第2話「夜明けの血盟官と侍の料理」

 

 朝。カーテンの隙間から差し込む光が、夢の余韻をじわじわと追い払っていく。


ピーチクパーチク絶え間ないヒバリの鳴き声を音楽に夢の世界から覚醒する。


「ふぁ~」

大きなあくびをしながら、シャルロッテは回らない頭をじわじわと覚醒させる。


この家には使用人がいないため自由に起きられるのが我が家の数少ない贅沢であるとシャルロッテは常々思っていた。


―――コンコン


すると、ノックの音が聞こえた。扉の方からだった。


「おい、起きろ。いつまで寝てる」

声を聴いた瞬間、昨夜の記憶をシャルロッテは思い出した。


そうだ、昨夜自分は犯罪を犯した吸血鬼を追いかけ、倒すことが出来たのだ。自分の手ではないけど。


まぁ、彼は自分が雇ったので結果的には自分の手柄だろう。



「おい、聞いているのか?」

ドア越しにまた声をかけられる。


「あぁ、ごめん起きてすぐ着替えるよ」

「……なら早くしろ」

そういうと侍の足音は遠ざかっていく。


こちらが着替えると言ったからだろうか?意外に律儀な男だ、とシャルロッテは首を傾げた。


(まずは寝間着から着替えて、それから朝食……何食べよう?)


私シャルロッテは吸血鬼の貴族であるが、使用人はいない。貴族と言っても末席の男爵だし、血盟官なんて職柄が影響してそもそも募集しても一人も来ないからだ。


血盟官は人を処刑する執行する仕事つまり首切り役人だ。吸血鬼の騎士のように人を守ることもない。それゆえ「同族殺し」として忌み嫌われ名誉なきものとして差別されている。


私の一族はそれを生業として代々受け継いできていた。


歴代血盟官の圧倒的実力で貴族としての地位を手に入れたことから、直接的な差別されたことはないがそれでも他の吸血鬼から距離を置かれていることに変わりはない。


故にこの家に仕えようと思う吸血鬼はいない。


家事は全てシャルロッテ一人でしてきた。


だが、私室を出てシャルロッテを出迎えたのは想像とは別の光景だった。

「えっ、ちょっと待って、これ、君が作ったのかい?」

シャルロッテが指さす方にはホワイトシチューがテーブルに置かれていて、程よく煮込まれた野菜たちと鶏肉の香りが食欲をそそる。

「そうだが?」

何でもないように魁はそう答える。すでに席に座っていてスプーンを手にしていた。

「そうだが……って君は……侍だろ?」

魁の寡黙なイメージとは違う行動にシャルロッテは困惑する。

「それがどうした?侍が家事をして悪いのか?」

「い、いやそんなことはないけど……」

納得いかないながらもシャルロッテは席に座って恐る恐るスープを口にする。

「おいしい……」

「そうか」

ぶっきらぼうにそう答えた魁の表情には微かな満足感が滲んでいた。



―――☆―――☆―――



朝食を食べ終えた二人は屋敷を出て、外に出かけていた。

「それで向かう場所とは何だ?」

魁が布に包まれた荷物をぶら下げながら呟く。

「元老院……吸血鬼のお偉い人に会いに行くのさ。昨日仕事を終えたからね」

「仕事……血盟官だったか」

「うん。だから落とさないでくれたまえよ?」

「抜かりはない」

そう言って魁はシャルロッテの斜め後ろをついていった。


レンガ造りの街並みは遠ざかり、地面は舗装された道路から土と草のカーペットへ変移していった。灰色の雲が風に流されている。道の両側には草木が生い茂り、鳥のさえずりが微かに聞こえた。


やがて二人は町外れの丘にたどり着いた。そこには古びた石造りの壁が一枚、ぽつんと立っているだけだった。まるでかつて城があったことを示す名残のようにも見えるが、城の遺構らしきものは周囲には一切ない。

「……吸血鬼は自然が好きなのか?」

魁はしばらくその壁を眺め、それから首をかしげた。

シャルロッテは思わず足を止めた。

「え?」

「いや、こんな何もないところに重要な建物があるとは思わなかったからな。お前たちは森や丘が好きなのかと思ったんだが」

魁の言葉は純粋な疑問だった。吸血鬼のことをほとんど知らない彼にとって、この場所はただの「何もない場所」にしか見えないのだろう。

「違うよ、魁。ここは昔、吸血鬼たちの王国があった場所さ。でも、人間との戦争で敗北して国ごと滅んだ。これはその時に崩れ落ちた城の一部なんだよ」

シャルロッテは一瞬呆れたような顔をしたが、すぐにふっと笑った。

「……戦争で負けたのか?」

「うん。だから今、僕たちはこうして人間の目を避けながら生きてるのさ。元老院議会堂は、その名残の上に隠すようにして作られたんだよ」

シャルロッテは壁に手を触れると、指で何かをなぞるような仕草をした。すると、石の表面がぼんやりと波打ち、一瞬だけ蝙蝠を象った古き吸血鬼の紋章が浮かび上がる。

「これは、僕たちがかつて持っていた誇りの証。でも同時に、敗北の記録でもあるのさ」

魁は壁に刻まれた紋章をじっと見つめた。その目には、何とも言えない感情が宿っている。

「……なるほどな。お前たちにも色々あるんだな」

「そういうことさ。ささ、入るよ」

シャルロッテが軽く手を動かすと、壁の中央がゆっくりと開いていく。中にはまるで異世界のような荘厳な回廊が広がっていた。魁は最後にもう一度、古びた石壁を見上げると、そのまま無言で扉の奥へと踏み込んだ。


踏み込んだ先には自然など一切なかった。廃墟の内部でもなかった。まるで別世界とでもいうべき光景が広がっていた。眼前に広がるのは荘厳な大広場。陳腐な言い回しだがそうとしか言えなかった。


広場の床は黒曜石のように漆黒で、艶やかに磨かれた石畳が整然と敷き詰められている。まるで夜空を切り取ったようなこの床には、微かな魔力が宿っており、時折うっすらと赤い光の紋様が浮かび上がっては消えていく。


中央には巨大な噴水がそびえ立っている。しかし、その噴水から流れ落ちるのは水ではなく、闇色の霧。まるで生きているかのようにふわりと揺れ、時折赤い光が滲む。その中心には黒曜石で彫られた翼を持つ吸血鬼の像が立ち、鋭い眼差しで広場を見下ろしている。


四方を囲む巨大な石造りの建築群は、まるで古の王宮のような荘厳さを誇っていた。アーチ状の天井が高くそびえ、赤と黒を基調とした旗が壁に掲げられている。


広場には多くの吸血鬼が行きかっていた。貴族らしき者は長いマントを翻し、役人風の者は書類を抱えて慌ただしく歩き回っていた。その中には、武装した者もおり鋭い眼光で当たりを見渡していた。

「ここが元老院議会堂の広場だよ」

シャルロッテが魁に説明する。

「吸血鬼たちの行政を担う場所であり、市役所みたいなものでもある。だから血盟官だけじゃなく……貴族や商人……それに一般の吸血鬼たちも出入りするんだよ」

魁はしばらく広場を見渡し、ぼそりと呟いた。

「……随分と立派な場所だな」

「そりゃそうさ。ここは私たち吸血鬼にとって最後の砦だからね。いけない早く首を元老院に渡さなきゃ……」

そう言ってシャルロッテは人目を避けるようにコソコソと吸血鬼たちの死角を縫うように歩いていった。魁はその行動に疑問を覚えながらもその後をついていった。

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