1日夢 顕現

――――――――――


――眩しい。


目を開けると、どこか知らない場所だった。

よくわからない場所で、私は座り込んでいた。


いや、知っている。見覚えが……ある気がする。


でも、何かがおかしい。

広がるビル群、長い道路、行き交う人の波。


いつもの街並み――のはずなのに、全てが妙に小さく見える。

まるでミニチュアみたいだ。


寝ぼけた頭で状況を整理しようとした瞬間、肌に直接感じる風の冷たさに気づいた。


「……え?」


視線を下げる。


――裸だった。


手も、足も、胸元も、何もまとっていない。

慌てて身を縮めるが、それでようやく違和感に気づく。


地面が、遠い。


いや……違う。

私が、大きいんだ。


座り込んでいるのに、目線がビルの屋上と同じ高さ、いや、それ以上。

下を覗けば、人々が豆粒のように小さく走り回っていた。


足元で、道路が揺れる。

アスファルトにひびが入り、あちこちで崩落が始まる。


逃げ惑う人々の悲鳴が響いていた。


「な、に……これ……?」


手を胸元に当て、身を隠そうとする。

けれど、どんなに腕を回しても、全身を覆うには到底足りない。


顔が熱くなる。

頭では「夢だ」と理解しているのに、恥ずかしさと混乱が混じって、動けない。


膝を抱え、縮こまる。それだけで、足元の道路がさらに陥没した。

ひび割れたアスファルトの隙間に、小さな人々が押し潰される。

彼らの悲鳴が、かすかに聞こえた気がした。


そして、その一方で――。

私を見上げて、動かない者たちがいる。


逃げもせず、ただじっとこちらを見つめている。

怯えているわけではない。


むしろ――期待している?


視線を感じるだけで、背筋がぞわりと粟立つ。

息が詰まり、心臓の鼓動が速くなる。


なに、こいつら。


この状況を、理解していないの?

それとも、わざと近づいているの……?


じわじわと私の足元へ向かってくる、ありえないほど小さな人間たち。

近づくたびに、その気配が絡みつくようで――


ぞっとした。


「……っ!」


咄嗟に、手が動いた。


**バチンッ!!!**


轟音が響く。


手を振り下ろした瞬間、衝撃が地面を揺るがした。

アスファルトが裂け、蜘蛛の巣状の亀裂が広がる。


叩きつけられた地点は粉々に砕け、そこにいた者たちも――跡形もない。

瓦礫が飛び散り、衝撃に耐えきれなかったビルの窓ガラスが砕け散る。

風圧だけで、小さな人影が吹き飛ばされていく。


……あ。


ゆっくりと、手を引く。

指のひらに、かすかにぬるりとした感触が残っていた。


「……っ!」


全身に戦慄が走る。

けれど、それが恐怖か、別の感情なのか――分からなかった。


手のひらを、じっと見つめた。


赤黒い染みが、かすかに肌にこびりついている。

ぬるりとした感触が、まだ残っていた。


――潰した。人間を……


反射的にやったとはいえ、確かに、私は。


圧倒的な大きさの自分。

虫のように小さい人間たち。

それを、手のひらで叩き潰した感触。


「……っ」


ざわり、と背筋が粟立つ。

けれど、それは恐怖なのか、嫌悪なのか――


私は、何を感じている?


ぐっと膝を抱え込む。

自分の腕の中で、巨大な裸の体が丸まる。

この状況の異常さに、改めて息が詰まる。


――強い私。

――大きい私。


瞬間、脳裏に、あのノートに書いた言葉がよぎった。

これって……私の願った通り?


強くなりたい。

大きくなりたい。


あの時、確かにそう願ったけど、

限度ってもんがあるでしょ。


――こんな形で、とは思わなかった


ゆっくりと視線を上げる。


崩れた道路。

砕けたアスファルト。

ビルの窓ガラスは粉々に割れ、道には散乱した瓦礫。


そして――逃げ惑う人々。

その中に、こちらを振り返って動かない者がいた。


さっきと同じ。

何かを期待するような視線。

ただただ見上げている、小さな瞳。


「……っ、なに……?」


頭がじんじんと痺れるような感覚。


私は、どうすればいい?

