第6章『影からの追跡者』

 朝焼けが山々を染め始めた頃、グレイマウンテンの南門からレオたちの一行が出発した。

 バルゴが加わり、五人となった彼らは、より活気に満ちているように見えた。


「南への道は最初こそ安全だが、ブラックリッジを越えたあたりからは注意が必要だ」


 バルゴは経験豊かな声で忠告した。彼は短躯ながらも力強い足取りで仲間と並んで歩いていた。

 腰には大きな鉄槌と工具袋を下げ、背中には小さな鍛冶道具セットを背負っている。


「黒狼の縄張りは、どこから始まるんだ?」


 ゼオンが尋ねる。


「サザンクロス渓谷あたりからだな。そこまでは四日ほどかかる」


 レオは周囲の景色を眺めていた。

 グレイマウンテンを離れると、風景は徐々に変化し始め、岩肌の多い地形から、緩やかな丘陵地帯へと移り変わっていった。

 道の両側には時折、旧文明の遺構と思われる金属の残骸や、半ば埋もれた建造物が見えることもあった。

 

 レオはフィンに話しかける。

 

「この世界の歴史がすごく気になります。大崩壊からどうやって現在の文明を築いたんでしょう?」


 フィンは嬉しそうに微笑んだ。

 彼は歩きながらも、まるで学者のように流暢に説明を始めた。


「大崩壊後、生き残った人類は小さな集落を形成することから始めました。最初の数百年は混乱の時代で、多くの知識が失われましたが、いくつかの共同体が旧文明の記録を保存していたんです」


 フィンは熱心に手振りを交えながら続ける。


「特にエルフ族は長寿であったため、世代を超えて知識を継承できました。約500年前、現在のポストテラ暦が制定され、新たな文明の基礎が築かれたのです」


 レオは興味深く聞いていた。

 彼の世界の未来としての歴史を知ることは、奇妙な感覚だった。


「でも、なぜ旧文明の技術をそのまま復興させなかったんですか?」


 今度はバルゴが答える。


「危険だからさ。旧文明の多くの技術は、大崩壊の原因となったものだ。無闇に手を出せば、再び世界を破滅させかねない」


 エリーシアが静かに続ける。


「それに、私たちが理解できるのは、旧文明の知識のごく一部に過ぎません。断片的な情報から全体を復元するのは、とても難しいことです」


 レオは黙って頷いた。

 これが彼の知る文明の行く末だとしたら、現代の技術がどれほど危うい均衡の上に成り立っているのか、考えさせられた。


 ◇


 その日の夕方、レオたちは乾いた土の匂いを含んだ穏やかな風を感じながら、街道沿いに連なる木々の陰を抜け、小さな宿場町――ウィロータウンへと足を踏み入れた。

 町並みは想像以上に活気に満ち、荷車を押す商人や畑仕事帰りの農民が行き交うたびに、軽やかなざわめきが広がっていく。


「ここで一泊しよう」

 

 ゼオンが提案した。

 

「明日からは人里離れた地域に入るからな」


 レオたちは通りの片隅に立つ木造の宿屋「風見鶏亭」に落ち着いた。

 外観こそ質素だったが、扉を開けると夕餉の香ばしい匂いと、ほんのりと漂う木の温もりが迎えてくれる。

 部屋は決して広くはないものの、きちんと掃除が行き届き、ベッドにはふかふかの毛布が用意されていた。


「遺跡についての情報は集まったのか?」


 夕食の席で、ゼオンがフィンに尋ねた。

 フィンは薄く埃をかぶった古い羊皮紙を、携えていた鞄から慎重に取り出す。

 レオの目にもそれはずいぶん年代物に見えた。

 羊皮紙には独特の古いインクのにおいが染みついている。


「グレイマウンテンの図書館で見つけたものです。サザンクロス渓谷の先にある『アークライト遺跡』の記録です」


 彼が広げる地図には複雑な迷路のような線が踊り、まるで古の謎を解き明かすようにレオの視線を引きつけた。


「ここが中央部、おそらく『次元転移装置』があるとされる場所です」


 フィンは中心部を指さす。


「ただし、この地図は数百年前のもので、現在の状態とは異なる可能性があります」

「黒狼はどこに拠点を?」

 

 レオが尋ねると、フィンは地図の端を指でなぞった。


「噂では遺跡の外部区画を占拠しているとのことです」

 

 フィンは答えながら、少し眉をひそめる。


「ただ、彼らは常に移動しているので、正確な位置は不明です」

「シグルドとはどんな男なんです?」

 

