ショートショートvol.11『リサーチ・コイン』

広瀬 斐鳥

『リサーチ・コイン』


 なあ、陰気な顔をしてないで俺の話を聞いてくれよ。


 昔から機械いじりが好きだった俺は、ある日、こんなことを思い付いたんだ。

 コインにGPSを仕込んだら、世の中のリアルな金の流れが分かるんじゃないかってさ。

 ほら、世間じゃ野菜や肉のトレーサビリティがどうのこうの言うだろう。ニンジンのパッケージに生産者の顔写真が付いてて、「私が作りました」とか書いてるやつ。あれで消費者は物流ってものを可視化できるわけだ。

 金だって同じだ。何気なく使ったコインが巡り巡って悪党の資金源になっていないか、経済を回す一市民として確かめる必要があるはずだ。


 さて、思い立ったが吉日。

 俺はすぐにダウンタウンの電気街で電子部品を買い漁り、その日のうちに「リサーチ・コイン」を完成させた。昨今の技術の進歩はすごいもので、厚さ数ミリのGPSなんてものは腐るほど売られていたし、その薄さのおかげでコインに超小型マイクを仕込む余裕すらあった。人体に蓄積された静電気で充電できるから、電池切れを気にすることもない。


 さっそくアパートメントの前の自販機に投入し、俺はコインがどこへ行くのかを、パソコンのモニターとヘッドフォンを通して観察することにした。コーヒー片手に優雅にな。


 だが、この実験は思った通りにはいかなかった。

 何時間経ってもリサーチ・コインは自販機の中から一切動かず、聞こえてくるのは小銭を入れる「チャリンチャリン」と、ドリンクが排出される「ガコン」ばかり。


 チャリンチャリン、ガコン。

 チャリンチャリン、ガコン。

 チャリンチャリン、ガコン。


 これが延々と続くだけ。金の流れを追うどころの話じゃない。ただの拷問だよ、あんなのは。

 なあ、聞いてるだけで気が遠くなるだろう。チャリンチャリン、ガコン。チャリンチャリン、ガコン。チャリンチャリン、ガコン!

 くそ、思い出すだけでイカれちまいそうだ!


 ともかく、崇高な理念によって始めたこの社会実験は、自販機の集金係がいつまで経っても来ないせいで危うく頓挫しかけた。

 だが、俺も間抜けじゃない。こんな時のために、奥の手を用意していたのさ。

 どうだ、どんな奥の手か知りたいだろう。まあまあ、焦るなよ。ちゃんと教えてやるから安心しろ。


 俺は、念のため作っていた予備のリサーチ・コインを、近所の自販機に手当たり次第に投入したのさ。

 あっち行って、こっち行って、チャリンチャリン、ガコン。ってな。十……いや、二十台は回ったろう。

 そんでまあ、数撃ちゃ当たるもんで、しばらくすると、コインの一つがこれまでに聞いたことのない音を拾った。「チャリンチャリン」「ガコン」以外の音だ。

 言うなれば「バキン」とか「ガツン」みたいな。まるで自販機の釣り銭口をバールかなんかでぶっ壊して、中のコインを盗もうとしているかのような音だ。


 まあ、実際そうだったんだが!


 そんなわけで、俺が手塩にかけて作ったリサーチ・コインは無事に悪党の手に渡ることになったのさ。

 ヘッドフォンから聞こえてくる声を聞くに、荒っぽい手段で売上金を盗んだのは中年の男のようだった。きっと、筋骨隆々の男だな。俺の細腕じゃあ、自販機をぶっ壊すなんて大それたこと、とてもできそうにない。


 その男はひたすら「金が足りない」と、うわごとのように呟いていた。どうやら、何かの理由で金を工面する必要があったらしい。それで釣り銭泥棒ってのもレベルが低い話だが、そいつも相当せっぱ詰まってたんだろうよ。


 お、クールなあんたもさすがに目を丸くしてるな。

 ああ、そうさ。最高の展開だ。俺が求めていたドラマはまさにこういうことなんだよ。


 金属が擦れるイヤな音を耐えて、俺はこのコインの行く末をGPSで追跡した。すると行きついたのは、埠頭のはずれにある小さな貸し倉庫だ。いかにもって感じだろ?

 泥棒男はドアを開けて倉庫に入ったようだった。そしたら、別の男の声がしたんだ。

 そいつ、なんて言ったと思う? 聞いたらたまげるぜ。

 

 ドスの効いた声で「金は持ってきたのか」だよ。

 

 金は持ってきたのか!

 ひひひ、本当にこんなことを言う奴がいるんだよ。たまげたぜ。

 だが、驚くのはまだ早い。金は持ってきたのか。これ以上のセリフはないと思うよな。でもな、釣り銭泥棒がなんて答えたかを聞いたら、さらにぶったまげるぜ。


 なんとなんと「娘は無事なのか」さ!


