第2話 領主ゲームの幕が上がる


「――婚約は賭けるまでもなく、この場で破棄よ! 決闘の『領主ゲーム』受けなさい! 『コマンド:宣言。我【孤高の夜薔薇】は【勇猛の銀狐】との決闘を行う』」


 精霊の遊戯場を開くための対価に、片耳からはずした魔宝石のイヤリングを頭上に掲げ、グランローズの声が高らかに響いた。

 精霊から授かりし魔名まなを使った正式な宣言がされた。


 グランローズが婚約破棄を受けたことにより魔法証書は消滅し、契約結界は解除された。

 しかし、新たに精霊の遊戯場のバトルフィールドが構築されようとしている。

 魔法陣が床に浮き上がり、点滅しながら待機中であることを知らせる。


 魔法は精霊たちにより具現化される。

 だから精霊王から授かる名、『魔名』を使わないと指示が通らない。人がつけた名など、精霊たちにはなんの意味もなさないのだ。

 唯一無二である魔名は、同時代に同名の者は存在せず、精霊による名前のとりちがいも起こらない。

 魔名を使えば、精霊の耳に届く。もう取り消すことはできない。


 息をのむ音、声にならない悲鳴、さらにそれをかき消すほどの歓声が広間に上がっていた。

 国王夫妻と、第二、第三王子たちは、聞こえないだろうとわかっていてもとどまるように声を上げた。

 公爵夫妻とグランローズの兄の小公爵も声を上げた。王子を叩きのめしてしまえと。


 周囲の声が耳に入らないレオンスは、上等なレースの手袋を拾い忌々しげに睨みつけた。


「どこまでも腹の立つ!! だが、いいだろう。望むところだ! 『コマンド:宣言。我【勇猛の銀狐】は申し込まれた決闘を受ける』!」


 魔法陣が放つ金色の光が、そこら一帯を照らしていく。


「【勇猛の銀狐】の名において、『コマンド:要求。開け、決闘の誓約証書』!」


 空中に現れた金色の羊皮紙が開く。

 この先語られる言葉は証書へ刻まれ、魔法により必ず実行される。


「【孤高の夜薔薇】、代闘士だいとうしを選ぶ時間をやろう」


「そんなのいらないわ。【勇猛の銀狐】、あなたこそ代闘士に泣きついた方がいいんじゃない?」


「いつまでそんなことを言っていられるか見ものだな、【孤高の夜薔薇】。負けたら国外追放だ。覚悟しろ」


「国外追放……? それはいくらなんでも、やり過ぎよ」


「もう誓約されたぞ。決闘による命のやりとりは禁止されている。このくらいが妥当だろう」


 レオンスに寄り添って立っていたマリーも続ける。


「罪を認めてくれたらレオンス様だってこんなことは……。【孤高の夜薔薇】、残念です……」


「【幻惑げんわく美姫びき】までそんなこと言うのね……」


「これは俺たち二人の、いや【冬枯れの鼬鼠いたち】と【紅の槍】を含む我々四人の意思だ! 勝利を得て王太子となり、愛する者と結ばれよう。だからさっさと負けた時の代償を承諾しろ!」


 レオンスとその腕に抱かれているマリー、そしてそれを守るように立つとりまきの二人。四人がグランローズの前に立ちはだかっている。


「……いいわ。その代償で構わないわよ」


 凛として立つグランローズの前に、赤髪のとりまきが立ちはだかった。


「か弱い令嬢に嫌がらせをするなど【孤高の夜薔薇】も地に落ちたものだな」


 立てた赤髪を揺らす騎士科のとりまきは、大きな体でグランローズを見下し、手袋を踏みつけていた足を蹴ってレオンスの手袋を拾い上げた。

 グランローズは倒れ、周囲から悲鳴が上がった。


「グランローズ!」


「グランローズ様!」


 もうここは戦いの舞台の上。

 関係のないものは入ってはいけない場。

 誰かが駆け寄って来ようとする気配に、グランローズは手を上げて止めた。そしてゆっくと優雅に立ち上がる。


 代償の取り決めがなされたら、あとは精霊の遊具場を開くかどうか精霊たちが決めるだけだ。

 第一王子と公爵令嬢、婚約者どうしの国外追放をかけた決闘。

 対価は魔宝石のイヤリング。


 金色の羊皮紙は輝き、何もない空中でくるりと巻かれた。


『代償は承認されました。決闘は承認されました。精霊王ダイスニアの名の下に領主ゲーム開始します』


 パーティ会場であった場所に、人のものではないような無機質な声が響く。

 魔法により戦いの舞台が構築されていく。

 主役のふたりの姿は消え、周囲には階段教室のような観客席が出来上がり、パーティの参加客たちはいつの間にか座らされていた。




 高らかに鳴るラッパの音。舞う紙吹雪。

 捧げられた魔宝石に、精霊たちは相当満足したらしい。

 華々しく領主ゲームの幕が上がる。





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