 レオはその名が気になり、さらに問いかけた。

 すると、テーブルの空気がわずかに重くなったのを感じる。

 ゼオンの目には挑むような光が宿っていた。


「残忍で狡猾な男だ」

 

 彼は低い声で言い、かつての記憶を思い出すかのように視線を落とす。

 

「旧文明の武器を求めて、多くの村や隊商を襲っている。私は一度だけ遭遇したことがある。あの目……忘れられない」

「旧文明の遺物コレクターとしても知られています」

 

 フィンが言葉を継ぐ。


「特に武器に執着しているようです」

「そして、ブラックサーベルを持っているのね」

 

 エリーシアが静かに言葉を落とすと、レオは自分の腰に吊るしたビームサーベルへ無意識に手を添えた。

 対をなす武器――そう思うだけで、胸の奥がひりつくような感覚が走る。


「気をつけろ」

 

 バルゴが真剣な表情で言う。

 

「奴が持つブラックサーベルは闇の力を宿すという。使う者の精神を蝕むとも言われている」


 レオは掌に汗がにじむのを感じながら、不安げに口を開く。

 

「僕のビームサーベルも……そうなるんでしょうか?」


 バルゴは低く唸るように一瞬考え込んだが、やがて静かに首を振った。

 

「そうは思わん。お前のビームサーベルは『光』の武器だ。だが、どんな力も使い方次第だということを忘れるな」

「レオさんなら大丈夫です。あなたは決して力に溺れる人ではないと思います」

 

 エリーシアの穏やかな微笑みは、レオの胸を少しだけ軽くしてくれる。

 とはいえ、ビームサーベルに潜む力を自分が本当に制御できるのか――その疑問は、まだ心の奥にくすぶり続けていた。


 その夜、レオはなかなか寝付けず宿の裏庭へ出た。

 月がまばゆい銀色の光を地面に落とし、夜風が乾いた肌をそっと冷やしていく。

 彼はビームサーベルを取り出し、その輪郭を月光の下でじっと見つめた。

 強化後の刀身には、以前にはなかった微細な文様が浮かび上がっているように感じられる。


「眠れないのですか?」


 控えめな声に振り返ると、エリーシアが淡い月明かりのなかで佇んでいた。

 光を受けて輝く金髪は、レオにとって見慣れないほど神秘的に映る。


「ええ、少し考え事を」

 

 レオは隠すことなく正直に答えた。


 彼女がそっと隣に寄り添うと、空気がやわらかくなるようだった。

 

「ビームサーベルのことを考えているんですね」

「この力をどう使うべきか……」


 レオはぼんやりと刃を見下ろす。


「正直、少し怖いんです。この武器の本当の力が目覚めたとき、僕はそれを制御できるのか」


 エリーシアは月光を受けながら、穏やかな視線でレオを見つめる。

 

「あなたが怖がるのは当然です。強大な力は責任を伴いますから」


 彼女は自分のペンダントをそっと握りしめる。

 そこからは微かな光と、金属が触れ合う柔らかな音がした。

 

「私も同じような恐れを持っています。王女として、私の決断が多くの人々の運命を左右することがあります」


 いつも気丈に振る舞う彼女の口から出た『恐れ』という言葉に、レオは意外な気持ちを抱いた。

 しかし、その表情には確かな覚悟の色も見える。


「でも、怖いからこそ、私たちは慎重になれるのだと思います。力に溺れず、それを正しく使うための自制心が生まれるのです」


 エリーシアの声は静かだが、胸に染み入るように響く。


「自制心……」

 

 レオはその言葉を小さく繰り返し、胸の内側に刻むように味わった。


「私があなたを信頼しているのは、あなたがその力を恐れているからです」

 

 彼女の微笑みは優しく、どこか懐かしい温かさを帯びていた。

 

「恐れを知らない者こそ、本当に危険なのです」


 レオはその言葉に力づけられ、不意に心が軽くなる。


「ありがとう、エリーシア」


 敬称を外した呼び方に、彼女は少しだけ驚いた表情を見せたものの、すぐに優しい笑みで応えた。


「力を制御する訓練をしてみませんか?」

 

 彼女はそう提案しながら、自分の杖をそっと示す。

 

「私にも魔法がありますから、お互いに練習相手になれます」

「本当に?」

「はい、明日の行程が始まる前の朝早くに」


 レオはその申し出に力強く頷いた。

 