 それを聞いて、俺の興奮は最高潮に達したね。なんせ、釣り銭泥棒というチンケな小悪党から、誘拐犯という大悪党に辿り着いたんだからな。


 そんでまあ、話の内容から察するに、どうやら誘拐犯はこの辺りを縄張りにするイカれたマフィアみたいだった。ヤバい薬でもやってるのか、言ってることもめちゃくちゃだったよ。

 だが、どんなにイカれてても、自販機の釣り銭なんて集めたところでタカが知れてるってことは分かってた。

 誘拐犯は怒ってたよ。まさにブチギレだ。こんなんで足りるか!ってな。

 釣り銭泥棒は「また集めてくるから勘弁してくれ」なんて言ってたが、誘拐犯はエキサイトしてて、とても許してくれるような雰囲気じゃなかった。

 そりゃそうだ。ヒト一人の命が、自販機の釣り銭で買えるわきゃねえ。カネを集めるなら、銀行を襲うなり、銀行から出てきた老人を襲うなり、銀行から出てきた老人を襲ったやつを襲うなり、いろいろと手はあったはずなのにな。

 まあそれも、今思えば、父親が凶悪犯になるわけにはいかないっていう、娘への配慮だったのかも知れねえな。娘はどうやらまだ幼いようだったし。なんとも涙ぐましいこった。


 ともかく、そんな問答がしばらく続いた。

 釣り銭泥棒は、娘の姿を見せてくれとしきりに懇願していたが、誘拐犯は「金を集めてからだ!」と言い返していた。

 でも、そのうち了承した。いちいち怒鳴るのも疲れたのか、それとも、娘の姿を見れば金を集める気になるだろうと思ったのかは分からねえ。

 だが、誘拐犯が娘っ子を連れてきても、状況は何も変わらなかった。

 「どうか娘を返してくれ!」「金持ってこい!」のやり取りに、少女の泣き叫ぶ声が加わっただけ。


 俺はヘッドフォンでその不毛なやり取りを聞きながら、葛藤したね。

 傍観者として成り行きを見守るか。

 それとも、善良な市民としてやるべきことをやるか。


 悩み抜いた結果、俺は自らの良心に従った。

 つまり、ポリスに通報したのさ。

 まあ、ちょっと同じ展開に飽きが来ていたというのもあるんだがな。


 電話に出たポリ公は、俺の話を聞いてびっくりしてたよ。すぐに警官を向かわせるから待ってろ、だと。

 なんとも素早い対応だ。この街のポリスは不正だ汚職だと騒がれてばかりだが、思ったより勤勉じゃないかって見直したよ。


 俺は位置情報をポリ公に伝えたあと、ヘッドフォンを着け直して、行方を見守った。

 二人の悪党どもは、娘っ子の泣き声をBGMにずっと口論を続けていたが、しばらくすると、倉庫の外から大勢の足音が聞こえてきた。

 まるで競馬場みたいだったよ。ドカドカドカ!ってな。そんでそのドカドカがドカン!になって、いよいよポリスが突入してきた。


 そっからはもちろん、大パニックさ。


 誘拐犯が「警察を呼びやがったなクソ野郎!」と怒鳴れば、釣り銭泥棒は「俺じゃない! 信じてくれ!」と言い返す。

 警察はお決まりの「銃を下ろせ!」「人質を放せ!」だ。で、その人質はキャアキャア悲鳴を上げるだけ。


 ああ、血湧き肉躍る展開だ。

 ワクワクするだろう?


