第4話

 練習を終え、今日は寝ることになった。

 スマホも電気も無い世界では、夜できることなんて限られている。


「えぇー! 信じられない。コイツと同じベッドで寝るなんて!」


 アリサがまた何やらぶーぶーと文句をたれている。


「仕方無いだろ。狭い家なんだから。床に寝かせるわけにもいかないでしょ」


 寝室は一つだけ。継ぎ接ぎが目立つ、セミダブルくらいのベッドに三人、川の字で寝るようである。


「騙されないで下さいマリーさん! コイツ、見た目は子供でも頭はオッサンなんですから! あまりにも危険です!」

「アリサ。僕のことを何だと・・・・・・」


 童貞にそんな度胸が有るわけ無いだろ!


「まぁまぁ。アタシが真ん中に寝ればいいでしょ」


 そう強引に同衾を誘ってくる。女性経験がない僕は年甲斐もなくドキドキしちゃうな。


「アンタ、マリーさんに手を出したら水底に沈めるから!」

「す、するわけないだろ!」


 ブルドッグみたいに睨付けるアリサを尻目に、ベッドへ近づく。

 マリーさんはニコニコ笑い、寝転びながら毛布を捲ってくれた。


「さぁさどうぞ!」

「し、失礼します!」


 戸惑いながらマリーさんの横に、背中を向けて寝そべる。

 流石に三人だと少し狭い。

 体同士が密着して、その温もりが気持ちいい。


 ランプの明かりが消えて、月明かりが青白く室内を照らす。

 虫たちが奏でるハーモニーが微睡みを連れてきてくれる。

 このまま寝落ちしそうなったその時。ふと仰向けだったマリーさんが寝返り、そのまま僕の体を抱きしめた。


「ひえっ!」


 驚きのあまり草食動物のような声を上げる。

 なんで? どうして? 突然?

 背中に柔らかいものが当たって、急速に体が火照ってくる。


「はぁ。暖かい」

「な・・・・・・ま、マリーさん?」

「緊張しているのかい? ユウト」

「そ、そんなことは!」

「可愛いねぇ」


 耳元で囁かれて、子供みたいに頭を撫でられて、こそばゆい。


「女になれていない、ウブな感じが愛おしいよ」

「え、えぇ?」


 心臓が痛いくらいに鳴っている。

 重ねられた足が艶めかしく体をなぞる。


「アタシにしたって若い男は久しぶりだからね。ふふふ・・・・・・」

「うっ!」


 艶っぽく囁かれる声色に理性が壊されていく。

 嘘だろ? もしかしてこのまま前世でも上れなかった大人の階段を?

 沸騰しそうなくらい頭に血が上る。期待と不安でいっぱいだけど、据え膳食わぬは何とやらと言うし! 男だろ!

 そう童貞が気持ち悪い覚悟をした時、マリーさんが静かに呟いた。


「・・・・・・アタシの子も生きてれば今、これくらいかなぁ」

「――え?」

「ちょっとマリーさんっ! 何やっているんですか!」


 しかし、そんなムードをぶちこわすアリサの甲高い声。


「アッハッハツ! 冗談だよ。冗談!」


 くそう。冗談だったのか。

 まぁよくよく考えればアリサがいる横で、そんなこと出来るはずもないか。なんて。


 それよりも僕は、マリーさんが寂しげに呟いた言葉のほうが気になっていた。

 流石に聞くのは気が引ける。

 いつか、話してくれることもあるのかな。

 


