第5話 待ち伏せ

「翔、日曜日の午後って暇か?」


 昼休みに一緒に購買で買ったパンをかじっていると、潤がそう言った。彼は友達が多いため、こうして昼食を共にするのは数日に一回程度だ。

 潤はみんなで一緒にどうかと誘ってくれるし、類は友を呼ぶというように、彼の周囲はいい人たちばかりだが、陽キャ集団に入るのは気が引けてしまって遠慮させてもらってる。


「悪い。ちょっと用事がある」


 彩花が紹介してくれた美容院の予約が、ちょうど日曜日の午後だった。

 言えばずらしてくれるかもしれないが、さすがにそれは申し訳ない。


「そっか。じゃあ、また今度遊ぼうぜ!」

「おう、悪いな」


 致し方なかっただけで、潤と遊ぶのは楽しい。今度はこちらから日程を提案してみるのもありだろう。

 いつがいいだろう、と何気なくスマホを取り出したところで、クラスメイトの声が飛び込んでくる。


「双葉さん。今週の日曜日とか、空いてない?」

「とりあえず、みんなで集まろうって話になってて」

「何するかは双葉さんの希望に合わせるからさ!」


 以前、彩花を誘っていた浩平たちが、再びアタックしていた。


「ごめんね。その日はちょっと、友達と予定があって」

「あ、そっか……」


 彩花が申し訳なさそうに手を合わせると、彼らの顔に落胆が浮かぶ一方、潤が「おっ」とこちらを見る。

 翔はその口が動く前に、断言した。


「違うからな」

「まだ何も言ってねーよ」

「顔がうるさかった」

「なんか失礼じゃね? ま、お察しの通りだけどよ」


 やはり、翔と彩花が遊ぶのではないかと疑っていたらしい。

 関連した用事ではあるが、直接会うわけではないので、嘘は吐いていない。


 ちなみに、彩花は「付き添おうか?」とまで言ってくれたが、時間を取らせるのも悪いし、おしゃれなんてしてこなかった身としては、そういう現場を見られるのが気恥ずかしくて断った。


『でも、プロデューサーとして成果は確認しておかないと。私の紹介だし』

『じゃあ、終わったら写真送るよ』


 そう言ったら、彼女はほんのり口を尖らせていた。

 今思えば、追い払うような形になってしまったかもしれない。写真だけじゃなくて、改めて感謝と謝罪も添えておこう。


「あんたらも、懲りないねぇ」


 彩花と昼食を共にしている美波が、呆れたように頬杖をついて浩平たちを見る。

 しかし、その視線はすぐに彩花に向けられた。


「ちなみに彩花。友達って言ってたけど……もしかして、これ?」

「ち、違うよ」


 美波がイタズラっぽく小指を立てると、彩花が勢いよく首を振った。


「ふーん? まあ、それはそうか。彩花と釣り合う人なんて、そうそういないもんね」

「そんなことはないけど……」


 彩花が困ったような笑みを浮かべる。口元はわずかに引き攣っていて、何か言いたいことを我慢しているように感じられた。

 美波のさりげない牽制にダメージを受けている浩平たちを気遣ったのか、はたまた別の何かがあるのかは、翔にはわからない。


(にしても、潤が詮索してこないタイプでよかった)


 彼なら大丈夫だろうし、まったくもって甘酸っぱさなどないが、もし彩花との関係を他の男子に知られたら——。

 そう考えると、背筋に冷たいものが走った。


 女の嫉妬は醜いと言うが、男も大概であることを、翔は身をもって知っていた。




◇ ◇ ◇




 ——日曜日。

 彩花に教えてもらった美容院は、駅から少し歩いた住宅街の中にあった。


「ここ、だよな」


 質素とは聞いていたが、店構えは想像よりもこぢんまりとしていて、温かみのある木製の看板が掲げられていた。

 店内も暖色に灯された落ち着いた雰囲気で、静かなジャズが流れ、木の香りがかすかに漂ってくる。翔の他には、中年のおじさんが店長らしき美容師と笑い合っているだけだ。


「草薙君だね? 彩花ちゃんから聞いてるよ。じゃ、よろしくー」


 美容師の女性——のぞみと名乗った——は、彩花から聞いていた通りフランクな人で、肩の力も少しだけ抜けた。




「今日はありがと。またいつでも来てねー」


 希に見送られて店を出ると、風が吹いた。

 咄嗟に前髪を抑える。こんなことは初めてだ。


 とはいえ、自信があるわけではない。もっさり感がなくなり、多少はマシになったが、彩花のお眼鏡にかなうレベルだとは思えない。

 彩花の性格的に酷評されることはないだろうが、気遣われても居た堪れない気持ちになるだろう。


(というか、自撮りとかしたことないんだが……)


 今更ながら、それはそれで恥ずかしいことだと気づく。

 変な写真に逃げるのはダサいだろうが、格好つけてるとも思われたくない。


 場所は家でいいとして、どのように撮るべきか——。

 あれこれと考えを巡らせながら、ゆったり歩いていたところで、


「……えっ?」


 翔は口を半開きにして固まった。


「おっ、結構変わったね」


 そうつぶやきながら、まるでこの場に来るのが当然だったかのように腕を組んでいたのは、まさに脳裏に思い浮かべていた人物——彩花だった。

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