第30話 心から好きな女の子

 反射的に手が出ていた。


 俺のことをバカにするのはいいし、喧嘩を売るのも構わない。


 でも、琴璃ちゃんのことを嘲笑うのだけは許せなかったのだ。


「……ってぇ……! てめぇ……まさかいきなり殴ってくるとは思ってなかったよ……!」


 尻餅をつき、目の前で立ち尽くす俺を見上げながら、花館は言ってくる。


「あーあ、これでタダじゃ済まなくなったな。舐めた奴だとは思ってたが、別に俺はお前のことを目の敵にしようとは考えてなかったんだ。残念だよ」


 くっくっ、と不敵な笑みを浮かべ、俺を真っ直ぐ見据えてくる花館。


 俺たちの周りはザワつき、ヒソヒソと友人同士で囁き合っている声が聴こえる。


『アイツ、ヤバいのに手出したな』


 そんな声が一際印象的に耳に入ってきた。


 どうやらこの学校で花館作間は危険人物扱いされているらしい。


 ただまあ、それも察せるところではあった。


 琴璃ちゃんのみならず、水鏡や美海果にも手をかけようとしている奴だ。欲しいものを手に入れるためならどんなことでもする。


 それは、コイツを見ていればやりかねないことだし、そういった側面から恐れられているのも充分わかる。


 面倒な仲間も多いだろう。


 だとしても、俺はコイツを前にして引き下がることなどできなかった。


 コイツをどうにかして、琴璃ちゃんのために動く。


 それが俺の転生してきた意味だろう、と。そう思うからだ。


「ふ、船見……君……」


 やってしまった。


 そんな風に思っているような目で俺のことを見つめる沙羅。


 だが、俺としては後悔なんて無い。


 今日は隠れながら花館のことを観察して、それから段階ごとに奴へ近づく予定だったが、すべてすっ飛ばしてもいい。


 こうしてハッキリと琴璃ちゃんを蔑んでくれるんだ。


 今ここで俺の思いをぶつけてやってもいいくらいだろう。


「……おい、花館作間? お前にちょっとした秘密、教えてやるよ」


「秘密? そんなの別にいらねぇよ。俺のこと殴ったんだし、それ相応の仕返しをするって決めたからな」


 残念ながら、と。


 冷酷な目で俺を見つめながらそう言う花館。


 だが、俺はそこで止まらない。


 あくまでも自分の言いたいことを貫く。


「俺は、琴璃ちゃん、如月琴璃のことが好きなんだ」


 突然どうしたのか。


 場がそんな思いに包まれて、沙羅は固まって俺を見つめ、花館も一瞬でも表情を固めるも、すぐに鼻で笑った。


 そんなの聞くよりも明らかだ、と。


「だからなぁ、俺はますます如月琴璃に興味が湧いてきたよ。あいつに近付けば近付くほど、お前はこの世の終わりみたいな顔するんだろ? わざわざありがとうな、そんなこと教えてくれて」


 傍にいた沙羅が強い口調で花館へ返す。


 どうしてそんな酷いことができるのか、と。


 迫真の思いだった。


 彼女は言葉を紡ぎながら、胸の前で両手を握り合わせ、瞳を潤ませながら続ける。


「花館君が美海果のことが好きなのはわかる……! 恭介の恋人だけど、人が人のことを好きになるのは仕方ないから……! だから、それは悪くない……! 悪くないけど……どうしてそういうやり方しかできないの……!?」


 沙羅の言葉を受けて、花館は誤魔化すような物言いで返してきた。


 さあな、と。


 表情は嘲笑うような、俺たちを小馬鹿にするような微笑を浮かべながら。


「そんなことしても……美海果はあなたのことを好きになったりはしないよ……? むしろ嫌われるだけ……」


「……嫌われる、か。そもそも好かれてもないだろうし、そんなのあんま関係ないけどな」


 口を挟まずにはいられなかった。


 俺は、「関係なくはないだろ」と花館へ言葉を投げる。


「世の中、何が起こるかわからん。水鏡と寿が不仲になって、お前が彼女の株を上げてたら、それこそワンチャンってパターンもあり得る」


 花館は俺を見つめ、癖のように鼻で笑ってきた。


「大人しくそれを待っとけってことか。何もせず、何も行動なんて起こさず」


「別になにもせず、ってわけでもない。浮気にならない程度に接点持っとけばいい話だ」


 チッ、と花館は舌打ちをする。


 そして、わずかに声を荒らげて俺を睨んできた。


「おもしれぇ話だな。なら、俺は負け犬に徹しとけって話かよ? アホみたいに女囲ってるあいつを見ながら、ゲームのモブキャラみてーに指咥えとけってか!?」


 言って、自らの口元を反射的に抑える花館。


 ゲームのモブキャラ。


 まさか奴からそんな言葉が出てくるとは思わなかった。


 奴自身もそんなことを言うつもりはなかった、とばかりに苦々しい表情を浮かべている。


「……いいだろ。モブキャラみたいな時間があっても、それはそれで悪くない」


 声のトーンが落ちた。


 俺は確信したのだ。


 こいつも、なんだかんだ俺と似ているのだ、と。


「むしろ、そういう時間が自分を強くさせてくれるはずだろ。次の恋でも、美海果のことを振り向かせるって意味でもいい。自分を磨いて、とにかく次へ繋げようって思えるんなら、それは必要な経験だったってことだろうからな」


 まるで自分に言い聞かせるようだ。


 花館は一瞬固まって、舌打ちをした後に俺たちへ背を向けた。


「……くだらねぇ。そんなの、お前が好きな女と今一緒にいられるから言えることだろうが」


「……かもな」


 クソ、と。


 花館は地面を蹴り上げる。


 歩き出そうとする奴へ、俺は追いかけるように言葉を投げた。


「でも、お前はまだ幸せ者だ」


「なわけーだろ! アホか!」


 いや、幸せ者だ。


 だって、それは。


「転生しなくても、心から好きになれる女の子がこの世界にいるってことだからな」

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