何が正解なの?

そもそも、ここはどこなの……?


――夢?


そう、これは夢だ。現実なわけがない。

でも、なぜだろう。


体にまとわりつく空気。

足の裏に伝わる、瓦礫を踏み砕く感触。

手のひらの、ぬるりとした熱。


生々しい。あまりにも。

五感と思考が、現実と変わらなさすぎる。


こんなの、夢のはずが――。


ぐらり、と世界が揺れた。

私は、膝を抱えたまま身を縮める。


――――――――――


状況を整理しようとしたはずなのに、頭の中はますます混乱していった。

理解が追いつかない。


裸のまま、巨大になって、見下ろせば足元で小さな人々が逃げ惑っていて——。


「……っ」


ぐしゃりと潰れた跡が目に入り、思わず身を縮める。

震える手を見つめながら、荒くなった呼吸を整えようとする。


落ち着け。落ち着け。

これは夢。これは夢。


なのに、指先に残る感触が、生々しくて。

深く息を吸おうとしたけれど、胸が詰まってうまくいかなかった。


少し、休みたい。落ち着きたい。

力なく背中を預けるように、後ろの建物に寄り掛かった。


——その瞬間だった。


**ガガガガッ!!**


「えっ?」


響く、異常な音。

何かが、崩れる音。

背中に伝わる、違和感。


なに? なに? なに?


振り向くよりも先に、視界の端で何かが動いた。


——ビルが、崩れてる。


「え、嘘……?」


私は、ただ寄り掛かっただけなのに。

壁が軋み、ひび割れる。

その亀裂が一瞬で広がり、コンクリートが砕ける。


窓ガラスが弾けるように割れ、細かい破片が光を反射しながら宙を舞う。

鉄骨が耐えきれずに歪み、きしむような音を立てて——崩れた。


すべてが、私の背中に押された衝撃で。それだけで。


「……っ!」


粉塵が一気に舞い上がる。


思わず顔を覆う。

視界が霞む。


けれど、見えなくてもわかる。

ビルは倒壊した。


崩落した瓦礫が地面に激突し、衝撃で周囲の建物まで揺れている。

周囲の道路には砕けたコンクリートやねじれた鉄筋が転がり、破片が辺り一面に散らばっている。


私は……。


「私……が……?」


寄り掛かっただけ。

それだけで、こんなことに。


私のせい?

私が……壊した?


指先が震える。

どこか遠くで悲鳴が聞こえる。


でも、それよりも——

ぞくり、と背筋を這い上がる感覚。


私は、こんなにも……強い?

こんなにも、大きい?


「……っ、うそ……こんな……」


心臓がどくどくと脈打つ。


これが、私の力……?

これは、夢だから?


じゃあ……どこまで、できる?

試してみたら……どうなってしまう?


——いや、その前に。


肌に触れる冷たい風が、今さらながらに意識にのぼる。

そうだった。私は……裸のままだ。


「……っ」


熱が顔に集まる。

こんな姿で、こんな状況で、私は……。


周りを見回す。何か、布になるものは……。

崩れたビルの残骸に、かろうじて大きな布が絡みついていた。


何かの垂れ幕か、それとも看板広告の幕か。


「これ……使える?」


手を伸ばし、それを引っ張る。容易く布地が剥がれ、大きな布切れが手元に残った。


慎重に、それを腰に巻き付ける。

かろうじて、股間は隠せた。


「はぁ……ギリギリ」


少しだけ、息が整う。

これで、少しはマシ。本当に少しだけど。


けれど……。


まだ、小さな人々が私を見上げている。

恐れと、驚きと、奇妙な……期待。


「……」


私は、ゆっくりと立ち上がった。


——その瞬間、世界が変わる。


視界が一気に広がる。

膝を伸ばすたびに、ビルがさらに小さくなっていく。

重心が上がるたび、まるで天に昇るような感覚に襲われる。


どれほど高い?

