月夜の酒宴 ――エピローグ或いはプロローグ
月の光が、静かに部屋を照らしていた。
蒼井屋本舗の三階、コレクションルーム。
時の止まった洋館の片隅で、男が一人、瓶を片手に扉を押し開ける。
「待たせたな。冷えてるぞ」
誰もいないはずの部屋に言葉が落ちる。
しかし、返ってくるのは、女の声だった。
「レディを待たせるなんて、どういうつもり?」
声の主は、大理石の柱の上。
月光を受けた白い肌。しなやかな手足。
冷たいようでいて、どこか懐かしさを感じさせる目。
大人の色気と少女の無垢を同時に合わせ持つ笑みを浮かべる。
「動けないお前が待つのは当然だろ、みー」
男がそう言うと、女はいつのまにか柱を下り、隣に立っていた。
「昔はワインしか飲めなかったけど、今はやっぱり日本酒ね」
「知らない幸せもあるんだけどな」
二人は言葉少なに酒を酌み交わす。
それは、ただの雑談に見えた。
女は最近見た客たちの話を語り、男は既に知っているような顔でうなずく。
「……始まったわね」
「終わったのかもしれんぞ」
女の目が、わずかに不自然に揺れる。
「隠された本が開かれたなら、それは一つの終わりかもな」
「なるほど。何かが終わって、何かが始まる……ってことね」
男は黙って酒をつぎ足す。
「今度の本はどうかしら。何が書いてあるのかしら」
「白紙かもしれん」
女が一瞬だけ男を見つめる。
「なら、私たちの物語は?」
その問いに、男は答えない。
かわりに、視線が交わったまま、時が止まる。
「冗談よ。だってまだ書いてないもの」
女がふっと笑う。
けれど、その声には少しだけ揺らぎがあった。
「でも……」
男の頬に、暖かい風が当たる。
振り返ると、女の姿はもうない。
「きっと面白い物語だと思うの」
女の声だけが、残っていた。
男は空になった酒を置いて、天井を向いてニヤリと笑う。
「それって──誰の物語なんだ」
雲が月を覆い、静寂が部屋に満ちた。
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