魔法使いの贈り物


 翌朝目が覚めるとベッドの隣にレイムがいなかった。ノアは慌てて一階に駆け降りた。途中何度も階段から滑り落ちそうになる。


「レイムさん! 大丈夫!」

「あぁ」


 台所の流しの前にレイムは立っていた。鍋からは湯気が立っている。ノアが寝汚く寝こけている間に朝食の支度を済ませてしまったらしい。

 レイムは元々色白だし健康的ではないが、元気そうに見えた。


「よ、よかったぁ、元気になって」

 安心してその場にへなへなと座り込んだ。すると冷めた声が聞こえる。

「服」

「え?」

「私はどうでもいいが、いいのか服を着なくて。この家に来たときは私に裸を見られただけで大騒ぎしていたのに」

「うわぁ!」


 ノアは大声をあげて慌ててレイムに背を向ける。変身したときに廊下に落ちた服はレイムが回収して片付けたのか、さっき廊下を通ったときにはなかった。


「お前の昨日の服は洗濯した。裸が嫌なら、それでも着ていろ」

「え?」


 顔だけ振り返るとレイムが魔法の杖を持ってノアのそばに立っていた。

 次の瞬間、ノアの頭の上に紺色のローブが降ってくる。


「これ、もしかして」

「私の弟子になるんだろ。魔法使いはローブを着るものだ」

「あれ、でもレイムさんと同じ黒じゃない」


 レイムは、いつも純黒のローブを着ていた。


「私が嫌だ。何でお揃いにする必要がある」

「じゃあ、杖! ねぇ、杖は!」

「調子に乗るな。仮だと言っただろう。あれは、本物の魔法使いと認められたら贈られるものだ」


 ニヤリと意地の悪い顔で見下ろされた。いつも淡々と抑揚のない声で話しているが、こっちが本来のレイムなのかもしれない。


「そっか、じゃあ俺、レイムさんに杖贈ってもらえるように頑張る」

「そう。頑張りなさい」


 レイムは、ノアに背を向け台所に戻った。

「ところで俺、今日から何したらいいの」

「……お勉強」


 鍋をかき混ぜているレイムは、台所の向こうの部屋を指差した。一階のソファーの周りには所狭しとさまざまな本が置いている。

 ただ魔法使いになる方法、みたいな本はなさそうに見えた。レイムがよく読んでいる『きょうの料理』があるのは知っている。


「不満か?」

「不満じゃない! あとは!」

「あとは料理」

「それって、いまと変わらないけど」


 ノアのあからさまに落ち込んだような声を聞いてレイムは小さく笑う。

「私の弟子になりたいんだろう。魔法使いの修行は、代々雑用からと決まっている」

「決まっているんだ」

「私だって、そうだった」


 なんだか昔を思い出しているようだった。レイムは自分の師匠である常闇の魔法使いの名前を継いでないと言っていた。

 けれどそれは単なるレイムの照れ隠しなんじゃないだろうか。喧嘩するほど仲が良い。師匠の愛にレイムが気づいていない可能性もある。

 そもそも優しい人じゃなければ、レイムを弟子にしたりしないはずだ。


「さっきから何をニヤニヤ笑ってる」

「なんでもない!」


 ノアはバタバタと階段を駆け上がる。

 いつまでも裸の上にローブ姿でいるわけにはいかない。嬉しくて嬉しくて、耳と尻尾が出ないように平常心を保つのが大変だった。 


(先代って、どんな人だったんだろう。俺も会ってみたいな)

 レイムの弟子になるなら、自分にとっても師匠だ。

 ノアは家の中を歩きながら、今、この家にいない先代の魔法使いに想像を巡らせていた。

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