殺戮刑事殺死杉と四月なのにすっげぇ雪

春海水亭

前.暴走族と振り込め詐欺と経済犯罪者


 ◆


 四月が始まった。世界は先程まで冬だったことをすっかり忘れてしまったかのように暖かくなっていた。もはや、夜に一枚余分に羽織る必要もない。夜風すら肌に心地よい季節だ。

 雲一つない空に綺麗な月が浮かんでいる。月光の穏やかな光を受けた夜桜でも見ながら何も言わずに酒でも飲みたくなるような静かな夜だった。

 ここは東京郊外、都心の夜の騒々しさもここまでは届かない。


 ぶおん。ぶおん。ぶおん。ぶおん。ぶおん。ぶおん。ぶおん。ぶおん。ぶおん。ぶおん。ぶおん。ぶおん。ぶおん。ぶおん。ぶおん。ぶおん。ぶおん。ぶおん。ぶおん。ぶおん。ぶおん。ぶおん。ぶおん。ぶおん。ぶおん。ぶおん。ぶおん。


 その静寂をぶち破って、バイクのエンジン音が闇の中に響き渡った。

 三十年の沈黙を破り、この令和の時代に再び蘇った伝説の暴走族チーム厳亡炎武げんなえんぶの遊撃部隊である。厳亡炎武には『炎のような武力で亡骸にも厳しく容赦しねぇ、全員ぶち殺してやるからなタコ共!』という初代族長さいしょのヘッドの熱い思いが込められている。


「いい天気っすねぇ!タイチョー!あったかくて、絶好の暴走ピクニック日和っすよ!」

 夜の街を爆走はしる約三百の遊撃部隊バイク。その先頭集団にいる男が遊撃部隊隊長に向かって呑気な声で呼びかけた。『安易あん全滅ぜん運転』の二つ名を持つ遊撃部隊副隊長、涜社会とくむこうがわ直死すぐしぬである。


「そうだな」

 先頭を走る遊撃部隊隊長、『財務担当恐喝強盗大臣』、『無事故無量大数事件』の二つ名を持つ涜社会とくむこうがわ直後追すぐあとおうが直死の言葉に応じて端的に答えた。


「どうっすかタイチョー?せっかくのいい天気なんですから、コンビニでも襲撃おそって、皆で飲酒運転するっていうのは」

「馬鹿、近年は飲酒運転に厳しい時代なんだぜ。すぐに交通刑務所ブタバコ送りになっちまうぞ」

「えー、でも俺飲酒ぐらいじゃ運転失敗ミスらないっすよ、ちゃんと警察ポリが追ってきたらぶっ殺しますって」

「威勢の良いことを言うけどなぁ……全盛期の厳亡炎武が殺戮刑事にほぼ完殺処分を食らったの忘れたのかよ、俺らは規則正しい安全安心な暴走行為をやんだよ」

「遊撃部隊の隊長がそんなこと言って……」

「待て、全員停車しろ」

 直死の言葉を制して、直後追が言った。

 遊撃部隊の行く先には赤信号と、横断歩道を渡る老人の姿がある。

 亀のようにそろり、そろりと歩いている。見ているだけで焦れったくなる。間違いなく、渡っている最中に歩行者信号は赤に変わるだろう。


「タイチョー、ジジイが渡ってるからどうしたってんすか?轢殺きゃいいでしょうが」

「馬鹿」

 バイクを降りた直後追は直死の頭を軽く小突くと、横断歩道を渡る老人に向かって歩いていく。


「爺さん、渡るのを手伝うぜ」

 老人の返事を待たずに、直後追は腰に帯びていた五寸釘棍棒ゴスンクギバを抜き払った。

「テメェがあの世に行くのをなァ!」

「ぐえええええええ!!!!!」

 叫ぶや否や、横薙ぎに振るわれた五寸釘棍棒が老人を横断歩道の真ん中から渡ろうとしていた向こう側に吹き飛ばした。と同時に、老人の懐から何かが溢れ出し、月の明かりを受けてキラキラと煌めいた。金貨だ。老人の歩みが遅いのは大量の金貨を隠し持っていたかららしい。


