第三章
第19話 観光客
道を歩いている時のことである。スマホを片手に辺りをキョロキョロと見渡している人がいた。デイバッグを背負った大柄な外国人だった。
「Excuse me.アー、チョトスイマセン」
作屋守は尋ねられた。駅行のバスの乗り場を探していると言う。片言の英語とスマホ画面上のマップを指でなぞって教えた。
「Do you understand?」
日本語ではないナビゲーションに自信がない。見上げた。外国人はニッコリとして、
「Thank you.ダイジョウブデス」
大様に手を振って行った。
作屋守はほっとした。説明が通じたからばかりではない。外国人というだけでどこか身構えてしまい、さらには自分よりもはるかに高い身長から見下ろされた感じ。たしかに自分よりも身長の高い友人知人もいるとはいえ、連中とは違う圧迫感からの解放。街には英語表記の看板も増え、スマートツールで容易に翻訳もできるようになった。逆もまたしかり。日本のこと、この街のことを、下手をしたら自分よりもずっと知っている外国人観光客もいる。そんなことわざどこで知った?みたいなことだってある。情報は国境も言語も超えると言ってしまえばそこまでだが、自分もその恩恵にあずかっている。
「じゃあ、情報がなかった頃って」
そういえば、鬼は実は外国人だった、という説があると、ミシハセのことを調べている時に知った時がある。自分の村が地域が世界の中心で、世界そのものだとしか思えなかった時代、いやそういう概念さえもなく移動・旅が命がけで一生のうちに一度あるかないかだった時代、ふと外国人が例えば漂流とかで現れたら、さぞかし妖怪だの怪物だのと思うかもしれない。遺伝子からして、骨格や筋肉や風貌なんかが自分とは違うのだ。民俗学は「日本の村と言う共同体に入って来た異物は……」とかを言い出すだろうが、そんなことに依拠するまでもなく、酒に酔っ払って真っ赤になった、あるいは酔ってしまって青ざめた外国人が寄って来たら人間ではない者へ想像力をはためかせたとしても無理はないのだ。得体が知れない。だから、排除する。だから、受け入れる。
「それって……」
外国人ばかりではない。異人ばかりではない。地域で区域分けされて押し込められる初等教育とは違って、学年が上がって地域なんて枠を取っ払って入学して出会う同学年、さらには大学。それからバイト、社会人。結局は何かを言い訳にしてパーソナルスペースの結界のための呪術を強めたり弱めたりしているだけなのだ。作屋守はリサを思い出した。彼女にその呪術は効かなかった。無効化されてしまって、むしろ別の何か知れない呪術にかけられてしまったようなものである。
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