第3話

 そんなこんなでお通夜な雰囲気のまま晩餐会が始まった。

 貸して貰った民族衣装風のベストに身を包み、テーブルへ着く。

 アリサも可愛らしいオーバーチュニックを纏い、長い黒髪をポニーテールで束ねている。


「今日も神と大天使クリスのご加護に感謝を――」


 二人が手を組み、祈りを捧げる。僕もそれを真似た。

 食卓に並んだのは芋や豆を煮込んだスープと、ナイフで切りわける焼いた肉塊。あとは石のように固いパン。山賊のような献立だ。


 「さぁ今日はご馳走だ。どんどん食べてくれ!」


 マリーさんが両手を広げ、明るく盛り上げてくれるが、有紗の仏頂面を眺めながらでは味などわからない。

 その空気を読めないのか、あえて読まないのか。

 マリーさんは豪快に肉を貪りながら質問を投げかけてくる。


「さて、君は・・・・・・」

「あ、阿島悠斗です」

「ユウト君ね。君たちが住んでいた世界の話はアリサからある程度、聞いているよ。馬がなくても走る鉄の車や、火がなくても温められる電子レンジ。世界中と意思疎通が出来るインターネットなんてものも有るんだろ?」

「まぁ、概ねそのとおりですが」


 マリーさんは腕を組み、楽しそうに頷く。


「凄いじゃないか。どんな魔法を使うんだろ。研究者として好奇心が尽きないよ」


 魔法じゃなく、科学だけどね。


「マリーさんは魔法使いなんですか?」

「まぁそうとも言うね。だけどこの事は皆に秘密だよ。本職は薬剤師さ」


 しーっとマリーさんは人差し指を口元に立てる。


「なるほど。隠しているんですね」


 世を忍ぶ、秘密の魔法使い。格好いいなぁ。

 きっと僕を助けてくれたみたいに、裏からこっそり世界を守っているんだろうな。


「アンタも!」


 一人ときめいていると、アリサがフォークの先端を向けながら割って入る。


「くれぐれも魔法使いだってバレない事ね。死にたく無いなら」

「死!?」


 不穏なワードに度肝を抜かれる。


「この国で魔法使いは歓迎されない存在だから」

「どういうことだ?」

「そんなことより!」


 一番気になる話を置き去りにして、再びアリサが憎たらしい顔で睨めつけてくる。


「どうしてアンタまでここに? つーかアンタも魔法使いって」

「わ、わからない。目が覚めたらここに居たし、魔法が使えるなんて思ってもみなかったし!」

「もー。社畜抜け出して、この世界でやっと平穏に暮らせると思ったのに。転生先でまでコイツに振り回されるの? 勘弁してよ」


 ムムム。そりゃ悪かったな! ってかだいぶ馴れ馴れしいな!

 その不服そうな顔を見たアリサが心情を察したように吐き捨てる。


「言っとくけど、この世界だと私とアンタはタメみたいだし? なんなら異世界歴は私のが半年先輩だし。敬語とか一切使うつもりないから。そこんとこよろしく。元先輩」

「え、半年も?」


 てっきり同じ日に転生したのかと。


「アリサは凄いぞ」

 

 マリーさんが肉を豪快に切り取りながら褒める。


「君と同じく魔法の才能があってね。少し教えただけで、みるみる成長しているんだ」

「いえいえ! 全てマリーさんがしてくれる指導の賜物ですよ!」


 そう煽てながらも得意そうに鼻を鳴らす。


「アリサが得意なのは水の魔法。大気中にある水分をマナに変えて、術を生成するんだ。そしてユウト」


 マリーさんが楽しそうに笑いながら僕を指さす。


「君の得意とするマナは光だ」

「光・・・・・・ですか?」

「その通り。自然界にある太陽光、月光、それこそ虫や植物の放つ光りまでマナに変える。光の魔法が生み出すものは癒やしや浄化の力。君の回復力や、あの時放った光線も光の力だ」

「僕に光の力が」


 なんか主人公みたいで格好いい!


