#5 「魔法少女の”先輩”として」

「……わかりました。こんな私ですが、やらせてください」


今はずっと温もっていて、震えも収まりつつある手のひら。

衿華の緊張がだいぶ抜けているのは読み取れたけれど、安心感の次に押し寄せてきたのは多少の気恥ずかしさだった。

二人して立ったまま、手を繋いだまま、衿華はずっと遥を見つめている。

どうにも手を離すタイミングが掴めなくて、半ば棒立ち状態になっていた時だった。


「お取り込み中のとこ、失礼するけど──って……あなたたち──この短時間で何が──」

「ち、違うんですっ! マキさん、そういうわけじゃ……」

「……ふーん。まあ、仲睦まじいのは結構なこと、だけど……」


今しがた部屋に入ってきたマキによって遥の必死の弁解はさらっとあしらわれた。


「まあいいわ。何があったかは触れないでおいてあげる。それで、あなたたちも遅くまで残っていてお腹空いたでしょ? これ、まかない。もうすぐ店閉めちゃうから、食べたら早いところ帰っちゃいなさいね」


ベンチの上、コトンと置かれた二つのオムライス。湯気が立っているのを見るに作りたてらしいそれを置き、そそくさとマキは部屋から出ていった。


「……はは」


どちらともなく、笑みが零れる。先ほどまでの気恥ずかしさも、気まずさもどこへやら。手は繋がったまま、お互いにひとしきり笑った後、


「ちょうどタイミングぴったりでしたね」

「……ええ。準備は万全、ということでしょうし」


意を決したようにそう口にすると衿華は手を離した。


「……大変、遅くなってしまいましたが──私が、お相手させていただきます」


二つのオムライス、それを前に衿華は緊張したような面持ちで頷く。


衿華は今対峙している。魔法少女として、ではなく魔法少女になるために。頬を紅潮させ、震える手でステッキを握り締めながらも、その場に立っている。


「──”ヴィエルジュノワール”です」


けれど、その声音までは震えていなかった。玲瓏に紡がれたその名前、一転、こわばっていた彼女の表情が変わった。


「──”黒夜よ、闇をもって、光と成せ”」


掲げられたステッキ、はためくスカート、艶めいた髪の漆黒。

一瞬、それに目を奪われて。けれど、次の瞬間には一点、遥の視界は絞られた。


──華やぐような笑顔に。


いつもの引き締まった表情とは違う、子供みたいに無邪気な笑顔。屈託のない”好き”が宿った笑顔。

スポットライトの代わりに窓から差し込む月明かりがそれを照らす。その表情と向き合って。不意にとくん、と一際強い拍動が胸を走ったのを覚えた。

熱だ、それも胸を焦がすぐらいに強い。それが伝播したのだ。


「──”ノワール・ノクターン”」


ステッキを携え、悠然と佇むその姿。

おかたい先輩、一人の女の子、そしてもう一つ。対峙したこと。

それによって自分を縛る肩書きから解き放たれて、衿華は勝ち得た。

もう一つの名前を得て、衿華は”変身”した。


──『魔法少女・ヴィエルジュノワール』として。


一口、掬ったオムライス。それを口に運んで数瞬、衿華は頬を綻ばせた。


「……美味しい、です」

「マキさんの料理、絶品なんです。結構な頻度でまかない出ますから楽しみにしててください」


ふわふわ、半熟の卵黄。チキンライスに混ざった具は細かく刻まれており、かと言って歯応えは失っておらず、噛むたびに小気味よい音が立つ。

両者ともよく絡んで程よく調和している。まかないとは言いつつも、店で出るものと大して変わらない美味しさ。

空腹なのも相まって手を休めることなく、二人とも無言でオムライスを口に運び続けていた時だった。


「その……口を開けて頂けますか?」

「……は?」


不意に衿華がそう言った。思わず、釣られるままに遥は口を開けてしまって。


「は、はい……あーん」


気づけば、すぐそこに衿華の顔があった。赤らんだ顔、滲んだ多少の恥じらい、瞳が潤んでいるのは先ほどまで泣いていたからだろうか──なんて、冷静に考えている場合でもなく。