どれほど大きい?


そして——足の裏に伝わる感触。


「……っ」


踏みしめた瞬間、大地が揺れた。

ビルの窓ガラスが震え、電柱が軋む。

私の足が地面に沈み込み、アスファルトがひび割れる。


——ただ立っただけなのに。


足元を見下ろす。

小さな道路、小さな車、小さな人々。


私は、どこまで大きいの?

どこまで、強いの?


ふと、唇が緩んだ。

知らず、笑みがこぼれる。


「……試してみようか」


喉の奥が、ぞくぞくする。


今度は、意識して。

この手にある、この足にある——私の力を。


――――――――――


笑みを浮かべたまま、ゆっくりと息を吐く。


足元に広がる、壊れた街。

小さな建物。小さな車。小さな人々。


私が、どこまでできるのか。

この力を——どこまで使いこなせるのか。


試してみたい。


「……まずは、どうしようかな」


呟く声が、広がった。

街全体に響き渡るほどの大きな音になっているらしい。


なんだか、喉の奥がくすぐったくなる。

声すらも、巨大になっている。


地面に目を落とせば、小さな人影がこちらを見上げ、身じろぎもせずに立ち尽くしていた。


何を考えているんだろう。なぜ、逃げない?


いや——

そんなことは、もうどうでもいい。


私は、一歩踏み出す。

その瞬間、世界が震えた。


足を置いた場所のアスファルトが砕け、振動が波紋のように周囲へ広がる。

車が傾き、電柱がぐらりと揺れ、ビルの窓ガラスがひび割れる。


「ああ……すごい」


思わず息を呑んだ。

歩くだけで、世界が揺れる。


力を込めれば、もっと——。


意識的に、もう一歩。

今度は、つま先にわずかに力を込めてみた。


——ドンッ!!


地響き。

足元の建物が一瞬遅れて崩れ落ちる。


やっぱり、そうだ。

私の力は、本物。


「ふふ……すごいね」


笑いがこぼれる。

足元では大変なことが起こっているのに。


視線を下げると、道路の上に並んでいる車の列が目に入った。


小さな、色とりどりの金属の塊。

どれも同じ形をして、整然と並んでいる。


でも、私の目から見れば——おもちゃみたい。


「……試してみようかな」


そっと、足を持ち上げる。


狙いを定める。


片足をゆっくりと落とす。


——ギギ……バギャッ!!


金属の悲鳴。

足裏に、何かが砕ける感触。


「わ……」


驚きと、興奮が入り混じる。


車は、思っていたよりも脆かった。

わずかに体重をかけるだけで、屋根が押し潰され、窓ガラスが粉々に砕けた。

タイヤが悲鳴を上げ、車体が沈む。


そして、力を込めると——


ぐしゃっ……!!


あっけなく、ペシャンコになってしまった。

鉄板が折れ曲がり、ガラスが弾け飛び、足の裏にぬめるような感触が広がる。


「すごい……こんなあっさり……」


指先が震えた。

これは、私がやった。

それほど力を入れていないのに。


「ふ……ふふ……」


喉の奥から漏れる声。

抑えようとしたのに、勝手に笑いがこぼれてしまう。


「ふふ……っ、あぁ……っ」


肩が震える。


――でも、寒いわけじゃない。

むしろ、熱くなっている気がする。


ただ、身体が……高鳴ってる。


……もう一回。


今度は、慎重に狙いを定めて——

さっきより強めに踏みつける。


――バキッ!!


