《推しのダンジョン配信者の息子》に転生したので乳児のころから努力してたら最強の赤ちゃんだと言われてバズってしまいました【おぎゃあ!】
みんと
第1話 おぎゃあ!
近未来の日本。ダンジョンが突如として現れ、人々はその探索を生配信する「ダンジョン配信者(通称ダンチューバー)」として活動するようになっていた時代……。
そんな中、一人のしがないサラリーマンが、今日もうだつの上がらない毎日を過ごしている――。
◆
「加藤さん、また徹夜ですか?」
後輩の苦笑まじりの声に、俺は曖昧に笑って肩をすくめた。
「まあな。納期ってのは、空気読まないんだよ」
ワイシャツの袖はヨレヨレ。ネクタイは片方だけ緩んでいる。
朝のラッシュで潰れたコンビニのおにぎりを片手に、俺――加藤誠(三十代・独身・社畜)は、今日も始発で出社していた。
正直、人生に希望なんてない。
昇進の見込みはないし、上司は無能。
残業代は出ない。
趣味もなく、友人も恋人もいない。
そんな俺が唯一、心を燃やせるものがひとつだけあった。
それが――推しのダンチューバー、『ミラ・ラピス』だ。
ダンチューバーっていうのは、ダンジョンに潜って配信をする人たちのことだ。
ダンジョン……10年前に突如この地球に現れたんだよな……。
昼休み。社員食堂の隅っこ。
いつものようにスマホを立て、イヤホンを差し込む。
画面に映るのは、美少女冒険者。
白銀の髪、ラピスラズリの瞳。明るく元気で、でもどこか芯のある声。
『やっほー! 今日もダンジョン最下層から、生きて帰ってきたミラ・ラピスでーす!』
「お疲れさま、ミラちゃん……今日も最高だったよ……」
声に出してしまっていたのか、同僚にジロリと見られたが、気にしない。
この瞬間だけが、俺にとっての生きる意味なのだ。
彼女のダンジョン配信は、常に挑戦に満ちている。
無謀なルート選択、視聴者とのリアルタイムコメント、超高難度トラップへの突撃。
明らかに
それがたまらなく面白くて、尊くて、眩しかった。
スパチャも毎月欠かさない。
食費と光熱費を削ってでも、ミラに支援する。
それが俺の信念だ。
『あ、また【まこぴー】さんからのスパチャ、ありがとう! うれしい~!』
――【まこぴー】は、俺のコメント用のアカウントネーム。
本名バレを恐れてダサい感じのネーミングにしたが、今ではミラに認識されている。
「ふふ……今日も読んでもらえた……」
飯の味なんか覚えてない。
満腹感もどうでもいい。
ミラが笑って、俺の名前を呼んでくれた。
それだけで十分だった。
終業後、満員電車に揺られながら、俺はスマホでアーカイブを再生する。
エレベーターの中でも、家に着いても、風呂に入る前も、ミラ・ラピス。
部屋には彼女のグッズが飾られていた。
アクリルスタンド、複製サイン入りタペストリー、ぬいぐるみ、缶バッジ……。
狭いワンルームが、推し色で染まっている。
「はあ……ミラちゃん、ほんと癒される……」
この配信が、俺にとっての“現実”だった。
職場は地獄。
社会は地獄。
だが、画面の向こうにいる彼女だけは、いつも俺の味方だった。
……このときの俺はまだ知らなかった。
この翌朝。
世界が、音を立てて崩れることになるなんて――。
◆
翌朝、出社途中。
駅のホームでコーヒー片手にスマホを開いた俺は、そこで
《【速報】人気ダンチューバー「ミラ・ラピス」こと藍沢未来さん、刺殺される》
《現場は自宅マンション前。容疑者は20代男性ファン》
《動機は「子供がいたのに裏切られた」》
《SNSでは『匂わせ配信』疑惑も……》
ニュース画面には、藍沢未来という名の女性の顔写真が載っていた。
顔は確かに一緒だが、その写真の女生と、ミラ・ラピスとがどうにも結びつかない。
頭が混乱する。
「……え?」
一瞬、何を見ているのかわからなかった。
電車が通過する音が遠くに聞こえる。
世界が、ぼやけていく。
手が震えた。
画面を指でスクロールする。
ミラ・ラピスの配信アーカイブ画面が、停止されていた。
ファンコミュニティは沈黙し、公式アカウントは「事実関係を確認中」とだけ。
その下に表示されるのは、無数のコメント。
「嘘だろ……」「なんで……」「俺の青春を返せ……」
「子供いたとか無理……」「アイドル気取りかよ」
「信じてたのに……」「騙された」「しね」
俺は唇を噛みしめた。
違うだろ。
違うだろ。
子供がいたって、いいじゃないか。
推しにだって、人生があって、事情があって……。
彼女は、笑っていた。
いつだって、俺たちのために、楽しませてくれてた。
なのに──
なんで殺されなきゃいけないんだ。
なんで“ファン”を名乗るやつに、命を奪われなきゃいけないんだ。
なにもしてないじゃないか。
笑って、冒険して、戦って、たまに変な歌うたって……それだけじゃないか……。
