宝くじの一等は実感がわかないらしい

「──皆さんはじめまして、俺は…俺が、マサムネだ。」


 たった一言、それだけのことなのに、喉が渇いて声が上ずるのを感じた。ボイスチェンジャーは切ってある。今、この配信を見ている何百万人に向けて、ありのままの声を届けている。


 コメント欄が一瞬止まった。いや、それは錯覚で、実際には一瞬の静寂の後、爆発的な勢いで文字が流れ始める。


《マサムネキターー!!》

《嘘だろ!?本当に本人なのか!?》

《いや実際の声も知らないのに信じるわけないだろ》


 信じる者、疑う者、興奮する者、混乱する者──画面の向こう側で無数の感情が交錯しているのが手に取るように分かる。


「俺が本物だって証拠は、この配信で見せるよ。」


 俺はゆっくりと息を吸い込み、画面越しの彼らを見据えるように言った。


「準備はいい?練習用のバトルフィールドに転送するよ。」

「あぁ、お願いするよ。」


 配信中のスマホを手に取り、アズライトの合図と共に身体が光に包まれる。目を開けた時、そこには無数の線が引かれた空間が広がっていた。


「見ていてくれ。」


 一度、カメラの前で頷いてみせる。アズライトがそれを見たと同時に人型の戦闘ユニットを召喚した。彼らの構えた銃から放たれた弾が赤い線となってこちらに迫る。


「──これが“インシディアス”だ。」


 ゆっくりと、こちらへ迫る三発を全て両断し二体のユニットを纏めて一閃。あっという間にその場に崩れ落ちた。


《今の…マサムネの“インシディアス”だろ!?》

《これって生配信だよね!?録画じゃなくて!?》

《こんなの、マジモンのマサムネじゃなきゃできるわけない……!》


 呼吸を整える間もなく、次のユニットが出現する。


「信じるにはもう一押し、分かってる。」


 再び刀を構え、インシディアスを発動させる。剣を構えたユニットの動きが途端にスローモーションに入った。


《うおおおおお!!》

《この動き……本当に!?》

《解析班!ゲーム内の動きと比較しろ!》


 爆発的に流れていたコメント欄もスローになったのを横目に、俺は敵の間を縫うように駆ける。刃が閃き、仮想戦場に鋭い斬撃の軌跡が残る。


「これで信じてもらえるか?」


 最後の一撃を放ち、全てのユニットが沈黙する。静寂。息を呑むような空気の中、配信画面のコメントは一瞬止まり、次の瞬間──


《ヤバい、ヤバい、ヤバい!!》

《これもう確定だろ!》

《本人降臨ってレベルじゃねぇ……》


 画面が興奮と歓喜の嵐に包まれる。


 剣を収め、視線をカメラに戻した。


「改めて、よろしくどうぞ。」


 胸の奥に微かな高揚感と、同時に冷えた緊張が残っていた。もう後戻りはできない──だが、それでいい。


「おっと、これはすごいことになってきたね。」

「すご…こんなに投げ銭が飛んでるの、プロみたい。」


 アズライトの横で、スノウが画面を覗き込みながら軽く笑った。その視線の先、コメント欄の中でひときわ目立つ色付きの枠が次々と流れていく。


「……これが、投げ銭なのか?」


 視界の端で赤や黄色、青や緑の枠が流れるのをぼんやりと見つめる。それぞれの枠には、金額らしき数字と熱狂的なメッセージが添えられていた。


《お前を待ってたよ!【$10,000】》

《伝説の始まりだ!【$25,000】》

《マサムネのチーム入りたい!【$50,000】》


 数多の投げ銭が、一瞬で飛び交っている。


「マサムネくんの為に解説しておこう。」


 アズライトがマイクに向き直り、冷静に話し始めた。


「配信プラットフォームでは、視聴者がコメントを目立たせるために“スーパーチャット”という投げ銭機能を使うことができる。金額が高いほど、コメントの色が変わり、長く表示される仕組みだよ。」

「ふーん……で、これってどれくらいすごい?」

「異常事態だね。」


 スノウも画面を指差しながら説明を受けている。


「通常、人気配信者でも日本円に換算して数千円から一万円程度のスパチャが飛ぶのが普通。だけど今、見ての通り、数万円クラスのスパチャも止まらない。それも一人じゃなく、何十人もが投げてる」

「つまり、今この配信……」

「確実に歴史的瞬間。」


 スノウがクスッと笑う。


 コメント欄もそれに呼応するように、さらなる熱狂へと突入していった。



「……え?」


 スノウの目がわずかに揺れた。

 違和感を覚えてコメント欄に視線を戻す。すると、これまた異常な光景が目に飛び込んできた。


《【$100,000】》

《【$100,000】》

《【$100,000】》

《【$100,000】》

《【$100,000】》


 画面が赤一色に染まる。


 赤枠、最高額のスーパーチャットが、全く同じ名前のアカウントから、連続して投下されている。


「ちょ…っと、これは……?」


 スノウは口を開けて放心しており、アズライトもさすがに目を丸くしマイクを通して言葉を失っている。


 コメント欄も騒然とする。


《やば》

《1000万越えてんぞこれ》

《ガチの大富豪来たwww》


 見間違いかと思ったが、何度確認しても100,000ドル(約1,500万円)の投げ銭だった。


《ハロー、マサムネ♡》


 『霊雲寺夏眼』。送り主の名前にはそう書かれていた。

 

 夏眼は続けざまにメッセージを送ってくる。


《今から貴方のチームに入れて。これ、加入費ね♡》


「は?」


 と思わず口にしてしまう。もちろん、そんな金額で即決するわけにはいかない。しかし、彼女は無慈悲にも続けた。


《断ったら、次は200,000ドル投げるね!》

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