第11話 沈黙の決断

烈道は村の者に呼ばれ、槍と弓矢を手に駆けつけた。

その姿は、まるで炎の中へと舞い戻った武神のごとく――凄烈な気迫をまとっていた。


五十三とは思えぬほど鍛え上げられた肉体は、なお逞しく、野太い筋が肩から腕へと走っていた。

五十三といえば、戦国の世ではすでに隠居していてもおかしくない齢(よわい)である。


だが烈道には、老いの翳りなど微塵もなかった。

むしろ若武者を圧するほどの迫力を放ち、鎧を着ずとも、分厚い胸と肩が自然と威を示していた。


風雨に晒された褐色の肌には、幾度もの戦をくぐり抜けてきた証として、刀傷や火傷の痕が刻まれている。

なかでも左頬を斜めに走る古傷は、ただの痛みの名残ではない。

戦場で生き残った者だけが持つ、“生の証”であった。



髪は無造作に束ねられた白髪で、額に巻いた晒しが滲む汗を吸って重たく沈んでいる。

鋭く引き締まった目元には、状況を一瞬で見抜く冷静さと、百戦錬磨の読みが宿っていた。

鼻筋の通った端正な顔立ちには、どこか近寄りがたい峻厳さが漂う。


背には長槍と弓、腰には太刀と小太刀を二本。

急ぎ駆けつけたため鎧は身につけていなかったが、その身ひとつで充分だった。

ただそこに立つだけで、人々の背筋を正させる威風があった。

その姿に、村人は思わず手を止め、声を呑んだ。

──烈道様が来た。


その瞬間、黒霞の希望は、一度だけ、炎のように燃え上がった。


疲弊と恐怖に沈みかけていた黒霞の里に、

その名が放つ威厳が、ふたたび“生”の気配をもたらす。


焦げた空気の中、烈道の足元からわずかに砂が舞い上がるたび、

誰もが無意識に背筋を伸ばしていた。


烈道は静かに人差し指を唇に当て、村人たちに目配せする。

その声は低く、だが確かに届いた。


「皆、忍び以外はわしの館へ向かえ。館にいる志乃が隠れ蔵に案内する。安心せい──すぐに退治してくれる」


村人たちは戸惑いながらも、小さく頷き、すぐに足を動かし始めた。

その背には、ほんの一瞬、希望の色が灯っていたた。



その声に逆らえる者など、一人もいなかった



その静寂を裂くように、家屋が破壊される音が鳴り響いた。

木材が軋み、瓦が砕け、空気を引き裂くような衝撃が村を震わせる。


烈道は、まだ被害の及んでいない小屋の裏手に身を潜め、異形の化け物の動きをじっと見極めていた。


そのとき、背後から音もなく現れたのは──

美しきくノ一・葵であった。


身軽な軽装に銀の忍刀を携え、短く切り揃えられた黒髪は夜の風になびく。

鍛え上げられた肢体は風のように静かで、眼差しは月夜の刃のごとく鋭かった。

葵は烈道の背に静かに立ち、無言のまま、ひとつ頷いてみせた。


烈道と葵が、化け物の様子をうかがいながら小屋の影からそっと身を乗り出そうとしたその時──

さらに別の影が、闇の中から音もなく姿を現した。


鎖鎌を背負い、黒装束に身を包んだ中年の忍び──黒霞の忍び頭・清之助である。


その動きには一切の無駄がなく、長年の鍛錬によって身につけた“静の気配”をまとっていた。

その姿は、まるで影そのものが歩いているかのような錯覚を覚えさせるほどだった。


その後ろには、やや小柄な若い男・権蔵が、清之助の背にすがるように、ひっそりと付き従っていた。


「烈道様」


声を潜めて、清之助がすっと烈道の横に立った。


「庄太と民吉が……やられました。姿の見えぬ奴もおそらく…」


その報せは、まるで凍てついた針のように、烈道の心を突いた。


「なんだと……!」


烈道の瞳が鋭く細められる。


清之助は声をひそめたまま、絞り出すように言葉を続けた。


「刀も弓矢も通じません。あの化け物──鎧が異常に硬く、まるで鋼鉄の塊です。

それだけではない。尾の先から、まるで**火筒(かとう)**のような火玉(かだま火の玉)を撃ってくる……」


言葉が途切れた。

喉の奥で何かが詰まったように、清之助は口を固く閉ざす。


「……直撃すれば……」


しばしの沈黙ののち、かすれた声が漏れる。


「……一瞬で……」


それは、仲間を失った者にしか出せない、悔しさと哀しみに濡れた声だった。


清之助は拳を固く握りしめた。

冷静を装うその表情の裏で、無念が奥歯を軋ませている。

その横で、権蔵が涙目のまま、じっと彼を見つめていた。



「烈道様」


声を潜めて、清之助がすっと烈道の横に立った。


「庄太と民吉が……やられました。姿の見えぬ奴もおそらく…」


その報せは、まるで凍てついた針のように、烈道の心を突いた。


「なんだと……!」


烈道の瞳が鋭く細められる。


清之助は声をひそめたまま、絞り出すように言葉を続けた。


「刀も弓矢も通じません。あの化け物──鎧が異常に硬く、まるで鋼鉄の塊です。

それだけではない。尾の先から、まるで**火筒(かとう)**のような火玉を撃ってくる……」


言葉が途切れた。

喉の奥で何かが詰まったように、清之助は口を固く閉ざす。


「……直撃すれば……」


しばしの沈黙ののち、かすれた声が漏れる。


「……一瞬で……」


それは、仲間を失った者にしか出せない、悔しさと哀しみに濡れた声だった。


清之助は拳を固く握りしめた。

冷静を装うその表情の裏で、無念が奥歯を軋ませている。

その横で、権蔵が涙目のまま、じっと彼を見つめていた。


烈道は、己のまなこが幾度も瞬いたことに気づき、焦りを見せまいと、目を見開いて虚空を睨んだ。

そして静かに息を吸い込み、胸の内のざわめきを押し殺して、そっと頷いた。


「……義重様に頼りたくはないが、しょうがあるまい」


そして振り返り、葵の目をまっすぐに見据える。


「葵、至急、太田城へ走れ。援軍を乞うてこい」


葵は微かに眉を動かし、静かに一度だけ頷いた。


「お任せください」


音もなく向きを変えたかと思うと、次の瞬間には、葵の影は夜道に吸い込まれていた。

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