その日、俺は仕事を休んだ。
部屋にこもり、ベッドに沈み、布団を被ったまま、スマホだけを見つめていた。
ミラの最後の配信アーカイブは、もう再生できない。
SNSには『暴かれた素顔』だの『裏切り者』だの、心ない言葉ばかりが流れてくる。
現実って、こんなにも残酷なのか。
誰も、ミラの味方なんてしない。
《まこぴーさん、いつもスパチャありがとう! 本当にうれしいよ!》
ミラの声が、脳内に蘇る。
明るくて、優しくて。
画面越しでも伝わってくる、あの無邪気な笑顔。
──もう、見られない。
──もう、届かない。
……俺は、ひとりきりになった。
夜、屋上に立った。
ぼんやりと霞んだ街の灯り。風が冷たい。
俺はスマホの電源を切り、ポケットにしまう。
手すりに手をかけ、下を見た。
「……ミラちゃん……」
小さくつぶやいた。
涙は出なかった。代わりに、胸の奥が、ぽっかりと空洞になっていた。
「来世があるなら……もう一度、君に会いたいな……」
一歩、前に出る。
そして、俺の意識は──
真っ暗闇に、沈んだ。
◆
――暗い。
目も耳も、閉ざされたような空間に、俺の意識だけが漂っていた。
生も死も、上も下もわからない。
ただ、重く、ほのかに温かく、何もない空間。
(……これが死んだってことか……)
思考だけが存在している。そんな感覚だった。
でも、ふいに──
「……おぎゃあ……」
音が、した。
泣き声? いや、違う。これ、俺……?
俺の、声……? 泣いてるのは、俺だ……?
目を開けた。眩しい光が差し込んできた。
視界がぼやけていて、世界がにじんで見える。
「……うまれてきてくれて、ありがとう……」
優しい声がした。
その声に、胸が、ちくりと痛んだ。
(……この声……どこかで……)
そして、俺の顔を覗き込んできたのは──
透き通るような白い肌に、柔らかな笑み。
額にかかる前髪を耳にかけながら、濡れた瞳で俺を見つめる女性。
その顔を見た瞬間、俺は、息を飲んだ。
──絶対に、忘れるわけがない。
──この顔。この声。この瞳。
「……ミラ……ちゃん……?」
小さな、かすれた声でそう呟く。
だがもちろん、赤子の喉ではまともな言葉にはならず、口から漏れたのはただの「おぎゃあ」にすぎなかった。
それでも、確信した。
俺の知っているのとは少し年齢が違うが、
目の前にいるこの女性は、間違いなく、
あのミラ・ラピス=藍沢未来だ。
死んだはずの、推しが。
俺の目の前に、生きて、笑って、俺を抱きしめている。
夢か幻かと疑いたくなる光景の中で、彼女の腕のぬくもりだけが、あまりにもリアルだった。
「大丈夫、大丈夫よ……ママがいるからね……」
……ママ?
その言葉に、俺の思考が一瞬フリーズする。
ママ?
ミラが?
俺に向かって?
まさか、まさか、そんな──
(俺は……『ミラの子供』として……生まれたのか……?)
混乱と衝撃と、ほんの少しの温もりが、胸をかき乱す。
これは夢じゃない。
だって、泣いてる。息してる。肌の感触がある。
俺は──赤ん坊として、生まれ変わったんだ。
しかも、推しの子として。
「…………は?」
思わず、赤ちゃんの顔で引きつった。
数分後。未来がベビーベッドに俺を寝かせ、部屋を出ていく。
赤ちゃん用のふわふわ布団に包まれたまま、俺は天井を見つめていた。
どういうことだ。
なんで、ミラが生きてて、なんで、俺がその子供なんだ……?
俺は、確かに死んだ。ミラは死んだ。
でも、今、目の前にいる彼女は──まだ、死んでいない。
「……これって……」
おそるおそる、視線をずらし、部屋の片隅に置かれた電子時計を見た。
チラリと画面が映る。その日付に、俺は目を見開いた。
――2027年6月24日。
俺が死んだのは、それよりずっと先の話だ。
(まさか……俺……過去に転生したのか……!?)
もしそうなら──
もし、この世界があの『事件の前』の時間軸なら──
「……まだ、ミラは……死んでない……!」
鼓動が速まる。
このまま何もしなければ、またあの事件が起きる。
なら……ならば。
「守らなきゃ……!」
俺は赤ちゃんだ。できることなんて、ほとんどない。
だけど……だけど、今度こそ、俺が守らなきゃ。
推しの笑顔を、命を──
「……まってろよ、ミラちゃん……!」
赤子ながらに、俺は決意した。
何度でも会いたいと思ったこの人を、今度こそ救う。
俺が最強のダンジョン探索者になれば、そうすれば……スキルや魔法を使って、犯人からミラちゃんを守ることができるかもしれない。
――そのためなら、赤ちゃんだろうが、なんだろうが、やってやる。
――――――――――――――――
※本日より【毎日お昼12:02】に更新。
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