鋭い音が響き、金属の塊が一瞬で形を失う。

足を上げれば、まるで平たい鉄板。


もっと。

もう一台。


――ぐしゃっッ


車が、まるで紙細工のように潰れていく。

最初は恐る恐るだったけど、今はもう違う。


楽しい。


指先にぞわりとした感覚が走る。

こんなに簡単に壊れるんだ。


もっと踏みたい。

もっと試したい。


私は、何度も足を振り下ろした。

ひしゃげるボディ。弾けるガラス。舞い散る破片。


小さな悲鳴が遠くで聞こえる。

でも、気にしない。気にする必要もない。


「ふふ……ふふふっ!っ、……は……ぁ……ぅ!」


足元に広がるのは、無惨に潰れた車の残骸。

小さな鉄の塊。

それが、私の足ひとつで簡単に——。


「……楽しいなぁ……♪」


口元が緩む。


次は、何を壊してみようか?

何を使って、わたしの力を試そうか?


――――――――――


踏みつぶされた車の残骸を見下ろしながら、私はふっと息を吐く。


楽しかった。


ただ足を下ろすだけで、形あるものが粉々になっていく感触。

音。衝撃。足裏に広がる生々しい感触。


もっと試したい。

そう思った瞬間、再び——あの感覚が背筋を這い上がった。


視線。


気味の悪い、ぞわりとした気配が、肌にまとわりつく。


……まただ。


さっきも感じた。小さな人間たちが、私を見上げる目。

逃げ惑う者もいる。

けれど、それとは別に——動かず、ただこちらを見ている者たちがいる。


何を考えている?

なんで、そこにいるの?

私のことを、どう思っているの?


ぞわり。


背中を撫でるような、不快な感覚。

その瞬間、今の私の状況を思い出した。


——裸


私は、裸のまま、こんなにも巨大になって、目立つ存在になって——。

それを、彼らは見上げている。


ぞくり。


納得とともに、嫌悪感が広がる。

しかし、よく見れば——

彼らの中には、笑っている者がいる。


恍惚とした顔でこちらに手を伸ばす者。

呆然と立ち尽くしながら、目を輝かせる者。

その場に跪き、まるで神を崇めるように手を合わせる者。


「……は?」


思わず、息が詰まった。

怖がるでもなく、ただ、見ている。


畏怖と狂気が入り混じったような、妙に湿った視線。


何なの、こいつら。

あまりにもおかしい。異常すぎる。


こうして見ると——ますます、自分と同じ人間とは思えない。

そんな彼らを、じっと見つめた。


気づく。


自分の表情が、驚くほど冷たいことに。

まるで、どうでもいいものを見るような目。


虫を見るような、冷えた目線。


「……そんなに、見ていたいの?……意味わかんない」


思わず、口を開いた。

声は、街全体に響き渡った。

ビルが軋み、ガラスが震え、小さな人間たちがびくりと肩を揺らすのが見えた。


楽しい。

この感覚。


でも、まだ視線は消えない。

見られることが、こんなにも鬱陶しいなんて。


なんだか、本当に虫のように見えてきた。

こんな奴らが、私と同じ人間なわけがない。


なら——消してしまえばいい。


誰も見ていない世界にしてしまえば。

視線が、不快なら。

見るものを、なくしてしまえば。


私の心臓が、どくんと跳ねる。


ゆっくりと片足を持ち上げた。

視線の先、小さな人影に狙いを定める。


今度は、試すんじゃない。


——確認する。


この感触を。この力を。

私が、どれほどの存在なのかを。


「……動かないの?……それでいいの?」


呟くと同時に、ゆっくりと足を下ろしていく。


じわりと近づく影。

小さな人間が、地面に押し付けられる瞬間を——私は、見届けようとした。


――――――――――


——ズドンッ!!


