第3話「孤独の影、交差する想い」

 入り口の反対つまりは元老院議会堂の建物の奥には深紅の木で作られた二枚の扉があった。シャルロッテはゆっくりと両手で扉を開けるのだった。二枚の扉をくぐると中では四人の吸血鬼貴族たち――元老院議員が彼らを待ち受けていた。

「血盟官シャルロッテ・エリザベート・ヴィクトリア二世か。……首は持ってきたのだろうな?」

中央に座る白髪の老吸血鬼が鋭い視線を送る。シャルロッテは頷き、持参していた布袋を開くと、昨夜討伐した殺人吸血鬼の首が露わになる。

「……確かに」

元老院たちは互いに頷き合った。

「今回の任務、辛うじて合格とする。お前は今まで失敗ばかりだった。次の失敗があれば、貴族の地位を剥奪するつもりだったが……命拾いしたな」

シャルロッテは内心で安堵の息をつきながら、表情には出さなかった。

「では、これで失礼します」

元老院を後にし、建物を出ると、冷たい風が頬を撫でた。シャルロッテは胸を押さえながら、魁の方をちらりと見る。

「はあ……なんとか首の皮一枚繋がった……」

「あぁ、よかったな」

無事やるべきことを終え後は帰るだけだった。だが、シャルロッテが広場に一歩足を踏み入れた瞬間、吸血鬼たちの視線が集まった。


「おい、あれってヴィクトリア家の……」

「本当だ。同族殺しの血濡れ女だ」

「クォーターの分際で……よくもまあ貴族面できるものね」

冷たい囁きの声が辺りに木霊する。先ほどの視線は無論、敬意などではなく同族殺しの血盟官に対する蔑みの視線だった。

「……行くよ魁」

シャルロッテは顔を伏せて、何事もなかったように歩き続けている。だが、シャルロッテの頬を伝る光を魁は見逃さなかった。何にも誰にもよりかかれず立ち尽くした孤独な背中にはなぜかどうしようもなく見覚えがあった。

『近寄るな、燃やされるぞ』

『魁様と遊ぶなって、お母様が言ってた』

『お侍様の戦い方じゃない…』

かつて魁自身が浴びた数々の言葉が脳裏をよぎり、魁は思わず鯉口を切ってしまった。


―――ゴォォォ!


瞬間、大気を張り詰め、殺意が辺りに木霊して広場に漂う空気が、突如として凍りつく。怒気と殺気は一人の人間が起こしたものであった。だが、誰も動けなった悟ったのだ。彼は強い。本物の死を、無言で突きつける刃のような圧力がある。広場にいた吸血鬼たちは、一斉に息を呑み、足を止めた。

 

背筋を冷たい汗が伝う。

「……っ」

誰かが喉を鳴らす音すら、やけに大きく響く。魁の瞳は、底知れぬ炎を宿したまま広場は静寂に包まれた。

「…………」

魁は無言で腰の刀の柄を握った。


そんな時、魁の腕が誰かにそっと掴まれた。

「何をやっているんだい」

それは誰でもない彼の雇い主シャルロッテだった。小さく、か細い手であったが温もりは暖かく彼の肌にじんわりと伝わっていた。

「しかし……」

「魁」

魁が反論する間もなくシャルロッテは声を上げる。

「僕は大丈夫だから、君の剣はそんなものじゃないだろ?」

はっきりとした声ながら涙目でシャルロッテは話す。その様子には周囲の悪意にも負けぬ芯の強さが現れていた。しばらく魁はシャルロッテを見つめた後、眉をひそめながら

「すまなかった」

と短い謝罪をした後、柄から指を離す。刀を鞘に納めたと同時に周囲に放っていた剣呑な殺気が霧のように消え去った。その様子にシャルロッテはホッとした。


周囲の吸血鬼たちは先ほどの侍の圧に震えから解放されていたが

「この男を止めた……?」

「あの圧を、一言で……?」

と、強者を止めて見せたシャルロッテに対して驚愕を隠せないでいた。先ほどまで馬鹿にしたことを言っていた吸血鬼たちも同様だった。しかし、当のシャルロッテは


(はぁぁぁぁあぶなかった)

内心でとんでもなく焦っていた。背中に冷や汗を伝うのを未だに感じる。自分が止めなかったらまわりの吸血鬼が何人斬られていたかわからなかった。そう思うとまだ動機が止まらなかった。

(でも、彼が起こった理由って僕が馬鹿にされたからだよね?)

