# パート12: 脱出と新たな可能性

「こっち、ゴブ!」

ゴビーは僕の手を取り、迷いなく遺跡の暗がりへと歩き出した。まだ火が残っている松明を高く掲げ、僕は彼女の後に続く。正直、半信半疑だった。元はゴブリンとはいえ、今は人間の少女の姿だ。本当にこの迷宮のような遺跡の出口を知っているのだろうか。


しかし、僕の不安はすぐに驚きへと変わった。ゴビーはまるで自分の庭を歩くように、複雑な通路を進んでいく。時折立ち止まっては、壁の模様や床の石畳を指差し、「ここ、なんかヤな感じする、ゴブ」と、おそらくは罠の存在を示唆するようなことを言う。かと思えば、行き止まりに見える壁の前で特定の石を押し込み、隠し通路を開いたりもした。


「すごいな、ゴビー。よく知ってるな」

感心して言うと、ゴビーは得意げに胸を張った。

「ふふん! ゴビー、ここ、よく通った! ゴブ!」


どうやら、ここはゴブリンたちが使っていた抜け道らしい。正規の通路ではないため、オルムさんの本にあったような高度な罠はないが、代わりに足場が悪かったり、天井が低かったりする場所が多い。


「うわっ!」

一度、僕は暗がりで足元の瓦礫に気づかず、躓きそうになった。

「ボス、だいじょぶ?」

ゴビーが素早く僕の腕を支えてくれる。彼女の小さな体からは想像できないほどの力強さだった。

「ああ、助かった。ありがとう」

「ボス、もっとこっち! ゴビーから離れないで、ゴブ」

彼女は僕の手をしっかりと握り直し、先導する。


しばらく進むと、ゴビーがぴたりと足を止めた。

「あれ……?」

彼女が指差す先、通路の一部が崩落して道が塞がっていた。最近崩れたのか、土や石がまだ新しい。

「こまった、ゴブ……ここ、いつも通れたのに」

ゴビーが困ったように僕を見上げる。


「別の道は……」

「うーん、あるけど、すごく遠回り、ゴブ」

どうしたものかと思案していると、ゴビーは崩れた箇所の上部、わずかな隙間を見上げた。

「あそこ……ゴビー、行けるかも!」

言うが早いか、ゴビーは身軽に壁の凹凸を利用して駆け上がり、ひらりと隙間の向こう側へ飛び移った。まるで重力を感じさせない動きだ。これがゴブリン由来の身軽さか……。


「ボス! こっち側、だいじょうぶ! でも、ボスは……通れない、ゴブ」

隙間から顔を覗かせたゴビーが言う。確かに、僕があの隙間を通るのは無理そうだ。


「ゴビー、そっちで待っててくれ。俺がなんとか……」

崩れた瓦礫をどかせないか試してみるが、びくともしない。万事休すか……。


「ボス、これ!」

隙間の向こうから、ゴビーが何かを差し出した。それは、どこから見つけてきたのか、丈夫そうな蔓(つる)だった。

「これ、つかまって! ゴビー、ひっぱる!」

「いや、でも、きみの力じゃ……」

「だいじょぶ! ボス、信じて! ゴブ!」

ゴビーの真剣な瞳に、僕は頷くしかなかった。蔓をしっかりと握る。

「いくよ、せーのっ!」

ゴビーが掛け声と共に蔓を引く。驚いたことに、見た目からは想像もつかない力で、僕の体がゆっくりと瓦礫の上を引き上げられていく。僕も必死に足場を探し、なんとか崩落箇所を乗り越えることができた。


「はぁ、はぁ……助かった、ゴビー。本当にすごいな、きみは」

息を切らしながら礼を言うと、ゴビーは満面の笑みで「えへへ」と照れた。


その後も、ゴビーの暗視能力と土地勘、そして僕の(わずかな)知識と注意力を合わせて、僕たちは慎重に遺跡を進んだ。ゴビーが見落としそうになった単純な落とし穴の仕掛けに僕が気づいたり、僕が迷いそうになった分岐点でゴビーが正しい道を選んだりしながら、ようやく僕たちは、壁に偽装された出口にたどり着いた。


ゴビーが特定の模様を押すと、重い音とともに壁の一部が開き、外の……森の光と空気が流れ込んできた。


「出られた……!」

僕は眩しさに目を細めながら、久しぶりの外の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。生きて帰れた。その事実が、じわじわと実感となって湧き上がってくる。


振り返ると、ゴビーも嬉しそうに太陽の光を浴びている。彼女にとっても、この「人間」の体で外に出るのは初めての経験なのだろう。


僕たちは出口から少し離れた木陰で腰を下ろし、ようやく一息ついた。懐から宝珠を取り出す。それは変わらず、手のひらの中で静かに温かく、虹色の光を揺らめかせていた。


この宝珠が、僕の運命を変えた。

魔力Eランク。冒険者ギルドからは門前払いされ、村では嘲笑され、父には落胆され……もう、まともな道は残されていないと思っていた。


だが、この力があれば?

敵を無力化し、あまつさえ、元の能力の一部を持った(かもしれない)存在に変えてしまう力。ゴビーのように、僕に従う存在に変える力。


(これなら……冒険者になれるかもしれない)


ギルドに頼らなくてもいい。パーティーを組めなくてもいい。この力と、ゴビー(のような存在)がいれば、僕一人でも……いや、僕たちだけでも、魔物と戦い、ダンジョンを探索できるかもしれない。


それは、これまで閉ざされていた未来への扉が、こじ開けられたような感覚だった。胸の奥から、熱い希望が込み上げてくる。


赤髪の冒険者の言葉が蘇る。「一番大切なのは諦めないこと。自分の道を信じて突き進む勇気よ」

そうだ、諦める必要なんてなかったんだ。道は一つじゃなかった。


「ボス、どうしたの? ゴブ」

僕が黙り込んでいるのを、ゴビーが心配そうに覗き込んできた。


「……いや、なんでもない」僕は笑って首を振る。「ゴビー、ありがとう。きみのおかげで助かった」

「えへへ」ゴビーは嬉しそうに笑う。


「行くぞ、ゴビー」僕は立ち上がった。「まずは、ブレイクポイントに戻ろう」

情報が必要だ。この宝珠について、古代遺跡について、そして……僕たちがこれから進むべき道について。


僕の新たな冒険は、今、本当に始まろうとしていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る