「因みにアタシは草木のマナ。少ない仲間内からは深緑の魔女なんて呼ばれているね」

「いいなぁ。ねぇマリーさん。私も光が良かった。何か神様とか天使みたいで素敵じゃない?」

「こればかりは生まれ持った才能だからね。仕方無いさ。まぁ中には何種類ものマナを使いこなす人もいるみたいだし、修行次第では出来るようになるかもね」

「よし! その時はユウト。私にその座を譲りなさいよね」

「い、嫌だよ! 僕も光がいい!」


 体だけではなく、精神まで幼くなったような応酬だ。


「へぇ。アンタもワガママ言うこともあるのね。意外」

「どういうことだよ」

「いや、なんでも他人の命令をハイハイ聞く犬だと思っていたから」

 

 どんな印象だ! ・・・・・・間違ってないけど。


「ところでマリーさん。さっき魔法をもう一度使おうとしたとき発動しなかったんだけど、何か特殊な条件でもあるんですか?」

「条件というか、精神の問題だね。アリサに教えて貰うといい」

「え、私ですかぁ?」

 

 明らかに嫌そうな目を僕に向ける。


「そうだ。頼んだよ、先輩」

「ムムム・・・・・・面倒だけどマリーさんの頼みなら・・・・・・」

「ありがとう。よろしくな先輩!」

「やめて。アンタに先輩呼びされると悪寒が駆け巡る!」


 自分で言ったくせに。


 食事後、貸して貰ったローブを纏い、庭へ出る。

 月明かりが電球のように明るく、星々が宝石のように美しい。都会ではまずお目にかかれない光景だ。

 手提げランプに火を灯すと、淡い光がゆらゆらと僕らを照らした。

 マリーさんは側の井戸へ腰掛け、肩へ座る相棒のスージにドングリを与える。

 微笑ましそうに僕らを見守るそれは、まるで子を思う母親みたいだ。


「いい? ユウト。まず基本知識として、魔法の才能があるものは、大きく分けて二つの能力が発現するそうなの」

 

 アリサがピースサインみたいに指を二本立てる。


「一つは魔術。これは術式を用いて発動するもの。結構派手で強力な技が多いかな。ただし大技は体力を結構消耗するから注意ね」

「ふむふむ」

 

 羊皮紙に羽根ペンでメモを取りながら聞き入る。


「もう一つはオーラ。体は常にマナを集積しているから、すぐに溢れ出てくる。そうすれば見えないだけで全身マナに包まれた状態になるの。それがオーラ」


 見えないオーラを、そこにあるかのように指し示す。


「オーラとは、そのマナが勝手に私達の体へ与えてくれる能力のことね。どんな能力かは個人差が大きくてマナとの相性次第。アンタの自己再生能力がまさにそう」

「なるほど。ゲームに例えるなら、魔術はMPを消費する技のことで、オーラとはアビリティの事だな!」

「えむぴー? あびりてぃ? オタク用語はわかんないんですけど」


 難しい数式を問われたときのような顔をするアリサ。


「ちなみに私のオーラは『防御水壁』よ。大気中の水が盾になってくれて、ある程度外傷から守ってくれるの。まだまだ大した防御はできないけど」


 アリサが一歩前に出る。


「まぁ百聞は一見に如かず。まずは私がやってみせるから」


 アリサは目を閉じると瞑想する。

 

「大事なのは神経を集中すること。そして明確なイメージをすること。頭の中で術式を思い描くこと」


 語りながらもアリサの体が仄かに光り、指先に魔方陣が現れる。


狩人の水弓イェーガー・ボーゲン!」


 唱えた瞬間。

 指先から矢じりの形状をした水の塊が飛び出し、高速で近くの枝を割り落とした。


「おぉー!」


 パチパチと思わず拍手してしまった。


「なーに。大袈裟よ。こんな魔法、初歩中の初歩なんだから!」


 そう言いながらも髪を払い、何だか得意げだ。


「ところで詠唱とかしないんだな」


 冷めやらぬテンションのまま、ドキドキしながら尋ねる。


「詠唱って?」


 アリサが首をかしげる。


「ほら、ファンタジーでよくある呪文を唱える前の枕詞・・・・・・例えば『大地に住まう水の精霊よ――』みたいな!」


 それを聞いてアリサがプッと噴き出す。


「何それ。三十歳越えているくせに中二病ですかぁ?」

「ぐぬぬぬ!」


 悔しくて歯ぎしりする。今、見た目はお互い中学生だろ!

 そこでマリーさんが穏やかな笑顔で言い放つ。

 

「詠唱なんて必要ないよ。馴れれば魔法なんてオナラみたいにポンポンと出てくる」

「オッ・・・・・・!」


 なんてこった。何十年も憧れた魔法を放屁に例えられてしまったぞ!


