日常の13 雲母聖良は気ままに夏を刺激する

 夏休み期間に突入した。

 季節の変わり目での気温変化にも、身体が慣れ始めた頃。

 その日、家のリビングで僕は宿題をしていた。

 手近にある麦茶から、氷がカラリと音を鳴らす。

 僕のそばでは莉差りさねえが扇風機の風を浴びながら、溶けたバターみたいに全身脱力してスマホゲームをしていた。

 莉差姉は暑さに弱い。……冬の寒さにも弱いけど。

 ともかく、夏の暑さがよほど効いているみたいだ。うめき声が聞こえる。

 夏の莉差姉はベタベタと密着してこなくなるから、僕としても楽で助かる……。


「よし。終わり、と」

和博かずひろ、ひょっとして夏休みの宿題終わったの~?」

「うん」

「毎年のことながら偉いねぇ~。すーぐ宿題やっちゃうんだもん」

「莉差姉も今年こそは早めに、宿題がんばろうね」

「じゃあ代わりに和博にも、わたしの宿題手伝ってもらうからぁ~!」

「どうして僕が譲歩される側みたいに……ハァ、いいけど」


 僕が莉差姉の夏課題を手伝うのも、毎年の恒例行事だ。

 でも、高校生が中学生に宿題を手伝わせようとするのは、やっぱりどうかと思う……。


 と――そんなときだ。


「あ。聖良せらから連絡だ。なんだろ~?」


 莉差姉がスマホを確認して、ぴたりと固まる。

 次の瞬間、表情がパアッ――と輝いた。


「プール!」

「……へ?」

「プールに行こう、みんなで!」

「いや、宿題……」

「わぁ! プール、プールぅ~!」


 莉差姉は急に元気になってリビングから出ていった。

 ……多分、あれはごまかすつもりで逃げたな。


 ◆◆◆


 後日。

 莉差姉に連れられて、僕はウォーターパークへやってきた。

 もちろん、僕たち二人だけで来たわけじゃない。今日は大所帯だ。


「ほら撮るわよ、みんな笑ってー?」

「和博くん。こっち、もうちょっと寄りなよ」

「こらっ、佐月さつきちゃん。カメラ苦手だからって逃げちゃダメだぞ」

「はぁ……そんなに強く掴まないでください、佑陽ゆうひちゃん。腕が折れちゃいそうです……」

「ねえ、早くプール入って涼もうよぉ~……!」


 聖良さんが自撮り棒を高く上げて、自身を含めた六人を画角に収める。

 なぜか、僕はみんなの輪の中心に立たされていた。

 背後には真心まこさんがいて、僕の肩を抱くように掴んでいる。

 ……息がかかるくらい距離が近い。緊張する。

 それから、僕の両脇には佐月さんと佑陽さん。

 二人は僕を挟んで、互いの手を引っ張り合いながら揉めている。

 身体が触れる度にドキドキするから、少し落ち着いてほしい……。

 最後、僕の正面には莉差姉と聖良さんがいた。もうぎゅうぎゅう詰めだ。


 ――カシャリ。

 カメラのシャッターが切られた。

 そこでようやくみんな離れて、僕は息を整える。


「じゃあ、行こっか。和博くん」

「あ。はい」


 僕は真心さんに手を引かれる。

 ……近頃、真心さんが妙に親しげに接してくれる。

 気のせいじゃなければ、梅雨のある日、一緒にパズルをつくって遊んだとき以降から。

 ちょっと変な気分だけど、仲良くなれたのは嬉しい。


「真心~。わたしの和博を取っちゃダメだよぉ……!」


 けど、莉差姉が、僕と真心さんの間に割り込んできた。

 繋いでいた手がほどける。真心さんの空いた手を、莉差姉が掴んだ。


「代わりに真心の手もーらい。ほらほらぁ、わたしを連れてって~?」

「くっ、莉差……ふう、しょうがないんだから」


 真心さんは形のいい眉を寄せて、一瞬、悔しそうに唸った。

 けど、諦めたのか溜息をついて、莉差姉を引っ張っていく。


「カズピ、マコリンとなにかあった?」


 最後尾になった僕へと、隣から聖良さんが寄りかかってくる。

 長い金髪に鼻先をくすぐられて、よい香りがした。

 綺麗で上品な顔立ちが、こちらを覗き込んでいる。


「真心さんと、ですか? いえ、緒にパズルをしたくらいで」

「ふぅん?」


 僕はありのままを話すと、聖良さんは首を傾げた。


「でも、知っている? カズピも誘おうって最初に言い出したのはマコリンだったのよ」

「へ? そうなんですか」


 それはありがたい話だけど、真心さんが言い出したことに特別な意味はないような……。

 聖良さんは何かを見極めるみたいに思案の素振りを見せる。

 それから、こくりと喉を鳴らした。


「……刺激的な予感」

「はい?」

「ううん、何でもないわ。さあ、行くわよ。カズピ」


 僕の手を引いて、聖良さんがきらきらの笑みを湛える。


「一緒にいっぱい楽しみましょうね!」

「はい!」


 そうだ。せっかくなら難しいことは忘れて楽しもう。

 僕は聖良さんの手を握り返して、軽やかに駆け出すのだった。

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姉の友達が僕だけをだらだら甘やかしてくる 葵 紫貴 @siki_aoi

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