 翌朝。朝食を済ませると、アリサが背負うタイプの籠を渡してきた。


「はいこれ」

「なにこれ?」

「決まっているでしょ。仕事よ」


 要領を得ず、ポカンとしているとアリサがジトッと上目遣いで見上げてくる。


「働かざる者、喰うべからずは万国共通でしょ。ここでお世話になる以上は、その恩を返しなさい」


 まぁその意見には賛同できる。僕だってタダ飯喰らいにはなりたくない。


「了解だ。ちなみに何をするんだ?」

「まずは村の人に薬をお届けね。その後は森へ行って薬草と山菜を集めるの。どれが必要かは私が教えるから、ついてきなさい」


 そう言ってアリサも大きな籠を背負う。

 ローブを纏い、ポシェットに携行品や薬を詰め込んで、背丈ほどもある杖を持ったら準備完了。


「いってらっしゃーい」


 寝ぼけ眼で手を振るマリーさんに頭を下げ、歩き出す。

 朝の木漏れ日を浴びながら、木々に囲まれた道を進んだ。

 香るヒノキのような匂いが心地よい。


 十五分ほどで集落につくと、その一つ目。少し立派な家のドアノッカーを鳴らした。


「ここは村の長老の家よ。アルベルトさーん! こんにちわー! アリサですー!」


 アリサが叫んで間もなく。髪の毛はないが、その分立派な白鬚を蓄えた老人が出てきた。 


「やぁこんにちはアリサちゃん。いつもありがとうね」

「最近、腰痛はどうですか? マリーさんも心配していましたよ?」

「おかげさまで。いただいた湿布が効いているようだ。さすがマリーさんだね」

「良かったです。いつまでも健康でいてくださいね!」


 にこやかに話すアリサ。さすが元営業職。接客が板についている。


「おや、そこの坊やは誰だい?」


 そこで僕の存在に気づいたアルベルトさんが問う。


「コイツは新入りのユウト。これからもちょくちょく来ると思うから、よろしくね。ほら、挨拶して」

「初めまして。ユウトです。よろしくお願いします」


 前世では僕が先輩だったのに、完全に立場が逆転してら。まぁいいんだけどね。


「ほう。こんな森深い村に、短期間で知らない子供が二人も。摩訶不思議なことがあるもんだ」


 少し訝しげに眺めるアルベルトさん。でも長くは続かず、目を細める。


「まぁなんだ。マリーさんが認めるなら悪い子ではないのだろう。これからよろしくねユウト君」

「はい。よろしくお願いします!」


 深々と頭を下げる。営業職が染みついているのは僕も同じだ。

 それにしてもマリーさん。随分と信頼されているんだな。本当に良い人なんだろう。


「はいアリサちゃん。薬代がわりのバターだ。持って行くといい」


 そうして瓶詰めのバターを頂く。


「確かに頂きました! これ、美味しいので大好きです!」


 長老に頭を下げ、次の家へと向かう。

 貧しいこの村では物々交換が多いそうだ。


「何件くらい回るの?」

「今日は五件ね。次はあの赤い三角屋根の――」


 その道すがら、川縁で遊んでいた子供達が数人駆け寄ってくる。


「あっ! アリサおねーちゃん。こんにちわー!」

「こんにちは。今日も元気に遊んでいるのかな?」

「うん! ねぇまた夢の話、聞かせて! 遠くのものが見られる板の話!」

「テレビの事ね。話したいけど、仕事中だからまた今度ね。期待していて」


 仲良さそうに子供と戯れている。外面以外は基本クールだと思っていた彼女に、こんな一面があっただなんて。

 なんか微笑ましいな。幸せな気分になる。


「ところで、お兄さんだれ?」


 子供の一人が指をさす。


「僕はねユウトって名前なんだ。これからよろしくね」

「ふーん。ねぇねぇアリサおねーちゃん。この人、アリサおねーちゃんの彼氏?」

「・・・・・・マルテ君。この世界にはね、冗談でも言っちゃいけないことがあるんだよ」


 あの、流石に僕も少し傷つくんですが。

 子供と少し話して、道に戻ると、急に鋭い目を向けてきた。


「・・・・・・なに?」

「え?」

「なんかニヤニヤして気持ち悪い」

「え? ごめんごめん。あまりにも意外だったからつい」


 アリサは少し照れくさそうに耳を赤くした。


「別に良いじゃん。子供、嫌いじゃないし」

「前世だとドライなイメージが有ったからさ」

「失礼ね。あんなブラック企業に拘束されていたら誰だって病むって。しかも無能な上司つき」


 うぅ。今のはクリティカルダメージだ。 


「マリーさんには凄く懐いてるようじゃないか」


 皮肉を込めて言ってみる。


「当然。マリーさんは優しいし、頼りになるし、格好いい! 私が道端で倒れていたときに助けてくれて、その後も魔法を教えてくれたり、色々と面倒を見てくれるの。誰かさんと違って!」


 憎たらしく嘲る。

 くそう。皮肉で返されてしまった。

 フツフツと怒りが沸いてくるのだけれど――


「私、この世界が好き。貧しいけど心豊かで、穏やかで、時間もゆっくりで。幸せ。もう一生ここで暮らしたい!」


 そう笑う彼女は魅力的だった。



 残りの家を回り、薬を配る。

 その都度、野菜やら肉やらを頂くので、籠を持参する意味が理解できた。

 さて、村の用事も済んだところで森へと向かう。


 僕が昨日襲われたあの森だ。

 少し恐い。


 森に入って数分した頃、甲高い雄叫びが聞こえた。


「きぇえええええええ!」

「うわっ!」

 

 咄嗟に身構える。

 草陰から飛び出してきたのは、僕の腰ぐらいまでにも大きいネズミの魔物。

 鋭い前歯を光らせて、威嚇してくる。


「なにビビってんの? こんなのザコよ」


 アリサは不敵な笑みを浮かべると、指先へ簡単にパッと魔方陣を出す。


狩人の水弓イェーガー・ボーゲン!」


 魔方陣から飛び出た水矢はネズミの頬をかすめ、後ろの木に突き刺さって消える。

 それに臆したのだろう。魔物は飛び上がると、後ろを向いて逃げ去った。

 格好いいなぁ。僕も早くこうなりたい。


「た、助かった!」

「心配しなくても大丈夫よ。基本的にこの森にいる魔物は弱いもの。私に任せなさい」


 得意げに髪を払うアリサ。

 それならいいんだけど。


「でも昨日出会った象の魔物は強そうだったよ」

「象の魔物? この半年間、何度も森には来ているけど知らないなぁ」


 アリサはあまり興味なさそうに話を流すと、薬草の説明を始めた。

 言われたものをどんどん採取していく。籠からはハーブの香しい匂いが漂ってくる。

 都度襲いくる魔物は、アリサが華麗に撃退してくれるので頼もしい。


「うーん。粗方揃ったけど、最後の一つが見つからない」


 メモを確認しながら唇に指をあて考え込むアリサ。


「いつもはすぐ見つかるんだけど」

「どうしようか?」

「一つだけ揃ってないのも気持ち悪いし、もう少し奥も探してみましょう」

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