# パート13: 出発の決意
遺跡を出て、森の木陰で息をついた僕の胸には、確かな希望が灯っていた。宝珠と、そしてゴビー。この二つがあれば、Eランクの僕でも、きっと何かを成し遂げられる。冒険者への道だって、閉ざされたわけじゃない。
(ブレイクポイントへ行こう。そして……)
そこまで考えて、僕ははたと現実に戻った。そうだ、ゴビーはどうする?
この姿の彼女を、どうやって村に連れて帰る? あの村人たちが、得体の知れない、しかも元はゴブリンかもしれない少女を見て、黙っているはずがない。最悪の場合、魔物扱いされて討伐されかねない。
「……困ったな」
思わず声に出すと、隣に座っていたゴビーが「ボス、どうしたの? ゴブ」と不思議そうに顔を覗き込んできた。
「いや……ゴビー、すまないが、きみをこのまま村に連れて行くことはできないんだ」
「むら……? ボスのおうち?」
「ああ。でも、村の人たちは……きみを見て驚くし、多分、怖がる。危ないかもしれない」
ゴビーは僕の言葉の意味が完全には分かっていないようだったが、「あぶない」という響きに、少し不安そうな顔になった。
どうするか……。どこかに隠れられる場所は……。
そこで、僕は思い出した。村の南の外れ、森の入り口近くに、昔使われていた古い見張り小屋があったはずだ。今はもう誰も使っていない廃屋同然だが、雨風をしのぐくらいはできるだろう。
「ゴビー、少しの間だけ、隠れて待っていてくれないか? 僕がブレイクポイントへ行く準備をして、必ず迎えに来るから」
「……かくれてる?」ゴビーは不安そうに僕の服の袖を掴んだ。「ボスと、いっしょがいい、ゴブ」
「俺もそうしたい。でも、今はそれが一番安全なんだ。少しの間だけだ。絶対に、迎えに来るから」
僕はゴビーの目を真っ直ぐ見て、できるだけ安心させるように言った。懐から、残り少ない保存食(固いパンと干し肉)を取り出して渡す。
「これ、食べて待っていてくれ」
ゴビーは保存食と僕の顔を交互に見た後、小さな声で「……やくそく、ゴブ?」と尋ねた。
「ああ、約束だ」
僕が力強く頷くと、ゴビーはようやくこくりと頷いた。
僕はゴビーを連れて、記憶を頼りに村外れの古い見張り小屋へ向かった。幸い、小屋はまだ残っていた。中は埃っぽく、蜘蛛の巣が張っていたが、壁も屋根もかろうじて残っている。
「ここで待っていてくれ。誰かが来ても、絶対に声を出したり、姿を見せたりするなよ」
「うん……わかった、ゴブ」
ゴビーは不安そうだったが、それでも頷いた。僕は彼女の頭を一度だけポンと撫で、「すぐ戻る」と言い残して小屋を後にした。
一人で村へ戻る道すがら、胸が少し痛んだ。彼女を一人残していくことへの罪悪感。だが、今はこうするしかない。
家に着くと、母さんが血相を変えて飛び出してきた。
「陽介! どこに行ってたの! 心配したのよ!」
「ごめん、母さん。ちょっと……考え事があって、森に」
父さんも家の中から出てきて、黙って僕を見ている。その目には、安堵と、わずかな呆れのような色が浮かんでいた。
僕は意を決して言った。
「父さん、母さん。俺、もう一度ブレイクポイントに行きたいんだ」
母さんの顔が曇る。「でも、この前……」
「分かってる。でも、諦めたくないんだ。もう一度だけ、チャンスをくれないか」
僕は頭を下げた。宝珠やゴビーのことは、言えるはずもない。
しばらくの沈黙の後、父さんが重々しく口を開いた。
「……好きにしろ」
短く、それだけだった。だが、その声には、突き放すような響きはなく、むしろ……覚悟を決めたような響きがあった。
「……ありがとう、父さん」
母さんはまだ心配そうだったが、何も言わずに、僕の旅支度を手伝ってくれた。
着替え、わずかな食料、水筒、そして父さんの短剣。荷物は前回とほとんど変わらない。だが、僕の心持ちは全く違っていた。懐には、温かい宝珠が確かな存在感を示している。
夜になり、両親が寝静まったのを見計らって、僕は静かに家を抜け出した。村を後にし、見張り小屋へと急ぐ。
小屋の扉をそっと開けると、暗闇の中でゴビーが膝を抱えて座っていた。僕の姿を認めると、ぱあっと顔を輝かせて駆け寄ってくる。
「ボス!」
その姿に、僕は安堵と、そして強い責任感を覚えた。
「待たせたな、ゴビー。行こう」
「うん!」
僕たちは、誰にも見られないように、慎重に村を迂回し、ブレイクポイントへと続く道に出た。東の空がわずかに白み始めている。
これから何が待っているのか、まだわからない。
宝珠の力は本物なのか。ゴビーは本当に頼りになるのか。ブレイクポイントで、僕たちの道は開けるのか。
期待と不安が入り混じり、胸が高鳴る。
それでも、僕はもう迷わない。
自分の手で掴んだ、新たな可能性。
僕はゴビーの手を引き、夜明け前の道を、力強く踏み出した。
第1章 最底辺の冒険者と古代遺跡 - 完
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