第2話 時をかける忍者たちって何だ?

 自己紹介のあと、美咲はふっと柔らかく笑って、俺たちを見つめた。


「じゃあ、旅館どこ? この島、結構広いから、場所によってはエリア違うかも」


「あ、俺たち『季和』(ときわ)って旅館だよ」

 スマホを見せると、彼女は「おっ」と小さく声を上げた。


「『季和』かぁ! いいとこだよ〜! 中央エリアのちょっと奥だけど、景色もキレイで、ごはんも美味しいんだよね」


「へぇ……地元の人?」


「うん、生まれも育ちもこの島。案内して_あげるね!」


 そう言って軽やかに歩き出す美咲。俺たちは、一瞬その場に取り残された。


「……なあ、あの子、めっちゃ可愛ない?」


 颯馬がぽそっと言った。視線はすでに一点集中である。


「まさに女子、でございますね」

 慧がメガネを曇らせて真顔でつぶやく。


「可憐な女子でござる……!リアル女子と接触イベント発生でござるよぉ……」

 碧はスマホを構えてニヤニヤしている。絶対録ってる。


「お前ら……自分達を第三者が見たらどう思うか考えろ、警察がきたら職質されてそのまま極刑だぞ?」


「ええねん陽翔!こういう出会いをな、青春って呼ぶんや!」

 颯馬がなぜか胸を張った。説得力はゼロ。


「ふふっ、なんかにぎやかでいいね」

 美咲がくすくす笑いながら振り返る。


 その後も、俺たちは美咲の後ろをついて、ゆるやかな坂道を登っていく。

 目の前に広がるのは、石畳の道と、どこか懐かしさを感じる古民家風の街並み。

 だけどその軒先には、ホログラムで浮かび上がる看板や、見たことも無い形状の自動販売機

があったりして――


「……なんやこれ、めっちゃハイテクやのに、めっちゃレトロやん……!」


 颯馬が目を見開いて感動している。

 その反応に、美咲が振り返ってにっこりと笑った。


「うん、よく言われる! この辺り、昔の街並みを再現してるの。テーマは“ノスタルジック・テクノロジー”なんだって」


「えっ、そんな名前なんや……おしゃれやなぁ」


「拙者、ついに理想郷に辿り着いた気がするでござる……この空気、この景観、推しと歩きたい度……100万点……」

 碧がスマホで周囲をぐるぐる撮影しながら、ずっとテンションが高い。


「人工的に設計された空間とは思えないほど、調和が取れていますね。

 たぶん、環境音や気温、風量までも細かく管理されているのでは……」

 慧が辺りを見回しながら、まるで専門家のように語る。


「詳しいね?」

 美咲が慧に笑いかけると、彼は少し照れくさそうに視線をそらした。


「……少し調べただけです」


 その様子を見て、少しだけ笑った。


 通りには観光客がちらほら歩いていて、皆スマホやカメラを構えながら楽しげに町並みを撮影している。

 風が吹くたびに、どこかから花の香りが漂ってきて、歩いているだけで心が落ち着く。


「ねえ、あそこのお店、見える? あそこね、おばあちゃんが一人でやってる駄菓子屋さんなの。

 めっちゃ懐かしいお菓子いっぱい売ってるよ」


 美咲が指差したのは、こぢんまりとした木造の店。

 軒先には風車とラムネ瓶が飾られており、店内には優しそうなおばあちゃんが座っている。

まるで時が昔で止まったかのような空間だった。


「……ちょっと寄りたくなってきたな」

 俺がぼそっと呟くと、


「それな!ちょっとだけ、ほんのちょっとだけでええから、行こっ!」

 颯馬がぐいっと腕を引いてくる。


「まてまて!、……まだチェックインしてないから!」


「行きましょう千堂くん。僕もおばあちゃんにどんなプログラムが使われているか気になります」


「慧、よく聞け、おばあちゃんはプログラムされた存在じゃないぞ?自我をもって動いてる」


「 拙者が思うにこの建物の作り…、ドラグーンクエスト3の城下町メリアナのボス戦に類似しているでござる…。話しかけたら奇声を上げて攻撃してくるタイプの見た目をしているでござる!」


