第五話    嘘松

「きみはいつもここにいるの?」



「いるよ、ずっといる」



「どこにすんでいるの?」



「奥だよ、この奥。みんないるよ」



「みんな?きみだけじゃないんだ」



「みんなは、かぞく、ともだち」



「へぇーそれは人?」



「人もいる、動物もいる」



「たくさんいるんだね」



「うん、みんなちがうけど、みんないっしょ」



「ちがうのに、いっしょか。いいね」



「みんなすごい」



「そっか、仲良いんだね」



「そうかな?」



「そうだよ、俺はそう思う」



「おれも」



「俺?」



「おれ、もなかよいの?」



「ん、あー家族とってことね。まー仲は良いなんじゃないかな」



「そうなの」



「あと俺の名前は”おれ”じゃないよ」



「ちがうの?」



「ちがう」



「なまえは?」



「エニ」



「エニ?」



「そう」



「エニ、エニ、エニ」



「蟹みたいに言うのね」



「??」



「ああ、ごめん気にしないで……きみはなんてなまえなの?」



「わたしの、なまえ?」



「そう、おれはエニ、きみは?」



「んーーわかんない」



「なんてよばれてるの?」



「わたしなまえない」



「嘘だぁ」



「……」



「わかったよ、んーー難儀だなぁ」



「なんぎ?」



「そうだなぁ……じゃあおれが名付けるってのはどう?」



「なづける?」



「おれがなまえをきめるってこと」



「いいね」



「おれの真似?」



「まね」



「ふふっ、じゃあきめていいんだね?」



「いいね」



「きにいったの?」



「うん」



「そっかーーんぅ、むずいなぁ名前」



「なまえほしい、きめて」



「ふふっ、じゃあ君の名前は――」





「――っは」



 目が覚めた。


 少し肌寒さを感じる、だが地面がごつごつしていない。それどころかふわふわと俺を包み込んでくれているような気もする。

 しっかりと目を開けて周囲を見る、だがそこに森は無かった。ここを俺は知っている、毎日見ている、慣れ親しんだベッド、軋む床板、冷たい扉の取っ手。



「俺、なんで部屋に戻ってきているんだろう」



 、確かに俺の意識は途絶えたはずだった。移動した記憶なんてない、一種の記憶喪失の可能性があるが、あまり考えたくはない。

 大丈夫、俺の意識は正常だ、なにも忘れてなんかない。夢の中で誰かと話したような気はするが会話はあまり覚えていない、まぁ夢なんて覚える必要はないが。



「わたしのなまえは――」



 はっと振り向く。


 壁に掛けた水彩画が夜の明かりで程よく反射して見えているだけで、人影などは一切ない。当然なのだが、どうしてか今人の声が聞こえた気がした。



 よくわからないが、夕食のために階段を下りていく。父さんも帰ってきているようで、談笑の声がここまで来るほど盛り上がっているらしい。



「おかえりなさい、父さん」



「おお、エニ。ただいま、早く席につかんと冷めるぞ」



「数秒の差だよ」



「大事なことだ、なにせ母さんの飯だからな」




「もうっのろけすぎよ、あなた」



 席について夕飯を食べていく。


 時折、仕事の話になったかと思えば母さんのガーデニングの話になり、ご近所さんとのピクニックの話もあれば、仕事仲間との酒場話など様々だった。

 


「そういえば、今日母さんが庭先で倒れてるお前を見つけたって言ってたが、何があったんだ?」

「そうよ、心配したんだから。教えて頂戴?」



「いつも通り、あの水を汲みに行ったんだけど。壺の蓋を落としちゃって外れの奥まで行ったんだよね」



「「外れの奥!??」」



「うん、で何かに襲われてそこで気絶をしたはずなんだけどさ」



「「襲われて!??」」



「ちょっと落ち着いて」



「「……」」



「でもなんか起きたら部屋で寝てたんだ。部屋まで運んでくれたのは母さんか誰かだろうけど、俺は庭まで移動した記憶はないんだよ」



「なんて名前の病気かしら……そうそう夢遊病」

「その可能性もなくはない。だが誰かが送り届けてくれたと考えてもいいのではないか?」



「まぁいいや、俺は上戻るね」



 話していてもきりがない。

 だって覚えていないんだから。



「意味がわからない」



 ベッドに体を預けて、天井を見つめる。

 全く持って訳が分からない、何かがおかしい。



「別に誰とも喋ってないよな?」



 ヴィンセント達に道中絡まれたが、あれじゃない。

 もっと何か楽しくて心があったまっていく感じがしたはずなんだ。



 今日の記憶をめいっぱい広げて探していく。

 だが見つからない、何かが、何かが噛み合わない。



「誰かが送り届けた、名前、喋った、楽しかった」



 名前……そうか、名前だ。俺は名前を誰かにつけた。

 なんとなく浮かんだ名前だったが喜んでいた気がする。


 誰が喜んでいた?



 名前は――





「エニ、あけて」





 窓の外に女の子がいた、コンコンとガラスを叩いていた。

 



 俺は震えてる手で格子の施錠を外す。

 すとんと彼女は俺の部屋に降り立った。




「わたしのこと、おぼえてる?」




 そう、覚えている。

 忘れていたが思い出した。

 俺は彼女に名付けをしたんだ。




「やぁ、さっきぶりだね……リーベ」




 彼女の名前はリーベ、禁忌である外れで暮らす





 人間だ。

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