君のために紡ぐ夢物語

弥生あやね

第1章

夢物語の始まり

 夜になると、やって来る。


 夜、そっと窓を開けると彼はいつもそこにいた。隣の家の屋根に器用に腰掛けて、私に目線を合わせてくれる。



「バン!」



 嬉しくて嬉しくて大きな声で名前を呼ぶと、必ず怒られた。



「こら、あんまでけぇ声出すな。近所迷惑だろ。」

「えへへ、ごめんなさい。」



 悪びれもせず笑いながらそう言うと、バンは困ったように、でも優しく笑って私の頭を一撫でした。それがまた嬉しくて、私は顔を綻ばせる。



「今日は何のお話してくれるの!?」

「そうだなぁ。今日は、東の方にある島国に行ったときの話だ。」

「東の方!? 遠い!?」

「遠すぎて、お前は一生行かねぇだろうな。」

「そんなに!?」



 驚いて目を見開くと、バンは可笑しそうに笑った。



「あぁ。その国にはな『妖怪』ってのがいるらしいんだ。」

「妖怪?」

「中でもとりわけ『鬼』ってのがやべぇらしい。なんでも人を食っちまうって話だ。」

「ええ! メグも食べられちゃう…?」



 バンは一瞬キョトンとした後、お腹を抱えて笑った。ひとしきり笑った後、また私の頭を撫でて言った。



「そうだなぁ、メグは白くてモチモチしてっから旨いかもなぁ。」



 ショックで顔を蒼褪めさせると、バンは優しく笑った。



「大丈夫だ、そん時は俺が守ってやる。」

「本当…?」

「おう。まっ、遠ーい国の話だからな、きっとそんなモンとは縁がないだろうけどな!」

「うん!」



 バンがいつも話してくれる話は、楽しい話ばかりだった。怖い話も中にはあったけど、最後には優しい気持ちになれた。中でも多かったのは、恋の話。鬼とお姫様が恋に落ちる話。敵国の王様とお姫様が恋に落ちる話。今にして思えば、やはり幼いながらに女だったんだなぁと感じる。



「バン、次はいつ来る?」

「明日また来てやるよ。」

「うん!」



 彼は物知りで、世界中を旅していた。自由気ままな彼は、旅に出るとしばらく町に戻って来ないことが多々あった。だけど約束は破らなかった。



「明日ね!」

「おう。今日も母ちゃん夜いねぇのか?」

「うん、お仕事!」

「そっか。ちゃんと鍵閉めて、温かくして寝ろよ。」

「うん! バンもだよ!」

「おう。じゃあな。」



 そう言って別れの会話を交わした後、夜闇に消えるバンを見送る。そして言いつけを守って、鍵をきちんと閉めて布団に包まって眠る。そんな、私の幸せだった毎日。

 それはもう、10年も昔の話。

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