 だがまあ、銃を持った者同士だ。互いに手を出せず、にらみ合いになるかと思ったが、そうはならなかった。

 突然、発砲音がしたんだ。パァン!ってな。

 発砲音と同時に女の子の短い悲鳴。そして、男の長い悲鳴が続いた。いや、あれは悲鳴というよりは絶叫に近い感じだったな。俺はその叫びを聞いて、事態を察した。


 パニクった誘拐犯の野郎が、はずみで小悪党の娘を撃っちまったんだ。


 そんで間もなく、男の叫びに重ねるようにして、嵐のような発砲音が続いた。バン!バン!バン! 警官隊の一斉射撃だ。

 銃声が鳴り止んだ後も、男は叫びっぱなしだった。いや、叫びというよりは大絶叫だ。空も割れんばかりのな。

 その男の狂乱っぷりからすると、誘拐犯が撃った時点では、まだ娘は生きてたのかもしれねえ。足とか腕に当たるとかして。悲鳴を上げることはできたわけだからな。

 だが、そこに警官隊が一斉射撃だ。犯人と人質、二人まとめてめった撃ち。そりゃあ、ひとたまりもないだろうよ。


 銃声が止んだあと、小悪党のほうはポリスに向かって狂ったようにわめき散らしていた。

 なぜ来たんだ、お前らが俺の娘を殺したんだ、ってな。

 ポリスは何とか落ち着かせようと頑張っていたみたいだが、最終的には「お話は署で」の決まり文句を言って、一緒にその場を去ったようだった。


 娘っ子は気の毒だが、俺は奇妙な満足感を覚えたよ。最高のショーをこの目で、いや、耳で楽しむことができたんだからな。こんな興奮、ブロードウェイでも味わえないさ。

 まあ、釣り銭泥棒の無念は察するよ。警察さえ来なければ、娘は助かったのかもしれねえんだからな。また小銭を稼いでくれば良かっただけの話だ。

 俺がポリ公なら、自責の念から復讐の場を設けてやりたいくらいだな。だが、誘拐犯はもう死んじまった。復讐なんてもんは叶わぬ夢ってやつだろう。


 それにしても、やはりこれは警察の不手際なんじゃないかね。警官の誰かが人質を撃ち殺したに違いないんだからな。告発してもいいくらいだ。さもなくば、週刊誌の記者にでもタレ込むか。音声データも残ってるし、いい小遣い稼ぎになるだろうよ。


 おっと、話はここで終わりじゃないんだ。

 埠頭の倉庫から役者たちが去り、ショーが一段落したその後だ。思いもよらないことが起こった。


 スペクタクルに満足した俺がヘッドフォンを外すと、ちょうど玄関のベルが鳴ったんだ。上機嫌の俺は、来客をもてなしてやろうと立ち上がった。

 ドアを開けると、二人のポリ公が立っていた。埠頭のことを通報した人物かと問われて、俺は堂々と首を縦に振った。感謝状の一つでももらえると思ったからな。

 だが、ポリスの野郎が取り出したのは、感謝状じゃなくて、手錠だった。

 俺はそのままパトカーに押し込められた。なんの罪状だか訊いても、奴らは間抜けなオウムみてぇに「わかるだろ」しか言わねえ。

 そのくせ、何のサービスだか知らないが、俺と一緒にコーヒーの空き缶を回収していきやがった。最近の警察はクリーニング業も始めたのか? それとも空き缶を人間と間違えて逮捕したってのか? ありえるぜ。イカれてるからな、この街の警察は。ったく。パトカーの乗り心地は最悪だったよ。


 そんで警察署に連れていかれて、取り調べとかいうやつを一通り受けたが、ポリスは俺の崇高なリサーチ活動に文句があるようだった。

 俺はまったく納得いかなかったが、経験上、公僕に逆らっても良いことなんかないってのも分かってた。

 とりあえず洗いざらい話したよ。これもまた、善良な市民の義務ってやつだ。とくに、埠頭の倉庫でのバンバンバン!これを話してやったら、たいそう驚いてたな。


 その誠実な姿勢を分かってくれたのか、最後は警官から「悪いようにはしないから」と言われたよ。一晩だけ留置場にいてくれれば、明日には釈放するとさ。

 まったく、これも人徳ってやつかもしれねえな。



▽ ▽ ▽




「かくして、俺はここにいるってわけだ」


 俺は同じ檻房に入れられていた男に言った。


「長話になっちまったかな。看守の野郎が、この話を同房のやつにも話してやってくれ、ってしつこく言うもんだからよ」


 男は俺の話の途中から、ずっと下を向いていた。なんともまあ、今どき珍しいくらいシャイな奴だ。


「それにしても、こんな広い留置場に俺とあんたの二人だけってのも寂しいもんだよな。なあ、あんたは何をやらかしたんだ。どうせ大したことじゃないんだろ?」


 看守からは、ここは軽犯罪者用の監房だと聞いていた。犯罪者扱いされるのも癪だったが、警察にも外面というか、体裁があるんだろう。


「なあ、答えろよ。何をしたんだ?」


 男は無言を続けていたが、何度も訊くとようやく顔を上げた。

 蝋人形のような、不気味な表情だった。


 男はゆっくりと立ち上がり、少しずつ俺の方に向かってくる。

 

 男の目は、完全にイッちまっていた。


 身の危険を感じた俺は大声で看守を呼んだ。


 だが、看守は鉄格子の向こうから俺を一瞥したのち、無視した。

 

 後ろから手が伸びてきて、俺の首に絡みつく。太い腕だった。


 気道を塞がれ、喉からは小さな風切り音しか出なくなる。

 爪を立てて引き離そうとしたが、余計に力が強まるだけだった。


 視界が急速に暗くなる。


「俺が何をしたかって?」


 最期に耳にしたのは、ヘッドフォン越しに聞いたことのある声だった。


「釣り銭を、盗んだのさ」



(終)

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