時間の流れ、その不可逆的な残酷さ――
- ★★★ Excellent!!!
主人公の「僕」が、祖父の残したぶどう酒に触れる場面は、極めて象徴的である。表面的には単なる飲み物に過ぎぬ酒だが、その一滴一滴に、祖父の生涯が刻まれた「思い出」が宿っているかのようだ。
おばあさんの反応には、どこか冷徹な響きが感じられる。その背後に潜む複雑な情念、深い祖父への愛情と、その愛が虚しく消え去ったことへの絶望が、絶妙な筆致で浮かび上がる。
祖父の死によって彼女が失ったもの、そしてその喪失を乗り越えられなかった悲哀は、「僕」にはなんとなく理解できる。しかし、それだけだ。彼自身の無自覚な鈍感さは、祖父の「遺産」を重んじる彼女にとって、決して容認できるものではなかったろう。
物語終盤、祖父の部屋に足を踏み入れた「僕」がぶどう酒を口にする瞬間。それは、無意識のうちに過去の再生を試みるかのような、深い願望の表れであり、作品全体に渦巻く感情の核心を突いている。
果たして、彼はその先に何を見出すのか――
その答えは、読み手である貴方の中に、密かに委ねられている。