「拾え」

「「「ッス」」」

 直後追の号令で、バイクから降りた遊撃部隊が道路に散らばった金貨をかき集める。


「ま、待ってくれ……」

 棍棒に刺さった五寸釘は伊達ではない。打撃だけでなく刺突の傷を負い、腹部に開いた複数の穴から血を流しながら、それでも哀願するような声で老人は言った。


「そ、それは儂が振り込め詐欺でコツコツ稼いだ老後の資金なんじゃ……税務署の豚どもに嗅ぎつけられないように、そして将来的な価値の保持を考えて複雑なルートで金貨に替えたんじゃ……この資金を元に将来的には詐欺と脱税で起業も考えておる……儂の未来を奪わんでくれ……頼む……」

「未来のことなんて気にすんな!今を楽しみな!」

 倒れた老人の頭部に五寸釘棍棒がゴルフスイングをするかのように振るわれた。

 老人の頭部が吹き飛び、近くの民家の壁に叩きつけられる。衝撃で叩き潰された老人の顔は家族でも見分けがつかないだろう。


「拾い終わったか?」

「「「ッス」」」

 金貨の回収を終えると、遊撃部隊は再び全速力トップスピード暴走はしり始めた。


「でも、凄いっすね。タイチョー」

 暴走を再開してすぐに直死が呑気な声で言った。先に死んだ哀れな老人のことなど、意に介していないようだ。


「何がだ?」

轢殺いてたら、そのまま暴走はしり去っちゃって、ジジイの金貨を回収出来ないから、ちゃんと降りてジジイ殺したんでしょ?」

「馬鹿」

 直後追は呆れたように言った。

「轢き殺したら、爺さんの血や臓物でスリップして事故るかもしれないだろ、だからちゃんと爺さんを人生ミチから退去かしたんだよ」

「タイチョー、安全運転に本気過ぎ」

「死んだら、元も子もねぇし、なによりお前らが路面の状況に気を遣わなさ過ぎるんだよ」

 そう言って、直後追は呆れるように溜息を吐いた。

 愚かで、しかし気の良い仲間たちだ。しっかりと率いてやらなければすぐに死ぬだろう。

「……でも、まぁ……」

 少し考えた後、直後追は後続の仲間たちに振り返り、声を張り上げた。

「飲酒運転してぇ奴!今日は特別だ!一杯だけ許す!」

「さっすが、タイチョー!!話が分かる!」

 三百近い歓喜の声が上がった。

 規律正しく、しかし厳格なだけではなく緩めるところは緩める。それが厳亡炎武遊撃部隊隊長、涜社会直後追という男である。


「よーし、じゃあ俺もっと速度……」

 直死が歓喜を速度に乗せて表そうとしたその時――悲劇は起こった。

 轟音。

 突如として直死のバイクがスリップし――くるくると回りながら、超速で電柱に突っ込み爆発した。

「直死!」

 いや、直死だけではない。

 遊撃部隊のそれぞれが突如として、バイクを滑らせて、電柱や街路樹、建物、あるいはバイク同士で衝突を起こし、次々に爆発していく。


「なにが起こっ……」

 タイヤの滑る感覚に、直後追は咄嗟にバイクから飛び降りた。

 時速二百キロを超える大型二輪から飛び降りて無傷というわけにはいかない。その上、直後追はヘルメットを付けていなかったし、ライダースーツも身につけていない。格好悪いからだ。直後追の頭はリーゼント、衣装は特攻服トップク、それだけだ。そのために本来ならある程度抑えることが出来たはずのダメージを全身に受け、道路を転がる羽目になった。転がった際の衝撃で先ほど殺人のために使った五寸釘棍棒の五寸釘も己の身体に向かった。それでもマシだった。先程まで乗っていたバイクは爆発し、天までとどくかのような火柱を上げる。もしも飛び降りていなければバイクと共に爆死していただろう。


