第三話
翌週、隼人との夕食を控えた夜。葵は鏡の前で身支度を整えていた。
「今夜は遅くなるわ。友達と食事なの」
「誰と?」
健一が問いかける。
「鈴木隼人さん。この前話した写真家」
「男と二人で?」
「ビジネスの話もあるの。彼が私の作品を雑誌に紹介してくれるかもしれないの」
健一は新聞をたたみ、黙り込んだ。
「行ってくるわ」
葵がドアを開けると、スマホが震えた。
『計画は順調?』
真由美からだった。
『順調よ。健一、明らかに動揺してる』
『気をつけて。過剰反応するかもしれないわ』
メッセージを見つめ、葵は少しだけ息を詰めた。だが、迷いはなかった。
レストランの窓際。キャンドルの光がゆらめく中、二人はワインを傾けていた。
「演技とはいえ、僕はこの時間が好きなんです」
隼人の言葉に、葵は静かに笑った。
「私も……少しずつ、あなたといる時間が心地よくなってる」
彼の視線が真剣なものに変わった。
「この役を演じてるうちに、気持ちまで本気になりそうで怖いです」
葵は返す言葉を探しながら、目を逸らした。
「健一が少し嫉妬してるみたい。計画は順調」
「でも……」
隼人が静かに言う。
「その先は、どうするつもりですか?」
葵は答えなかった。
帰宅すると、健一が待っていた。
「遅かったな」
「楽しかったから」
「お前、最近変わったな。髪、服、表情……全部」
「やっと気づいたのね」
健一は立ち上がった。
「鈴木ってやつと、どういう関係なんだ」
「友達。ビジネスパートナー。もしかしたら、それ以上かも」
健一は葵の腕を掴んだ。
「話せ」
「彼は私の才能を認めてくれる。私という人間を見てくれる」
健一は言葉を失った。
葵は腕を振りほどき、寝室へ向かった。
ベッドに腰を下ろし、葵は深呼吸した。計画は順調。健一は嫉妬し始めている。
だが、それと同時に、心の奥にある隼人への想いが、ゆっくりと芽吹き始めているのを感じていた。
秋の月が静かに夜空に浮かんでいた。葵は目を閉じ、自分自身に言い聞かせた。
この計画の目的は、裏切りの痛みを返すこと。そして、自分を取り戻すこと。
道を見失ってはいけない。
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