衝撃。


空気が震え、地面が砕ける。

ビルが揺れ、ガラスが弾け、粉塵が舞い上がる。

不快さも相まって、思わず力強く踏みつけてしまった。


そして——。


足の下から、柔らかいものが砕ける感触。


ぐちゃ。


ぬるりとした感触が、足裏に広がる。


「……あっ」


思わず息を呑む。

もう、跡形もない。


地面には、赤黒く染まった跡が広がっていた。

私は、それを見下ろしたまま、じっと動かない。


心臓が——どくん、と跳ねる。


「……やば……ぁ……」


喉の奥から、笑いがこぼれる。

なんだろう、この感覚。


ゾクゾクする。


今までに感じたことのない、得体の知れない高揚感。

もう、何も残らない。


視線も、存在も、すべて——。


「……消えちゃったね」


小さい呟きに、応える者は誰もいない。

当然だよね、もう消えちゃったんだから。


ただ、足の下に広がる赤黒い染みが、その事実を証明していた。


これが、私の力。

もう、試すのはおしまい。


この圧倒的な力を、この世界に振りかざす。

ゆっくりと、次の標的を探しながら——


私は、口元に小さな笑みを浮かべた。


静寂。


さっきまで聞こえていた微かな声も、物音も、すべて消えた。

私の足元に広がる赤黒い染みだけが、今起こった出来事を示している。


誰も答えない。

誰も動かない。


でも——。


「次は……誰にしようか?……ねぇ、みんな」


思わず口に出た言葉に、自分で驚いた。

でも、違和感はない。むしろ、これが正しい姿な気がした。


だって、この世界では、私がすべて。

選ぶのも、決めるのも、私。


目を細めながら、ゆっくりと視線を巡らせる。


いた。

まだ、逃げ切れていない人間たち。


瓦礫の影に隠れたつもりの者。

道の真ん中で立ち尽くす者。

私の存在に気づかず、ただ怯えて震えている者。


「怖い……? 震えてるよ……? ねぇ♪」


唇が勝手に緩む。

ゆっくりと、一歩を踏み出す。


——ドンッ!!


地面が揺れ、振動が波紋のように広がる。

瓦礫が崩れ、逃げ遅れた小さな影が飛び出した。


「見つけた……ほーら」


まるで遊びのように。

私は、狙いをつけた。


右足を持ち上げる。


まず、ひとつ。


——ズシャッ!!


かかとから落とすと、地面にめり込んだ。

鉄が砕けるような音。


次。


左足を持ち上げる。


もうひとつ。


——グシャッ!!


温かい感触が広がる。


壊れる。

砕ける。


そのたびに、胸が熱くなる。


「あは、楽しい……」


狩りはまだ終わらない。

まだまだ、見渡せば獲物がいる。


もっと、もっと、楽しみたい。

ゆっくりと街を歩きながら、次の標的を探し始めた。


――――――――――


次の標的を探していると、ふと違和感を覚えた。


何かが、光った気がした。


ビルの影に隠れた人影。

小さな、それでいて妙に落ち着いた存在。


……何してるの?

逃げないの?


いや——違う。


こっちを見ている。

しかも、スマホを構えて。


「……まさか、撮ってるの?」


思わず、眉をひそめた。

この状況で?


私が、こんなにも大きくなって、街を踏み潰しているというのに。

逃げるでもなく、ただ、カメラを向ける。


なんなの、それ。


「……」


普通なら、踏みつぶして終わり。

でも、それじゃ気が収まらない。


勝手に隠し撮りなんて、許せない。

なら、もっと、違う方法で懲らしめてあげたい。


……ちょっと遊んであげようか。


ゆっくりとビルに近づき、しゃがみ込む。

膝を折り、そっと地面に手を伸ばす。

撮影していた小人が、ようやく気づいたように顔を上げた。


残念、もう手遅れだよ。

指を揃え、慎重に囲い込む。


「……逃がすわけないじゃん♪」


そのまま、そっと掬い上げた。

抵抗する暇もない。


……軽い。重さをほとんど感じない。


私の指の間に挟まれた小さな存在。

きゅっと握れば、簡単に終ってしまうだろう。


でも、それじゃつまらない。


私は、そのまま手のひらに乗せてみることにした。

ふわりと、小さな人間が掌の上で転がる。


「ふふ……かわいい」


想像以上に、おろおろしている。


逃げようとしても、どこにも行けない。

文字通り、私の掌の上。


ぴょんぴょんと走り回る姿が、なんだか小動物みたい。

指先でつついたら、どんな反応をするかな?


