10.賑やかなサプライズ

 こそこそ。

 ある日。私とお姉ちゃんは、何かを企んでいた。


「ねえ、これ大丈夫なの?」

「大丈夫だって」

「でも、シャレア、変じゃない?」


 お姉ちゃんがおろおろとしている。

 この行動を、とても不安がっているようだ。

 時間が経つにつれて、お姉ちゃんがどんどんおろおろとしてきてしまうので、ターゲットには早く到着してほしいと思っているのだが、ターゲットは一向に姿を現さない。


 ふむ。これはどうしたことだろう。だいたいいつもこの時間だとこの場所にターゲットはいるはずなのだが。

 疑問に思いながらも、とりあえず、ただひたすらに待ってみる。

 既に一時間が経過していた。お姉ちゃんがいて、話し相手を確保しているので暇にはならないが、結構、この状態で待つのはつらい。狭いし、暗いし、そろそろここから出たい気分だ。

 けれども、ここで出てしまうと、ここまでの苦労が水の泡となってしまう可能性があるので、ここから出ることはできない。

 たぶん、私たちがしていることは変だ。呆れるくらいに。

 だけれども、ターゲットから反応を得るには何か奇抜なことをしなければならないと思うので、これは仕方がない。仕方がない、と思い込むことにしよう。


「シャレア……これ、時間の無駄じゃない? 普通にしていようよ」

「でも、お姉ちゃんも内心ワクワクしているでしょ?」

「……否定はできないけど」


 そう言って、お姉ちゃんは「うーん」と唸りながら、考え込み始めた。

 半分不安で、半分ワクワクといったところなのだろうか。お姉ちゃんの中では、天使と悪魔の囁きみたいな感じのものが今、行われているらしい。

 やがて、唸るのをやめて、お姉ちゃんが私の方をチラッと見た。

 その行動が意味するのは「仕方がないからお姉ちゃんが見守っていてあげる」というところだろうか。なんとも、妹思いの姉だ。妹の私の企みを簡単に受け入れてしまえるほど、私には甘い。

 お姉ちゃんは重度なシスコンだ。

 その証拠にいつも私のことを気に掛けているし、夜、たまに寂しくなるのか私のベッドに潜り込んでくるし、騎手になるために私が【逆バニーズハウス】を離れようとしたとき、ピシッとくっついて私を止めようとした。

 おそらく、こうなってしまったのは、私たちが捨てられてしまったからなのだと思う。

 私たちは捨て子だ。親から愛情を注いでもらえず、あの路地でさまよい続ける生活をしていた。悪党たちに騙されそうになったり、唯一手に持っていたアヒルの玩具を捨てられたその日に盗まれたりもした。

 その結果、お姉ちゃんにとって、信用できる者が妹の私しかいなくて、だから、お姉ちゃんは私に歪んだ愛情を向けるのだと思う。

 私は既に狂っている。そして、お姉ちゃんも既に狂っている。私たちは狂った者同士、ということだ。

 お姉ちゃんにとって、私という存在は自分の命と同等の価値を持っているようで、私はそれをたまに怖いと思ってしまうことがある。

 クレナイと出会ってまだ間もない頃は、お姉ちゃんはいつもクレナイに噛みついていた。

 まず、【逆バニーズハウス】とかいうふざけた名前が良くない。それで、お姉ちゃんは余計に警戒してしまい、『いかがわしいことを強要させるアダルトで違法なお店』と誤解してしまった。実際、クレナイの部屋を探せば、何故かその辺に本当に逆バニーと呼ばれる衣装とか、アダルトなモノとかがたくさん転がっている。これで誤解するな、という方が無理な話だ。