「碧、おばあちゃんを何だと思ってるんだ?今も尚優しそうに微笑んでるのがお前には見えないのか?」


「陽翔殿…ブレインコントロールされているでござるか!先手必勝!対象の首を討ち取る!」


「落ち着くんや碧ちゃん!わいらには武器がない!まず丸太を探すんや!!」


「お前ら、頼むから1回重く罰せられろ」


そんな光景を見ていた美咲が口を開く。

「安心して、時間があれば後で案内するから」

 美咲が笑いながらそう言って、もう一度、歩き出す。


 そして、落ち着きを取り戻した場に静寂が戻った。


改めて周りを見渡すどこか懐かしくて、あたたかい風景。

 初めて来た場所なのに、なぜか胸の奥が少しだけ、落ち着いていく。


 ――この島、やっぱりどこかおかしい。

 けれどそれ以上に、魅力的だった。


 俺たちは、彼女に導かれるようにして、“季和”へと向かっていた。


しばらく歩くと、視界の先に見えてきたのは――静かな坂の上に佇む、一軒の旅館だった。


 木造の門構えに、手入れの行き届いた庭。

 石畳の小道が玄関へと続いていて、まるで昔話の中に迷い込んだような雰囲気を醸し出している。


「うわ……めっちゃ雰囲気ええやん……」

 颯馬が思わず声を漏らす。


「ここが、『季和』……」

看板を見上げる。達筆な筆文字で書かれたその名は、どこかあたたかみを感じさせた。


「拙者の記憶が正しければ……この構図……!アニメ『時を駆ける忍者たち』に登場した伝説の温泉宿と一致してるでござる!」

 碧がスマホを構え、テンションMAXで撮影ボタンを押しまくっている。


「……建築様式がすばらしいですね。

 屋根の傾斜と梁の組み方、そして玄関の間取り……これほど繊細な木造建築は、現代では稀少です」

 慧が玄関の上をじっと見つめながら、感嘆の声を漏らした。


 玄関の引き戸が開き、中から着物姿の女性が現れた。

 端整な顔立ちに品のある立ち振る舞い。ゆるく結い上げた髪が風に揺れる。


「うわっ……」

 颯馬のテンションが一段階跳ね上がる。

「すっげえ美人さん……!」


「いらっしゃいませ。ご予約の千堂様と、そのご友人の皆様で在らせられますね?」

 優しく穏やかな声が、どこか旅の疲れを癒してくれるようだった。


頷くと、女将は丁寧にお辞儀をしてから美咲の方を向く。


「美咲ちゃん、案内してくれたのね。ありがとう」


「ううん、全然平気だよ」

 美咲はにこっと笑って、俺たちの方に向き直る。


「……ごめんね、さっき案内するって言ったけど、急用を思い出しちゃったからここでお別れ」


 思わず反応する前に、美咲は軽く手を振って言葉を続けた。


「でも、明日も時間あるからさ。もしよかったら、また案内してあげるね」


 そう言ってスマホを取り出す。


「あっ、連絡先、交換しとこ?」


「えっ、あ、うん」

 慌ててスマホを出し、そっと美咲の端末と近づける。


 電子音が鳴って、二人のスマホが繋がった瞬間、なんだか胸の奥が、少しだけくすぐったくなった。


「じゃあ、またね」

 美咲は軽く手を振って、夕暮れの坂道をふわりと歩き出す。


 髪に揺れる花飾りが、夕日の光を浴びて、きらきらと小さく輝いていた――。


美咲の姿が見えなくなるまで見送ったあと、俺たちは改めて旅館の玄関に向き直った。


 女将さんが一歩前に出て、静かに微笑む。


「どうぞ、お入りくださいませ。お荷物もこちらでお預かりいたしますね」


 俺たちは素直に靴を脱ぎ、木の温もりを感じる廊下へと足を踏み入れた。


 中は、外観以上に趣があった。

 磨き上げられた床板に、柔らかな灯りを放つ和紙の照明。

 柱の一本一本に木の年輪が感じられ、どこを見ても落ち着きと静けさが漂っている。


「……いい匂い。木の香り……」

 ふと漏らした言葉に、女将が微笑みながら答える。


「この旅館は、檜(ひのき)や杉の天然木を多く使っております。空気の浄化作用もございますから、どうぞごゆっくりおくつろぎください」


「なるほど……素材へのこだわりが随所に見られますね。

 壁の漆喰の塗り方まで、伝統工法を再現しているようです」

 慧は天井や壁を見渡しながら、すっかり解説モードに入っている。

また、いつメガネから煙が出るか分からない状況だ。


「慧くんの職業、ほんまになんなんや…。あれは歴戦の猛者の目やで…。」

 颯馬が小声で呟くが、本人には届いていない。


「ここがアニメ『時を駆ける忍者た!舞台になった旅館にそっくりなんでござるよ〜!拙者、今ちょっと泣きそうでござるぅぅ……」

 碧はロビーに飾られた調度品や屏風を見て、完全にテンション最高潮でスマホを構えていた。

しかし、完全に何の話か分からない俺たちは碧に触らないという決断をした。


「お部屋はこちらになります」

 女将さんの案内で、俺たちは二階の広間へと通された。


 和室の広い部屋に、窓からは庭の桜と灯籠の景色が一望できる。

 心地よい畳の香りに包まれて、俺たちは一斉に「おお〜……」と声を漏らした。


「まじで、今まで泊まった中で一番ええとこかもしれん……」

 颯馬が感嘆しながらゴロンと畳に寝転ぶ。


「この畳、手作りですね……踏み心地が違います」

 慧はスリッパを脱いで、真顔で足裏の感触を確かめていた。


「すまん、みんな……拙者、今日この旅館と結婚するでござる」

 碧が畳に額をこすりつけながら宣言し、颯馬にツッコまれるのは言うまでもない。


 俺はそんな騒がしい三人を見ながら、ふと窓の外を見た。


 少しだけ赤みの残る空に、俺達のこれからを祝福するかの様な温かみを感じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る