第3話 召喚術師、女神の日に参加する

 魔力を扱いはじめて理解したことがいくつかある。


 一つ、魔力はヘソから全身に流すことができる。最初は下半身だったけどすぐに上半身へ流すことができた。

 二つ、一度魔力を流したところには意識せずとも魔力が流れるようになる。魔力は血液のように全身を循環している。

 三つ、魔力は刺激を与えられると勢いを増して強大になっていく。


 父さんの魔力はいい刺激になったみたいで魔力はかなり強大になった。ご飯を食べたり、寝たり、遊んだり……日常の中にある刺激を意図して感じることで魔力は強大になっていった。


 魔力を増やすために色々と動き回ったりして、早三年が経過した。僕は一人で立つこともできるようになれば話すこともできるようになっていた。


 ……そして僕の魔力は生まれた時の十倍以上になっていた。


「息子よっ! 準備はできたか!?」


「おとーさん。なんかこのふく、ゴワゴワする!」


「ハハハっ! そりゃあ今日のために仕立てた新品の礼装だ! 少し慣れないだろうが我慢してくれよ!」


 僕は今、父さんの言う新品の礼装を身に纏っていた。新品のシャツは肌触りが苦手だ。


 こんな服を着たのは転生してから初めてで、今日が何か特別な日だと予感させてくる。何があるのか僕には全く分からないが。


「おとーさんっ! きょうはなにをするの?」


 僕は屋敷の廊下を歩きながら父さんへそう聞く。


「アルヴィンには説明していなかったな。今日、女神の日はアルヴィンの魔力や適性を知る日なんだ」


「てきせい……?」


 魔力はわかるが適性は初めて聞くな……。一体何をするんだろう? そんな風に首を傾げていると屋敷の外に出る。外では母さんがいつもとは違うおしゃれなドレスを着て待っていた。


「まあ! とても似合っているわアルヴィン! 今日はアルヴィンの晴れ舞台間違いなしね!」


「ありがと! おかーさん!」


「きゃああああ! そんなことを言うなんて! アルヴィンとっっってもいい子ね!!」


 親バカとは正しくこういうことを言うのだろう。母さんはすぐに僕を抱きしめてくる。


 転生して、話せるようになってから意識していることが一つだけある。それはなるべく親孝行をしようということだ。


 前世はそんなことをする暇もなく死んでしまった。人間はいつ死ぬかわからない。前世みたいに急に死んでしまうこともある。


 だから心残りがないように生きていくことにした。無論、死なないようにするのも大切だけど、もう後悔とか、心残りがあるような死に方はしたくない。


「早く馬車に乗らないと遅れてしまうぞ。早く乗るんだ二人とも」


「わかってるわよ。さあアルヴィン。一緒に乗りましょうね」


「はいっ!」


 僕は母さんに連れられて馬車へ乗り込む。馬車に揺られること三時間ほど。僕らは山の上に立つとある神殿にやってきた。まるでギリシャを彷彿とさせるような巨大な神殿だ。僕はそれに目をキラキラと輝かせていた。


「すごーい!」


「すごいだろう。ここには女神様がおられるという神殿だ。今日ここで、アルヴィンは儀式を受けるんだぞ!」


「ぎしき……? わっ! おとーさん、ひとがいっぱい!」


 神殿には多くの人がいた。貴族の礼服を着た親子や平民の服を身に纏った子供達。貴族の礼服にも種類がたくさんあり、豪華な礼服はパッと見で風格が違うと分かってしまう。


 ガヤガヤと騒がしい中、僕はちょっと緊張してしまう。こういう人の多いところは前世から苦手だ。人見知りが発動して早く帰りたいという気持ちが強くなってしまう。

 そんな風に怯えていたせいだろうか。小太りな男貴族がこちらへと走ってきた。


「おや? おやおやおや。そこにいるのはグリモワール男爵ではござませんか! 落ち目筆頭の男爵家がよくぞこんなところに顔を出せましたねえ! 私なら恥ずかしくて辞退するところですよ!」


「グンナル子爵……」


 父さんの表情が嫌そうに歪む。ただ嫌味を言われただけでこうなることはあまりないだろう。ということはこの人は結構父さんと深い因縁があるんじゃないか?

