#7 「魔法少女の共闘体制」

「──と、いうわけで。夏の特別イベント、『魔法少女総選挙・夏の陣』を開催します。わー、ぱちぱちぱち」


バイト後の全体ミーティング。

今日はほとんどの魔法少女がシフトを入れていたため、ロッカールームは総勢七名ほどの人で満たされている。

そんな中でギャラリーは既にしらけ気味。すぐにマキは側にいた杏に詰め寄った。


「──って……みんな知ってるじゃないっ! あなた、テキトーに理由付けて言いふらしたでしょっ!」

「い、いやっ、どうせ今日発表する予定だったんだし、それが数時間ぐらい早まっても良いのかなー、なんて……」

「それでも、物事には順序ってものがあるでしょ? ……全く。始末書ね」


そして、この茶番。呆れ半分、バイト後の疲れ半分が混ざったため息を、思わず遥は漏らしてしまった。

周りもほとんどがそんな様子だったから、自然と部屋に垂れ込める空気はどこか弛んだものになる。


「──あの、魔法少女総選挙、というのはどのようなもの、なのですか?」


そんな中で、真っ直ぐ、優等生然と挙げられた手が遥の視界に入った。衿華だ。バイト入りたてゆえの緊張感か、それとも元々の気質か、明らかに彼女だけ纏っている雰囲気が違う。


「……こほん。取り敢えずこのピンクは置いておくこととして……今回が初めてって人もいるだろうし、ちゃんと説明するわね」


咳払いを一つ、雑に杏をあしらいながらも、マキは部屋の隅にあったホワイトボードを引っ張ってくると、改めて『魔法少女総選挙』と、その題を書き出した。


「まず、概要について。”総選挙”って付いている通り、このイベントはヴィエルジュ内で一番人気がある魔法少女を決めるもの。つまるところ、人気投票ね。ちなみに、第一回総選挙で一位を取ったのはこれ──杏よ。……だから、一応今年はどうするか、とか──相談していたのだけど。勝手に広めるから……」


マキに睨まれ──見つめられ、いやーとばかりに頬を掻く杏。その瞬間、舌打ちが漏れ聞こえた気がしたのは、きっと気のせいではないのだろう。


「……まあ、それはさておいて。人気投票とはいえど、ただ単に投票だけで決めてしまうのも早計ではあるし、何よりもつまらないから──二ラウンドに分けて開催するわ」


ホワイトボードに書き込まれた三角形と一本線、二段のピラミッド型の図だ。


「はいはーいっ! まず、いつから開催なの?」

「来月──六月からね。まあ、そもそも過去に優勝した魔法少女は参加できないけど」

「えー、ピンクがいなかったらどうするの……? だって、顔みたいなものじゃん!」

「あなたの魔法少女としての魅力は買ってるってことなのっ! そろそろ次に行かせてちょうだいっ!」


あしらってもあしらっても食いついてくる杏をついに無視できず、大声で怒鳴るマキ。衿華が挙手した時とはまた別の意味で部屋が静まりかえる中、マキは説明を再開した。


「──まず『第一ラウンド』。これは、ヴィエルジュの魔法少女全員が対象の人気投票ね。総選挙の期間中だけカフェの目立つところにステージを設けるわ。歌うも自由、実際に普段通りのパフォーマンスをするも自由。とにかくお客さまにアピールしなさいってこと」


ピラミッド内の上ブロックにツインテピンク髪のデフォルメされた顔が──既に描かれていたことには一切触れずに。その中の『決勝ラウンド』という文字列をマキは指した。


「そして『決勝ラウンド』──これは決選投票の場。得票数上位二人に、それぞれステージ上でパフォーマンスをしてもらうわ。要するに、ここの魔法少女としての地力を見る場ってこと。その上でお客さまに票を入れてもらい、今回の勝者を決める──大体そう言った流れね。そして、一位に輝いた魔法少女は──」

「じゃじゃーん! 専用衣装──つまり、強化フォームがもらえるよっ!」


無理やりマキの前に押し入った杏。フリルが盛大に飾りつけられた甘々な衣装はこの場にいる他の誰とも違う。一位を勝ち得た魔法少女の特権だ。


「……まあ、そういうことだから。是非、奮ってのご参加、よろしくお願いしますっ!」


声を張り上げて無理やり説明を締めると、マキは一礼した。パチパチパチ、と。集中する生温かい視線とまばらな拍手。それぞれで熱量にはだいぶ差があったのだけれど。


衿華の眼差しには、確かな熱がこもっていた。


◇ ◇ ◇


「お疲れ様でした、衿華さん。その──今日はどうでしたか?」

「……なんとか、緊張も程々で済みました。正直言って、その──安心、しています……」


人が捌けたロッカールーム。衿華は少し気の抜けたような声を漏らして。


「……失礼しました」


慌てたように、すぐに口を塞いでしまった。


「バイト後まで気を張る必要なんてありません。むしろ、疲れてる時こそ『疲れたー』って、声に出した方がちょっとだけ楽になると思うんです」


生徒会室での常に独特の緊張感を発している衿華を他所行きの顔とするならば、今の彼女が発していた声は彼女の素に近いものだった気がした。以前マキが言っていたように教育係として衿華と意思疎通を図るには、そういった素を曝け出していくこともきっと大切なのだろう。