「ありがとう。ぜひ!」


 月明かりの下、二人はしばらく黙って夜空を仰ぐ。

 隣に立つエリーシアの存在が、レオの不安を不思議と和らげ、夜の静寂が心地よいものに思えてくるのだった。


 ◇


 朝焼けがまだ薄紅色の空を染める頃、レオとエリーシアは宿の裏手にある小さな空き地で顔を合わせた。

 露を含んだ草が足元を濡らし、微かな霧が地面を覆っている。

 エリーシアは手に持った小さな杖を軽く振り、レオはビームサーベルを握り直した。


「まず、呼吸を整えることから始めましょう」


 エリーシアは静かに声をかける。


「力は自分の内側から湧き上がるもの。心と体のバランスが重要です」


 レオは彼女の指示に従い、深く息を吸い込んだ。

 冷たい朝の空気が肺に入り、少しずつ意識が冴えていく。

 まわりの草の香りや小鳥の鳴き声が、いつもよりも鮮明に耳に届いた。


「ビームサーベルを手に取り、その感触に集中してください」


 刃を握った瞬間、金属の冷たさが手のひらを刺激する。

 けれど今は、それだけではない。

 まるで刃の内部に小さな鼓動があるようで、レオは自分の心拍と重なる何かを感じた。


「スイッチを入れてみてください」


 ――ズゥン……ッ!


 青白い光刃が伸びると同時に、レオの腕にはかすかな振動が伝わってくる。

 以前よりも、その輝きが鮮明で手になじむような感覚があった。

 エリーシアは微笑む。

 

「今度は、力の流れをコントロールしてみましょう。強すぎず、弱すぎず……」


 彼女が杖の先端に小さな青い光球を生み出すと、その柔らかな光が朝の霧を揺らした。

 レオはそれを見ながら、ビームサーベルの光刃の強弱を意識的に調整し始める。

 最初は不安定だったが、次第に刃の輝きを緩やかに変化させられるようになった。


「よくできました。制御できていますね」


 エリーシアはうれしそうに声を上げる。

 レオは自然と肩の力が抜け、視界が開けるような気がした。

 訓練はその後も続き、彼女の光球をビームサーベルで正確に断ち切るなど、細かな操作を要求される場面もあったが、レオは不思議なほど集中力を保てていた。


「かなり上達しましたね。何より、あなた自身がビームサーベルを恐れずに使えるようになってきています」


 エリーシアは息を整えながら感想を述べる。

 レオは刃を収め、彼女の方へ笑顔を向けた。

 

「ありがとう、エリーシア。本当に助かった」


 彼女も満足そうに微笑む。


「明日からも続けましょう。旅の途中でも、少しずつ訓練を」


 ◇

 

 それから二日、レオたちはウィロータウンを後にして広大な草原を突き進んだ。

 黄金色の草が風に揺れ、地平線の向こうには朽ちた旧文明の建造物が影のように浮かぶ。

 毎朝行うレオとエリーシアの訓練には、時折ゼオンも加わり、実戦的なアドバイスが得られた。

 バルゴは刃の調整を続け、フィンは古文献から武器の使い方に関する追加の知識を提供してくれた。


「明日にはブラックリッジに到着する。そこからは警戒が必要だ」


 夕食のシチューを囲む焚き火の輪で、ゼオンは鋭い表情を浮かべる。

 バルゴが低く頷いた。

 

「ブラックリッジを越えると、もう黒狼の領域に近い。交替で見張りを立てるべきだな」

「私が最初の見張りを引き受けます。エルフは暗闇でも見える目を持っていますから」

 

 フィンが進んで名乗り出る。

 レオは腹ごしらえをしつつ、翌日に向けて思考を巡らせた。

 危険が迫っているという実感が、胸にじわじわ広がる。

 それでも仲間たちの頼もしさを思うと、不安の中に少しの安心を見出せる気がした。


 夜半、レオの番が来て焚き火のそばに座る頃には、月が草原を銀色の海のように照らしていた。

 風が草を揺らす音だけが遠くから伝わり、まるでこの場に自分だけが取り残されたような静けさが広がる。

 そんな中、視界の端にかすかな動きが映った気がして、レオは身をこわばらせた。


「何か問題でも?」


 振り向くと、ゼオンが起きて武器を手にそっと近づいてくる。

 レオは遠くの暗闇を指さして、小さく首をかしげた。


「いいえ……ただ、何か見えたような気がして。たぶん気のせいです」


 ゼオンは街道を見渡す眼差しをさらに鋭くして、静かに口を開く。

 

「気のせいではないかもしれん。この辺りでは何が起きても不思議ではない」


 やがて、また草の波が揺れた先に、人の形をした影が動いた。

 背筋をぞくりとする恐怖が走る。


「あれは……黒狼の斥候かもしれん」


 レオは声を潜めて呟く。

 ゼオンは低く言い放つ。

 