私は、逆の手を持ち上げる。

人差し指を立てて、ゆっくりと狙いを定める。


「……つぶしちゃおっかな~?」


小さな人間が、ピタリと動きを止めた。


……かわいい。


私は、ゆっくりと指を下ろす。


——トン。


わざと、外す。

掌の端、ほんの少し離れた場所に指を落とした。


びくっと跳ねて、慌てて逃げる。

その姿に、喉の奥がくすぐったくなった。


「ふふっ、がんばって?」


もう一度、狙う。

じわりと指を落とす。


今度は、もっと近く。

どこまで頑張れるかな?


私は、指先を操りながら、小さな遊びを始めた。


——しばらく楽しんだあと。


だんだん、小人の動きが鈍くなってきた。

情けないなあ。もうおしまい?


じゃあ、もう、いいかな。

私は、無造作に手を傾けた。


隣のビルと見比べてみると、大体3階ぐらいの高さかな。

まあ、どうせ許すつもりはないし。


小人は、私の指につかまろうとしてたけど、

うまくいかなかったようで、するりと指の隙間から滑り落ちる。


指先から離れたその体は、重力に逆らうことなく——

ただ、真っ直ぐに落ちていった。


数秒の落下。それを見届ける。

地面にぶつかる音が、乾いた音で響いた。

バウンドするように転がり、ぐったりとしたまま動かない。


でも、まだ生きてる。

かすかに、指先が動いているのが見えた。


「……あーあ」


私は、ゆっくりと四つん這いになる。

地面に手をつき、近づいてみる。


虫の息。


でも、確かに、まだ生きてる。

かすかに、もがいている。

弱々しく、地面に手をつき、どうにか逃げようとしている。


「……かわいそうに……あなたのせいだけど」


小さく呟いた。

ここまで遊ばれて、こんな状態にされて、それでもまだ生きている。


……せめて最後に、いい思いをさせてあげようか。


ゆっくりと体を沈める。

胸元が、地面へと近づく。


「……ねえ、気持ちよく終わらせてあげようか?」


ふわりと、柔らかく包み込むように。

もがく感触が、肌に伝わる。


微かな抵抗。

それも、ほんの一瞬のこと。


じわり。

圧をかける。


小さな身体が、ゆっくりと地面に押しつぶされていくのを感じながら。

ぐぐっ……**バキッ。**


骨が砕ける音。

それと同時に、道路が耐えきれずに陥没する。


胸元の下、アスファルトが裂け、大きくへこむ。

鉄筋がひしゃげ、地下へと続く空間が露わになる。


私の体重が、ただの小人ひとりを押し潰しただけではない。

世界すらも、私の下では耐えられない。


「……もう……私の下で……」


私は、そっと目を閉じた。


もう、何も感じない。

小さな存在も、地面も——ただ、私の胸の下で、潰れた。


――――――――――


地面に刻まれた 私の跡 を見つめる。

そこにあったはずのものは、もう 何も残っていない。


私は、そっと胸元に手を添えた。


――確かに、いた。


私の 体の下で、確かに生きていた。

でも今は―― もういない。


私は 指先を軽く動かし、地面を撫でる。

何の手応えもない。

まるで、最初から そこには誰もいなかったみたいに。


「……私がけしちゃったんだ……」


込み上げる 愉悦に似た感覚。


私は、指を軽く握り、次に 視線を上げた。

逃げ遅れた人間たちが まだいる。

息を呑み、恐怖に固まったまま 動けなくなっている。


——まだ、胸の奥が熱い。


今までの出来事が、鮮明に蘇る。

ビルを壊せる。車や人間だって、踏みつぶせる。


体重をかけただけで、道路が陥没する。

そんなことが、私にはできる。


——それなのに


人間たちは、何もできない。


私がどれだけ壊しても。

どれだけ踏みつぶしても。

どれだけ弄んでも。


——それを見ていることしかできない。


「ただの、女の子だよ? 悔しくないの……?あはっ!」


その事実が、可笑しくて。

肩が震える。

こらえきれない。


——ははっ。

——ふふっ。

——あははははっ!!


