第5章『鍛冶師バルゴ』

 南へと続く街道を五日間進んだ一行は、ようやく目的地の手前まで来ていた。

 辺りの風景が徐々に変わり、なだらかな丘陵地帯から岩肌の目立つ山岳地帯へと移り変わっていた。


「あれがグレイマウンテンだ」


 ゼオンが指さす先に、岩山に埋め込まれたような巨大な都市が見えてきた。

 灰色の岩壁に沿って幾層にも連なる建物群は、まさに山そのものを彫り上げたかのようだった。

 城壁と見まごうばかりの岩の要塞からは、無数の煙突が立ち並び、白い煙を空へと吐き出していた。


 フィンが説明を始める。


「グレイマウンテンはドワーフ族最大の都市で、鍛冶と鉱業の中心地です。旧文明の金属技術を継承し、発展させてきました」


 エリーシアは首元のペンダントを軽く撫でながら言った。


「私は父と一度だけ来たことがあります。でも子供の頃でしたから、ほとんど覚えていませんけど」


 彼らが都市に近づくにつれ、道はより整備され、行き交う人々も増えていった。

 馬車や荷車が忙しく往来し、中には珍しい鉱石や金属製品を満載した商人の姿も見える。


 都市の入口には巨大な石門があり、その上部には『鋼の民の都、グレイマウンテン』と刻まれていた。

 門の両脇には立派な鎧を着けたドワーフの衛兵が立っている。

 彼らの腰には斧と短剣が下げられ、重装甲の下から筋肉質な腕が覗いていた。


 門番の一人が低い声で尋ねる。


「旅の目的は?」

「グレイマウンテンで装備の調達と情報収集です。」


 エリーシアが前に出て答えた。


「私はアストレア王国のエリーシア・リュミエール」

 

 門番は一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに姿勢を正した。


「王女様、ようこそ。どうぞお通りください」


 門をくぐると、彼らの目の前に活気あふれる都市が広がった。

 通りには石造りの建物が立ち並び、あちこちから金槌の音や鍛冶の熱気が感じられる。

 空気は金属の匂いと熱気で満ちていた。


 ゼオンが提案する。


「まずは宿を確保しよう。それから情報集めだ」


 彼らは「赤鉄亭」という宿屋に部屋を取った。

 石造りの堅牢な建物で、内部は意外にも居心地が良く整えられていた。


 荷物を置いた後、四人は都市の情報を集めるため、それぞれの方向へ散った。

 エリーシアとゼオンは地元の商人たちから情報を、フィンは図書館で調査を、そしてレオは鍛冶職人の区画を訪れることにした。


 ゼオンはレオに助言する。


「ビームサーベルのことを知る人がいるかもしれないからな。ただし、むやみに見せるな。怪しまれるぞ」


 レオは頷き、鍛冶職人の区画へと向かった。

 そこは「鋼の炉」と呼ばれる一角で、無数の工房が軒を連ねていた。

 空気は熱く、金床を打つ音が絶え間なく響いていた。


 レオは何軒かの工房を訪ね、慎重に質問を重ねていった。

 多くの職人はビームサーベルについて知らなかったが、数人は「光る剣」の噂を聞いたことがあると言った。

 そして、最後に訪れた古びた工房で、レオは重要な情報を得た。


「光る剣? それならバルゴに聞くといい。奴は旧文明の武器についても詳しいんでな」

「バルゴ? どこにいるんですか?」

「西区画の端、煙突が三本ある工房だ。だが気をつけろ。あいつは気難しい上に、最近は客も取らんと聞く」


 礼を言って、レオは西区画へと向かった。

 そこはやや寂れた雰囲気で、人通りも少なかった。


 しばらく歩くと、三本の煙突を持つ古い工房が見えてきた。

 扉は閉じられていたが、中からは鍛冶の音が聞こえてきた。


 レオは緊張しながらドアをノックすると、中から怒鳴るような声が返ってきた。


「誰だ! 客は取らん!帰れ!」

「すみません、バルゴさんですか? 光る剣について聞きたいことがあるんです」


 一瞬の沈黙の後、重い足音が近づき、扉が勢いよく開いた。

 そこに立っていたのは、身長が130cmほどの筋肉質なドワーフだった。

 

