国家滅亡のお知らせとその周辺

夜行列車【くらげバンチ・ピッコマ配信中】

第1話 お知らせ

表題:国家滅亡のお知らせ

発報日次:聖暦2024.6.30


 親愛なる国民の皆様。

 突然のお知らせに戸惑われる方も多いかと思いますが、表題の通り我が国は今年の大晦日をもって滅亡いたします。

 正確にはもう滅んでおります。

 女神様の慈悲という形で国の体裁を保ってはおりますが、皆様が我が国を離脱するための猶予期間となっております。


 我が国は女神様の愛し子を長い間無体に扱ってきました。

 妖精姫という通称で国民の皆様や諸外国に広く親しまれてきたアリエル様と先代のミランダ様、そしてその系譜である歴代の妖精姫の方々です。

 王族をはじめ我が国の貴族達は妖精姫を我が物かのように扱ってきました。

 そしてついには妖精姫を権力の駒として取り合い、先代の妖精姫であるミランダ様の自死により、女神様へ妖精姫をお返しするという事態に至ってしまいました。


 少々長くはなりますが、以下にその概略と経緯を記します。


 皆様が日常でお使いになられている魔道具は、女神様から与えられる恩寵により、魔力が枯渇することなく今日も稼働しております。

 しかしながらその恩寵は妖精姫の生活をより良くするべく女神様がお与えになったものであり、女神様に妖精姫をお返しするということは、今後魔力が尽きた魔道具から順次停止していくということです。

 地中から水を引き上げているポンプも、鍋を炊くためのかまども、病院で使用されている治療器具も、全て魔道具により構成されており、魔力が尽きると動かなくなります。

 我が国は長い時が経つにつれ、これらの魔道具が妖精姫の存在によって成立していることを忘れてしまっていました。

 妖精姫については当然ながら書物に残されていたはずですが、120年前のクーデター未遂事件における王宮火災で書庫の三分の一が消失した際に失われたと考えられます。

 口伝により伝承された妖精姫の存在意義の中に、魔道具との関連性が抜け落ちてしまったのがこれらの知識の欠落の原因であります。


 初代国王が魔王を討伐した際に女神様から送られた恩寵が人の形を取った存在が妖精姫と言われており、我が国の建国の神話として子供達に語り継いできました。

 二十年に一度の周期で国内のどこかに誕生する妖精姫を探しだし、王城にて手厚く遇するのが慣例となっておりましたが、いつしかその慣例は形骸化して妖精姫は神話の存在として国の権威の象徴のひとつになっておりました。

 そして上述したように王族や貴族の政争の駒として妖精姫を扱うようになり、魔道具との関連を軽視してしまうようになりました。

 このことは王城のみならず市井の皆様の中でも同じことが起きていたことは皆様が知る通りです。

 我が国は長い間、誰もが妖精姫の存在に偶像以上の意義を見てこなかったのです。


 先般起きました、リュミエール公爵家が謀反を企てた咎で国家反逆罪による処罰を受けた事件に関しまして、冤罪による誤った処罰であることが判明いたしました。

 リュミエール公爵領は今代の妖精姫であるアリエル様の生家がある領地であり、アリエル様は幼少期より公爵令嬢フェリス様と姉妹のように育ったと言われております。

 この事件においては神殿所属の聖女ビクトリア様および第二王子モーリス殿下による偽証と証拠の捏造が行われており、騎士団の一部を金銭と恫喝によって恣意的に運用したことも明らかとなりました。

 聖女とは本来、神聖魔力に適性のある未婚の女性が神殿にて訓練を受け、妖精姫を補佐しつつ災害に見舞われた地域などに派遣され癒しの魔術を行うための神殿組織ですが、昨今は高位貴族の令嬢が一時期のみ所属することが多くなっており、政治的な色合いの濃い組織という側面もありました。

