風邪をひいたら、抱きついてきた

 朝から喉の奥が少し痛かった。熱っぽさもある。


 ……が、それくらいで休むのも面倒だ。どうせ一日寝てれば治る。そう判断して、私はいつも通り学校へ向かった。


 ……が、無理だった。


 昼休み、机に突っ伏して動けなくなった私の元に、案の定、アイツが気づく。


「律!? ちょっと、大丈夫!? いや、大丈夫じゃないよね、顔めっちゃ青い!! なんかこう……マンガのキャラみたいに青ざめてる!?」


「……そうか」


「えっ!? いや、そうかじゃなくて!? これ、もうやばいって! 風邪!? インフル!? それともなんかもっと重い病気!? 落ち着け、でも律が重い病気になったら私どうしよう、えっ、私が面倒みる? いやいや、まずは病院? どこの病院? えっ、家族には連絡したほうがいい? いやその前に体温計、体温計持ってる? 持ってない? じゃあ私が測る、っていうかもう保健室連れてく!!」


「いや、大丈夫」


「大丈夫じゃないでしょ!? えっ、まさかの自己判断? そういうところだよ律! 自分のことをもっと大事にしないとダメって、前にも言ったよね!? ちゃんと寝てる!? 栄養取ってる!? 湿度は!? 湿度管理してる!? もしかしてお風呂上がりに髪乾かさないまま寝てる!? ねえ律!! そういうところ!!」


「……落ち着け」


 私は極力感情を抑えて、淡々と返事をする。

 だが、千紘は聞く耳を持たず、勢いのまま私の腕を引っ張った。


「ほら、立って、保健室行くよ!」

「一人で行ける」

「行かせない」

「……いや」

「ダメ!」


 きっぱりと言い切ると、千紘は私の腕を持ち上げ、そのまま肩を貸してきた。


「な……目立つ」

「気にしない」

「いや……」

「いいから!」


 結局、私は千紘に半ば強引に支えられながら、保健室まで連行された。



 ベッドに座らされ、体温計を渡される。


「ちゃんと測ってね!」

「ああ」


 千紘は私の隣に立ったまま、じっとこちらを見つめている。心配そうな顔だが、その視線がじりじりとプレッシャーをかけてくる。


 ピピッ、と体温計が鳴る。


「……三十七度」

「やっぱり熱あるじゃん!」

「微熱だろ」

「ダメ! もう、絶対安静!」

「いや、だから」


「律がしんどいのに何もしないなんて、そんなの耐えられない……!」


 次の瞬間、千紘が私に抱きついてきた。


 状況確認。

 私はベッドに座っている。千紘は目の前に立ったまま、私をぎゅっと抱きしめている。


 ……いや、顔。


 顔が!


 顔が、完全に、千紘の、おっぱいに、埋まっている。

 

 視界は真っ白だった、いや、違う、千紘の制服の生地がすぐ目の前に広がっている、近すぎて何も見えない、温かい、温かいっていうか、ふわふわしてる、ふわふわっていうか、吸い込まれそうなくらい柔らかい! ほんのり甘い香りが鼻をくすぐる、柔軟剤の香りか、それとも千紘自身の匂いか、これは……ダメだ、お前、どこに押し付けてると思ってる?? 柔らかい、温かい、弾力がある、密着度が異常に高い、いやちょっと待って、柔らかすぎないか?? これ、完全に千紘の胸が私の顔を包み込んでる!? 待て待て待て待て待て待て!! いやいやいやいやいや、何これ何これ何これ何これ!! 今、千紘のおっぱいに顔を包まれてるってこと?? いやいやいやいやいやいやいやいやいや! 柔らかい!! えっ、ちょっと待って、待って、柔らかい。めちゃくちゃ柔らかい。なのに弾力があって、適度な張りがあって、肌に吸い付くような感触があって、包み込むような優しい圧迫感があって、いやこれ、やばい、やばいやばいやばい、やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい!! 顔、完全に埋まってる!! いや、だめ、これ、ほんとやばい。心臓が壊れそうなくらい早くなってる。いや、違う、壊れた。完全にぶっ壊れた。呼吸が乱れる。背筋がざわつく。熱が頭に上る。 これ、どうすればいい!? いや、どうしようもない!! 私にはもう耐えるしかない! やばい、頭が真っ白になる。心臓が爆発しそうなほど速くなっている。いや、もう爆発した方が楽なのでは!? 違う、だめだ、私はクールな女でいなければ!! もう無理だ!! これは無理!!!!


「……千紘、離れろ」

「えっ、でも律が心配で……」

「いいから、離れろ」

「……そっか、ごめんね」


 千紘がゆっくりと離れていく。


 ……が、もはや手遅れだった。

 私の心はすでに崩壊していた。


 視界がぼんやりしているのは、熱のせいか、それともさっきの衝撃のせいか。いや、これは絶対に後者だろ。


 また負けた。

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