第三十三話 愛してる
<まえがき>
残酷表現あります。
ご理解賜りますようお願い申し上げます。
本編どうぞ。
「手当をしてあげなさい、可哀そうだ」
そう言って剣先を向けた場所には、悶絶のあまり痙攣するエニの姿。どの口がというリーベの声は理性によって寸前で止まる。
リーベは涙をぼろぼろと流しながらエニに近づく。
そのズタボロの身体を抱きしめ、ゆっくり切り捨てられた足や腕の切断面を近づけた。
「流石に素晴らしい、神経までも完璧に接合するとは」
リーベの魔法によって、完全に斬り落とされた腕が見事に接合した。これは彼女の意思によってもたらされた奇跡であり、理屈を超越した魔法であった。
すべてはエニのために。
「エニ、しっかりして」
傷は治り、切断された腕も元通り。
だが損傷によるダメージはそのまま。
血の池の中で、彼はひたすら痛みに耐える。
リーベは泣きながら、傍らで彼の手を握る。
傍らに立つ血だらけの男は固唾を飲んで見守る。男の隣に立つ少女は意味も無く立ち耽る。
「あ、ありがとう……リーベ」
「うん、よかった」
はっきりとした意識を取り戻したエニは、リーベの腫れた顔を見て胸を抑え込んだ。
リーベに情けない姿を見せた自分への情けなさ、後悔と自責の念が次々と押し寄せていく。
「この年になると涙腺が脆くて困る」
余裕の態度をもってハンカチで目尻を拭う男。その口角は異常なほど高く、気のせいかさっきより上がっているようにも見えた。
「さて、そろそろ仕事をしようか」
そう呟いたのもつかの間。
「エニ!!!!!」
エニの身体は男によって蹴り飛ばされ、空中を舞う。地面に磔にされたように、身体は地に沿って静止した。
動けない、一ミリも体が動かない。
エニは何も動く気がない身体を呪った。動けという命令を何度下しても、その体は地に伏したまま。
「――ではリーヌ、こちらに来なさい」
「は、はい。おとうさま」
首が動かない、どうなっているのかわからない。
自分の荒れた息遣い、女の子の靴の音、擦れる鎧の金属音。誰かが暴れているかのような、衣擦れや口を押えているかのような音。
エニはもう壊れかけていた。
首が動かず身体も言うことを聞かない、だが耳だけは正確に情報を届ける。それがあまりにも残酷で聴きたくない音だったとしても。
「ここはね、腸という場所だ」
「ち、ち、ちょう”?」
「ああ、食べ物を身体が喜ぶ栄養に変えることが出来るんだ」
「ひ”っ」
「なんだ?……それなら、この目隠しでどうだ?これでほら、問題ないだろう?」
「う、うん」
「さぁこのぶよぶよしているのが、肝臓というものだ。これはすごいんだぞ!体の色々な栄養を作っているんだ」
「そうなの?」
悪意。
この世は悪意に満ちている、世界は俺達の存在を否定したいらしい。
誰にも迷惑をかけることなく、ひっそりと外れの奥で暮らしていた俺達は快楽のために殺され、破かれ、意思を折らされた。
涙よ、もう流れないでくれ。
頼むからもう流れないでくれ。
ぐちゃぐちゃになった顔で、エニは世界を己を憎む。
「肉が邪魔だが——そうそう、これだ」
「……どくどくしてる」
「このどくどくしてるのが心臓だ、今日のお父さんの仕事はね。これを持ち帰ることなんだ」
「こ、これを」
肉を打つような音が軋めく、骨を砕くような音が耳にこびりつく、何かの漏れた声が脳を焼く。
そして今確かに聞こえた
『……た”す”…け”』
エニは精神はもう限界だった。
「……は」
目が覚めた時には、もう誰もいない。
先ほどの髭面の男も、男に連れられていた女の子も、竜の姿も蛇女の姿もない。
虚無感のあまり、膝をつく。
絶望で声も出ず、ただ口を抑える。
「エ………ニ」
——声の先を目が追う
その存在を認識して、一目散に駆けだす。
体中の骨が折れているが、そんなことはどうでもよかった。ただ彼女の声が彼女の安否だけが救いだった。
「り……りーべ?」
吐きそうになる気持ちを堪える。
何故生きているのか不思議なくらい、無残な姿だった。許してくれと冗談ならよしてくれと願っても、そこにあるのは透明な悪意だけ。
「き……て」
もう立てるはずもない、起き上がれるはずもない。声を出すのすら辛い、それでもリーベはエニを想って血液を臓器をどれだけ失っても——命を留め続けていた。
「リーベ、俺だよ、俺だ。生き残ったんだ、だからリーベ頼む死なないでくれ。頼む、頼むよ、お願いだ、一人にしないでくれ、お前がいなくなったら」
溢れる思いに蓋をするように
リーベはエニの顔に手を近づけた。
「りーべ?」
そして、体中の力を振り絞り
エニの頭を近くに引き寄せた。
「わたし…ずっと愛してる」
リーベはエニの唇を奪った。
ずっとやりたかったことだ。
「こんどは……エニからしてね」
それだけ告げて、エニは目を瞑る。
「り……りーべ、おい、おい待ってくれ」
リーベの肌は、もう冷たかった。
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