 赤褐色の髪と髭は部分的に灰色が混じり、三つ編みにして後ろで束ねられていた。

 濃い茶色の眼には鋭い視線が宿り、額や腕には小さな火傷の痕が複数見られた。

 厚手の革製エプロンは使い込まれた様子で、腰のベルトには様々な工具が下げられていた。


 バルゴは上から下までレオを観察する。


「何だ、お前は? 旅人か?何の用だ?」

「はい、黒崎玲央と言います。レオと呼んでください。光る剣、『ビームサーベル』について知りたくて」


 バルゴの目が鋭く光った。


「ビームサーベル? そんな名前、どこで聞いた?」


 レオは言葉を選び、慎重に続ける。


「実は……僕が持っているんです」


 「何?」とバルゴは大きな声を出し、レオを工房の中に引き込んだ。

 扉を閉めると、彼はレオをじっと見据えた。


「本当のことを言え。どこで手に入れた?」


 レオは状況を説明した。

 異世界からの転移、ビームサーベルとの出会い、そして南方の遺跡に向かう計画まで。

 バルゴは腕を組んで黙って聞いていたが、その表情は次第に興味深そうに変わっていった。


「証拠を見せろ」


 レオは周囲を確認してから、ビームサーベルを取り出し、スイッチを入れた。

 青白い光の刃が現れると、バルゴの目が驚きと興奮で見開かれた。


「まさか……本物のフォトンブレードか……」

「フォトンブレード?」

「それが本来の名だ。旧文明最後の日々に作られた特殊兵器だ。噂では、特別な血筋の者しか使えないとされている」


 レオはビームサーベルを収め、バルゴの反応に安堵した。


「詳しいんですね」

「50年近く、旧文明の武器を研究してきたからな。だが、実物を見るのは初めてだ」


 彼は工房の奥へと歩き、レオに続くよう手招きした。

 奥の部屋に入ると、壁には様々な古い武器や図面が飾られていた。


「これらは全て、長年かけて集めた旧文明の武器の複製や残骸だ」


 彼は棚から古い巻物を取り出し、テーブルに広げた。

 そこには、ビームサーベルによく似た装置の図面が描かれていた。


「この武器は単なる剣ではない。使い手の生体エネルギーと共鳴し、進化する武器だ。お前の血には、それを活性化できる何かがある」

「進化する?」

「そうだ。使い手の成長と共に、新たな能力を開放していくんだ」


 バルゴは図面の一部を指さした。


「この部分を見ろ。『フォトンバースト』『エクシードフォトン』といった記述がある。これらは特殊スキルの名前だろう」


 レオは図面をじっくりと見つめた。

 確かにビームサーベルによく似ているが、細部に違いがあった。


「バルゴさん、このビームサーベルを強化することはできますか?」


 バルゴは腕を組み、深く考え込んだ。


「難しいな……通常の武器とは構造が違う。だが、外装部分の強化なら可能かもしれん」


 彼は突然、レオの顔を鋭く見つめた。


「だが、なぜ私に頼む? この街には優れた鍛冶師が大勢いるぞ」

「あなたが旧文明の武器に最も詳しいと聞いたからです。それに……」


 彼は少し躊躇った後、続けた。


「直感です。あなたなら信頼できると感じたんです」


 バルゴは鼻を鳴らしたが、その表情は少し柔らかくなった。


「フン、お世辞は効かんぞ」


 彼はしばらく黙考した後、決心したように頷いた。


「わかった。試してみよう。だが条件がある」

「何でしょう?」

「その武器の秘密と、お前がどうやってそれを使いこなしているかを教えろ。そして、お前たちの旅の真の目的も知りたい」


 レオは仲間たちとの約束を思い出したが、バルゴの知識が必要だと判断した。


「わかりました。ただ、仲間たちにも会ってもらえますか? 彼らも含めた話し合いがいいと思います」

「よかろう。今夜、ここに連れてこい」


 ◇


 その夜、レオは仲間たちをバルゴの工房に案内した。

 初対面のバルゴは警戒心を隠さなかったが、エリーシアの王女としての気品ある態度、ゼオンの率直さ、そしてフィンの知識に次第に心を開いていった。


 特にフィンとは旧文明の話題で盛り上がり、ゼオンとは武器談義に花を咲かせた。

 エリーシアがバルゴに語りかける優しい言葉に、頑固なドワーフの表情は次第に和らいでいった。


「南方の大遺跡か。危険な場所だぞ。黒狼の縄張りだ」

「知っています。でも、行かなければならない理由があるんです」

 