 実際、母さんはグンナル子爵が近付いてくると、咄嗟に僕を庇うように前に出た。


「おやあ? これはこれはミルシア嬢。ミルシア嬢は相変わらず麗しい。貧乏男爵に嫌気がさしたらいつでも私にご相談を。その子供はいりませんが、貴女なら歓迎いたしましょう」


「……とても素敵なお誘いですが、お断りさせていただきますわ。それとそのような上品な言い回しどこで習ったのか、いつか聞かせてくださいな」


 母さんから凄い圧を感じる。青筋を立ててブチ切れているのが分かる。ふと、母さんの姿を見てみると魔力が荒れた海のように動いている。


 感情で魔力の動きが変わることがあるんだ。というか、こんだけ荒れているのを見たら誰だってあ、怒っているんだなと勘付くだろう。この人とか……。


「なんと! 興味を持っていただき何より! 是非とも今度我が屋敷に来てください! 男爵家では味わえない最高の歓迎をしてあげますぞ!」


 ……グンナル子爵はえらく上機嫌に、鼻歌混じりで去っていく。へその魔力も輝きが強くなったというか、いつもよりぴかぴかと光っている気がする。

 この人、母さんの魔力が見えていないのか……? 一連のやり取りを見ていた人たちはひそひそ声で話しているが、それは母さんではなくグンナル子爵のことを話しているように見える。視線がグンナル子爵の方を向いているし。


 ちなみに母さんは去っていくグンナル子爵の背に向けてベっとベロを突き出していた。ちょっと可愛いなと思ったのはここだけの秘密だ。

 それにしてもグンナル子爵とは何かあるのだろうか? 母さんに色目を使って話しかける辺り、ただものじゃない予感がする。


「おかーさん、だいじょうぶ?」


「ありがとうアルヴィン。大丈夫よ、お母さんこれくらいなんとも思わないわ」


 と微笑みながら母さんはそう答える。僕はその様子に少し安堵する。


「さて、お待たせした。これより女神の日の儀式を開催する」


 その声がした後、みんなしぃんと静まり返り、一斉に視線を中央の台座へと向ける。そこに白い法衣を着て、大きな錫杖を持った老齢の男性がいた。


「今回、儀式を担当するオズヴァルだ。役職は大神官。粛々と儀式の進行に努める。よろしく頼む」


 オズヴァル大神官は台座から僕らを見渡すと、錫杖を一度軽く振るう。するとオズヴァル大神官の背後に巨大な石板と水晶が現れた。


「子供たちにはこの水晶に触れてもらう。その後、この石板に映し出された結果が子供たちの魔力と適性ということだ」


 なるほど。視覚化してくれるとは親切だ。その言葉を聞いて場の緊張感が一気に増した気がする。


「先に言うが、今回の儀式。素晴らしい才能を持つ子供が何人かいる。結果を楽しみにさせてもらうぞ。さて順番通りに始めさせてもらおう」


 僕は興味があった。この世界における才能がどんな物なのか、そして自分の才能がどれほどの物なのか、魔力と適性がどんなものなのか、興味をそそられるような内容しかない。


 僕がそんなことを思っている間に、儀式は進行していた。

 