 周囲に人肉の焼ける嫌な臭いが立ち込める。先程まで共に暴走はしっていた仲間も、バイクも、全てが焦げついた黒い塊になっていた。


「な、なんだ……何が起こっ……!?」

 その時、直後追は見た。

 本来ならば道路に存在するはずのないものを見た。

 雪だ。アスファルトを白く美しい死の色に染め上げている。

 思わず、直後追は空を見上げた。

 先程までは雲一つない空のはずだった。それが今は夜の闇よりも濃い黒雲に覆われて、月すらも見えない。


「大丈夫かい、君?」

 慌てた様子のない声が、直後追の鼓膜を揺らした。

 声の方向を見れば、複数人の男が見える。

 白いフーデットコートを着た一団だった。直後追に声をかけた男のフードからはわずかに銀色の髪が溢れている。雪と同じ白い肌。瞳は青く、整った顔をしたおそらくは三十を過ぎているであろう男だった。背は百八十センチメートルはあるだろうか。厚い毛皮のコートを着ているから、体型はよくわからないが顔を見るにおそらくは痩せているのだろう。


「おま……」

 痛みで思うように言葉が出せなかった。

 だが、暴走族としての直感が訴えている。

【目の前の男】が

【どうやったかはわからないけれど】

【この雪を降らせた犯人】なのかも、と。


 痛む身体を無理やり起こし、五寸釘棍棒を杖にして直後追は立ち上がった。

 何もしていないのに身体が震える。気づけば雪が降り始めていた。いや、既に降っていたのだ。自分が気づかなかっただけで。寒い。雪によるものか、それとも痛みによるものか、全身から血が流れている、医学には詳しくないからわからないが、そのせいだからかもしれない。


「今、救急車を呼ぶからちょっと待っていてくれよ……あと葬儀屋も呼んだほうが良い、付き合いのある葬儀会社はあるかい?いや、警察が先かな?」

 男がスマートフォンを取り出して言った。直後追を挑発してやっているわけではないらしい。ただ今の状況に必要なことを他人事のように淡々と述べている。それが直後追の怒りを煽った。


「厳亡炎武遊撃部隊隊長、涜社会直後追!」

 叫ぶと同時に、吐血した。

 傷ついた内蔵から溢れ出した血が、白い雪を赤く染める。


「道路交通法は知ったこっちゃねぇ!だが俺らのルールに則って、テメェがこの雪を降らせた犯人と仮定して、死刑執行してやるよ!」

「後にしなさい、とりあえず救急車を呼ぶから……」

 プッシュ音が三回。男のスマートフォンが消防指令センターにつながったらしい。

 上等だ、直後追は思った。

「テメェの死体を救急車に乗せてやるよッ!」

 直後追が五寸釘棍棒を構え、男に向かって駆け出し――雪で足を滑らせて転けた。


「危ないよ」

 一瞬だけ、直後追に目をやると男はスマートフォンで何事かを通話し、そして心底残念そうに言った。


「今、大雪で大パニックらしくて救急車が出せないらしい……本当に申し訳ないけれど、近くの病院まで歩いて行ってくれ」

 それだけを告げると、男達は路駐したワゴン車へ向かっていく。

 再び立ち上がった直後追だが、歩こうとすれば再び転けた。雪で滑ったためか、もはや動くだけの体力もなかったからなのかは直後追自身でもわからなかった。


「あの車は、もう定員だから……君を乗せられないんだ。それに私も忙しいしね……あ、でも……」

 男はもはや立ち上がる力すら無くなった直後追にしゃがみ込むと二枚の紙を渡した。


 一枚は大雪必需品十パーセント割引と書かれたクーポンが何枚も綴られている。

 もう一枚は『株式会社 大雪で流通の停止、物資の不足を引き起こしガンガン儲けたいカンパニー 社長 雪襲せっしゅう』と書かれた名刺だ。


「これもなにかの縁。機会があったら、よろしくお願いします」

 雪襲は慇懃に頭を下げ、「あっ、これで名刺もクーポンも最後か……」と小声で呟くと、ワゴン車に乗り込み去っていった。


 直後追はその後を追おうとしたが、もうそれだけの体力は残っていなかった。

 走るために生まれた男、厳亡炎武遊撃部隊隊長、涜社会直後追はそうやって、止まったまま死んでいった。


【つづく】

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