正直、シャルロッテは驚いていた。彼は金で雇われていただけで昨日知り合った相手に情を見せるような人柄には見えなかったのだ。無口で感情を普段表に出さないだけに余計そう思える。

(それに……)

彼の激情にはシャルロッテを思ってのこともあったがそれと同じようにいや、それ以上かもしれないがどこか秘められものを感じた。ただ暴れる口実に怒っただけなのではないとシャルロッテは思っていた。現に魁の表情にはどこか悲しそうで遠くを見つめるような目だった。


彼、魁は自分が思っているほど乱暴な人間ではないのかもしれないそう思っていた時―――


「―――おやおや、誰かと思えば」

周囲の騒がしい声すら無視してひときわ目立つ声がシャルロッテと魁二人の耳に届く。ゆっくりとその声の主はこちらに近づいてくる。周囲の吸血鬼の群衆はその声を聴いた瞬間、商人、騎士、平民、一部貴族覗いて皆一様に道を開けた。

「シャルロッテじゃないか」

その男は貴族らしい気品を纏いながら、優雅に歩み寄ってくる。肩にはドラキュラ風のマントを羽織り、黒と金の刺繍が施された貴族服が彼の地位の高さを物語っていた。彼の足音だけが広場に響き渡る中シャルロッテはこの男をそれなりに知っていた。

「あ!ルシアン卿」

「久しぶりだねシャルロッテ」

彼、ルシアンはニコニコとデカい体を動かしながらシャルロッテの前で足を止めた。

「知り合いか」

魁が腰を下げ、シャルロッテの耳元で小声で質問する。

「僕の遠縁の親戚のルシアン・ルクレール卿。元血盟官だけど今は貴族でも高い地位についているんだ。時期元老院候補だよ」

「いえいえ、それほどでもありませんよ」

二人のコソコソ話は聞こえていたのかルシアンは普通の声で聴いてもいないのに謙遜した答えをする。

「そうそう、面白い従者を連れているじゃないか」

「えぇ、最近雇った東洋の者です卿」

「始めまして魁です。よろしくお願いします」

シャルロッテの『君、敬語が出来たんだ』という驚きを他所に魁はできる限り丁寧な口調で腰を曲げて自己紹介する

「いやいや、そこまで畏まらなくてもいいよ。君はだし」

そう言ってルシアンは右手を差し出す。握手を求めているのだ。

「……?あぁ、そうゆうことですか」

数秒間をおいて魁は意味を理解し自身も右手を差し出してルシアンの右手を握り返す。魁もルシアンも互いをじっと見つめ合う。ふとした沈黙が流れる。同時に二人は確信した。

((こいつ……強い))

「どうしたんだい二人とも?」

シャルロッテの声に二人は睨み合いをやめ互いの右手を離す。

「シャルロッテ……君はいい従者を手に入れたようだね。今後の活躍を楽しみにさせてもらうよ」

「えぇ、ご期待に応えて見せましょう」

そう言ってルシアンは再び吸血鬼の民衆の中に消えていった。時間がたったのか周囲の群衆には魁の恐怖心が薄れていた。皆、元老院議会堂での仕事ややるべきことに戻ったのだろう。

「……先ほどの男」

魁が唐突に口を開く。

「信用していいのか?」

「え?いや、別にルシアン卿は犯罪を犯していないし僕が知る限り吸血鬼の法には厳格な人だったはずだよ?」

「なら、いいんだが……」

魁は自身の嫌な予感が当たらないことを切に祈っていた。

「ほら、馬鹿なこと言ってないで帰るよ」

「あぁ」

そうして二人は来た道をたどって屋敷に戻っていくのだった。

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