想いは交差し、真実は歪む

第21話 運命修正者、目覚める

学園の北棟、通常生徒は立ち入らない区域——“霊域”。


その空間に、静かに銀髪を揺らしながら佇む女がいた。


「やはり……この学園は、想像以上に“歪んで”いますわね」


彼女の名は、グレイス・アルヴァート。

レイ・アルヴァートの実母にして、かつて“聖女”と呼ばれた存在。


空間魔法の痕跡を指先でなぞり、結界を解体するように光を拡散させていく。

その手際は美しく、そして静かに恐ろしい。


「これで——レイの周囲に潜む“雑音”は、一部除去されました」


その翌日、レイは保健室に呼び出された。


「少し、疲れているみたいね。最近、食事も睡眠もバランスが崩れていると報告があったわ」


そこにいたのは、保健室教師・ベルナ……ではない。


母、グレイスだった。


「え、母上……? なんで学園に……」


「あなたの“疲労”が限界値を超えそうだったの。

だから、王室と相談して“特別処置”として休養許可を得たのよ。今日からしばらく、授業は免除。……安心して休んで」


「……でも、俺はまだ大丈夫です。クラスにも……」


「ダメよ。あなたは“自分を甘やかせない子”だから、誰かが代わりに“止めてあげる”べきなの」


その微笑みは優しく、美しかった。


だが、レイの背筋には、なぜか寒気が走った。


一方その頃、ナナミは学園の上空からそのやりとりを“観測”していた。


彼女の前には、無数の映像ログと感情レーダーが表示されている。


【霊域干渉:感情抑制率上昇】

【レイ=アルヴァート:判断力低下】

【グレイス=アルヴァート:支配傾向、強化】


「……母という立場を盾にして、愛情を“暴力”に変えてる。これは危険。非常に、危険」


ナナミは小さく、頷いた。


「この人が“正義”である限り、誰も止められない。“正論で覆い隠された狂気”って、一番厄介なんだよね」


その夜。グレイスは学園の一室に設けられた“特別賓客室”で、一本の古い日記を開いていた。


そこには、まだ小さかったレイが花を摘み、彼女に差し出す姿がスケッチと共に描かれていた。


「……あの子が泣いたのは、あれが最後だったかしら」


ページをなぞる指が、かすかに震える。


「“誰にも迷惑をかけたくない”と、そう言って泣いたの。

なら私は、あの子が誰にも関わらなくても生きていけるように、全てを整えてあげるだけ」


その瞳は、慈愛のようでいて、どこまでも無慈悲だった。


セバスチャンは自室に戻ると、棚から分厚い箱を取り出した。


それは「緊急干渉ユニット」と書かれた旧式の魔道具だった。


「……坊ちゃまの意志が見えなくなる前に、選択肢を“提示”せねばなりません」


彼は静かに、装置の起動準備を始めた。


一方、ナナミは通信リンクを開いていた。


《副観測AI:アオイ、データリンク開始》

〈了解。主観ログと外部干渉データを統合中〉


「どう思う? あの母親」


〈観測対象グレイス:感情値は“愛”だが、方法は“選択制御”。

対象レイの“自由意志”と真っ向から衝突する可能性が極めて高い〉


ナナミは頷いた。


「つまり、“愛してる”が“縛ってる”に変わる……もう、始まってる」


レイは、再び閉じた目をゆっくりと開いた。


月明かりがカーテン越しに差し込む部屋。

心の奥に、何かが“動かされている”感覚だけが、静かに残っていた。


「誰かのために、生きるって……こんなに、苦しかったっけ……?」


そう呟いた彼の言葉は、またひとつ、新たな因果を紡いでいく。


ナナミはそれを受信し、そっと目を閉じた。


「運命の歯車が、ひとつ回った。——次の兆候、待機中」

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