第4話 整列ブラシ

第3話 整列ブラシ


 私の家にノベルが住むことになってから数日。少しバタバタとしていたが落ち着いてきた。


 家事も分担することになり、前よりのんびりと、そして楽しく過ごせている。


 一人暮らしも悪くは無いんだけど一緒に暮らす人がいるのはなんだかんだでやっぱり良い。


「おはようございます」


「おはよー」


 朝食の準備をしているところにリビングにやってきたノベルに朝の挨拶をする。


 彼女の方をみると、まだ少し眠そうにしながら洗面所へ向かって行った。


 フクロウの獣人だし夜行性なんだろうか。……いや、普通に夜は寝てるし朝弱いだけか。


 さて、ちゃっちゃと朝食並べてっと。


「おお、今日もうまそうっすね」


「はいじゃあ食べるよ」


 30秒程で顔を洗って戻ってきた彼女と共に席に座る。


 スキンケア用品とか持ってきて無かったようなので私のを使って良いよって言ったんだけど、めんどいんで大丈夫ですと断られた。


 女の子ならそういうことは気になるものでは無いのか?


 美人なのにもったいない。


「「いただきます」」


 両手を合わせ、声を合わせる。


 食事の時の言葉はいつも使っている日本のものを教えると彼女も使うようになった。


 この世界の人族は「神様、生きる糧をありがとうございます」と唱える。


 まあ、村だと飲食店とかで私がやってるのみて私のマネをしている人も増えているらしいけど。


 それで獣人は何か言うのかと聞いたが特にないとのこと。言うとしても食材を用意した人や、料理した人に感謝するくらいだと。


「〜〜〜♪」


 彼女を見ると美味しそうに食べて、それに合わせて翼もぴこぴこと揺れている。


 そこで気づいた。


「ねえ」


「ふぁい?」


 ベーコンと目玉焼きがのった食パンを口に運んだものだから、咀嚼しながら返答される。


「翼めっちゃ癖ついてボサボサ」


「あっ」


 食パンを皿に置くと指先に付いたパン屑をペロッと舐め取り、翼に手を伸ばそうとしている。


「ノベル」


「あはは……」


 睨みながら彼女の名前を呼ぶと机に置いているティッシュで手を拭いてから翼に手をやり、適当に手櫛ですきだした。


 冒険者だったからか元々獣人族の文化か知らないけど所々で行儀が悪い。


 本人的に私が嫌そうなら改善はしようと頑張っているので、口うるさく言わなくてもいいかと思っている。


 とはいえさっきみたいなのは流石に文句は言いたくなる。


「ヨシッ」


 羽自体は戻ったが軸から伸びた羽枝───毛のような部分が雑なままだ。


「それで飛べんの?」


「はい、というか飛んでたら乱れますしこんくらいでいいんすよ。というか今日は飛ぶ予定ないですし」


「どうなっても知らないからね」


 ほんと男みたいな感性してるな。


 パッと見では気にならない程度だろうしこれ以上、人にとやかく言っても仕方ないしね。



「…………」


「スフィアさん……?」


 朝食を食べ、村に行ってきますと言って家を出て30分後。村の人が家に焦った様子でやって来た。


 そうして急いで飛んで向かったのは村の病院の一室。そこには腕に包帯が巻かれたノベルがいた。


「一応聞いとこうか。なんで怪我したん?」


「子供たちがたまに持ってる浮いてる玉あるじゃないですか」


「風船ね」


 小さい子は風船だけでもぴょんぴょん飛び跳ねるくらい嬉しがってくれる。


 なので商店などには配る用に風船を定期的に置いている。


「その風船が飛んでいって泣いてた子がいたんで飛んで取ってあげようと」


「それで飛べなくて落ちたと」


「はい……」


 呆れしか出ない。


「まぁ、子供のためにってのはいいけどこの事故は防げたよね?」


「はい、すいません……」


 翼は朝の癖が付いた状態と同じくらいになっていた。


 つまり手櫛ではやっぱり完全にはなおっていなかったというわけか。


「あれくらいならいつもと変わんないし飛びにくくなるだけと思ったんすけど」


「落ちたのが現実でしょ」


 とはいえ普通ならこれくらいなら落ちないと言うのは実際そうなのだ。


 私も翼があるからわかる。


「それでその子の風船は取れたの?」


「取れて返せたんですけど落下したとこ見られたんでトラウマとかになってないといいんすけどね」


「治ったら会いに行きな」


 彼女の後ろに回り込みながら腰に付けたポーチに手をやる。


「整列ブラシっと」


 そしてポーチからブラシを取り出す。


「なんすかそれ?錬金術で作ったやつですよね?」


「そっ、触るよ」


 翼に手を添えてブラシをかけていく。


「お、おお?おおおー」


「気持ちいいでしょ?」


「はい、これはなかなか……」


 恍惚といった感じに顔がとろけている。


 彼女の翼はまだブラシをかけて無いところはボサボサで手触りも悪いが、かけたところはフワフワになっている。


「こんな立派な翼なんだから大事にしたら?」


「いやー、なんかサボっちゃうんですよねー」


「それで怪我してんだから習慣にしなさい」


「はーい」


 本当にわかってんのか?


 まあサボってたら言ってやればその度に言ってやれば覚えるだろう。


「はいこっち終わり。反対もやるよ」


「はーい」


 反対側のブラッシングも始める。


「それでそのブラシは翼を整える道具とかですか?」


「ハズレ。これで撫でたものの絡まりとか癖が付いたねじれとかをまっすぐにするって道具」


「絡まりもですか?」


「うん、たとえば……」


 何か絡んでいたり、絡ませられそうなものは無いかと部屋の中を見渡す。しかし、病室なので必要最低限の物しかない。


 仕方ない。


「ここに私のブーツの靴紐がある」


「蝶々結びになっていますね」


 私の履いている膝上まである───いわゆるニーハイブーツに付いている靴紐を見せる。


「ここをブラシで撫でると……」


 結ばれていた紐がハラリと解けた。


「すご」


「こんな感じで紐とか糸状のものを過程を無視して解く道具って訳よ」


 彼女に渡すと興味深そうに観察を始めた。


「それ、ノベルにあげるから毎日ブラッシングしな」


「はい!ありがとうございます!」


 ブラシを大事そうに抱え、満面の笑みの彼女を見て、これなら自分で手入れしてくれるかなと私も顔を綻ばせる。


 それから一ヶ月後、彼女の翼のブラッシングは私の日課になっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る