 さらに、クレナイの友人たち。時折この場所に現れるときがあるのだけれども、現役のセクシー女優か元セクシー女優という人たちがほとんどだ。

 いや、うん。未成年の子どもたちをそっち系のお店で働かせようと企む悪い大人、だと勘違いされてもおかしくないよね。

 お姉ちゃんがクレナイに噛みつくのはおかしいことではないし、クレナイも誤解を解こうとしないから、最初は本当にどうすれば良いのかわからなかった。

 でも、日に日に誤解が解けていって、まあ、今ではお姉ちゃんはクレナイのことも多少は信用している、ような気がする。

 お姉ちゃんはクレナイのことを見張ろうと朝早くから監視していたときもあった。それほど、最初、お姉ちゃんはクレナイを警戒していた。

 そのおかげで、いつも完璧そうに振る舞いながら実は寝坊助だったクレナイは、朝早く起こしてもらえるようになったわけだ。

 という、今回のミッションからレールが少し外れた話。おしまい。ターゲットが来たので、おしまい。

 私はさっと、隙間からターゲットの様子を覗き込んだ。


「ペリシェ隊員。ターゲットがやってきましたよ。呑気にコーヒーなんかをすすっていやがります」

「う、うん。とりあえず、シャレアが楽しそうならなんでもいいや」


 と、お姉ちゃんがあざとくニコッと笑った。本当にお姉ちゃんはシスコン具合が酷すぎる気がする。

 まあ、でも、とりあえずその話はもういいや。今はターゲットに集中。ターゲットのクレナイの様子を観察しなければ。

 あっ、そうそう。今回のターゲットはクレナイだ。

 クレナイがターゲットになってしまった理由は簡単。完璧そうに振る舞うクレナイの、おかしな反応を見てみたいから、という単純な理由。

 あと、クレナイの誕生日なので、バースデープレゼント的な意味も含んでいる。

 プレゼントは一応用意した。けれど、普通に出しては面白くないので、サプライズをしてみることに決めた。

 それで、今、私たちは何故かいかにも大きなプレゼント箱みたいな見た目をした箱の中に潜み、クレナイの動向をうかがっているというわけだ。

 ちなみに、この謎の大きなプレゼント箱のようなものは、メレットさんが用意してくれた。頼んだら「あっ、良いよ良いよ手伝うよ」って快く引き受けてくれた。

 そうしたら、何故か、この売店のすぐ横の待合室的なところにこれが用意されていたという感じ。

 あの人も遊びたかったんだろうな。その証拠に、この箱の中にはいろいろと特殊な細工が施されている。

 私たちがこの箱を開けるのと同時に、何故かクラッカーみたいに紙吹雪を吹き飛ばせるし、何故かブーブークッションみたいな間の抜けた謎の効果音が鳴る。

 正直言うと、ツッコミどころが満載なのだが、まあいいや。協力してくれたのはありがたいし、素直に感謝しておくことにしよう。


「……ふむ。これはなんだ?」


 しばらく時間が経過して、漸く、クレナイがこの謎の箱に気がついた。

 クレナイはじーっと箱を無言で見て、考える素振りをしている。

 あれ? クレナイは何を考えているのだろう?

 私はクレナイのその様子を一瞬だけ不思議に思った。

 でも、不思議に思ったのは一瞬だけで、すぐに「ああ、誰がこのよくわからないものをここに置いたのかと考えているのか」とクレナイの思考を理解した。

 と思っていたが、それは外れていた。

 クレナイはいきなり、その箱に何故か装飾を施そうとし始める。


 どういうこと⁉


 私は思わず、口をあんぐりと開けてしまう。

 横でお姉ちゃんが私のその様子をおかしそうに笑ってしまっていた。


「誰か入っているのか?」


 クレナイが気がつく。

 どうやら、察する能力がとても高いらしい。

 バレてしまってはサプライズの意味がなくなってしまうので、私たちは降参するように仕方なく、プレゼント箱みたいなものの中から参上する。それと同時に紙吹雪が飛び出し、『ポヘーポヘー』とかいう音も鳴ってしまった。


「……お前たちは何をやっているんだ?」


「サプライズだよ」と返すと、クレナイは「ふむ」とだけ言って、考えるような仕草をし始めた。

 私はその行動の意味がよくわからなかったので首を傾げる。


「えっと、誕生日おめでとう? クレナイ」

「何故、疑問形なんだ? まあ、ありがとうと言っておけば良いのか?」


 クレナイが困ったような顔をした。それは珍しいような気がする。


「ふむ。ということは、これは、お前たちがプレゼントみたいな、そういうことか?」

「いや、全然ちがうけど、それでもべつに良いかな」


 そのとき、何故かクレナイがフッとかっこつけたような笑いをした。

 よくわからないが、いつものクレナイだ。クレナイって、こういう人だ。

 私はうんうんと何かに納得をしたかのように頷いてみた。


「それより、パンケーキ焼いたけど、お前たちも食べるか?」

「食べる!」


 お姉ちゃんも首を縦に振って頷く。

 と、ここで、私は気がつく。

 あれ。私たち、クレナイにサプライズしようと思っていたのに、なんかクレナイにしてやられた感ある。クレナイは、私たちの扱いを完全に熟知している!

 と、私は心の中で嘆く。完全に、主君と家来の関係性。いや、飼い主とペットみたいな関係性だ。

 心の中で「それはなんか嫌だな」と思った。

 今の私たちの状況は完全に餌付けされた飼い犬みたいな状況。

 むむ。もしかして、クレナイは、私たちをペット扱いしている?

 私はクレナイをじろりと見る。

 すると、お姉ちゃんも私のその様子を見て、同じようにクレナイをじろりと見始めた。

 クレナイはそれを見て、やっぱりフッと笑うだけ。完全にクレナイの手のひらの上で弄ばれている。

 クレナイ。恐るべし人間。それを私は今日、思い知った。

 くそぅ。作戦の練り直しだ。これでは、クレナイの振る舞いを崩すのは厳しい。


「ところで、本来渡す予定だったプレゼントでもあったのか?」

「あっ、そうだった。はい、ペンダント。何が良いのかわかんないから、無難なものにした」

「ふむ。ありがたく頂戴しよう」


 クレナイがまたフッと笑ってペンダントを受け取ろうとしたとき、私はさっと避けて、受け取り拒否をしてみた。なんだか、してやられてばかりでは納得がいかず悔しかったので。


「……ふむ? 私は嫌われているのかな? フフフフフフフフフフフフ……フフフ……ハハハ……」


 何故だか知らないけれど、クレナイが急に壊れ始めた。

 私的には普通に悔しくてこんなことをしただけなんだけれど、思わぬことで、意外なリアクションを見れるものだ。

 私はクレナイの肩をトントンとして、哀れみを込めた微笑みを向けてみた。

 クレナイは私の微笑みを見て、安心したようにホッと息を吐いた。


 へえ。これは、使えるかも。


 私は新たに良からぬ企みを思いついてしまった。

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