衿華が、遥の目の前にスプーンを差し出してきて──つまるところ、あーんを……。


「ちょっ、衿華さんっ!? 何を──っ!?」

「……え? えーっと……その、ここまでやるのがコンセプトカフェ、ではないのですか……?」


飛び退いた遥の表情に、そういうわけではないことに気がついたのだろうか。

尻すぼみになる声、少し赤らむ──どころではなく、もう衿華の顔は真っ赤に染まっていた。


「……もしかして、衿華さんって結構天然、ですか……?」

「……自分でもよくわかりませんが……可能性としては無きにしもあらず、かもしれません」


伏し目がちに、それに恥じらいも含んだ表情で衿華は視線を逸らす。これもまた、遥が初めて見る表情だった。

とはいえ、意外と自分のことすらよくわからない、きっと人はそんなものだ。

先輩、生徒会長、魔法少女。そんな肩書きはさておいて。ちょっと大胆で、天然で、それでもどこか澄ました一人の女の子──衿華を前にして、遥は嘆息した。


「その……着替えない、のですね」


夜道は暗いからと、衿華を送る道中。

制服、肩にかけられた学校指定のバッグ、染まっていない真っ黒な髪。

そんな当たり前の女子高生の出立ちでいる衿華の隣で、遥は随分と浮いてしまっていた。


「……一応、まだ仕事、残っているので。終わるまでは着替えないようにしているんです」

「流石、ブラン先輩は就業意識が高いのですね」


純白のウィッグに、街中を歩く分にはあまりにも浮いてしまう漆黒のロリータ。

口から出まかせを吐いたにも拘らず、それを衿華が信じてくれたこと。

それから、周囲が暗くてあまり目立たなかったこと。辛うじて救いはあったけれど、だとしても恥ずかしいものだった。


「……それでは、ボクはこの辺りで。後は駅まで一本道ですので、すぐに着くと思います」


そして、十字路。

この先を曲がって駅まで辿り着いてしまえば流石に人通りは増えるし、周囲も明るくなってしまう。

遥が魔法少女姿でいられるのはここまでが限界だったから。捲し立てたのち、そのまま店に戻ろうとして。


「待って、ください」


その時、衿華が腕を掴んだ。遥を引き止めるように、彼女はそう口にした。


「今日は色々とご迷惑をおかけしてしまって、その上こんな遅い時間まで付き合って頂いて本当にありがとうございました。それで──もし、あなたが、こんな私に愛想を尽かしていないのなら……」


腕を引く力が強まる。

釣られて、視線が衿華の方へ移ってしまう。

瞳を伏せて、それから、殊勝な態度で。それでも、覚悟を決めたかのように首を振ると衿華は、


「──明日からも、よろしくお願いしますっ」


はっきりと言葉を継いだ。


「……そういうことなら、もちろんです。というか、こちらこそ。ノワールに相応しい教育係であれるように、精一杯、頑張らせてください」


元より、愛想を尽かすなど少しも考えられなかった。むしろ殻を破った”ノワール”なら、すぐに教えることも無くなるんじゃないか──なんて、考えていたぐらいだ。


「……安心しました。同世代ので、ここまで頼れる人ができたの、初めてで。だから──嬉しいです」


安心したからか衿華が屈託のない笑顔を浮かべていた反面、その言葉は遥にとって先ほどの不意打ちオムライスよりずっと堪えるものだった。


「それではまた──ブラン


魔法少女の正体は秘密である。ヴィエルジュブランの正体を、衿華はまだ知らない。


「……僕が、先輩の先輩、か……」


数を減らした街灯、薄暗くて、まだ先を捉えきれない裏路地の真ん中。

いつまでお互いに正体を秘密にしたまま──ワケアリなままでバイトを続けていくのか、それはわからなかったけれど。


「……まずは、帰らなきゃな」


閉店してしまったら、荷物が置き去りになってしまうから──取り敢えず、目の前のことから片付けなければ。


薄暗い路地、その先でまだ明かりを灯すバイト先に向かって、遥は駆け出した。

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