 公爵令嬢フェリス様と第二王子モーリス殿下は婚約の関係にありましたが、かねてからの不仲を理由にモーリス殿下が伯爵家の令嬢である聖女ビクトリア様に婚約者を変更することを目的として冤罪事件を引き起こしました。

 モーリス殿下と聖女ビクトリア様および生家の伯爵家は女神様の啓示を受けた神殿騎士団により捕縛され、神殿の牢にて処刑の日を待つ身となりました。

 リュミエール公爵家は冤罪であることが改めて公布されましたが、既に偽りの断罪により処刑されてしまったリュミエール公爵およびご家族の皆様にはお詫びのしようもなく、女神様により冤罪が明らかにされたと同時にリュミエール公爵家の皆様の魂は天界に招かれております。


 国民の皆様には我が国の為政者の罪を共に背負わせてしまうことになり大変遺憾に思っております。

 王族をはじめとした貴族においては血族の隅々まで女神様の罰が行き渡っており、死後において耐え難き苦しみに落とされることが宣告されました。

 罪なきものには慈悲を与えるとの女神様のご意向も示されましたが、どのような救済が行われるかは不明です。

 国民の皆様におかれましては、アリエル様の嘆願により女神様から猶予を頂いてはおりますが、女神様は国民の皆様をも国の一部として見ておられる為、この国に籍を置いてこの国に暮らしている限りは罰の対象となってしまいます。

 繰り返してお詫びを申し上げます。

 裁きの日には天より『神の火』と呼ばれる女神様の力が降り注ぎ、この国に残った人間を例外なく塵に帰すと言われております。

 女神様の手にご自身を委ねようと思わない限り、くれぐれも大晦日の前に国外退去を行なってください。


 王侯貴族および一部の文官女官においては妖精姫を虐げた咎を償うべく国民の皆様の手に委ねられ、公開にて処刑することとなりました。

 来月の月初より国王広場にて順次石打ちの上で断首を行いますので、国外に出られる前の最後の行事としてご参加いただき、女神様のお怒りを鎮める一助となっていただければ幸いです。


 我が国の跡地に関しては近隣諸国との協議の上、ベラスケス、チェイン、アルカディアの周辺3カ国が均等に領土を分割することとなりました。

 皆様の所有地に関しては国家が滅びるため全て後任の国の方針に従ってください。

 そのまま国外で暮らすもよし、滅亡後に戻って後任国との交渉に臨むもよしとなりますが、何事もなく相続することは女神様のご意向により不可能です。


 最後になりますが女神様より格別なご配慮を頂いている方々を公表させていただきます。

 アルバ枢機卿とそのご家族、リュミエール公爵家の生き残りであるフェリス様、王立学園のソロモン教授とサロンメンバーの生徒達、以上の方々は妖精姫アリエル様をお支えするために奔走されていた方々で、アリエル様と共に存命のまま天界へと招かれ女神様と友誼を結ばれる運びとなっております。


 滅亡後の世界情勢については混乱が予想されており、大国ベラスケスと龍国チェインとの冷戦状態に突入すると考えられます。どちらの国家に所属するかは皆様の判断にお任せいたします。

 我が国を分割するもう1カ国の神聖アルカディア王国に統治される地域に関しましては、戦争の可能性は低いものの女神教への入信が前提となりますのでご注意ください。

 また神聖アルカディア王国はアンデッドを労働力に使役している珍しい国でもあり、長期的な安全環境であるかどうかは不明です。

 各国の環境や法律に関して詳細は別紙にて公布いたしますので、ご自身の責任において決断をお願い致します。


 以上となります。

 滅亡という終焉を迎えることは王城に勤めてきた者として慙愧の念に耐えませんが、不肖の身に何ができたかを振り返りつつ最後の職務としてこれを記し、筆者も国外へ脱出することを明記いたします。

 願わくは皆様の行く末に女神様のご加護が在らんことを。


王宮管理官

セバスチャン・ローウェル


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る