えなければ、と思った。

 それが、たとえ彼にナイフを刺すような痛みを与える言葉でも。

 それでノアが救われるのなら、正しいことのように思えた。愛する者への、少しの傲慢だった。


「ノア、お前が、どう足掻いたところで、お前は人間とは違う生き物なんだよ」

「れ、レイムさん。お願い、俺に魔法、かけて、元に戻して! このままだと」

「それは、出来ない」

「どうして、なんで!」


 ノアはレイムに縋りついた。レイムはノアを落ち着かせるように静かに首を横に振った。どうか伝わって欲しい。どうすれば伝わるのだろうか。

 そんな切実な思いが、行きつ、戻りつを繰り返している。


「獣人に生まれたお前の本能を魔法で消しても、一時的に楽になるだけだろう」

「それでも、いいから、お願い」

「続ければ、いつか体の具合が悪くなる。死んでしまうかもしれない」


 レイムはノアに身も心も健やかなまま、長生きして欲しいと願っている。

 もしそれが人と違う道でも、他の誰が許さなくても、自分が許すから。


 その心が伝わるように、最初に薬学を学ばせた。

 正しい薬の使い方、正しい魔法を知ってもらうために。

 本当の優しさを教えたかった。かつて自分が師匠のトーマから学んだことだから。

 バカ猫でも、本当のバカではない。

 レイムとは違う、真面目なバカだから、きっと大丈夫だと信じていた。


「ノア……」

 優しく呼びかけた。

「分かってるよ。死んだっていい、それで誰にも嫌われないで、好きになってもらえるなら」


 ノアはレイムの膝の上から降りて近くにあったローブを手で掴んだ。

 それを背中に羽織り一人外へ出ていこうとした。


「どこへ行く気だ」


 レイムはノアの手首を掴んだ。振り返ったノアの瞳は苦しげな表情で涙を浮かべていた。こんな顔をさせたいわけじゃないのに。



「森……発情期だから、治るまで。いつもやっていることだよ。治るまで一人でいる」

「そんな姿で死にたいのか」


 レイムの家の中は、いつだって暖かい。だが外は冬の寒さだ。裸同然の格好で出たら死んでしまうだろう。絶対にそんなことはさせない。


「レイムさんに、嫌われるくらいなら、死んだ方がいいよ、やだよ、見られたくないよ」


 ノアは、ぼろぼろと涙をこぼしていた。

 瞬間、ノアが抱える不安を理解した。師が弟子を見捨てる、そんなことは絶対にありえないのに。

 体は子をなせるくらいに大人になっているのに、やはり心は子供のままだった。

 レイムはノアの不要を安心に変えようと手を差し伸べた。

 レイムはノアの体の発情を心から愛しいと思う。彼が健やかに成長した証だから。彼の生きたい、愛されたいと願う心を誰が否定出来るものか。

 全て受け止めて、愛してやろうと思った。

 いっそのことレイムしか求められない体になってしまえばいい。


「飼い主は、猫の面倒を見るものだ」


 レイムはノアを胸に抱きしめた。腕の中でノアがみじろぎする。とろけるような甘い声で鳴く猫だなと思った。どうしてこの声が穢らわしいと言われるのだろう。理解できない感情だった。


「ッ、やっ、声、き、きかないで」

「何故」

「気持ち悪い、から」

「ただ、甘えたいだけだろう」


 寂しくて泣いているだけなのに。どうして誰もこの子に優しく接しなかったのだろう。

 ありのままの自分では、誰にも愛されないなどと考える子にしてしまったのだろう。ひどいことをする。


「ここ最近、お前を上手く甘えさせてあげられなかった。ストレス過多で追い詰めた。だから変だったんだろう?」


 レイムは再びソファーにノアを座らせた。そして、その隣に同じように腰をかける。するとノアはおそるおそるレイムの膝に乗り縋りついてきた。


「なんで、怒らないの、気持ち悪いって言わないの、ねぇ……なんで」


 ノアの瞳からは涙が次から次へと溢れて落ちている。最後は、消えるような声だった。


「どこに怒る必要がある」

「だって」

「大人の獣化や抑えられないほどの発情は、感情の不安定さが原因だ」

「ッ、ぅ、不安定って」

「人間社会で迫害され、追いつめられるほど、周期から外れた発情が起こる」


 王都で暮らしている間、ノアはいつ起こるか分からない発情期に怯えていたのだろう。


「だから、もう受け入れろ。お前は獣人なんだ。この先も、そうやって生きるしかない」


 目の前の魔法使いが世界で一番愛してやる。だから、もう諦めて、本当の猫になってしまえばいい。

 ノアはぐすぐすと鼻を鳴らしながら、レイムに抱きついた。それを優しく体で包み込んでやった。


「変だ、から」

「それが、お前の普通だ」

「レイムさんは、残酷だ、受け入れろなんて」

「甘えたい猫を好きにさせられないほど、甲斐性なしじゃないつもりだが」

「じゃあ、なんでッ」


 ノアは言葉を詰まらせた。やっぱり、何か大きな行き違いがあったらしい。

 全部吐き出させてしまおうと先を促した。


「なんだ。言いたいことがあるなら言え」

 