「──だから、疲れたとか、困ったとか。そういうこと、知りたいんです。僕は誰かの先輩になったのも初めてで──まだ、未熟で。きっと、教えてもらわなきゃ気付けないことも多いですから。お互い、もう少し素で話しませんか?」

「……ええ、善処──だと、少し硬いですね。わかりました。なるべく自然体で意思疎通、頑張ります」

最初こそ、衿華は硬い表情を見せていて、それでもふっとそれを綻ばせた。


「それじゃあ、改めて。今日、どうでしたか?」

「……まず、今日最初の給仕は上手くいきました。その後、昨日給仕を担当したお客さまを今日もたまたま担当することになって、私、昨日は失敗してしまいましたし、別の方が良いのかと思ったのですが、私のままで良いとおっしゃるのです。『初々しいのも良いから』、と」


辿々しいまま、衿華は今日の出来事を口にする。


「──無事、その方の給仕も上手くできて、お褒めいただいて──。私、疲れもしましたし、緊張もしましたけど、何より──嬉しかったです」


飾り気がない、自然な笑顔を衿華は浮かべてみせた。昨日の華やぐような笑顔が魔法少女としてのものならば、きっとこれは一人の女の子としての、黒咲衿華としての笑顔だ。

変身前も、変身後も──他所行きの姿も、ありのままも、その両方に触れることができたら。


「それなら、魔法少女冥利に尽きますね」


そうしたら、きっと一番なのだろうと遥は頷いた。


「……そういえば、衿華さんは総選挙、どうするんですか?」

「──強化フォームとか、専用衣装──だとか、正直、憧れはします」


昨日話していて確信した。やはり、衿華には魔法少女オタク的な気質がある。だとすれば、と。案の定食いついた衿華に、遥は思わず口元を緩めた。


「……やっぱり、〝フリューゲル〟の強化フォーム、ですか?」

「……お見通しでしたか。フリューゲルが初めて羽ばたいた強化フォーム──やはり、それがどこか特別に感じられるのです。そういえば、ブラン先輩は総選挙、どうされるのですか?」

「実は僕……去年の冬、勝ってるんです」


黒を基調としたロリータ服は、元々のヴィエルジュブランとして与えられていた色から大差ないものだったけれど、背中にあしらわれた小さな翼に差し色で増えた白は、間違いなく〝ブラン専用〟の衣装として作られたものだ。


「……なるほど。ブラン先輩が一度挑み、勝利したものだったとすると、私も挑みたくはなりますが……何しろ、未熟な身ですので。むしろ、皆さんに迷惑をかけないようにすることで今は精一杯ですから」


そう口にすると、衿華は苦笑した。無理もない。慣れない環境下でのイベントごとなんて、躊躇いたくなるのが普通だ。だけれど、その割り切りは──少し大人ぶった衿華の表情は、どこか違和感のあるものだった。


「──だったら、お手伝いします。一人じゃ不安でも、二人ならできると思いませんか?」


昨日も、今日も見ることができた衿華の笑顔。それを目にした時、自身の胸にも喜びが伝播して、一滴広がっていくのを遥は感じた。『嬉しい』という感情。それこそが魔法少女が人に手を差し伸べる意味で、『魔法少女の教育係』として、遥が得られるものなのだとしたら。


「……迷惑じゃ、ありませんか? ブラン先輩もお忙しいのでしょう?」

「大丈夫です。好きでやってることですし──それに、今日みたいに『嬉しい』って思える瞬間を衿華さんが味わえるお手伝いができるのなら、ボクにとってもそれは魔法少女冥利に尽きることです」


そこに割り切りなんかあってはならない。申し訳ないから、と建前で包んで捨ててしまって欲しくない。そう思えばこそ、言葉は自然と口を衝いて出た。


「──だから、一緒に戦いませんか」


遥が握り拳を差し出す。


「……正直に、答えてもよいのですか?」


躊躇いがちに瞳を伏せた衿華は、それを取ろうか迷っているようにも思えて。


「建前はいらないって、じゃなきゃ伝わりきらないって。昨日、マキさんにも注意されましたし、さっきだってそう決めました。……だから、正直な気持ちを、お願いします」


だけれど、次の瞬間。とん、と。ぎこちなく、多少不格好な動作で、衿華の拳が、遥の伸ばした拳と合わさった。


「……やりたい、です。私も、ブラン先輩に──憧れに……近づけるのなら……っ」


かくして、湿気った空気と共に梅雨の足音が聞こえてくる五月下旬。空調の効きが悪い汗ばむロッカールームにて。


「──総選挙、一緒に戦いたい、です」


夏に向けた、”魔法少女”二人による共闘体制ユニットが結ばれた。

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