「先ずはサフィール公爵からだ。前へ」


「はい。さあ行くわよセレシア」


「……うん」


 母に抱きかかえられた青髪の少女が台座へとのぼる。少女は怯えているのか、小さな手でぎゅっと母の服を掴んでいた。


 あれが年相応の反応というやつなのか……? 僕はそんなことを思いながら、これから起こるであろう儀式に集中する。一体、何を見せてくれるのか楽しみだ。


「さあ、この水晶に手を当てて」


「うん」


 母に言われて、少女は弱弱しく水晶へ手をかざす。すると水晶から青と黄金の光を発した。光の強さはかなりのもので、思わず、眩しさから目を背けてしまうほどだ。


「ほう……! 流石公爵家のご令嬢。素晴らしい魔力をお持ちだ!」


 オズヴァル大神官が興奮の声を上げる。その後、光は徐々に収まり、石板に文字が映し出される。


「セレシア・サフィール。六等級の魔力源、適性属性は水と光です」


 オズヴァル大神官の言葉に周囲の人達が盛り上がる。


「おおっ! いきなり六等級の魔力源とは!」


「いやはや王国の未来は安泰ですな!」


「これはかなり幸先のいい始まりかと!」


 周囲の反応を見るに、この結果はかなりいい方なのだろう。だけど、初めて聞く単語が多い……。


「おとーさん、とうきゅうとてきせいってなに?」


「む、そこに興味を持つとは流石我が子だ。少し難しいかもしれんがよく聞いてくれ。

 等級は魔力の大きさを表す。一から十の等級に分けられており、十に近付くほど大きな魔力ということになる。普通は二か三、良くて四だ。六というのは天才の類だな。

 そして適性というのはどんな属性が得意なのかを表している。セレシアお嬢様の場合、水と光属性が得意ということだな!」


「あなた。そんな本格的な説明じゃわからないでしょう? 講師の悪い癖が出ていますよ」


「む……! しまったつい熱が入ってしまった。わ、分かったかアルヴィン……?」


 子供するような説明じゃなかったけれど、これくらいの方が分かりやすい。なるほど、だから周囲の反応も納得できる。始まって早々、天才クラスが出たからな。


「うんっ! だいじょうぶ! おとーさんのせつめいでわかったよ!」


「な……! これを理解できるとは天才……!? いや、もしかしたら神童か!?」


「えらいわね~~! 流石は私達の子供だわ! とっても賢いのね!!」


 両親が周囲とは別の意味で興奮しているのを見て、僕は少しだけ吹き出しそうになる。


 そんなこんなで儀式は進んでいく。


「三等級の魔力源。適性属性は火!」


「二等級の魔力源。適性属性は水!」


「三等級の魔力源、適性属性は木!」


「四等級の魔力源、適性属性は木と闇!」


 結構な人数の儀式結果を見たが、最初を超えるような結果は中々でない。属性も二つ以上持っているような子供はかなり少ない。


 そんなこんな待っていると、小太りな男性が台座に上がる。確か、父さんにいちゃもんをつけてきたグンナル子爵だ。


「グンナル子爵……か」


「はい~~! 今回は最高の母体から産まれた子供です。さあ、お前の力を周りに見せつけてやるんだ!」


「…………はい。おとうさま」


 グンナル子爵という醜い豚姿のおっさんからは想像できないほど、綺麗な少女が来たぞ!? 白髪の少女だ。彼女は怯えるように、祈るように水晶へ手を当てた。


「……おおっ! おおおおッッ!!! なんということだ! 最高の素体を引き当てたぞ! ようやくだ!!」


 興奮の声を上げたのはグンナル子爵。水晶から発せられた光は白。そしてその輝きは今日で一番大きなものだ。


 だというのに周囲の反応は最初に比べると随分と薄い。むしろ、侮蔑や嫉妬といった暗い感情が渦巻いている気がする。


「七等級の魔力源、適性属性は無。……なるほど、これは国王様もさぞお喜びになることだろう」


「そうでしょうそうでしょう! この子こそがこれからの王国を担うに相応しい! どこぞの落ち目の男爵家と違ってな。あそこに嫁いだ女はさぞ見る眼がないのでしょう!」


 グンナル子爵が父さんと母さんを見ながらそう口にした。心なしか、僕の手を握る父さんの手に力が込められていた。


「あまり、個人的なやっかみはよしてくれ。儀式の途中だ。さて、グリモワール男爵。前へ」


「はっ……!」


 ようやく僕の番がやってきた。さて、三年間の努力……どうなっているか知る時だ。




 

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