 次第にこわばったノアの体から力が抜けていく。目の前にいるのは、もう、ふにゃふやになった甘えたな猫だ。


「なんで、アリアさんと楽しそうに話してた、の、恋人、だから」

「恋人? アリアはフレッドの奥さんだが」

「ッ、ぁ」


 盛大な誤解だった。慌てて否定した。やっぱりバカ猫だった。

 

 さっき本で学んだ通り、猫の耳の後ろに優しく触れた。気持ちいいのか素直に反応を返した。

 どうやら本には正しいことも書いていたようだった。あとでもう一度読み直そう。


「だって、楽しそうにしてたよ」

「楽しそうにしてたつもりはないが、話しかけられたら答えるのは店主として当然だろう」

「なんで、お菓子、アリアさんに、俺、レイムさんに買ってきて、レイムさんが喜んでくれる顔、見たくて、選んだのに!」



 レイムはノアの言葉に目を見開いて驚いた。そこまでバカ猫だとは思っていなかった。

 獣の本能のままレイムに擦り寄り甘えてくる猫。長い尻尾もレイムを放すまいと体に巻き付いてくる。言葉よりも体は正直だった。

 レイムは後から後から落ちてくるノアの涙を人差し指で拭った。


「あの菓子は、お前の物だが? 私は甘い物は、あまり食べない」

「俺の……お菓子」

「そうだ」

「なん、で……」

「勉強を頑張ったら、褒美には、お菓子を与える物だと、私は師匠に教えられた」

「ッ、ぅうううう」


 ノアの顔は羞恥のせいか真っ赤になった。


「他に言いたいことは?」


 ノアはぷるぷると慌てて首を横に振った。

 レイムはノアを膝の上で優しく抱きしめて、ノアに気づかれないように猫の耳に唇で触れた。キスは、まだだ。


 ――優しくする。


(正しい愛し方をノアが本当の意味で理解するまで、私の本当の心は言葉で伝えられないけど)


 少しだけ。体を愛することを許して欲しい。


 * * *


「ん、気持ちよかったか」

「ッ、こんなの、はじ、めて、だよ」

「セックスが? ずっと我慢してたのか」

「……誰か、襲わないようにって、俺、こういうとき、ずっと隔離されてたから」



 ノアはレイムの胸に頭をすり寄せて快楽の余韻に浸っていた。いつも、これくらい素直に甘えて、欲しがってくれればいいのに、そうすれば、この猫を、もう家から一歩も外に出さないだろう。



「そう、分かった。――ノア、今後、発情は我慢しないように」

「が、我慢って、いつもは、こ、こんなのじゃなくてね……今日は、特別、で」


 ノアの特別という言葉に、レイムは内心少しだけ浮かれていた。


「あぁ、言い変えよう。甘えたなのは、小出しにしなさい」


 レイムはノアの頭の上に手を乗せた。

「小出しって」

「動物が飼い主に甘えるのは本能だから、好きにしなさい。私は困らない」

「こ、困らないって、でも」

「何事も溜めると良くない。それは人間も同じだから、お前は気にしなくていい」

「けど……俺」

「猫は日常的に甘えるのが仕事らしいな。なるほど、お前のことがよく分かったよ。獣人も、そう変わらないな」


 ノアが本能を気に病まないように、テーブルの上の猫の飼い方の本を指差した。冗談めかして揶揄うと想像した通りにノアは拗ねた。わかりやすい猫は好きだ。


「お、俺、猫じゃないよ」

 ノアは、じっとレイムの目を見つめ返してきた。


「私はノアを弟子にしたんだ。猫だとか、人間だとか関係ない。お前はお前だ」

「え、待って、今、レイムさん。え、俺のこと弟子に、してくれるの」


 レイムは、ふっと笑った。こんなに喜ぶなら、もっと早く弟子にしておけば良かっただろうか。けれど、正しく甘やかさなければいけない。

 薬や魔法と同じだ。タイミング、使い方を間違えると効果は現れない。

 毒になるだけだ。


 これはレイムの正しい愛し方だった。


「……課題、良く頑張ったからな」

「ッ、レイムさん」


 ノアはレイムに勢いよく抱きついた。


「お前と違って私は遊んでばかりで、なかなか本を開かなかった。よく頑張りました」


 レイムは腕の中の猫を愛でながら、遠い昔を思い出していた。



 終わり

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