ただ笑った。

こんな恐ろしいことをしているのに。

おかしくて。滑稽で。


そして、何より。

——楽しくて、仕方がなかった。


私は、ゆっくりと身を起こす。

四つん這いの状態から、背筋を伸ばし、膝をついたまま街を見下ろす。


ひび割れた道路、崩れた建物。

私の重みひとつで、世界が変わってしまった。


ぞくり、と背筋を這い上がる快感。

そっと膝を浮かせ、立ち上がってみる。


——ズシンッ!!


足が着地するだけで、地面が沈み込む。

ビルが揺れ、小さな人間たちが転ぶ。


圧倒的な力。

圧倒的な支配。


もっと、もっと——


一歩踏み出してみる。


——ドンッ!!


地面が激しく揺れた。


ビルの窓ガラスが一斉に砕け、粉々の破片が宙を舞う。

道路には新たな亀裂が走り、車が弾かれたように跳ね上がる。


建物が振動に耐えきれず、とうとう崩れ落ちた。


「……あっちも……こっちも……こわれちゃぅ……!」


私は、もう一度視線を落とす。

まだまだ——遊べるおもちゃが、たくさんある。


私の足元に広がる、小さな街。

豆粒のような人々。

指一本で揺れるビル。


踏み出すだけで、世界が震える。 こんなにも、小さく、弱い。

私が動くだけで、これほどの影響を与える。


ああ、気持ちいい。

もっと、もっと——


私の一歩は、彼らにとってどれほどの衝撃なのか。

つま先ひとつで、どこまで壊せるのか。

指先でつまんだら、どんな感触がするのか。


考えただけで、ぞくぞくする。


どうしてやろうか?

どう遊んでやろうか?

どう弄んでやろうか?


想像したら、止まらない。

止められるものなら、止めてみれば?


「相手してあげるよ……いくらでも」


気づけば、頬が緩み、口角が跳ね上がっていた。

抑えきれず、声が漏れる。


「あはっ……! ふふ……っ、あッははははははは!!」


——そして

視界が、暗転した。


――――――――――


「――はは……ははっ……」


……声が、微かに震えた。

まだ、笑っていた。

喉の奥に 夢の中の声が残っている。


ぼんやりとした意識の中で、私はゆっくりと 瞼を開いた。


視界に映るのは、天井。

見慣れたはずの景色。


でも――すぐには、それが 現実だと理解できなかった。

どこか遠く、まるで まだ夢の中を彷徨っているような感覚。


私は、ゆっくりと指を動かしてみる。

何も掴めない。

何も、壊れない。


――なのに。

指先には、じんわりとした 温もりが残っている。


指を見つめる。

そこには 何もついていない。

それなのに、ふと 拭いた方がいい気がして、シーツの上でこすった。


……ふわふわする。


意識が、まだ夢と現実の間を揺れている。

胸の奥が、じんと熱を帯びている。


さっきまで 巨大だった自分の体。

それを支配していた 確かな感触。

それがまだ、どこかに まとわりついている気がした。


――どのくらい、眠っていたんだろう。


私は、ぼんやりと横に視線を滑らせる。


枕元の時計。

赤く光るデジタルの数字が、静かに時間を刻んでいる。


「……もうちょっと」


ぽつりと呟いて、私は目を閉じる。

重たくなったまぶたが、すぐに夢の世界へ沈んでいく。


――もう少しだけ、このまま。

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