「オナラするのにいちいち『我が体に巣くう腸よ。今こそ内に秘めしガスを解放せん!』なんて言わないでしょ?」

「そうだけどさぁ!」

「同じ同じ。さぁユウトもレッツ魔法チャレンジだ。張り切ってどうぞ」


 張り切ってどうぞなんて言われても。

 貸して貰った魔方陣の本は、全く難しすぎて頭に入らない。何故か不思議と文字は読めるんだけど。

 まごまごしていると、業を煮やしたアリサが口出ししてくる。


「まずは集中してイメージする!」

「お、おう!」


 指示されるがまま目を閉じる。

 右手を突き出す。

 そして昼間、撃ち出したレーザービームをイメージする。


 強く。

 強く。


 周りの雑音すら遮断するほどに集中したとき、頭の中に魔方陣とルーン文字に似た術式が朧気に浮かんできた。


 もちろん、見たことが有るわけが無い。

 知っているはずがない。


 でもそれは、まるで正解のようにぼんやり思い描ける。

 声に出して詠唱しなくても、脳内が呪文を読み上げてくれる。

 ゾクゾクと体が震える。恐怖じゃない。武者震いだ。


「おおう・・・・・・」


 目を閉じていても、体に光が集まってくるのを感じ取れる。僕というフィルターを通して、物質がマナに変換されていく。

 熱を帯びた指先から、ビーム発射のイメージを思い描く。

 すると突きだした手の前に小さな魔方陣が出現した。

 スタンバイ完了である。


「うぉおおおおおおおお!」


 僕は驚きつつも、その魔法を放つべく技名を叫んだ。


陽光の刃サンライト・レイぃいいいいいいい!」


 瞬間、僕の体が光り、魔方陣から美しい光球が発射された!


 ・・・・・・線香花火くらいの。


「・・・・・・・・・・・・」


 その線香花火は魔方陣の前でふよふよ、パチパチと燃え続け、やがて最後はポトリと地面に落ちた。


 だ、ダセぇ・・・・・・。


「うーわ。ザコじゃん」


 アリサは、それはそれは楽しそうに煽ってくる。

 

「こらこらアリサ。アンタだって初めてはそんなものだったろ? 馬鹿にしないの」

「えぇ――? もう少しデキていましたよぉ!」

「いやいや、誤差の範疇だって」


 そう慰めてくれるも、僕は恥ずかしさのあまり両手で顔を覆う。

 

「昼間は何でできたんですかね」

「それはアタシがサポートしたからだね」

「サポートですか?」

「オナラに例えるとだね」


 いや、どうしてもオナラに例えたいんかい!


「今、君の体内には大量のガスが溜まっているわけだ。しかし君は門の開き方を知らない。だから少ししか出ないんだよ。私はその門を無理矢理こじ開けたってわけだ」

「そんなことができるんですね!」


 アリサが感心して問う。


「君が森にいたのが救いだ。アタシは深緑の魔女だからね。アタシの魔力を草木が伝達してくれて、君に届いたってわけだ」


 マリーさんが僕の足下を指さす。


「ユウトは今、砂利の上に立って居るだろ? だからアタシの魔力は届かない。でも昼間は森にいて草を踏んでいたろ。その踏んでいた草を仲介して魔力を届けたのさ」


 試しにと、近くの草っ原へ入る。合せてマリーさんが横の木へ触れた。

 すると思考が解放されたようにクリアとなって、脳内に術式が浮かび上がってきた。

 一人の時と違い、はっきりと鮮明に。


「そのままやってみな」

「はいっ!」

 

 意識を研ぎ澄まし、高らかに叫んだ。


月光の刃ムーンライト・レイ!」


 すると魔方陣から三日月状の刃が高速で飛び出し、近くの木を簡単に切り倒した。


「う、うわぁあああ!」


 感動して、興奮気味に声を震わせる。


「上出来だ。この感覚を身に覚えさせることだね」

「掴めたような、掴めてないような」

「鍛錬有るのみだね」


 今度は試しに一人でやってみる。

 しかし結果は同じく線香花火だった。


「ざーんねーん」


 アリサはまるで積年の恨みを晴らすかの如く、辛辣に煽る。


「うぅ・・・・・・。やはり僕一人ではこんなもんなのか」

「うーん」


 マリーさんが頭を掻きながらボソボソ呟く。


「だけどポテンシャルは圧倒的にユウトの方が・・・・・・」

「え、何か言いましたマリーさん」

「うんや。何でも無いよ」


 そうはぐらかされてしまった。

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