 エリーシアは静かに言った。

 バルゴは深く考え込み、やがて決意を固めたように立ち上がった。


「よし、決めた。私も一緒に行く」


 全員が驚いた表情を見せる中、バルゴは続けた。


「このフォトンブレードの研究は、私の長年の夢だった。それに……」


 彼は少し言いよどんだ。


「南方には、私にも決着をつけねばならぬことがある」

「決着?」


 フィンが興味深そうに尋ねる。


「20年前、私の工房で火災があった。弟子を失い、自分も大怪我をした」


 バルゴは右腕の火傷痕をなでる。


「その原因は、南方から持ち込まれた旧文明の装置だった。私はそれが何なのか、今でも知りたいんだ」


 レオはバルゴの眼に宿る決意を見て、彼の申し出に感謝した。


「ありがとうございます。一緒に行けるなら心強いです」


 ゼオンは少し躊躇いを見せたが、最終的に頷いた。


「ベテランの鍛冶師は旅に有益だろう。歓迎する」

「私も賛成です。バルゴさんの知識は貴重です」


 フィンは笑顔で言った。

 エリーシアも優雅に頷く。


「バルゴさん、ご一緒できて嬉しいです」


 計画は翌日から始まった。

 バルゴはビームサーベルの外装部分の強化作業に取り掛かり、レオはその間、彼の助手として働いた。

 熱い炉の前で金属を打ち、冷却し、また打つ……その単調だが集中を要する作業は、レオの内面を鍛えるようだった。


 同時に、フィンは地元の図書館で南方の遺跡に関する情報を収集し、ゼオンは黒狼についての噂を集めていた。

 エリーシアは地元の有力者と会談し、旅の許可を取り付けていた。


 ◇


 三日目の夕方、バルゴは満足げな表情で作業を終えた。


「完成だ。柄の部分を強化し、結晶の配置も最適化した。これで光刃の安定性が高まるはずだ」


 レオは改良されたビームサーベルを受け取った。

 重さは変わらないが、握った感触に確かな違いがあった。

 より手に馴染み、力が伝わりやすくなったような感覚だ。


 バルゴは工房の裏にある練習場へとレオを案内する。


「試してみろ」


 レオはスイッチを入れる。


『ズゥン……ッ!』


 青白い光刃が現れたが、以前よりも鮮やかに、安定して輝いているように感じられた。


「すごい……光の色が少し変わりました。そして、手の感触も……力が流れやすくなった気がします」


 バルゴは満足げに頷いた。


「旧文明の結晶の配置を調整したからな。お前の生体エネルギーとの同調率が上がったんだ」


 レオは試しに剣を振るってみた。

 空気を切る音が以前より澄んでいて、光の軌跡もより美しく見えた。


「バルゴさん、本当にありがとうございます」

「気にするな」


 バルゴは照れたように髭をいじった。


「職人冥利に尽きるってもんだ」


 その夜、五人は「赤鉄亭」で旅の計画を最終確認した。

 出発は二日後、必要な装備と食料はすべて整った。


 宿の食堂で彼らは祝杯を上げた。

 ゼオンとバルゴはエールを豪快に飲み、フィンはハーブワインを口にし、エリーシアとレオはフルーツジュースで乾杯した。

 ゼオンがレオに話しかける。


「なぁ、旅人。異世界では、どんな生活をしていたんだ?」


 レオは現代日本での大学生活や研究のことを話した。

 電気や自動車、インターネットといった概念は、この世界の人々には驚きだったようだ。


「でも、それが崩壊したということですね……」


 エリーシアは物思いにふけるように言った。

 重い空気が流れたが、バルゴが大きな声で笑った。


「何を暗い顔をしている! この旅を成功させ、新たな道を切り開こうじゃないか!」


 彼の率直な言葉に、全員の表情が明るくなった。

 エリーシアは微笑む。


「そうですね。過去から学び、未来を創る。それが私たちの役目です」


 ゼオンが杯を上げた。

 

「新しい仲間のために!」


 フィンも続く。


「新しい冒険のために!」

「そして、新しい絆のために」


 ゼオンが杯を上げた。


 五人は杯を合わせ、これからの旅路への決意を新たにした。

 外では満天の星が、彼らの旅を見守るように輝いていた。

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