「明かりを消せ」


 レオたちは素早く焚き火を消し、他の仲間を静かに起こして警戒態勢を整えた。

 夜の暗さが増すにつれ、緊張は肌に貼りつくように重く感じられる。


「エルフの目で見えますか?」


 レオはフィンに尋ねた。

 フィンは夜目に慣れた瞳で、遠くをじっと見つめる。

 

「三人……いや、四人の人影です。こちらを観察しているようです」

「襲ってくる気配はあるか?」


 バルゴの声が低く響く。


「今のところは様子見のようです。 だが、明らかに我々を追っています」

 

 フィンは目を凝らしながら答える。

 エリーシアが静かに吐息をつく。

 

「シグルドの部下でしょうか」


 ゼオンが険しい面持ちで頷いた。


「可能性は高い。奴らは自分たちの領域に近づく者を常に監視している」

「どうしましょう?」

 

 レオはゼオンの横顔を見つめ、問いかける。


「今夜は全員で交替して見張りを続ける。明日は警戒を強めて進み、奴らが本格的に動き出す前に、できるだけブラックリッジを越えたい」


 ゼオンが短く決断を下す。

 気持ちがざわついたまま、レオたちはどうにか夜をやり過ごした。


 ◇


 翌朝、夜明けとともに急いで出発すると、やがて視界の先に鋭く尖った岩肌が連なる山脈、ブラックリッジが姿を現し始めた。 

 山々は黒い牙のように天を裂くようにそびえ立ち、見る者に圧迫感を与える。


「あれがブラックリッジか……」


 レオは呟き、山の厳つい姿に目を凝らす。

 バルゴが「ああ」と頷き、険しい岩壁を見やる。

 

「あの山脈を越えれば、サザンクロス渓谷だ。そしてその先に、アークライト遺跡がある」


 背後では、彼らを追う視線の気配が途切れずに続いていた。

 まだ大きな動きはないものの、それが不気味な静けさを伴ってレオの神経を刺激する。


「なぜ襲ってこないんだ?」

 

 レオは警戒心を抑えきれず、ゼオンに尋ねる。


「奴らは我々の目的を探っているのだろう。それに、我々の戦力も見極めている」


 ゼオンはその冷やかな視線を遠くの草原へ投げかける。

 フィンは地図をしまいながら、静かに付け加える。

 

「情報収集ですね。特に、レオさんのビームサーベルに興味があるのでしょう」


 レオは思わず言葉をのみ込む。

 自分の持つ力が、敵を引き寄せているのだという実感が嫌でも重みとなってのしかかった。


「心配するな。我々五人がいる。一人で戦う必要はない」


 バルゴが力強い声で言った。

 エリーシアも続けて微笑む。

 

「私たちはチームです。一緒に乗り越えましょう」


 仲間たちの言葉を噛みしめ、レオは視線を前に戻す。

 あのブラックリッジの向こうには、どんな試練が待ち受けているのか――。

 しかし、誰もがこの先にある運命を回避するわけにはいかない。

 心に決意を抱き、レオは靴裏で大地をしっかりと踏み締めた。


 ◇

 

 一方、見渡す限りの草原が広がる数キロ先の丘では、黒い装束をまとった四人の男たちがレオたちを観察していた。

 乾いた風が彼らのマントを揺らし、遠くからは草がさざ波を立てる音が聞こえる。


「間違いない。あの男が持っているのはフォトンブレードだ」


 一人が低い声で言った。


「シグルド様に報告するぞ。あのフォトンブレードこそ、主が求めている最後のピースかもしれない」


 別の男が焦るように声を上げる。

 すると、彼らの背後に黒い鎧をまとった長身の男が姿を現す。

 腰に佩くのは紫黒の光をたたえた刀。

 威圧感に満ちたその存在は、周囲の空気を張り詰めさせるかのようだった。


「報告はいらない。私が直接、確かめよう」


 冷徹な響きを宿す声が、風に乗って届く。

 シグルドと呼ばれるその男は、僅かに笑みを浮かべながら、遠方にいるレオたちを見据えた。

 まるで獲物を捕捉した捕食者のような紫の瞳は、欲望と狡猾さを内包している。


「フォトンブレード……ついに見つけたぞ」


 低い声で呟きながら、その口元に楽しげな嗤いを浮かべる。

 彼の刀が紫黒く不気味に輝きを放ち、風が一気に冷たさを帯びる。遠くで燃えるような朝焼けが、その漆黒の鎧を際立たせていた。

 

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